商店街でアレを”採集”しよう/大野微住:中編
文:伊藤 ゆか
2019年11月、編集者であるAJさんが微住に来てホステルの構想を考えた。そして年をまたぎ2020年2月、今度は建築家であり大学講師であるBibiさんと、彼が教える学生さんたち四人が大野へ。いよいよホステル作りが本格始動となった。
AJさんの構想をもとに、微住者たちは商店街を回って看板を探し始めた。
ただ貰い受けるのではなく、その看板にまつわること、お店のこと、店員さんのことなど、たくさんの話を聞いていく。
中にはお仕事の様子を見せてくださる方もいた。写真は印鑑屋さんのご主人だ。微住者たちは興味津々で仕事風景を見ながら質問する。
同時に大野の人々も、わざわざ台湾から”あえて”大野へ来た微住者に興味津々だ。大野は海外からの観光客も来ないことはないが、商店街へ来てじっくり会話する外国人なんて滅多にいない。お互いに稀有な出会いだと感じていたことだろう。
看板とともに様々な軌跡(=エピソード)を集めていく様子は、"採集"という言葉がぴったりだった。共同体としての「商店街」を採集していったとも言える。
荒島社のメンバーもその採集に同行していたが、大野に住んでいる彼らも「初めて聞いた!」という話がたくさんあったという。また、一期一会で終わらずに再び微住メンバーに会った店主さんが、記念撮影した写真をわざわざ現像して届けてくださる一幕も。それまで荒島社のメンバーもあまり関わりがなかった方だったのもあり、嬉しい驚きの連続だった。
微住者がやって来たことで今まではなかなか聞くことができなかった話が聞け、新たな関係性が生まれたり、途絶えかけていたものが繋がった。
それは外部から人が入って来たからこそ生まれた変化であり、外部が内部同士を繋げたといえる。微住.comメンバーは、地域のコミュニティが再生していく確かな手応えを感じていた。
Bibiさんたちの微住中に開かれた大交流会では、東郷や河和田の人々など微住に関わるメンバーが一堂に会した。
このビッグイベントに、大野の商店街の方々も参加してくださった。
商店街の皆さんは、微住者や日本人のノリのいいメンバーがワイワイ盛りがるのを、温かく見守ってくれているように感じられた。
日本のような飲めや歌えの「宴会」文化は台湾には無いそうで、初めての体験に微住メンバーはかなりハイテンションだった。それを見守ってくれたのだから大野の人は懐が深い。(私は熱気でのぼせそうになってヘロヘロだったのに……。)
ここまで微住メンバーが受け入れられたのは、彼らがただの観光客ではなかったからだろう。彼らは日中、ホステルのため一所懸命に作業に打ち込んでおり、また大野の人々に終始敬意をはらっていた。微住に来た彼らは、観光客とは違うのだ。
これからのコミュニティは、ただ多くの人を受け入れるのではなく、それぞれのテリトリーを考え「特定の外部」を受け入れていく必要があるだろう。
今回の微住で、大野の商店街の適切なキャパシティとテリトリーが見えてきた。
微住期間中に1階のメイン部分はかなり形になった。ホステルは道に面した側がガラス張りなので、外からでも中の看板がよく見える。
微住メンバー帰国後も作業が進んだホステルの様子は、下のリンクから確認できるので、ぜひ見てみてほしい。
ホテルでもゲストハウスでもない存在、その名も「荒島旅舎」だ。
これから荒島旅舎に来た人々は、この看板を通じて商店街の人々と交流していくことだろう。看板は、まさにアイコンとなってくれる。
商店街の玄関として荒島旅舎は多くの微住者と商店街を結んでいく。