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『お代官様はつらいよ』20枚シナリオ課題「時代劇」

※登場人物
 森銕之介(27)…大泉村代官
 森千代(24)…森の妻
 池畑泰蔵(43)…元締手代(代官の部下)
 小川惣兵衛(62)…名代(大泉村の長)
 藤村仁左衛門(51)…材木商『藤村屋』
 門番
 村人A
 村人B

※解説
時代劇では「悪代官」としてヒール役に扱われがちな江戸の中間管理職・代官。しかし史実では私利私欲に走らず領民のために奔走した代官も数多く存在した。そんな名代官の活躍を描く。

〇大泉村代官陣屋・門前
  門前に詰めかける村人達とそれを押さえる門番の侍。小競り合いをして
  いる。
村人A「今年は日照り続きで稲穂の育ちが良くねえんです。何卒年貢を負け
 て下さるようお代官様にお取り次ぎを」
村人B「街道筋に盗人の出没が後を絶ちません。何卒お取締りをおねげえし
 ます」
門番「ええい、控えよ!新しいお代官様は本日赴任されたばかり。訴えは後
 日改めよ」
  その時、陣屋の中から
森の声「ぎゃ~!」
  悲鳴が聞こえてきて驚く一同。
 
〇同・広い座敷
  森銕之介(27)、隣の森千代(24)の袖にすがりつき震えている。
  2人の前には多くの膳が並んでいる。
  森、その中のイナゴの佃煮を指差しながら、
森「こ、これは一体何じゃ?」
千代「イナゴの佃煮じゃございませんか?」
  千代、佃煮を箸でつまんで食べる。
千代「とっても美味でございます。あなたもお上がんなさい」
森「されど虫は虫、それに……」
  森、遠くを見る。座敷の障子は空いていて、庭の向こうに木の柵が見え
  る。その隙間から複数の目が覗いている。
 
〇同・柵の外
  村人達が柵の隙間から中を覗いている。
  中にはゴクリと唾を呑み込む者もいる。
 
〇同・広い屋敷
  森、複雑な表情で目線を膳に戻し、
森「何だか、ちと食べ辛い……」
千代「でも私たちをもてなすために村の人達がご用意して下さったのです
 よ」
  そこへ池畑泰蔵(43)がやってくる。
池畑「どうなされましたお代官? 大きな声など出されて……」
  続いて小川惣兵衛(62)と藤村仁左衛門(51)もやってきて、森達の前
  に座る。小川はがっしりとした大きな体格、脇には小包を抱えている。 
池畑「この者たちがご挨拶に参られました」
  小川と藤村、手をつき頭を下げ、
小川「名代・小川惣兵衛にございます」
藤村「材木商『藤村屋』、藤村仁左衛門にございます」
小川「この度は江戸から遥々、こんな辺鄙な土地へようおいで下さいまし
 た」
  小川、森の膳を見て
小川「おや?お口に合いませんでしたか?」
森「うん、ちと贅沢過ぎると思うてな……」
小川「何を仰います? 新しいお代官様の赴任を盛大にもてなすのは慣例で
 ございます。ささ、ご遠慮なく……」
千代「あなた、頂きなさい」
森「いや、しかし……」
  すると小川、森ににじり寄って、
小川「私共の精一杯なおもてなし、お受け出来かねると仰るので!?」
  小川、睨みを効かす。それにビビる森。
森「わ、分かった……」
  森、思い切って佃煮を口へ入れ苦渋の表情で噛み締める。それを見てせ
  せら笑う池畑と小川、藤村。
小川「あ、それとこちらは菓子にございます」
  小川、小包を差し出す。
森「い、いや、もうこれ以上は無用……」
小川「いいや! 何卒お納め下さい!」
  小川、小包を森に無理やり押し付ける。
森「そ、そうか……ん?何か妙に重いな」
  すると池畑、慌てて、
池畑「あ!これは私が一旦お預かり致しましょう」
  池畑、森の手からサッと小包を奪い、背中の後ろに隠してしまう。小川
  と藤村、それを見て顔を見合わせニヤリ。
池畑「ところでお代官……」 
  池畑、藤村を見て、
池畑「この者は河川から木材を江戸へ流し、財を築いたこの村の豪商にござ
 います」
  池畑、森の耳元へ
池畑「(小声で)例の件、相談されてはいかがでしょう?」
森「そ、そうか。実はな藤村屋。折り入って相談がある」
藤村「ほう?一体どのような?」
  森、少し言い辛そうに、
森「うん、その……内々な事であってな。2人きりで話したい」
  藤村と小川、また顔を見合わせニヤリ。
藤村「ホホホホ、一体何でございますしょう。では夜分に改めてお伺いさせ
 て頂きます」
 
