史上最大の逆転劇
ドラマやスポーツ、また人生においても、たくさんの敗北や問題の末の逆転勝利には、私たちの心を感動させるものがあります。
聖書には、表面上は失敗や敗北だらけであっても、実は目に見えないところで神が働いておられ、その結果、人生どん底状態からの逆転を遂げた人たちがたくさん登場します。
ヨセフやヨブなど、この世にいる間にそれが起きた場合もあれば、「金持ちとラザロ」のたとえ話(ルカ16:19-31)のように、この世を去ってからの逆転劇もあります。
中でも最大の逆転劇であり、人類の歴史を変えたのは、イエス・キリストの復活だと言えるでしょう。
イエスは、宗教指導者たちの策略と弟子ユダの裏切りにより逮捕された上に、別の弟子ペテロからは「そんな人は知らない」と言われ、他の弟子たちからも見捨てられました。
その後、不当な裁判を受けてむち打たれ、いばらの冠をかぶらされ、多くの人に愚弄され、最後には十字架に釘付けにされて、精神的にも肉体的にもどん底状態の中、息絶えました。
きっと悪魔は、イエスを始末することによって、神の計画を台無しにできたと考え、大喜びだったことでしょう。
でも、悪魔のそんな喜びもつかの間、わずか3日目に、イエスは復活されました。文字通り、「逆転復活勝利」です。
しかも、それはイエスただ一人にとっての勝利ではなく、神の救いの計画を信じる人すべてのための勝利でした。
そもそも、イエスの死は敗北などではなく、救いの計画に欠かせない重要な一部だったのです。イエスは自ら、私たちの「あがない、すなわち、罪のゆるし」の代価として(コロサイ1:14)、ご自分の命を与えてくださいました。
あがない(贖い)とは、私たちの行いによらず、神の恵みにより、罪が赦されて、「義」(正しい)とされることです。
イエスの復活は、そのように「義とされる」ことのしるしとも言えます。
イエスは、ご自分の死について、それが私たちの罪の赦しのためであること、そして、3日目に復活されることを、あらかじめ弟子たちに話しておられました。
もし、イエスがその言葉のとおりに復活しなかったならば、私たちの罪の赦しのために死んだということも疑わしくなりますが、実際に復活されたことによって、その死の目的が確かに罪の赦しのためだったという確証が与えられたことになります。
そして、イエスは罪と死とに打ち勝って復活されたからこそ、信じる者を永遠の命へと導くことができるのです。
神の御子イエスは、私たちの罪の赦しのために死に、永遠の命を与えるために復活されました。
そのイエスを信じるという選択をする時、この史上最大の逆転劇は、私たちの人生において、真の勝利をもたらすものとなります。
参照:『贖い(あがない)とは』