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1-ON-1 インタビュー山本礼人 - UNBREAKABLE - No.240より

8年をかけてたどりついたハードエンデューロの王座。急成長の裏には重要なマインドセットがあった。

ぼくは決して上手いライダーじゃない。でもハードエンデューロで誰にも負けない大事なものを持っている。それがある限り、どんなにすごいライダーが相手でもあきらめるということがない。

Text : Hisashi Haruki
Photos : hijibaku Photo

ケゴンベルグ、前半は森と藤原に離される展開だった


ケゴンベルグは心理戦だった

採石場のロックなんで、あまり得意じゃないし、トライアル的なテクニックで差が出るじゃないですか。前半は森(耕輔)さんと慎也(藤原)くんにかなり離されてたんです。これはちょっと厳しいかな~、って思いながらがんばってたんですけど、だんだん森さんに近づいていって、ちらちら背中も見えてきた。でもその時には慎也くんがリードを拡げてて、森さんをなんとかパスしたんですけど、これは追いつけないと思い始めてました。それでもなんとか必死こいてたら、ラスト30分ぐらいになって慎也くんの背中が見えてきたんです。周回するレースなんで、コースには大体どこも他のライダーがいて、慎也くんも、ぼくも、他のライダーをパスしたり、ちょっとラインが空くのを待ちながら走ってるんです。その頃、すでに3周目だったので、ロックのコースって、最初は難しくても、次第にラインが出来てきて走りやすくなってくるんですよ。それでペースがあがってきて、ミスもしなくなってくるんです。慎也くんが、ぼくに気がついて、ミスしないようにペース配分して走られたら逆転するチャンスがなくなる。そう思って、周回遅れのライダーの陰に隠れながら、静かに後ろについてました。一本ラインに近い沢の中が大渋滞していて、そこで「ごめんなさいごめんなさい」って感じで少しずつ前に出ていったんです。
 慎也くん気がついてなかったですね。
 そして、ガレ場のヒルクライムに入ったところで、一気に勝負かけて前に出たんですけど、そこで失敗して、結局、自分の存在をアピールするだけの結果になってしまいました(笑)。
 もうレースも終盤で、慎也くんもたぶん疲れが出てきたんだと思います。抜くチャンスはほとんどなかったんですけど、なんとかぴったりくっついていました。残り5分ぐらい、難しいヒルクライムに先に慎也くんが入ったところで「失敗しろ失敗しろ」って念じるしかなかったんですけど、慎也くんがなんと失敗してくれて、そこでもう一本だけ、難しいけどなんとかいけるラインがあったのでそこにチャレンジして前に出ることができたんです。最後は簡単な坂を上ったらチェッカーで、なんとか勝つことができた感じです。
 ケゴンベルグは、観客も1000人以上入って、子供のバイク体験とか、小学生の見学とか、レースの関係者だけじゃなくて、地域の人たちと一緒に楽しめるイベントになっていて特別な空気でした。子供たちがたくさん観にきてくれたので、その中から、オフロードバイクかっこいいな、と思ってくれる子供が出てくれたらうれしいですね。そういうレースに参加できたこと自体がうれしいし、しかも勝つことができたので、さらにうれしいですね。

ケゴンベルグのフィニッシュラインで。左、3位の森耕輔、右は藤原慎也


タイトルまで8年
G-NET 2021チャンピオン獲得

-- G-NET参戦開始から8年、ついにタイトルを獲得しました。

2021年は開幕の奈良トラから優勝できて、今年はイケると思っていました。チームも新しくなり、バイクもShercoからGASGASに変えて、気持ち的にも、絶対に獲りたいという思いが強かったです。ロックが苦手で、だから奈良トラは得意なレースじゃないんです。でも、それを克服しないことには前に進めないので、シーズン前、2ヶ月は、奈良に通って走り込んでたんです。うちから片道4時間ぐらいで行けるんですよ。その成果も出たと思います。一番苦手なシチュエーションで優勝できたことでますます自信がついて、シーズンはずっとポジティブな気持ちで取り組めました。日野の最終戦、特別選抜レースでは、IASの慎也くんに負けちゃいましたけど、けっこう接戦だったので、まあまあ、満足しています。

-- GASGASはどうですか?

