異常な愛情、または私は如何にして心配するのを止めてV8を買うと決めたか
V8!
車に詳しくない人でも、『マッドマックス怒りのデスロード』が公開された時にV8の2文字を見聞きした人は多いのではないだろうか(来年で公開から10周年という点は無視する)。
V8とは自動車のエンジンの1形式であり、高級スポーツカーを中心に多く採用されるハイパワーエンジンであり、アメリカ人のロマンである。
そして今年、V8を購入した。
何故私は高額な維持費や、避けていたはずの派手な見た目や音といった事柄への心配を止めてV8エンジンの車を買うと決心したのか書いていく。
V8ってなんだよ
大半の自動車にはエンジンが積まれており、ガソリンを燃やして走ることは車好きでなくとも知っていることだろう。だが多くの機械がそうであるようにエンジンにもさまざまな形式があり、大体はエンジンに取り込んだガソリンを燃やす燃焼室の数と、その配置によって呼び方が決まる。
V型8気筒エンジン、通称V8とは文字通り燃焼室がV字型に重なって並んでおり、その部屋が2対4列すなわち8個あるエンジンだ。
V8は歴史的に様々なスポーツカーやレーシングカー、高級車に使われており、スポーツとは縁深い。更にV8エンジンの普及に大きな役割を果たしたアメリカでは偏愛と言えるレベルでこのエンジンが受け継がれており、より高効率だったりハイパワーだったりする形式があっても頑なにトップグレードのエンジンはV8が多く残っている。
何故V8を探すに至ったか
過去の記事でネタにしたが、私はボルボ C30というスウェーデンの車に乗っている。デザインが非常に特徴的で美しく今でも熱心なファンがいる1台だ(しかも中古価格は安く流通している)
乗り味はゆったりおおらか、パワーに優れてもいなければキビキビ曲がることもない。ファブリック素材が多用されたインテリアに深々と座って郊外や高速道路を流すのに向くような車で、スポーツカーで肩肘張るよりも自分に向いている、そう思っていた。
しかしちょっとした都合で今年は国産車から外国製スポーツカー、最新のハイパフォーマンス電気自動車まで様々な車を運転する機会に恵まれた。そして、運転の楽しさについて再認識するとともにボルボへの物足りなさを自覚し始めていた。
更に私の元には知り合いから職場から、頭のネジが飛んだ車好きから次々と納車報告が舞い込んでいた。ある先輩は90年代の名作国産スポーツカーを、ある後輩はBMWのスーパースポーツを、ある上司はクラシックポルシェの精巧なレプリカを、ある友人は年代物のランクルを、ある同僚は70年代のアルファロメオを!
報告者は老若男女問わず、20代も多い。周囲の熱が追い打ちとなって心が揺らいでいく。
ボルボは間違いなく良い車だ。
だが果たして、私は本当にこの車に満足しているのだろうか…?
如何にして一度V8を諦めたか
様々な出来事に突き動かされた私はしばしの逡巡の後、ターゲットを「V8エンジンを積んだ車」に絞った。それも、古式ゆかしいタイプのアメリカ製スポーツカーだ。
スポーツカーにも様々なものがある。大きさ、デザイン、パワー、乗り心地、荷物容量、そしてエンジンの形式。一般的な自動車ユーザーには税金を考える時以外気にもしないだろうエンジンの種類は、スポーツカーにとっては極めて重要な部分だ。
一方で世界に目を向ければ、ガソリン車は日に日に肩身が狭くなっている。求められる環境規制は加速度的に厳しさを増し、販売した車の環境性能の平均値が基準を下回れば生産元は罰金を受ける。電気自動車が勢力を伸ばす中、あと10年ほどでガソリン車を全面的に禁止する国も増えた。自動車企業は大規模な設備や雇用を抱える大船であり、10年程度の短期的猶予の中で生き残るにはこれまで以上に非ガソリン車やエコカーに注力せざるを得なくなる。
こうした時代の移ろいの中に中指を立てるような存在がアメリカ製のV8エンジンだった。
一度に大量のガソリンを燃やし、ドロドロとした低い排気音を奏で、スタートダッシュから底なしに湧き上がるパワーを味わいたい。歳を重ねてみすぼらしい中年になってからよりは若い内に腹を括るべきだとも思った。何よりガソリン車そのものが禁止されかねない世の中、時代が存在を許さなくなる前にエンジンの喜びを楽しんでおきたい。覚悟を決めた。
方針が決まれば車探しだ。
当初狙ったのはフォード マスタングという車。それも2010〜12年に生産された、中期型と呼ばれる外観のモデルに青のボディカラーが理想だった。
中古車サイトを覗くと目的通りの出品が目に留まる。まだ維持費の高額さや駐車場、ボルボをどうするか悩んだが腹を括り連絡した。
「申し訳ありません、本車両は先日成約済みになりまして…」
出鼻を挫かれた。掲載情報は早めに更新して欲しいものである。
しかしドンピシャの候補はもう1台ある。販売地が広島なのは少々辛いが旅行がてら現車確認と行こう。納車後の運転時間は慣らしと割り切れば良い。
「ご来店予約頂き誠にありがとうございます。
誠に申し訳ございませんが本日売約となってしまいました。」
2件連続でこんなことがあるのか。
これで好みど真ん中の仕様はなくなってしまった。ただ、広島の業者は「同じ年式の白のマスタングが来週入庫するので検討してみてはどうか」と提案してくれた。ボディ色が違うのは残念だが白も悪くない、これも何かの縁だ。あとは内装はどうだろうか?
