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お笑いにおける本来の『天丼』〜浅草三大コント〜

「天丼」ってどういう意味?

お笑い用語の「天丼」というと、同じくだりを繰り返して畳みかけたり、前に出てきたくだりを忘れた頃に使ったりなど、同じフレーズを繰り返して笑いを取る手法として知られている。一方で、天丼の語源をインターネットで調べてみると、とある老舗天ぷら屋さんのホームページには「話が逸れるが、漫才やコントなどで、同じボケを何度も繰り返すことを「天丼」と呼ぶが、これは同じネタを並べるという意味の掛詞で、天丼には必ずエビが2本以上乗っていることが由来とされている。」と書かれていたり、「『天丼の出前が来ない』というボケを何度も繰り返すネタが語源であるという説」と書かれていたり、ハッキリとした詳細は出てこない。ということで、いろいろ調べてみたところ、天丼、そしてかつてコントの基礎とされていた『浅草三大コント』の実態が浮かび上がってきた。

現在は、同じフレーズを繰り返す手法として知られている「天丼」だが、1978年に出版された辞典『笑解 現代楽屋ことば』の「てんどん」を引いてみると

喜劇の中での笑わせ方の一つのパターン。突っ込み役が一つのことを教えるが、ぼけ役がそれをすかたんに演じるやり方。原型はてんどんというコントにある。現代ではアクト講座、ハウツウものという風に呼ばれる。

『笑解 現代楽屋ことば』

と書かれている。天丼は元々コントのタイトルであり、時代とともに意味が転じて現在の形になったようである。そして、いろんな芸談をまとめた自分のメモを見返してみるとこんな記述があった。

萩本は次のように語っている。
<台本があるのは浅草でいえばコメディ(喜劇)だけ。だからネタ帳や台本があるのは僕から見ればコントじゃなくて喜劇なの…(中略)…コントには天丼、仁丹、丸三角と呼ばれる基本系があるのね。浅草の芸人はみんなそれを知っているから、演出家が本番直前に『お前とお前、今日は天丼でやれ。衣装は出してあるから』と言えばそれでいいわけ。そう言われたコメディアンたちは役割と設定を決めて、アドリブで笑いを取る。>(『昭和40年男』二〇十四年六月号)

『ドリフターズとその時代』

萩本とは、もちろん欽ちゃんかと萩本欽一さんのことである。これによると、浅草には三大コントと呼ばれるものがあり、そのうちの1つが天丼。そして他に、仁丹、丸三角というコントがあるとのこと。そうなると気になるのは天丼・仁丹・丸三角がどのようなコントだったのかだが、偶然「浅草三大コントについてはこの本に詳しく語られている」という記述を見つけた。キーパーソンはやはり萩本欽一さんだった。

浅草三大コント〜天丼・仁丹・丸三角(先後)〜

それは、萩本さんと作家の小林信彦さんとの対談本『ふたりの笑タイム』と、2018年に出版された萩本さんの著書『ダメなときほど笑ってる?』に書かれていた。ということで、天丼・仁丹・丸三角がどんなコントだったのかまとめていきたい。

天丼

『天丼』は、コンビで行うコントで、なにかをやろうとしてもうまくできないボケ役を、相方がツッコんでいくというパターンのコント。わかりやすく言うと、もてない男がもてる男に「どうやったらもてるんだ?」と聞いて、教わった通りにナンパしてもうまくいかない。何度もツッコまれてやり直すんだけど、ますますできない。
(中略)
なぜそれがまとめて「天丼」と呼ばれているかというと、できない人ができる人に教えてもらうときに、「天丼おごるからさ」と言うことが名前の由来になったんですって。今となっては天丼のありがたさも半減していますけど、このコントが生まれた頃、天丼は大変なご馳走だったわけですね。
天丼はどれもたいてい、ものすごく単純なネタなんだけど、ツッコミどころが満載で、うまい人がやると何段階にも笑いを大きくしていきます。

『ダメなときほど笑ってる?』

天丼ていうのは、ぼけが失敗するんでつっこみが修正しとうとするんだけど、何度やっても失敗する。コント55号でいうと、『マラソン』というのが天丼の典型ですね。

『ふたりの笑タイム』

まとめると、天丼は「やり方を教えるもののうまく伝わらず全くストーリーが進行しない」コントのこと。ワンシチュエーションでツッコミ続けるコントで、漫才ではあるがモグライダーさんのネタにかなり近い。

仁丹

『仁丹』は、トリオで客を笑わせるときの基本型で、これは筋と登場人物が決まっています。登場人物はお巡りさんとスリの二人組。
(中略)
スリが言い淀んでいると、スリの相棒がお巡りさんの資格からバックの中身を見て、仲間にジェスチャーで懸命に教えようとする。まずは化粧品のパフを顔にはたくジェスチャーです。
(中略)
こんなふうに相棒の助けを借りてハンドバッグの中身をお巡りさんに説明していきますが、相棒がどうしても伝え切れないのが仁丹。
(中略)
トンチンカンなやりとりをさんざん繰り返したあげく、結末はしびれを切らした相棒が「仁丹だよ!」と叫んで暗転。

