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ハッピー・リタイアメント|2023-10-29

今回は、うでパスタが書く。

大前研一が次のようなことを言ったというのはいまもインターネットでしばしば目にするところだ。

人間が変わる方法は三つしかない。 一つは時間配分を変える、二番目は住む場所を変える、三番目は付き合う人を変える、この三つの方法でしか人間は変わらない。

「時間とムダの科学」(大前研一/PRESIDENT BOOKS)

本当はこのつづきに、「もっとも無意味なのは『決意を新たにする』ことだ。」と来るのだが、それはあまりに意地悪な物言いだと思う。しかし勤勉なひと、自分は地道な積み上げによって他人より多くのものを得たのだと考えるひとは一般に被虐を嗜好するところが強く、つまり「自分はひどい目に遭わなければ成長しない、もっとも苦しい思いをしているときにこそ自分は他人に先んじているのだ」とばかり信じこんでおり、こういうことを言われるのが好きだ。

大前研一はマッキンゼーという、いまでいう戦略コンサルにいたひとだと思うが、この手のファームで働いているひとが朝から晩までツイッターで「自分は上司にひどいことを言われている」と嬉しそうに繰り返しているのは、それが自分の成長・成功を約束していると思い込んでいるからだが、傍目にははっきり分かる通り、これはもちろん誤解だ。人間として歪んだ成長を成長とは呼ばないし、歪んだ人間の成功譚をひとは憧れをもって聞いてくれたりはしない。ここで繰り返されているのは単純に不幸な人生の再生産に他ならない。こういうひとはもしかしたらどこかもっと不幸なところから逃げてきてそれでいいのかもしれないが、だからといってそれが幸福だということにはならない。

しかしそれにかかわらず、時間配分はやはり重要で、難しい。ごくごく単純に時間は止めたり貯めたりできず、完全に取り返しのつかないほとんど唯一の資源だからなのだろうが、そういう意味では時間とは即ち、私たちの命そのものであるに他ならない。

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