--SS|五月雨と傘
「もうすぐ梅雨だね。」
靴を履いた彼は、不意にそうこぼした。
気づけばもう春の暮れ、空は冴えない雲に覆われていた。
入学から早2年が過ぎ去ったが、彼がずっと同じクラスにいることもあり、時の変化をなかなか感じない。なんやかんや、僕の中学校生活にはいつも隣に彼がいた。
寡黙でとかく目立ちたがらない彼も、僕の前ではよく喋る。卒業した小学校は違うし、付き合いは短いけれど、僕は誰よりも彼に詳しいつもりだ。
「雨降らないといいな。」
傘立ての傘を抜き、僕らは門をくぐった。ふと彼の手元を見る。お前にしては洒落た傘だな。そんなことを思ったが、わざわざ言うほどのことではない。そもそも、傘の話に活路を見出すほど、話題に困っていないのだ。
「明日の昼どっか食べ行かね?」
「でもあと2週間でテストじゃん」
「うわっ、そうだった〜。受験生だから気い抜けねー」
「まじで受験生の実感沸かねーわ」
そんなことを話しながら、下校を楽しむのだ。
「あ、雨…。」
家路も半ばに差し掛かった頃、コンクリートを弱くなければ強くもなく五月雨が打ち始めた。靴は濡らしたくないが、制服が濡れるのはもっと面倒だ。僕は咄嗟に傘を開く。
が、彼は傘を閉ざしたままだ。確かに、傘を差すほどではないかもしれないが、雨音が鮮明に聞こえる以上、傘を差さない理由がない。僕は気になって尋ねた。
「濡れるよ。傘差さないの?」
「うん、まあな」
「え〜、そんなお洒落な傘なのに。差さないともったいないよ」
「確かにそうなんだけど…」
「なんか理由があるの?」
そう訊くと、答えに困っているのだろう、彼は目を泳がせた。
「…派手だから、かな?」
「派手?要するに目立つからってこと?」
「まあ、そういうこと」
「でも、そんな悪目立ちするような柄じゃないし、大丈夫だよ」
「いや、そうじゃないんだ」
彼は目を逸らし、声を潜めて呟いた。
「こんな派手で目立つ傘差してたら、本当の持ち主に気づかれてしまうだろ?」
Fin.
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