Living In A Ghost Town|2023-05-15
今回は、うでパスタが書く。
サイゴン、と書くといつも≪地名変更→ホーチミン≫とATOKが教えてくれる。
いまもベトナム最大の商都である南部・ホーチミンシティはかつてサイゴンと呼ばれた街区を中心に発展をつづけている。一九七五年四月三〇日の「サイゴン陥落」によって列強支配の記憶を喚起するこの都市の名前は「ホーチミンシティ」へと改称された。しかし現在も、特に祖国を分けた戦争の以前から南部に暮らしてきた家々のひとびとにとり、その街はサイゴンであり、現にその国際空港であるタンソンニャット空港の空港コードは「SGN」のままである。
かつて村上春樹の小説に、「それはサイゴンをホーチミンシティと呼び変えたのとおなじ手口だ」というようなフレーズが登場したのを覚えていて、いま思えば村上春樹のその書きようは、少なくとも語り手の主人公が「北ベトナム」つまり現在国際的に承認されているベトナム政府の正統性を否定していることを示していた。
村上がいた一九七〇年代の東京では、彼と同世代である学生たちは米帝をはじめとする列強支配の手先である南ベトナム政府を公然と批難し、北の社会主義政権こそが唯一正統なベトナム人国家であることを唱えていたはずだと思うのだが、このあたりにこの作家の「ズレ」を感じる。
そこでいまさら一万円以上という金子を投じてそれとおぼしき作品のKindle版をダウンロード、全文検索をかけたがこの一文が出てこない。時代設定からして「羊をめぐる冒険」より前であるはずはなく、私の記憶につよく残っていることから「ねじまき鳥クロニクル」より後でもないと思うのだが、見付からない。まさかKindle版への改訂にあたって修正したわけではないと思うし、そもそも私の思い違いである可能性も否定できないが、どなたかご記憶の方がいらっしゃればお知らせいただきたい。ちなみに村上春樹は「1973年のピンボール」で当初「すぐにラジエーターが壊れるワーゲン」と書いていたのを、「空冷式のワーゲンにラジエーターはない」ことから後に「エンジン」と書き換えたことを明かしており、すでにその手は汚れている。
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