まずエンジンが素晴らしいです。2ストローク300なんですけど、ハードエンデューロで勝つには一択ですね。低回転がものすごくスムーズで扱いやすいのと、回転の上昇もなめらかで、しかも高回転まで良く回って、回した時の安定感がいいです。ぼくはもともと小排気量にも乗っていて、回るエンジンが好きなので、それも合ってます。
 WPのサスペンションも最高です。RG3でチューンナップしているんですが、担当の福森さんが、最高のセットアップをしてくれます。ハードエンデューロ専用のローダウン仕様です。ぼくは身長が169cmで足が短いということもあって、ローダウンが必須だと思っています。ハードエンデューロでは、サスペンションストロークももちろん大事なんですけど、走破性の足つき性も重要です。少しグラウンドミットしやすくなりますけど、低重心になって特にヒルクライムの安定性が向上します。サスペンションでは約30mm下げてもらっていますが、それによってサス自体の性能が下がる感じはまるでなくて、チューンナップで質感も上がってると思います。

-- シートも削ってますか?

はい、スタンダードと、少し薄くしたものを用意して、レースに合わせて変更しています。ハードエンデューロだとほとんどローシートです。足つきのためでもあるんですけど、シートの高さって、ステップとの距離とも関係があって、けっこうライディングに影響するんですよ。ステップとシートの間が短いほど、フォームの自由度が大きくなって、ステアを上がる時とか、ヒルクライムの時に、身体を入れる深さが大きくなるんです。極端なことを言うと、ラリーバイクみたいにシートが高いと、ほとんど膝が伸びますよね。それだとボディアクションがほとんどできないんです。
 タイチさん(田中太一)は、シートを低くするだけじゃなくて、ステップも高くしてます。それだけボディアクションを重視してるんです。ビリー・ボルトとかタディとか、背が高いライダーは、逆にステップを低く、トライアルバイクみたいに後ろに下げていますが、身体に合わせるのがいいと思います。
 ハンドルバーも、少し低めのものを使っています。ISAのKTMベンドっていうのをとても気に入ってます。GASGASは、ハンドルポストが少し高いので、それに合っている感じですよ。

2021年は全日本タイトル獲得。今年もシーズン序盤から好調だ


この流れを大切にしたい

-- 日本のハードエンデューロについて。

すごくいい状態だと思います。今は多くのレースにたくさんのライダーが集まるようになっていますが、主催者やレースを運営するみなさんが、みんなが楽しめるように工夫してくれて、どんなライダーでも参加できるように敷居を上げないようにしています。安く購入できる古いバイク、乗りやすくて維持しやすい小さいバイク、新品のタイヤじゃなくてもいい。ハードだけでスピードが出ないので危険も少ない。みんなが練習がんばれるわけじゃないけど、それぞれのやり方で楽しめばいいという雰囲気を作ってくれています。
 そういうライダーがたくさん集まる中から、競技としてしっかり取り組んで上を目指してみよう。日本でトップになって世界で通用するライダーになろう、っていう人が出てくるんだと思います。昨年あたりから、G-NETには、トライアルのIASのライダーが増えてきたり、レベルがどんどん向上しています。とてもいい流れだと思います。ワールドレベルのレースでも、ハードエンデューロでは、ビリー・ボルトも、タディ・ブラズジアクも、ジャービスも、みんなトライアル出身のライダーです。日本でもトライアルのトップレベルの選手が着目するほどハードエンデューロの存在が大きくなった。この流れが続いていけば、日本も世界に通用するようになると思います。
 G-NET事務局の栗田(武)さんが、今度、海外のレースに挑戦するライダーを応援するための資金集めのイベントをやってくれます。ハードエンデューロが、全体として、多くのエンジョイライダーに支えられて、その中から真剣に競技に取り組む、次は世界で活躍したい、そんなライダーが少しずつ出てくる。そういう流れがとてもいいと思います。ローカルでガラパゴス化という意見もあると思いますが、ぼくはポジティブです。

泥を喰ってでも負けない

-- トライアル出身ライダーのような、強力な競争相手が増えてきました。そうした状況の中で、自分にはどんな武器があると思いますか。

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BIGTANKマガジンは、年6回、偶数月に発行されるエンデューロとラリーの専門誌(印刷されたもの)です。このnoteでは、新号から主要な記…

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