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さよなら弘美さん

皆さんはイマジナリーフレンドという言葉をご存知だろうか?イマジナリーフレンド(英: Imaginary friend)とは、「空想の友人」のことであり、心理学、精神医学における現象名の1つである。(Wikipedia調べ)

色んなケースがあるのだろうけど、聞いて思い出すのは子供の頃身近にいたりする架空の友人です。自分には見えるけど、他人には見えない友達。ジョジョ・ラビットとかそんな映画でしたね。大きくなってからもイマジナリーフレンドがいるとまた違う呼び名、病気になったりするからそれは割愛しますが、子供の頃は空想の友人を持っていましたという方も多いに違いない。

ところで仕事の取引先に、田中弘美さん(仮名)という方がいて、直接話したことはないけれど、かなり頻繁にメールをやりとりしていた時期があった。

文章というものは不思議なもので、やはりビジネスメールでもその人の人となりがはっきり出るものだ。丁寧な人は丁寧なメールを書くし、杜撰な人は表題すら書かない。高圧的なメールを書く人はやはり高圧的な話し方をするし、何が言いたいのかよく分からない人は、やはり事態を把握していなかったりする。

田中さんはとても丁寧なメールを書く方だった。もちろんビジネスメールだから「拝啓 麗春の候、貴社ますますご発展のこととお慶び申し上げます〜」なんて内容ではない。もっとシンプルに、何が起きて、どうしましたという事が書かれているだけだ。

たださっきも書いた通り、そこにも人柄が出るのだ。ちょっとした感謝であったり、気の回し方であったり、提案を断った際のお詫びの言葉であったり、田中さんはそういう事が抜群に上手かった。仕事ができるだけでなく、人間ができている人なのだろうと俺は思った。

半月ほどボチボチと業務についてやりとりしていた時、急ぎ田中さんに確認しなければいけない事案が発生した。俺は田中さんの会社に電話を掛け、取り次ぎを頼んだ。

その時ふと、そういえば田中さんと話すのは初めてだな、と気が付いた。そしてどんな人なんだろう、と妄想した。あれだけ丁寧な感じでメールを書く人だ、きっと落ち着いた女性なんだろうな……多分落ち着いた中にもきりっとした雰囲気を漂わせている、コクがあるのにキレもあるようなキャリアウーマンだろう。弘美さんという名前から、作家の川上弘美さんを連想したりした。きっと落ち着いた感じの人なんだろう。長い黒髪を軽くまとめて仕事をしているんだろうな。眼鏡が似合うに違いない。そうだ、最近出張であの会社に行く事も多いし、もしかしてこんど呑みにでも誘われちゃうかもしれないな。そしたら俺たちは高層ビルのすごい高い場所にあるBARとかで、俺が君の瞳に乾杯DAZE…って言ったら、やだフミさんったら、本当にインファイナルアフェアなんだから……とかなんとかしっぽり濡れたりするのかもしれないよね。そしたらさ……

待っている間、そんな事を思ったものです。

夢はフリーダム(by光GENJI)


は~い、田中で~す」 

  


電話に出てきたのは天龍源一郎みたいなデスボイスの男性だった。

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「えっ?!ああの、田中さんをお願いしたんですけれども……」
ええ、そうです、私が田中です
「えっ?」
えっ?
「……」
もしもし?田中ですけど??

ガラガラガラァって、何かが崩れる音が聞こえた。もしもし?と弘美さんがデスボイスでささやく。俺は何も言えなかった。

ああ……そうか、弘美って、そうか……

そうです、弘美さんは男女兼用(?)の名前だった。

もちろん勘違いをしていたのは俺だし、田中さんに罪はない。
勝手に想像してしまったのはいつもの悪い癖だ。大体相手の性別とかどうでもいいじゃないか。何が高層ビルでインファイナルアフェアだ。

俺はなんとか冷静さを取り戻し、田中さんとやりとりをした。
デスボイスではあったが、やはり田中さんは想像していた通りとても丁寧な方で、仕事の話は滞りなく終わった。

電話を切って俺は窓の外を見た。そこには青空にゆっくりと消えていくイマジナリー弘美が見えた。その横顔は、なんだか笑っているように見えた。

……返してくれ。俺の弘美を返してくれ。あの胸の高鳴りを返してくれ。
そう言って泣きたくなったのでした。辛いことばかりの人生です。

あ、でも逆に優とか智とかいう名前で女性だったパターンもあって、そういう時はなんだか得をしたような気分になります。適当ですね。


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