『ふたりの意地』20枚シナリオ課題「死」
※解説
「いじめられてなんかいないよ!ふざけてるだけさ」
北関東の高校に通う3年生・松澤賢一郎(17)は同級生・八木樹(17)がいつも言うセリフを気にしていた。八木はクラスメイトの轟柊斗(17)らにいじめられる度にそう言って意地を張っていたのだが……
※登場人物
松澤賢一郎(17)…高校3年生
八木樹(17)…松澤の友人
轟柊斗(17)…松澤の同級生
下山健太(17)…轟の友人
阿部久(17)…轟の友人
深月ねむ(18)…人気アイドル ※写真のみ
八木芳江(47)…樹の母
男性講師
〇茨城県立日立高校・正門(朝)
多くの生徒が登校している。
〇同・3年2組教室内(朝)
多くの生徒が席についておしゃべりなどしてるが、さほど騒がしくな
い。松澤賢一郎(17)、『東京大学』と書かれた赤本を開いて黙々と勉
強中。その時、勢いよく扉が開いて轟柊斗(17)が入ってくる。
轟「(でかい声で)わっきゃね~!」
生徒達、一斉に轟に反応して笑う。松澤は無視して勉強を続けている。
轟、教室へ入ると皆に、
轟「わっきゃね?わっきゃね?」
と訪ねながら教室中を練り歩く。皆も面白がって「わっきゃね」と返
事。教室中が騒ぐ中、音も無く八木樹(17)が静かに入ってくる。轟達
が騒ぐ中、席につく。轟、松澤の肩に腕をかけて、
轟「マッツン、わっきゃね?」
松澤「(迷惑そうに)ああ、大丈夫」
轟「ばが!そごはわっきゃねだっぺ!」
そこへ下山健太(17)と阿部久(17)がやってきて、
下山「こいづ、東京の大学のごどばっか考えてっから、標準語しか出ねえん
だ」
轟「おめには地元愛ねんか?おれにはあっぞ、茨城も深月ねむも大好きだ!
あどこんクラスの皆もな!」
教室中の生徒がどっと笑う。
阿部「轟さん、見で!」
阿部、深月ねむ(18)の顔写真がプリントされたうちわを見せる。うち
わには『わっきゃね(大丈夫)』と書かれてある。
轟「おお! やっぱ可愛いなぁ。おめも少しはこん娘から地元愛学べ。なあ
樹?」
轟、突然後ろを向いて八木に尋ねる。
八木「(ビックリして)え?」
松澤も振り向いて八木を見る。
轟「英語の教科書、置き勉してったろ?」
八木「あ!」
八木、引き出しから英語の教科書を出す。開くと多くのページが落書き
され、ボロボロに切り刻まれている。
轟「教科書、わっきゃねか?」
轟、下山と阿部、笑う。周囲の生徒達も八木を見て笑う。
八木「(笑う)へへへ」
八木、ひきつった表情。その様子を複雑な表情で見る松澤。
〇同・屋上
松澤、扉口から屋上へ出てくる。すると遠くに八木の姿。欄干に手をか
け、前のめりで下を覗いている。松澤、慌てて近づいて、
松澤「おい!何してんだ?」
八木、顔を上げて松澤を見る。
八木「何してるように見える?」
松澤「は?」
八木「(笑う)へへへ。飛び下りるとでも思った?」
八木、傍のベンチに座る。
松澤「おどかすな」
松澤もベンチに座る。
八木「何でそんな風に思った?」
松澤「何でって、そりゃお前……」
八木「いじめられてなんかいないよ!ふざけてるだけさ」
松澤「え?」
八木、スマホを取り出して、
八木「実は僕もファンなんだ」
八木、画面を松澤に見せる。画面には深月ねむのブログ。ページの見出
しには『茨城県生まれ、方言アイドル・深月ねむ❞わっきゃね(大丈
夫)❝ブログ』とある。
八木「彼女、最近ネットの書き込みに悩んでるみたいでさ」
ブログには『どんな言葉でも私へのエ―ルなんだよね?そう思えばわっ
きゃねえ!』と彼女自身の書き込み。
八木「彼女すごく前向きでさ、僕も頑張ろうって励まされるんだけど、ちょ
っと心配なんだ。無理してるような気がして」
松澤「お前も無理してるように見えるぞ」