「内装はレッドレザーでグラスルーフ(※屋根の一部がガラスになっており空を見ることができるタイプの屋根)となります。」
絶望、完全に好みの外だ。
車で話題に上がるのはもっぱら外観だが、運転している間ドライバーが触り眺めるのは内装だ。アメリカ車らしいベッタリとした派手な赤のインテリアに囲まれて長時間過ごすことを考えると、とても候補にはできなかった。屋根がグラスルーフというのも、昨今の灼熱極まる日本では採用したくない。積極的に資料を渡してくれた販売業車に丁重に断りの連絡を入れた。
縁がないという実感だけが残る。
3台連続でフラれると流石に諦めの境地に入るというものだ。市場の在庫も良物件はいつの間にか消え、好みと違う仕様や醜いカスタム車両ばかりが残っていた。
何故再びV8を探したのか
マスタング探しの旅が徒労に終わる頃、友人たちと私がどんな車を狙っているか当てる遊びをしたことがあった。その中で一言、「もしコルベットだったら意外で面白い」と声が上がった。
シボレー コルベット。
1953年から8代に渡って生産が続く、アメリカを代表するスポーツカー。
アメリカ人がこの車にかける思いは他国の自動車文化と比べても桁違いで、コルベットの為の国立博物館が存在し、その熱意でオイルショックもリーマンショックも、生産元ゼネラルモータースの経営破綻も乗り越えた。
歴史の中で様々な、特に最新の8代目で大きな変化を遂げたコルベットだが絶対に変わらなかった点がある。それは、V8エンジンを積むことだ。
コルベットは憧れだった。
小さい頃のお気に入りのトミカにはコルベットが入っていたし、PSPで初めて触れたグランツーリスモには勇ましく走る6代目コルベットの姿が前面に押し出されていた。
普段なら自分には過ぎたもの、似合わないと一蹴していただろう。だがこれまでの経験とマスタングに振られ続けた状況でふと友人の言葉を思い出した時、「これしかない」と思った。
マスタングよりさらにスポーツに振った性能。引き締まった外観。古典的な格好良さを身にまとい、愚直なまでに伝統を愛したスポーツカーがたまらなく魅力的に映る。マスタングにはないマニュアル車がある点も大きかった。せっかくならよりダイレクトにエンジンを味わいたい。6代目コルベットのマニュアル車に狙いを絞る。
条件に合う出品が1件存在した。
急いで連絡を取ると問題なく現車確認ができるという。すぐに予約を取り実車を見に向かう。保管されている倉庫は趣味の車ばかりが集まった宝石箱だ。年代や国を問わずマニア垂涎の車ばかり並んでいる。
コルベットはその中でもひときわ目立つ赤のボディに身を包み佇んでいた。
完璧だった。赤いボディなんて今まで絶対選ばなかっただろう。けれどもこの車にはよく似合うし、職場の先輩が赤い車を選んでいたことにも勇気づけられた。
販売会社の人とも馬が合い、ひとしきり語り合いながら契約をまとめた。銀行ローンの手続きで時間を食わされたが納車まではスムーズだった。
こうして私はV8を、コルベットC6を手に入れた。納車当日、初めてクラッチを繋いで走らせた感触は忘れない。
終わりに
購入以降、週に1度はこの車で走っている。
後方視界は最悪だし、ミラーは全然見えない。内装はプラスチックまみれでシートも出来が良くない。エンジンの熱がガンガン車内に入ってくるしオーディオはアナログ入力すらついていない。それでも最高のスタイリングを眺め、アクセルを一踏みすればそんな欠点を全て忘れさせてくれる。
間違いなく、人生最高の買い物だ。
乗りたい方、一緒に走りたい方いましたらご連絡ください。
凍結路面があると死ぬので積雪・寒冷地でなければ向かいます。
それはそれとして維持費は本当に終わっている