7年前の今日は「今半」へ行った
iphone で、ポップアップ機能があるが、7年前の7月31日、日本に帰った時の写真、戯けて舌を出している(アインシュタインの有名な写真を連想する)写真を撮られた次女の写真が出てきた。その日の朝食、ホテル近くのドーナツ屋さんで撮った写真。
そうだったなー、浅草に行ったんだった。
4人で揃って日本に行くことは数年に一回。大抵は夫は仕事で、アメリカから出張がらみで2、3泊合流できればラッキー。
この年は珍しく、ゆっくり観光した年だった。
そしてその日の夕飯に子供たちに『今半』の「すき焼き」食べさせた日。といっても、私自身も初めてで。
そしてその日以来、娘たちは生たまごを食べられるようになり、「すき焼き」「今半」のファンに。もちろんそれ以来一度も行ってはないが、アメリカのスーパーでも、『今半』の「しゃぶしゃぶのタレ」、「すき焼きのタレ」が、手に入るので、セールの時を見計らって、買っている。
アメリカ生まれ育ちの娘二人は、日本人らしいと言われるのが好きだ。「どっちが日本人らしい?」と、質問されて困ることもある。食べ物の好みで言えば、次女は日本食好き。特に柚子胡椒にハマっている。それが「日本人らしい」と自分でも思っているところみたいだ。
何日も出汁味、醤油味がないと恋しくなるらしい。そして、この世の大好物は梅干し。それも実家の父が漬けた、塩と赤紫蘇だけの梅。
「〇〇したら失礼かな」と周りの人に気遣うところも、日本人!「そこまで考えなくても、、、」と私より繊細かも、、、。
親子でのやりとりは、電話やLINEのテキストも日本語だが、誤字脱字がすごすぎて、ほとんど連想ゲーム。それでも懲りずに、テキスト交換し合っている。英語にすると、私の硬い英語で、きっと気持ちが伝わらないんだろう。
日本語はドラマとアニメ仕込みで話したり聞いたりするのは達者だ。そこで日本人らしさを学んだとも言える。最近は話せば書いてくれる機能があるから、それに頼れる。
7年前には、足し算と引き算と区別がつかず、アルファベットの大文字と小文字の区別がつかず、単語という観念もなく、単語と単語の間にスペースがあることも分からなかった次女。
日本語もひらがなは読み書きできるようになったが、文は組み立てられない。漢字は読むというか意味だけを模様のように理解しているだけ。ひらがなも未だに小さい『tsu っ』が使えない。濁音に付く‥がずっと理解できなかった。
数字を1から10まで数えた後、カウントダウンがどうしてもできなかった。
九九はいまだに全部わからない。でも九九表を見ればわかるようになった。
そういうことが難しい障害のことを、学習障害、ディスレクシア、ディスカリキュラというらしいが、見合った教育法は、多分日本もアメリカも学校には無いんだろう。
算数で数字がよくわからなくても、実生活で贅沢をしたらお金が無くなるーとか、お金の観念は普通に持っている。いつも笑わせるのが好きだから最近は「バカは風邪ひかない」と言って自分のことを笑っている。本当に丈夫なことが取り柄なのだ。
欲しいものを即決できる、迷わない、のも凄い。物は溜めない。
学校の紙上の勉強以外は何でもできる。それでもあと4年高校生活が待っている。
時々困った時に、ひらがなのテキストで『まま』と呼びかけられると、グッとくる。
将来自分が興味を持って、取り組める何かに出会えることを応援したい。
彼女が友達と言えるような仲間と出会えるような、いい学校が見つかりますように。
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