【神奈川のこと65】由比ヶ浜の発音(鎌倉市)
そろそろこの話題に触れても良いかなと考え、これを書く。
他愛もないのだが、いかにも気にかかることなり。
鎌倉には、由比ヶ浜(ゆいがはま)という地名がある。
この「ゆいがはま」を発音するときは、「唯一(ゆいいつ)」やタレントの「浅香唯(あさかゆい)」と同じ「ゆい」の発音で、「ゆいがはま」と発する。
つまり、「ゆ」にアクセントを置く。
おそらく多くの鎌倉市民はこう発音するはずだ。17万人いるから本当のところは分からない。
藤沢市出身で、鎌倉市の高校に通っていた会社の同僚も同じように「ゆ」を強調して発音する。
先日、ラジオを聴いてたら、竹中直人も同じように「ゆ」にアクセントを置いて、「ゆいがはま」と発音していた。彼は、横浜市金沢区富岡辺りの出身だ。鎌倉へは、朝比奈峠を越えれば比較的すぐだ。
大学生になって、相模原市出身の友達に「お前、その発音おかしくないか?」と笑われた。「じゃあ、七里ヶ浜も『し』を一番強く発音するのか?」とさらに笑いやがった。高校時代はラグビー部だったOという背の高い男だった。
コノヤロー。
その時に初めて、一般的には、「結納(ゆいのう)」の「ゆい」の発音で、「ゆいがはま」と読むこと知った。
つまり、「が」にアクセントがある方が一般的、模範的、常識的なのだ。
伊豆に「弓ヶ浜」という場所がある。確かにこの場合の発音は「が」にアクセントを置く。決して、「ゆ」ではないはずだ。
でも、由比ヶ浜は、「ゆ」にアクセントを置いて呼び続けてきた。
なぜ、そうなるのか?
もしかすると、ヒントはこれにあるかもしれないと「鎌倉市歌」を調べてみた。なぜならば、この歌は、「ゆいがはま」という歌詞から始まるからだ。
早速、鎌倉市のホームページに入って聴いてみたが、解明できず。
そして今朝、矢も楯もたまらず、歩いて鎌倉高校前駅まで行き、江ノ電に乗った。
江ノ電には、由比ヶ浜駅があるので、車内アナウンスはどうなっているのか確かめるのだ。
七里ヶ浜、稲村ヶ崎、極楽寺、長谷を過ぎて、いよいよ次、由比ヶ浜駅。
まず日本語のアナウンスが流れる。明確に「が」のアクセント。続いて、英語のアナウンスが流れる。これには少しだけ期待をしていたが、はっきりと、そして無残にも、「が」いや、"GA"を強調していた。
由比ヶ浜駅で下車し、しばらくホームに佇んでいたが、答えは見つからなかった。改札を出て、周辺を散策しながら、そこらへんにいる人に「この地名は何て読みますか?」と聞いてみようかと考えた。だが、路地に人影はなく、湿り気を含んだ涼しげな海風が存在していただけだった。
とうとう海に出た。正真正銘、由比ヶ浜。
そこには、たくさんの人がいた。砂浜で少年たちが野球やサッカーの練習をしていた。波も無いのにサーファーが、沖を見つめて整然と並んでいた。
あきらめと希望それぞれを半端に抱えて、帰路についた。
ちなみに、地元には津村(つむら)と言う地名あり。それは旧くからある地名なり。図書館で古地図を見れば、腰越の隣に津村の表記を認むなりけり。
この津村は、普通に「つむら」と呼んでいる。そう、毎日服用している漢方薬の「ツムラ」と同じ。つまり、「つ」にアクセントがある。
しかし、津村の旧家出身者は、ノーアクセントで「つむら」と呼ぶ。歌手の安室奈美恵を模倣したファッションをする人を「アムラー」と呼ぶが、それと同じ発音だ。最後の「ら」を伸ばさないだけ。
以前、地元の居酒屋「あさくま」で、腰越の旧家出身者が、「津村の百姓がよ~」と見下すような言い方をしているのを耳にした。その時の発音は、ノーアクセントのそれだった。漢方薬ではなかった。
悠久の歴史の中で、腰越の荒くれ漁民はきっと、おとなしくて平和を好む性格の津村農民を馬鹿にしてきたのだ。その歴史の長さを、あの「アムラー」ならぬ「つむら」の発音から、感じ取った。一筋縄では行かぬ隣村同士の永きに亘る因縁は、新参者の私には立ち入ることさえできなかった。
それにしても、江ノ電由比ヶ浜駅で下車したのは何年ぶりだったろうか。多分、40年ぶりぐらいだろう。周辺の路地を散策してみるのは楽しかった。
鎌倉は路地だ。路地の中に鎌倉の魅力は隠されている。
ツムラーの唯我独尊。