八木「え?そ、そんなことないよ。いじめられてなんかないし、ふざけてる
だけだし」
松澤「分かったよ。意地っ張りだな、お前」
八木「え、そう?」
松澤「ま、もうすぐ卒業だしな」
八木「賢ちゃんはやっぱり進学するの?」
松澤「ああ、目指すぜ東大!」
松澤、立ち上がり街を見下ろす。
松澤「そして出てくぜ、こんなド田舎から」
八木「すごいな」
松澤「合格して、この学校のバカ共とは違うってことを証明してやんだ。
あ、お前は含まれてないぜ」
八木「ありがとう。賢ちゃんも意地っ張り!」
松澤「え、そうかぁ?」
〇学習塾・外観(夜)
〇同・教室(夜)
対面している松澤と男性講師。男性講師、松澤に用紙を見せる。用紙に
は『模擬試験結果 東京大学要検討』と記載されている。
男性講師「この時期で今の成績だと国立は厳しいですね。私立も検討してみ
ては?」
松澤、机の下で拳を強く握り震える。
〇同・駐輪場(夜)
松澤、自転車に跨りスマホを見ている。画面には深月ねむのブログ。
『この汚い世界から脱出したい』
『変わりたい自分 でも変わらない自分』などの言葉が綴られている。
〇街・道路(夜)
松澤、憂鬱な表情で自転車をこぐ。
〇同・公園前・道路(夜)
松澤、自転車で公園横を通り過ぎる。と何かを見つけ止まる。
〇同・公園内・広場(夜)
八木、白ブリーフ一丁姿で立っている。
轟、下山と阿部、その姿を笑いながらスマホで撮影している。
松澤、自転車から降りて少し離れた所からその様子を見ている。八木、
ひきつった表情で笑っている。松澤、それを見て怒りの表情になり駆け
寄る。松澤、八木の腕を強く掴んで、
松澤「おい!何で笑ってられんだ!これがふざけてるだけかよ!」
轟「よお!邪魔すんな」
下山「余計なことすな。おめの為だ」
轟達、松澤を抑えようとするが、松澤振り払い八木にしつこく迫る。
松澤「変な意地張ってんじゃねえよ!」
八木「や、やめて、お願い……」
〇松澤家・松澤の部屋(夜)
松澤、ドアを勢いよく開け鞄を放り投げるとベッドに倒れ込む。すると
スマホに着信。寝転んだまま見る。画面にはパンツ一丁姿で笑っている
八木の写真。それと共に『こんことチクんなよ!轟』とメッセージ。松
澤、スマホを投げつける。
〇同・外観(朝)
〇同・松澤の部屋(朝)
床に落ちたままのスマホ。制服姿の松澤、拾う。画面を見ると
『わっきゃねで大人気・方言アイドル深月ねむが自殺』とのネット記
事。松澤、驚いて記事を読む。そしてハッとなり電話をかける。が相手
が出ず慌てて部屋を出る。
〇同・廊下(朝)
廊下脇に置かれている固定電話。松澤慌ててやってきてかける。
松澤「あ、もしもしおはようございます。日立高校3年2組松澤ですが樹君
いますか?」
〇八木家・キッチン(朝)
八木芳江(47)、コードレス電話片手に2階へ向かって叫ぶ。
芳江「樹!同級生から電話!」
芳江、受話器に耳を当て、
芳江「まだ寝てるみたいなのよ、朝から何?」
松澤の声「すみません、部屋に行って彼の様子見てきてもらえますか?」
芳江「え?ちょっと待って」
芳江、受話器片手にキッチンを出る。
〇松澤家・廊下(朝)
松澤、受話器を耳に当てたまま落ち着かない。芳江の声が漏れてくる。
芳江の声「樹!早く起きなさい!」
〇八木家・樹の部屋前(朝)
芳江、ドアをノックするが反応がない。
芳江「入るわよ」
芳江、ドアを開ける。
〇松澤家・廊下(朝)
松澤、受話器を耳に当てたまま。
芳江の声「きゃー!何してるの!樹!」
芳江の悲鳴が聞こえてくる。
松澤「もしもし!樹君は大丈夫ですか!」
松澤、受話器を投げ捨て外へ飛び出す。
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