見出し画像

『真っ白な手帳』20枚シナリオ課題「記者」

※解説
2011年3月12日深夜、京阪新聞記者・長谷優弥(30)は自動車で東北へと向かっていた。未曽有の大災害でスクープをモノに出来ると心を弾ませながら。だが被災地の惨状を目の当たりにして、ただただ立ちすくむしかなかった…。

※登場人物
 長谷優弥(30)(13)…社会部新聞記者
 堀井健一郎(37)…写真部カメラマン
 門真智彦(13)…優弥の同級生 ※故人
 門真すみ子(47)…智彦の母
 村越健次郎(64)…被災者
 消防隊員A
 自衛隊員
 20代女性
 40代女性

○東北自動車道(夜)
  T『2011年3月12日深夜2時』
  大渋滞。車が数珠繋ぎで全く動かない。
 
〇同・車内(夜)
  ラジオからは津波、原発事故の報道が流れている。後部座席の長谷優弥
  (30)、車窓を眺めながら激しく貧乏ゆすりをしている。運転席には堀
  井健一郎(37)。
堀井「そんなに苛々すんなや」
長谷「してまへんよ。焦ってるんですわ」
堀井「そんなん行きたいんか? 被災地」
長谷「そりゃ行きたいですわ。記者生活9年目にしてこんな大災害、待って
 ましたって感じですわ!」
堀井「特ダネ取る気満々やな?」
長谷「そりゃもう、現地行きゃゴロゴロネタ転がっとりますよ!先輩横取り
 せんといて下さい」
堀井「アホ!誰がするか!」
  笑い合う長谷と堀井。
 
〇宮城県気仙沼市・住宅街
  T『宮城県気仙沼市』
  多くの家屋が倒壊、見渡す限り瓦礫が続く。その惨状を見て立ち尽くす
  長谷。
 
〇(長谷の回想)神戸市須磨区・住宅街
  多くの家屋が倒壊し、高速道路も柱が折れ倒壊している。その光景を見
  て呆然と立ち尽くす長谷(13)。
 
〇宮城県気仙沼市・住宅街
  立ち尽くす長谷。言葉が出ない。その隣で堀井、撮影をしながら、
堀井「まるで戦場やな……」
  見るとあちこちで写真を撮ったり、被災者に話を聞いていたりしている
  多くのマスコミ関係者の姿がある。
堀井「マスコミだらけやな(長谷を見て)、おい、大丈夫か?取材や取材、特
 ダネ取るんやろ?」
長谷「え?あ、はい……」
 
〇同・道
  瓦礫で塞がれた道なき道を歩く長谷と堀井。長谷、取材手帳を手に持
  ち、瓦礫の下を覗いたりキョロキョロ。
堀井「何探しとるんや?」
長谷「死体ですよ死体。見つけたらちゃんと撮ってくださいね」
堀井「アホ!そんなん載せられるか」
  すると道脇に写真が散乱しているのが目に止まり、長谷近寄る。泥だら
  けの写真を手に取るとある小学校の写真。
  その中で運動会の写真に目を止める。
 
〇(長谷の回想)神戸市須磨区・住宅街
  瓦礫の中から泥だらけのアルバムを引っ張り出す長谷(13)。表紙に
  は『神戸市須磨第1小学校』とある。長谷、ページを捲ると門真智彦(1
  3)と長谷が肩を組んでガッツポーズをしている運動会の写真。
 
