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加速 | 2024-12-13

空中戦、という言葉をしばしば耳にすることがありますが、まあなんというか、組織の上の方で下々のことを無視してあーだこーだと議論することを指す言葉のようです。なので、空中戦が行われるということは、現場に混乱がもたらされることを暗に示唆しており、仕事においては秩序を重んじるキノコとしてはあまり歓迎する気持ちになれない言葉だったりもします。ちなみにおじさんしか言ってない言葉なので、昭和の名残ですし、今どきの言葉で言えばレスバということになるので、社内のプロセスとしては不適切、という印象なんだろうなと思われます。いい年したおっさんたちがレスバし続けているというのが健全ではないのは火を見るより明らかですし、傍から見ていると本人たちも望んでやっているわけではなさそうなところが不毛ですし、いずれにしてもそろそろ世界観を現代にアジャストして欲しいところであります。

同じように空中で始まる言葉に、空中分解、というのもあります。これもまた何かが上手く行かずにやり始めたものの無惨にも綻びが大きくなり立ち行かないというか、崩壊してしまうというのを指している言葉です。昔は飛行機が珍しかったというのもありますし、飛行機が飛んだり堕ちたりするというのはかなりセンセーショナルなニュースだったのでしょうか。空中◯◯というのがそれなりに派手さを伴うというのが一つ時代的な背景のある言葉なのかなと思わされます。

というわけで、転職して2ヶ月半ほどが経ち、期待値のコントロールというのが上手く行かなくなってくる時期でもあります。この人はこんな事ができるのでは、という期待が高まり色々な仕事を振ってみるという期待の上昇期と、実際やらせみたら実はできないこともけっこうあり期待が下降する時期というのを一巡するのに約2ヶ月、それらを加味したうえでその人のポジションであったり、ロールというものを組織に組み込み運用に乗せていくというのに2ヶ月、上手くいくかは分からないものの、何とか組織に馴染んで認知され、一通り業務の型というものができるのに2ヶ月、こんな感じで約半年という試用期間というのが形成されているわけです。そして、そういったプロセスを経て馴染んでいく、というのが分かっていても、期待の下降期において周囲から若干の失望の表情を向けられる時期というのはなかなか辛いものがあり、心を病むのもこうしたギャップ&フィットの過程においてでるということは広く知られております。頭では分かっていても、それが現実になった時に受容できるか、というのはまた別の話で、そうした期待や要求水準と実際にできることとのギャップというのをどう捉えて対処していくか、というのが人生経験を積んだ大人、というのに求められる成熟の一側面なのではないかと思われます。

さて、キノコの大好きなインターネット、特にSNSではあいもかわらず日々インターネットミームが生まれては消費されており、一瞬面白いなと思ったものが数時間後には面白くない人達によって粗製乱造され、飽きられ捨てられていくという過程を繰り返しております。何度も言われていることではありますが、ごく少数の面白い人たちが面白いことを始める、面白がる人たちが集まり始める、面白くない人たちにも広まる、面白くない人たちが真似を始める、最初に始めた面白い人たちと面白がっていた人たちがいなくなる、面白くない人とネタだけが残る、というサイクルが高速で展開されています。日々このサイクルが速まっているような気もしており、ちょっと目を離した隙に生成AIだったり炎上だったり、格付けアニメーション(?)だったりといったものが目の前をすごい勢いで流れていきます。AIの進化により誰でもちょっとした画像が作れるようになったり、何かそれっぽい文章を生成できたりするようになるというのは、個人的にはゴミが増えるので悪だという認識でおります。もちろんこのnote自体がゴミではないという事は言っていないわけで、読む人によっては何で延々自己紹介や些末な話を続けているんだ、もっと本質的で価値創造につながることをすべきだ、という意見もあるでしょうし、それができればしているよ、というところでもあります。安易な相対化というのは避けるべきだとは思うのですが、本質的な価値創造などということを安易に口に出すことも憚られるわけで、多様性の時代において本当に本質的で本格的に根本的な真に価値があると受け止めらるような言説というのはそうそうあるものではないと思いますので、言語を弄した毛づくろいのようなコミュニケーションというその行為自体がある種の強度をもった時間の濃度というものを生むのだということにも注目すべきなのではないか、とは思います。

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