人を芸術的に捉えるか、娯楽的に捉えるか。
私は昔から苦手な質問がある。
それは…
『千鶴さんの好きなタイプはどんな人?』
苦手と言っても、聞かれて嫌な気持ちになるわけではない
ただただ説明が長くなってしまうのだ笑
私はサピオセクシャルなので知性に恋をするし、知性を感じることが性的興奮のきっかけとなる。
だからと言って見た目がどうでも良いとは思っていない。
見た目というのも造形の話ではなくて、どちらかというと動作的な部分だと思う。
私の中の”好き”という感情は以前こちら⬇️の記事で述べているように、あくまでも自分の感性を大切にしたその先にあるものなので
自分の感性を大切にしている人が好きだ。
人に接するとき自然と相手の感性に興味が向き、相手の考え方を引き出す質問が多くなる。
そして自分自身が学びを得られる時に恋をしたり、性的興奮をするのだ。
自分はバイセクシャルだと公言してきたが、最近ははっきりとサピオセクシャルだという自覚がある。
サピオセクシャルの傾向がある人同士会話では【嫉妬】の感情が圧倒的に少ないように感じていてサピオにとってそれが何よりもストレスがない。
なぜなのか…?
これはあくまでも私の個人の見解ですが、サピオの人は人類として常に発展を求め続けていると思っていて
人との関係性も【個人的な欲望を満たす関係性】よりも【お互いがより発展できる関係性】を望んでいるように思う。
私にとって面と向かって『好きだ』と伝えることはただの感想に過ぎず、『素晴らしい感性だね』と芸術的感想を言葉にしている感覚なので
『好きだから独占したい』『2人だけの時間が欲しい』という気持ちを他人からぶつけられた時ほど息苦しいものは無いんだ。
そんなことしたら、何も発展できないじゃないか!!と笑
『愛してる』の気持ちも言葉で言うだけなら意味がないと思っていて、好きだから、愛しているから相手がどうしたら発展…言い換えれば、”生きやすいレベルまで自力を出せるのか”を想像して(愛されているな😊)と体感してもらうことが大切だと考えている。
間違って伝わって欲しく無いのは、力の無いものを救いますと言う話をしたいのでは無いという事。寧ろ力を秘めているのに環境があっても、または与えられても自分の力を見出せない人に私個人の時間は割きたくは無い。くらいに思っている
それを素直にいう前に自分のやるべき事として、【セーフスペースとなる美嬢百花】を設立したのだと思う。女性には安心が必要不可欠!今は私よりもセラピー力の高いセラピストが美嬢百花にちゃんと居てくれているので私も心置きなくこのような記事が書ける📝
優れたセラピーをするセラピストの共通点があって、それは人を芸術的に捉える感性があるということだ。
人がそこにいる存在そのままを受け止めて、設問をし、解釈を進める。そして長所をフィードバック。その繰り返しが出来る人
一般社会ではそんな扱いをされることはまず無い。
女性が社会進出するのに今の一般社会だけでは自信が付きにくいんだよね!
女神が女神らしく羽ばたいてもらうためにも、男性の作り上げた強い縦社会的構造に、女性が得意とする柔らかさのある横社会をもっと縫い込めたら社会の心はきっと今より安定する
ジェンダーで自信を失うことも無くなると思っている🌱
さて
タイトルにある【芸術的に人を捉える】と【娯楽的に人を捉える】この二つの感性について
芸術的感性で見られることは自信を得れたり、気づきがある。
娯楽的感性で見られることは心を開かれている事が読み取れるので、人によっては存在意義を実感する。
そんな拮抗関係にあり、発展を大切にしている私個人はこのパワーバランスが崩れる仲では深い人間関係はつくれない。という一つの基準にもなっている。
人には人の段階があります。私は自力をつけたい女性を応援します🌟
面接にくるも良し、美嬢百花に駆け込むも良し、千鶴が月曜日〜金曜日の夜オープンしている赤坂のスナックにくるも良し。です😊
最後まで読んで頂きありがとうございます🌿
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