〇気仙沼市・道
  長谷、じっと写真を見たまま動かない。すると、
堀井「おい、向こうで救出作業やっとるで」
  長谷、ハッと我に返り堀井の後を追う。
 
〇同・倒壊した家屋前
  長谷と堀井やってくる。見ると数メートル先で数名の消防隊員が瓦礫を
  掘り起こしている。傍でその作業を見守る村越健次郎(64)。長谷と堀
  井、その様子を離れた所で見ながら、
長谷「あのおっちゃんの家族が埋まっとるんかな?」
堀井「おそらく、まだ72時間経っとらん、生きてたらええがなあ」
長谷「まあどっちでもええわ、ネタんなるでこれは。キチンと写真撮っとい
 て」
  堀井、カメラを向けて撮り始める。村越、長谷たちに気づきチラリと見
  て睨む。そして瓦礫の中から女性の遺体を消防隊員らが引き上げ担架に
  乗せる。村越、その遺体に手を合わせる。
堀井「ダメやったか……」
長谷「よし、ほな話聞いてみるけん」
  長谷と堀井、村越たちの元へ行き、
長谷「あのすみません、京阪新聞ですが……」
  合掌していた村越、長谷に話しかけられると突然、足元に転がっていた
  角材を拾い投げつける。長谷の体に当たる。
長谷「痛っ!(驚く)」
村越「見せモンでねえぞ!」
長谷「あいや、我々は取材に来てまして……」
村越「帰れ!よそモンが!」
  すると消防隊員Aが割って入り、
消防隊員A「あんたらな、察しろよ。今引き上げたこのご遺体はこの方の奥
 さんですよ」
長谷「ですから、この惨状を伝えるためぜひお話を聞かせて頂きたいと思っ
 て……」
消防隊員A「ご遺族の気持ちも考えなさいよ」
長谷「分かってます。ですが我々は被災地を伝える使命を帯びてここへやっ
 てきてるんです。伝えなきゃいけないんですよ!」
消防隊員A「いや、だからってね……」
村越「みち子~(叫ぶ)」
  村越、突然泣き崩れる。長谷、その姿を見てハッとなる。
 
〇(長谷の回想)神戸市須磨区・住宅街
  門真すみ子(47)、沈んだ表情で瓦礫の中でアルバムを捲っている。そ
  して泣き崩れる。その様子を背後から立って見ている長谷(13)。
 
〇同・倒壊した家屋前
  長谷、泣き崩れる村越の姿に言葉を無くす。堀井、村越に
堀井「大変失礼しました。ご愁傷様です。長谷、行くぞ」
  消防隊員らにも一礼し立ち去る長谷と堀井。
   
〇同・市立総合体育館・入口(夜)
  多くの人がひっきりなしに出入りして騒々しい。
 
〇同・中(夜)
  広い館内に多くの被災者がひしめき合い床に寝込んでいる。長谷、取材
  手帳を捲りながらキョロキョロしている。そこへ自衛隊員が通りかか
  り、
長谷「あ、すみません。被害の状況を教えて頂きたいのですが……」
自衛隊員「(鬱陶しそうに)後にして下さい」
長谷「いや、あの……」
自衛隊員「生存者の救出に当たってるんです」
  自衛隊員、足早に立ち去る。そして数メートル先に20代位の女性が頭
  からタオルケットを被りボンヤリと座っている。長谷、近づいていっ
  て、
長谷「あの京阪新聞の者ですが、お話よろしいでしょうか?」
  20代女性、長谷を冷たく一瞥。そして立ち上がり無言で立ち去る。そ
  こへ堀井がやってくる。
堀井「おい、離れが遺体安置所になってるで」
 
〇同・遺体安置所(夜)
  多くの遺体が並び布団が被されている。そして遺族らしき人達が布団を
  捲り確認をしている。それを呆然となって見ている長谷、堀井、その隣
  で
堀井「酷過ぎる。これからまだまだ犠牲者が増えてくで」
  すると遠くから、
40代女性の声「いや~」
  女性が布団を捲り遺体に向かって泣き叫んでいる。その声の方を見る長
  谷と堀井。
40代女性「健ちゃん、目覚ましてよ!」
  その女性を凝視する長谷。取材手帳が手から落ちる。
 
〇(長谷の回想)神戸市須磨区・体育館
  布団を被された多くの遺体が並ぶ。その一角、すみ子が智彦の遺体にす
  がりつき、
すみ子「智彦! 起きて!」
  泣き叫んでいる。その傍で立ち尽くす長谷(13)、涙を流している。
 
〇気仙沼市・遺体安置所(夜)
  長谷、泣き叫ぶ女性を見ながらポロポロと涙を流す。堀井、長谷の様子
  に気づいて、
堀井「おい、大丈夫か?」
長谷「俺は部外者や、あの時だって神戸にはいなかったんや……」
堀井「しっかりせい!取材しないでどうすんねん?」
  長谷、涙目のまま堀井を見る。
長谷「俺には何にも出来ひんかった、あの時も今も……」
  長谷、その場にへたり込む。床に落ちた取材手帳、風が吹いて何も書か
  れてない真っ白なページが捲れる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?