なんで美術史を学ぶの?この疑問に入門書はどう答えているのか、比較してみた。
美術史を学ぶ理由って何なの?なにかいいことがあるの?
美術史のことなんてぜんぜん知らないよ~という方は、こういった疑問を最初に抱くんじゃないでしょうか。
この疑問は素朴でシンプル、かつ本質的です。
だからこそ、真剣に答えなければいけないなと感じます。
でも、それはなかなか難しそうです。
そこで今回は、美術史の入門書では、この疑問にどのように答えているのかをいくつか比較してみたいと思います。
取り上げる本は、次の4冊です。
1.E.H.ゴンブリッチ『美術の物語』
2.三浦篤『まなざしのレッスン ①西洋伝統絵画』
3.池上英洋『西洋美術史入門』
4.マルシア・ポイントン『はじめての美術史 ロンドン発、学生着』
手元にすぐ用意できるものの中からピックアップしてみました。
1.E.H.ゴンブリッチ『美術の物語』の場合
この本は、1950年に出版されてから現在に至るまで、世界中で読まれ続けている西洋美術史入門書の古典的名著です(残念ながら邦訳はすでに絶版で、価格も高騰していますが...)。
ゴンブリッチさんは、美術史を学ぶ意義をどのように説明しているのでしょうか?
序章から引いてみます。
ゴンブリッチさんは、作品を注意深く見ることで偏見を克服していけば、いままで気付かなかった作品の良さを捉えることができるようになり、それが人生の豊かさに繋がっていく、と言っていますね。
そして、作品をよりよく鑑賞するために、もしくは自分の趣味を洗練させていくために、と言い換えてもいいでしょう。そのために美術史を知識として学んでおくことは有用である、というわけです。
これは、最初からもうベストアンサーが来てしまったのでは?笑
この説明は今でも根強く支持されていると思いますし、最近出版されたような入門書でも、ゴンブリッチさんのように美術史を学ぶ意義を説いているものは多くあります。
2.三浦篤『まなざしのレッスン ①西洋伝統絵画』の場合
この本は、東京大学の講義をもとにした絵画鑑賞の入門書です。
西洋の伝統的な絵画を読み解いていくために必要な知識や、作品のどのような点に注目したらいいのかを具体的な作例から実践してくれています。
この本の「はじめに」には、以下のようにあります。
読者を誘惑するかのような文句が印象的ですね。
三浦さんはようするに、絵画を鑑賞するのは楽しいことなのだと言っています。とてもシンプルですね。
美術作品をよりよく鑑賞するために美術史を学ぶことを促している点で、ゴンブリッチさんとだいたい一緒だと思います。
ただ、三浦さんはそれだけでなく、絵画鑑賞のスキルを養うことは、わたしたちが社会とよりよく付き合っていくために役立つとも言っています。
わたしたちの社会では今、人々があらゆるメディアを通して、たくさんのイメージに四六時中晒されており、感性が鈍感になりがちなのだと言います。
社会にあふれる情報に忙殺され、自分を見失わないようにするために、濃密な時間をわたしたちにもたらしてくれる鑑賞体験がいっそう重要な意義を持つと考えているようです。
3.池上英洋『西洋美術史入門』の場合
この本は、美術史とはどのような学問なのかをわかりやすく解説した入門書です。
池上さんの見解は、先の2人とはすこし違います。
2人は、美術作品には見て楽しむだけの価値があり、その助けとして美術史があるという前提から出発していると言えます。
一方で、池上さんは、学問としての美術史を実践すること自体の価値について語っています。
美術作品がその時代の社会においてどのような意味を担っていたのかを知ることが、「人間を知る」ことに繋がる。それが美術史の最終的な目的であると言います。
4.マルシア・ポイントン『はじめての美術史 ロンドン発、学生着』の場合
この本は、イギリスでこれから美術史を学ぶ学生向けに、最近の動向を踏まえた美術史について解説しています(それは視覚文化研究と言われたりします)。
ポイントンさんが美術史と呼ぶのものは、先の3人とはかなり趣が異なっています。
最近の美術史家は、芸術家たちの作品を扱うだけでなく、視覚を通じて情報を伝達しようとするほとんどすべてのものに関心を払うと言います。
例えば、テレビや映画、新聞広告に交通標識、レコードのジャケット、アニメやマンガ、さらには女性下着についたラベルなどといった、これまで誰もまともに相手にしてこなかったと思われるようなものにいたるまでです。
ポイントンさんは、社会に溢れているイメージがわたしたちにもたらす体験の一つ一つに、真剣に向き合っていこうというスタンスであることがわかります。
三浦さんが氾濫するイメージに忙殺されないために、濃密な絵画鑑賞を薦めているのと比べると、正反対と言ってもいいくらいですね。
ポイントンさんのようなスタンスでは、これまでの美術史の研究手法とはまったく異なり、さまざまな隣接する分野の理論などを踏まえながら、視覚文化の作用を分析することになります。
このような最近の美術史のアプローチは、美術作品に時代を越えた普遍的な価値があるとみなし、その質を判定することを目指すような伝統的な美術史の在り方を視野の狭いものと考えています。
ゴンブリッチさんはその典型としてよく引き合いに出されることがあります。
他にも、たとえばフェミニズムの理論を踏まえると、『美術の物語』に出てくる芸術家たちの圧倒的大多数が男性であるのはなぜなのか、という点が問題になったりします。
もちろん、そういった批判があるからといって『美術の物語』が読む価値のない本だというわけでは決してないですが。
重要なのは、ポイントンさんのような新しい動向の美術史家たちは、ゴンブリッチさんのような古典的な美術史のあり方を乗り越えようしてきたという点でしょう。
また、ポイントンさんは、次のような例をあげて、わたしたちの身近にあふれている何気ないイメージでも、どのような役割を果たしているのか分析してみる価値があることを強調しています。
特別な経験をもたらしてくれるアートからより視野を広げて、身の回りにある何気ないモノに対しても注意深くなってみると、生活そのものが変わってくるのかもしれませんね。
以上、4冊の本が美術史を学ぶ意義をどのように説明しているかをそれぞれ比較してみました。
美術史がじつはとても懐の深い学問であることをすこしでも理解してもらえたらいいなぁと思います。
今回は、美術史入門書のイントロダクションの部分をさらっと取り上げただけなので、詳しい内容にはぜんぜん触れていません。
気になった本があったら、ぜひ実際に手に取ってみてください。