〇夜空に浮かぶ満月。
  野犬の遠吠えが聞こえる。

〇代官陣屋・奥座敷前の廊下(夜)
  閉められた奥座敷の障子。そこに2つの影が浮かび上がっている。
 
〇同・中(夜)
  ゆらめく行燈の灯り。その傍で額を合わすように密談している森と藤
  村。
藤村「(驚いて)400両!?」
森「うむ。ここへ来るまでの旅費に加え、付け届けやら出立祝の宴やら、江
 戸でも何かと出費がかさんでな」
藤村「それはそれは、難儀でございますな」
森「ご公儀から赴任の費用として260両ばかり拝借したが、とても足り
 ぬ」
藤村「ではこういうのはいかがでございましょう? その拝借金を年利1割
 ほどで借り受け、手前どもで商いをさせて頂きます」
森「ほう!」
藤村「その利息でもって返済や村の諸費用に充てるというのは?」
森「うむ、良かろう。いや、かたじけない。お主に相談して良かった」
藤村「赴任早々、お金の工面とはお代官様も大変でございますな」
森「全く情けない、とても人前で話せることではない」
 
〇同・門の前(夜)
  小川が立っている。そこへ扉が開き藤村が提灯を持って出てくると、
小川「さっそく新しい代官と昵懇になれたようだな?して奴の相談事と
 は?」   
藤村「色々と首が回らないご様子でしたよ」
  並んで歩き出す小川と藤村。
小川「そうか。俺たちの手の平で上手く転がせるといいがな」
藤村「容易いことでしょう。世間知らずのボンボンという感じでしたから
 ね」
小川「だがそれ故、馬鹿正直ということもあるからなあ……」
藤村「そこはほれ、まずはあの池畑とかいう手代を手名付ければいいんです
 よ。袖の下でね」
小川「なるほどな。藤村屋、おめえは全く悪知恵が働くな」
藤村「ホホホ。名代ほどではございませんよ」
 
〇代官陣屋・狭い座敷(夜)
  池畑、小川からもらった小包を開ける。中には饅頭が敷き詰められてい
  る。1つ取るとその下に山吹き色に光る小判。
  池畑、ニヤリとして小判を懐にしまう。
  その時、
森の声「ぎゃ~!」
  森の悲鳴が聞こえてくる。
 
〇同・縁側(夜)
  森、慌てふためきながらやってくる。
  縁側のヘリには、小さな芽が出ている鉢植えが置いてある。
森「千代~、またじゃ!厠に見たこともない虫が!ああ~気持ち悪い~」
  森、騒ぎながら縁側を抜けようとし、ふと鉢植えに気づく。
森「ん?おお!」
  小さな芽を見て歓喜の声を上げる。
 
〇同・庭(夜)
  千代がやってくる。
千代「あなた、今度は何でございますか?」
  見ると森は庭に降りて小さな芽を庭の土に植えている。千代も庭に降り
  て、
千代「こんな夜分に何をされてるのですか?」
森「江戸から持ってきた鉢植えの芽が出たんじゃ。その窮屈だろうと思うて
 な、庭に植え変えた」
  森、指で小さな芽を撫でる。
森「江戸の長旅にもめげず、よう芽吹いてくれた。成長が楽しみじゃ」
  千代、嬉しそうな森の様子を見て、
千代「庭が広くてようございました。ここもまんざらではございません
 ね?」
  森、千代の言葉に真顔になり、
森「すまぬ、千代……」
千代「え?」
森「ワシが無能なばっかりに、こんな所へ飛ばされてしまった……」
千代「またそのお話ですか?」
森「才があれば江戸で大事なお役目に就けたものを……」
千代「違うと思いますわ」
森「ん?」
千代「代官は才ある者しか勤まらない大事なお役目。さすればお奉行様は、
 あなたに白羽の矢を立たれたのだと存じます」
森「ワシにどんな才があるというのだ?」
千代「これですよ」
  千代、小さな芽を指で撫でる。
千代「小さき者やか弱き者に慈しみの心を向ける易しさです」
 
〇大泉村・イメージカット
  枯れた田んぼとやせ細った稲穂。
  見すぼらしい姿で路上に座り込む村人。
千代の声「この村の人達は災害と長引く飢饉で心が荒んでいるはず。あなた
 はきっと人心でもって村人達を導いていけます」
 
〇代官陣屋・庭(夜)
  小さな芽の前に屈み込む森と千代。
森「人心などで代官が勤まるものかのう……」
千代「勤まりますとも!千代はあなたを信じております」
森「千代……」
  見つめ合う2人。その時、森の足に大きなムカデが這う。森、それに気
  づき、
森「ぎゃ~!こ、これじゃ! さっき厠に現れたのは!」
  森、庭を駆けずり回る。千代、その姿を見て、
千代「はあ~、やっぱり勤まるかしら……?」

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