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越南の風|2022-05-13

今日は、うでパスタが書きます。

何をもって「パンデミックの終わり」とするかはいろいろだというようなことが、「いけるか?」という感じが出てきたあたりから言われるようになりました。しかし歴史を振り返るとだいたいのところ、パンデミックの終わりというのは寄せては返す感染拡大の波が徐々に引いていった結果、いつ頃からか「ただの風邪」になってしまったり、あるいは単に長引く「自粛」に疲れたひとびとが暴れ回るようになって何となく終わるということのようで、あまりはっきりしないことが多いようです。
アメリカでは「公共交通機関でのマスク着用義務廃止」みたいな法令上の緩和が心理的には大きな節目になるようですし、ロンドンへ旅立った知人なども「ここで暮らしているとコロナのことを忘れてしまう」というほどに行き交うひとびとがすでにマスクをしていないことに新鮮な驚きを感じながら、みずからはやはり速攻で感染・自主隔離に至っておりました。
日本は国民性からもこのあたりの幕引きに手間取りそうですが、なかにはパンデミックのあいだに獲得した在宅勤務という権益を手放したくないひとびとによる政治的に偏向した主張も聞かれるかもしれませんし、「もうちょっとで歯列矯正が終わる」というひとならまだこの夏ぐらいはみんなマスクしといてほしいなという思いもあったりするのかもしれません。いずれにしましても、ここから二年間は「パンデミックは浜辺になにを残していったのか」について考えていきたいと思っています。

私自身は2018年の大晦日に帰国するまでのおよそ七年間、日本に自宅というものがない生活をしながら主にベトナムとボストンを往き来しつつ、その合間に東京で羽根を休めるような生活をしていたところが、「日本でのあたらしい暮らしにも慣れたし、そろそろちょっと子連れで海外にでも出てみるか」と思った2020年3月にベトナム旅行をすんでのところでキャンセルするにいたり、それ以来なんだかんだともう三年と半年のあいだ日本を出るということをしておりません。
一緒に仕事をしていたひとたちのなかには逆に、そのあいだずっとベトナムから出ないままにもう二年以上の時をすごし、文字どおりガラパゴス的に独自な進化の分岐点を通り過ぎてしまったのではないかと危惧される方々も少なくありません。いろいろと辛いこともあったかとは思いますが、生き延びた以上は「それが進化のプロセス(how it works)」と割り切ってその後の人生をぜひ前向きに生きていっていただきたいと思います。そしてこの「万物は結局、うしろ向きには生きられない」というのが、ひとつにはまさにそのhow it worksの重要なポイントなのであります。

ともあれ、私もこの夏はいよいよ中断されたベトナム旅行を二年半ぶりに再開すべく、こどもとふたりでホーチミンシティへ遊びにいく予定を立てています。実はこのパンデミックがはじまる前にはまだ少し仕事にかこつけてたまにベトナムへ訪ねていく感じもあったのですが、幸か不幸か失敗した事業のターミネートもこの二年のあいだに完了し、いまとなってはベトナムに仕事もないので「遊び」と認めざるをえない状況です。

みなさんのあいだで「ベトナム」という国とそこで暮らすひとびとについて、この二年半のあいだにどんな風に印象が変わったか、あるいは変わらなかったかについて、私はあまり一般的なビューを持ち得ておりません。しかし特にベトナムに注目しがちな人間としては、現在までつづく米国のしつこい物価高騰について、その初期には「東アジア・東南アジアで工場が操業を停止していたことによる供給制約」が大きな一因であるとされておりまして、そこに「ベトナムがロックダウンしていたからNIKEのシューズが届かない」というような例が頻繁に挙げられていたのが印象的です。
お気付きの通りUNIQLOなんかで服を買っても(みなさんは買わないかもしれませんが…)「MADE IN VIETNAM」と書かれていることが多く、私がベトナムへ出入りしはじめた一〇年前には「チャイナ・プラス・ワン」といって「日中関係が悪化したり、あるいは発展にともない人件費が高騰していくときに、中国から工場が移転していく先のひとつ」がベトナムだというような声が高かったのを思い出すと、「一〇年で経済的な世界地図が目に見えるかたちで書き換わるのだな」という感慨を覚えます。
なお現在ではベトナムの工場はもちろんアパレルばかりを強みにしているわけではなく、長い海岸線を活かして自動車の製造工程に介在したり、サムソンエレクトロニクスなどへ半導体の半製品を供給したりしているということですが、これが単に「ベトナムSugeeee!!!」というだけの話にとどまらず「でもグローバルな供給網ってやっぱ脆弱だよね」という気付きによって見直されるようになっちゃったら嫌だなというのがごく最近の状況ではないかと思います。これがまた、ここから一〇年後に風景が大きく変わっている、その起点になるのでしょうか。

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