『ダメなときほど笑ってる?』

仁丹とは1905年に発売された薬の名称で、パッケージにナポレオン帽を被った男性が描かれていることで知られている。オチに大きな帽子をマイムで表現し、「仁丹!」と正解を出すパターンもあったようだ。
また、コント55号のコント作りにも参加していた滝大作さんの著作『笑いの花伝書』によると、

『仁丹』は女物のハンドバッグを拾って猫ばばしようとするルンペンふたり組と、怪しいと睨み、ハンドバッグを取り上げて尋問する警官との攻防コントである。
自分のものだと言うなら何が入っているか知ってるはずだ、言ってみろと責める警官に対し、ルンペンふたり組は、ルンペン1が警官に答える役、ルンペン2はハンドバッグを盗み見て、何が入っているかをパントマイムでルンペン1に伝える役と分担を決めて、逃げ切ろうとする。

『笑いの花伝書』

とのこと。すなわち仁丹は、トリオで行うコントで、ツッコミ役とボケ役二人に分かれ、ボケ同士の意思の疎通がうまくいかず、その様子をツッコまれるという構成。そう思ってみると、たしかにトリオ芸人は、ツッコミ1人+ボケ2人というシチュエーションが多い気がする。ちなみに、滝大作さんによると、『仁丹』は、警官・八波むと志、ルンペン1・石田英二、ルンペン2・佐山俊二のものが最高傑作で、ネタ尺が30分を超えることもあったらしい。

丸三角(先後)

「先後」は先輩後輩のことで、女の子に声をかける方法を先輩がモテない後輩に指導するのが原型。道路に丸と三角を描いて、先輩が「おまえは丸の位置にいて、女の子が三角の位置にきたら声をかけろ」って言うんだけど、後輩は丸と三角の位置に固執してなかなかうまくできない。関西じゃ「先後」じゃなくて「丸三角」って言うらしいけど、55号のコントはこの先攻と天丼の2パターンで回してたんです。

『ふたりの笑タイム』

『先後』という題名は『先輩後輩』の略で、先輩が後輩にナンパの仕方を教えるという筋です。
(中略)
「じゃあこうしよう。ここに丸と三角をかいておく。女の子が丸、お前が三角に入ったらハンカチを落として声をかけろ」
こんな規則を決めてやってみると、これがまたことごとく失敗続き。丸に入った女の子に声をかけようとすると、その前に丸から出てしまうので、「おいちょっと待て、規則を守れ」、そう言うと、「なあに?」と女の子が引き返してきて、丸を超えてぐっと近寄ってきます。
「バカヤロー、オレは規則通り三角に入ってるのに、お飴は丸を出たり入ったりするんじゃない!」
(中略)
丸と三角の位置しか見えなくなってナンパという本来の目的を忘れ、そこをまたツッコまれていく。

『ダメなときほど笑ってる?』

いわば、丸三角はコントの中で設けられたルールに引っ張られるという笑い。ルールにがんじがらめになって本来の目的を忘れてしまうという展開もあれば、ルールを極端に守ることでトンチンカンな振る舞いをしてしまうというものもある。ジャルジャルさんが『M-1グランプリ』で披露した『国名分けっこ』なんかもこの部類に入るかと思われる。

ちなみに、萩本さんは、東洋劇場からフランス座に出向していた時代に安藤ロールさんという人とコントをしていたとのことだが、初めて披露したコントは丸三角(先後)の変形で、メガネをかけているときは堅物でおどおどしているが、メガネを外すと性格が変わるというもの。この安藤ロールさんが、のちの相方・坂上二郎さんである。
(余談だが、この『丸三角』の詳細を見つけるまでにかなり時間がかかってしまった。)

まとめ

『ダメなときほど笑ってる?』によると、関東のみならず関西もこの「天丼・仁丹・丸三角(先後)」を基本としてお笑いを学んでいたようである。また、萩本さんよりも少し後の世代であるビートたけしさんから浅草三大コントについての記述を見たことはないので、萩本さんの世代で止まってしまった言葉なのかもしれない。
テレビでは常に新ネタを披露していたコント55号は、設定を決めて「これは天丼で」「これは先後で」など、アドリブでネタを行っていたらしい。また、萩本さんは上記では『マラソン』のネタを天丼として説明しているが、別では『先後』の例として説明しているなど、実際には当時から三大コントの要素を複合的に絡めながらネタが作られている。より複雑化している現代でこれらがネタ作りの役に立つのかどうかは全く分からないが、知識として覚えておいてもいいのかもしれない。いや、覚えておく必要もないのかもしれない。

…といろいろ書きましたが、何千文字も読まなくても、これらの内容は高崎さんとのポッドキャストがしゃべっております。わずか16分ほどで聴くことができます。こちらもぜひ!もう遅いかもしれませんが!

そんな高崎さんから、本物の仁丹をもらった。二日酔いの日に飲んでみたい。

現在の仁丹

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