チックコリアさんの訃報に触れて。ビッグバンドで取り上げられた作品を改めて振り返りながら氏の偉大さを感じられるようなエピソードを紹介したいと思います。
はい、ビッグバンドファンです。今日はチックコリアさんがお亡くなりになられたということで、ビッグバンドでも氏の楽曲は沢山取り上げられています。それらを振り返りながら氏のご冥福をお祈りしたいと思います。
チックコリア氏について
チックコリアさん、79歳、癌でお亡くなりになられたということです。コロナ禍においても精力的に活動されていて、昨年6月にはオンライン音楽学校「チック・コリア・アカデミー」も開設され、チックコリア氏自身が時に実際の録音について裏話や歴史を解説されるなど、とても病に侵されていたとは思えませんでした。8月に福島県の高校吹奏楽部の部員とオンラインワークショップで交流されている模様もNHKの番組で流れまして、譜面通りの演奏を越え、自分で考えて音を作り、聞く人を笑顔にしようと語りかけている姿がとても印象的でした。
私の思い出
氏の業績に関してはここで語るよりもっと詳しく、より深く解説されている方もいらっしゃいますので、そちらに預けたいと思います。ここでは私の個人的な話をさせていただけたらと思います。私がリーダーで活動しているビッグバンドがありまして、そのバンドで2014年に結成10周年の記念ライブというのを3部構成でやりました。その3部は「Homage to Chick Corea」と題して、全曲チックコリア氏の曲というステージをやりました。これ、自分がビッグバンドと関わるようになってからいつかやりたかったステージで、Lithaから始まり500 Miles High、Captain Marvel、Crystal Silence、そして最後はSpainというね、初期の頃に発表された曲を中心に演奏しました。Spainの冒頭、アランフェス協奏曲のところですが、これをピアノソロにしまして、その部分を当時5歳だった息子に弾かせましてね、ステージに呼び込む際「未来のチックコリア」なんて言ってました。
もう1つ個人的な話をしますと、最近は少し機会が減りましたが、ビッグバンドのCDをジャケ買い、要するに知らないビッグバンドのCDですよ、これを買う時、裏面書いてある曲を見て、もしチックコリア氏の曲を1曲でも取り上げていたらそのCDはかなり高い確率、いや100%じゃないかな?それくらい購入率が高かったです。氏の楽曲って要するにそれぐらい外れが無いんです。どんな演奏、どんなアレンジになっても必ずカッコいい、こんなコンポーザー他に思い浮かばないんですが、どうでしょうか?
あらゆるアーティストに影響を与えてきた
そんなチックコリア氏、ピアニストとして卓越した技術、クリエイティビティを発揮されていたのは勿論のこと、作曲家としても数々の名曲を発表されており、ジャズという枠を超えて世界中のあらゆるアーティストがそれぞれのスタイルで氏の楽曲を取り上げています。それこそB’zの松本孝弘さんがギターインストでスペイン弾いていたりね、本当にあらゆるジャンルのアーティストが何らか影響を受けているんじゃないかと思います。ただ、ビッグバンドに関して言えば自身がリーダーとして率いるビッグバンドは無く、ビッグバンド作品は全て周辺のミュージシャンがアレンジして発表されています。とにかく沢山のアーティストが取り上げているので全部を網羅するのは難しいのですが、ここでは私が知りうる限りビッグバンドでチックコリア氏の作品を取り上げている例を紹介したいと思います。
Mats Holmquist
まずそのままですが「A Tribute to Chick Corea」というタイトルのアルバム、2003年にMats Holmquist Big Bad Bandというビッグバンドが発表しています。Mats Holmquist氏の紹介をしますと、スウェーデンのジャズ作編曲家で、スウェーデン王立音楽院とノーステキサス大学の両方で修士号を取得。1990年代より自身のビッグバンドであるStora Styggaを主宰、国立ユースジャズオーケストラを創設、ディレクターも務め、上海でも長年教鞭をとられています。2014年にリリースされたデイブ・リーブマン・ビッグバンドにてウェイン・ショーター作品集のアレンジを担当したことでアメリカでも注目されることになり、2015年6月にはヴァンガード・ジャズ・オーケストラのディック・オーツと双頭名義でハービー・ハンコック氏の作品集も発表。また音楽教育用PCソフトの開発を手掛ける実業家という側面もある方です。そんな気鋭の作編曲家が手掛ける全曲チックコリア氏というビッグバンドのアルバム、アレンジもかなり現代的・先鋭的なものになっています。アルバム冒頭にWindowsという3拍子の浮遊感と疾走感のある楽曲を取り上げていますが、トランペットにテーマフレーズを充てリリカルに歌い上げます。そのバックから付点四分音符の上行系フレーズが出てきて徐々にバンドが盛り上がり、そのままソロへ。ソロもテーマを担当したトランペットがそのまま行くのですが、ソロバックの木管楽器の流麗さ、ソロ明けのバンド全体の激しさ、そこから流れるように静かなピアノソロへと進行、再びテーマへという、この曲だけでもチックコリア氏の楽曲&ビッグバンドのコンビが如何に素敵なものになるか堪能出来ると思います。なお日本でもトランペッターの辰巳哲也氏がリーダーのビッグバンドがこのMats Holmquist氏を招聘し、2015年にライブをされていまして、このチックコリア氏のアルバムからも何曲から取り上げて演奏されていました。
Duke Pearson
続いてはDuke Pearsonという残念ながら1980年に47歳という若さでお亡くなりになられたピアニスト、作編曲家の方がいらっしゃるのですが、この方がリーダーでブルーノートから2枚、1967年と1968年に収録されたビッグバンドがあり、後に1枚に収録されるのですが、その2枚にそれぞれ1曲ずつチックコリア氏の楽曲が取り上げられています。Straight Up and DownとTones for Jones Bonesという曲なのですが、これ驚きなのがチックコリア氏の初リーダー作だということです。青でチックコリア氏の顔が描かれたちょっとサイケな紙ジャケ、これです。
