probability | weekly
「無限に存在する可能世界の中から今ここが選び取られている。とはいえ、ワタシは今ここにしかいないので、別の可能世界のワタシにとってはそこが今ここになるのだろう。ワタシがワタシではない世界もあるのか。同時に複数の世界に存在することはできないので、あくまで想像の話になってしまうけれども、今ここにいるワタシから無限に分岐していくワタシの世界。そして今ここに収斂するワタシの世界。ただ一点に定まるこの無限の可能性の中の唯一の存在の尊さを感じるが、それは妄想なのかもしれない。いずれにしても、記憶はワタシの生み出した再現であり、想像はワタシの脳の生み出した幻想である。虚空に浮かぶ一つの点としてのワタシ。収束と発散。凝集と拡散。」
彼女はタブレットから顔を上げると、少し窓の外を眺めてからこちらに向き直った。外には太陽が5つある。雲が早く流れているので風が強いのだろう。天候は目まぐるしく変わる。5つの太陽は互いに干渉し合う。明るい時間が長いが、距離もしょっちゅう変わるので地表面の温度は変化が早く、大気は大きくうねっている。竜巻のような強風も起きるがすぐに消えてしまう。かつての大変動で地球の地軸は歪んでしまい、季節の変化周期もかつての1年間という単位とは大きく変わってしまった。日本には四季があったと言われているが、いまはそのさらに細分化された七十二候よりも頻繁に気候が変わる。一日の内でも午前と午後では別の季節のように感じることも珍しくはない。彼女はしばらく言葉を探すような仕草を見せた後に、「無限に選択肢が存在したとしても、何かを選んだ時点でその他の選択肢は消滅するのでしょうか。以前に選んだ何かに今の私が影響されているとしたら、それは自分で選んだと言っていいのでしょうか。」
この時代になっても時間旅行というのは不可能だ。時間というのが何かという話は古来より人間が繰り返し取り組んできた問題ではあるけれども、それは計測の仕方に大きく左右されるし、主観的な時間感覚と計測されまた共有されうる単位に換算された時間というもので全く異なるので、いまでもそれは変わらない。もしあの時点であの選択をしていなければ、というのはフィクションのネタになるものだけれども、実際には時間は一方向にしか流れないので、やり直すことはできない。同じようなシチュエーションに出くわした時に、次は上手くやる、というのがおそらく正しい姿勢なのだろう。何かをやり直すチャンスがあるというのは実にラッキーなことだと思う。それこそ、無限にある選択肢の中から似たような機会に出くわすというのはそれこそ、千載一遇のチャンスである。人類はどこかで選択を誤ったのだろうか。今となっては今この世界しかないので、他の選択肢もあったのだろうか、というのは思考実験にしか過ぎない。よりよい判断のために、常に考え続けるというのは、今ここをただありのままに受け止めるということだけではなく、あり得た世界に対する可能性を模索するということでもある。それは想像力を持つものの使命であり、また、今を生きる者の後の世のための者への責任でもある。おそらく豊かさというものは選択肢を数多く用意し、それを吟味する時間的な余裕を持つということなのだろう。
彼女の漠然とした問いを受けて考えている間に、空は暗くなり始め短い夜の訪れを告げていた。5つの太陽が生み出す光のグラデーションは荘厳で、一向に安定しない大気の層に反射する温かな色合いはどこか懐かしさを感じさせる。
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キノコです。
君には無限の可能性がある、と一度も言われたことがないのでこれまでに出会った教育者は皆誠実だったのだろうな、と感慨深く思います。正直なところ、妥当な選択肢を示すというのは無責任に不可能なチャレンジを促すよりよほど難しく、また相手のことをよく考えていないとできないことだろうと思います。もし自分が何かを指し示す立場になった時や相談を受けた時には変な期待を持たせないようにしようと固く誓っております。
さて、世界は新型コロナウイルスへの対策で団結しておりますが、非常事態という大義名分によりまたさらなる流動性が供給されるのでしょうか。株は売るタイミングではなく買うタイミングなのでは?という気がしますが、3月には世界が滅びるというお告げもいただいておりますし、100日後に死ぬワニが死ぬのを見届けてからでも遅くないのかも、という気もします。自分の手ではどうにもできない何か、というものに命運を委ねるというのはなかなか気持ちが悪いものだな、という感じがしますが元々自分の思考というものがないかもしれないし、まあ気にしてもしょうがないのかもしれません。
どういう事象がどのくらいの頻度や割合で起こりうるのかを表現したものを確率といいますが、今日はそんな話です。
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