これが1966年11月に録音されているんですが、正直チックコリア氏がまだエレクトリック・マイルス・バンドに加入する前、年齢も25歳という、決して知名度もまだ高くなった頃です、しかも4曲収録されているのですがそのうち2曲ですからね、いかにインパクトがあったかというのが想像していただけると思います。これ、是非ねチックコリア氏のアルバムとDuke Pearson氏のアルバムの両方を聞いて欲しいです。この時点で既にチック・コリア氏の才気が爆発しているのが、恐らく音楽にそれほど詳しくない人でも感じられると思います。ヤバイです。ジャズの潮流としてはこれから新主流派に入っていくよ、というそんな時代に既に時代をどれだけ先取りしたんだという、今聞いても新鮮でエネルギッシュな、モダンな響きとそして後のスペインに通じるスパニッシュなロマンティシズムも既に見え隠れしています。またアドリブ部に入っていくところの切れ込み方、キレキレ過ぎて、そりゃこれ聴けば誰もがただものではないと思ったのは分かります。先程私のバンドでも全曲チックコリア氏というステージをやったという話をしましたが、ステージ1曲目はこの初リーダーアルバムの1曲目の「Litha」にしました。これはね、拘りとして譲れなかったところでしてね、チックコリア氏の是非聞いてください。
と、チックコリア氏の初リーダー作の話ばかりしてしまいましたが、Duke Pearson氏のビッグバンドアルバムにおいてもこのチックコリア氏の2曲は他の曲と比べても異質な輝きを放っています。一聴しただけで何か違うなと。Straight Up and Downはアップテンポが特徴ですが、テーマの中に出てくるストップandゴーといっていいようなキレキレフレーズがありまして、これをビッグバンドでやると本当に唸りを上げたフレーズが襲い掛かるような勢いが出てきてかっこいいです。今から15年程前になりますが、第35回山野ビッグバンドジャズコンテストでも立教大学のビッグバンドさんがこの曲やってましてね、5位とかになっていたそうですが、これキッチリ演奏しきっていたとすれば納得です。それからチックコリア氏のアルバムではアルバムタイトルにもなっている「Tones for Joan's Bones」。テンポ自体はゆったりしたものではあるが、目まぐるしくリズムチェンジをすることで場面ごとにとても印象的にフレーズを紡いでいく。ただ、それが決してガチャガチャしてないんです。これを25歳の若者が書いたとはとても思えないのですが、ビッグバンドにおいてもこの場面ごとのリズムの表現をリズムセクションだけでなく様々な楽器に割り当てることで表現しています。特にバリトンサックス、イントロからテーマ、テーマの冒頭のバックに入ってくるのですが、この絶妙さ、本当に絶妙です。テーマおよびソロはトランペットが担当、印象としてはトランペットフィーチャーといってもいいほど前面に出てきて、とてもリリカルに原曲の持つ優雅さを活かしながらフレーズを紡いでいきます。まだ若いRandy Breckerがセクションに入っていたりとビッグバンドのアルバムとしてもとても楽しめるものですので、チックコリア氏の曲と合わせて是非手に取る機会ありましたら聞いてみてください。
Woody Herman
そして、チックコリア氏の曲をビッグバンドで演奏したもっとも有名な例は、なんといってもWoody Hermanさんになるでしょう。La Fiesta、Spain、Samba Song、いずれもビッグバンド好きにはたまらない演奏になっていますし、プロアマ問わず多くのミュージシャン、ビッグバンドが取り上げています。ちなみにWoody Herman氏がビッグバンドでLa Fiestaを発表したのは1973年。チックコリア氏がReturn to ForeverでLa Fiestaを発表したのが1972年ですから、これもDuke Pearson氏同様如何に早く取り上げたか、チックコリア氏のいわゆるフュージョンにおける第1作ですからね、これをすぐにビッグバンドで演奏し大ヒットを飛ばす、チックコリア氏の原曲の良さも勿論ですし、それをすぐに取り上げるWoody Hermanも凄いという。今大ヒットと言いましたが、Woody HermanはこのLa Fiestaを収録したアルバム「Giant Steps」で見事グラミー賞を勝ち取っていまして、生涯に3回勝ち取っているのですが、そのうち2回がこのGiant Stepsと翌年のThundering Herdというね、バンドとして再び勢いがついたというのがよく分かります。なお、SpainはThundering Herdとして1976年に発表された「King Cobra」というアルバムに収録されたものになりますが、Spainに関してはビッグバンドでもあらゆるアレンジが出ているので最早Woody Hermanが取り上げたという記憶も薄らいでいるように思えますね。あとはSamba Songですが、チックコリア氏が発表したのは1978年なのですが、Woody Herman氏がビッグバンドで演奏したのは1987年のWoody's Gold Starで、woody herman最後のアルバムになります。wikipediaを見ますとwoody hermanは晩年1960年代に作ってしまった税法上の追徴金返済のためにぎりぎりまで活動していたということで、チックコリア氏の楽曲を取り上げて再ヒットを出し、最後のアルバムでもチックコリア氏の作品を取り上げたというのは、それだけインパクトがあったんだろうなと思います。
というわけで、今日はチックコリア氏の訃報に触れ、チックコリア氏の作品とビッグバンドの関係を紹介させて頂きました。本当にショックでなりません、心よりご冥福お祈り致します。以上、ビッグバンドファンでした。