再生医療ってなんだろう? (3) -新しい分野の研究は天才的なひらめきに支えられている!?(後編)-
こんにちは、ビビです。夏は暑い日中を避けて夕方とかに出かけたくなりますね。遅い時間まで明るい北の国が羨ましいです。たまには、見知らぬ国に旅立ちたいですねー✈️
再生医療も最後の回になりました。新しい研究を進めるには、新しい研究ツールが必要です。新しいツールも研究者のひらめきによって作られます。バイオの研究者だけでなく、工学や物理学など、多岐に渡った分野の研究者が一緒になって成果を出していく世界線🌏。ワクワクしますね。
🦠臓器の形成に必要な「方向性」って!?
今回は、組織の発生の「方向性」の研究からです。
生体内の臓器は様々な形をしています。そして、臓器中の場所ごとに機能の異なる細胞が集まって全体を形作っています。どの方向、あるいはどの場所に、どのような形に、どのような機能を持った細胞を配置するのかというのは、臓器を形成する上で重要なファクターになります。
多くの場合、分化の司令塔となる細胞グループが、周囲の細胞への合図となる様々な分泌性因子を必要なフェーズで放出します。分泌された因子は、司令塔細胞から離れるほど薄くなります。この濃度差によって、各細胞は自分が組織の中のどこに位置するかを感知します。分泌された因子の種類と濃度で、それぞれの細胞の遺伝子の発現が変化し、分化の運命が変わっていくのです。この考え方を「モルフォゲン説」といいます。
例えば、脳において重要な役割を持つことが最近解明されてきているグリア細胞を見てみましょう。オリゴデンドロサイト、アストロサイトなどに分類されますが、最近の研究で、もっと細かなグループに分かれることが分かってきました。この発生についても、司令塔から分泌される複数の分子(Shh、Wnt、BMPなど)の濃度勾配が多様性を作り出していることが分かってきています。
通常、実験室で使われている細胞培養は、ディッシュと呼ばれるシャーレのような容器🧫に細胞を入れ、周囲に均一な培地を入れます。前出のような因子の濃度勾配による影響を研究するには、濃度勾配を作り出す特殊なツールが必要になります。
ディッシュの代わりに四角いブロックの中を培地で満たし、細胞を培養できるようにします。そのブロック間の壁を必要な因子が透過できるようなフィルターにし、これを積み重ねます。細胞を入れた隣のブロックには、影響をみたい因子を添加し、添加した成分がフィルターを通して細胞を入れたブロックに滲み出し、その拡散の距離に応じて細胞を培養しているブロック内に濃度勾配が作り出せるような仕組みを理化学研究所のグループが開発しました。
こういったツールの開発も再生医療の発展に必要不可欠な研究なのです。
🦠臓器間の連携をマイクロ流体デバイス上で作り出す技術
興味深い創薬研究ツールをもう一つ紹介しますね。すでに商品化されていますので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。Organ-on-a-chipと呼ばれるツールです。USBくらいのサイズのデバイスで、この上で細胞を使った実験ができます。
例えば、デバイスの上で細胞を培養し、そこに流路を作って外部から培地や薬剤を添加できるので、様々な薬剤の効果を試験できます。
また、生体内の臓器間では、シグナル伝達などを通してお互い影響しあっていることが分かっています。この影響を研究するために、デバイス上に複数の種類の分化細胞を培養し、それを連携できるような流路を作り込んだシステムもあります。
その他、先の肝臓の再生のところでもお話ししたように、細胞の種類によってはストレッチなどの負荷や血流などの圧力が細胞の成熟や機能性に影響を与えることがあるため、その状況を再現できるデバイスもあります。例えば、呼吸に伴う収縮運動をデバイス上で再現することで実際の肺に近い環境を作り出し、肺胞上皮細胞に細菌等が暴露されるような状況を観察できます。実際の疾患に近い環境をピンポイントで作り出すには、とても良いツールです。もちろん、全く生体と同じではありませんが、動物モデルを使わなくてもよく、細胞もヒトのものが使えることは大きなメリットです。
他の臓器でも同様に研究が進んでいます。
近位尿細管は血液をろ過した原尿から生体に必要な成分を再吸収し、不要なものを遠位尿細管や集合管へ導くことで、生体恒常性の維持に重要な役割を担っています。京都大学と理化学研究所の共同研究グループは、腎オルガノイドと近位尿細管上皮細胞をデバイス上で共培養することでSGLT-2 と P-gp の機能を向上させることに成功しました。前者は、糖の再吸収を担う分子として最近有名ですが、後者も薬物を体外に排出する分子として創薬研究では重要視されているトランスポーター(分子の輸送を担うタンパク質)です。いずれも、生体内でこの細胞の指標となるような分子で、つまりは、デバイス上で異なる細胞を共培養することで、細胞の性質をより生体に近づけることができるということです。
生体機能の再現が難しかった小腸の構造でも、京都大学のグループが流体デバイス上で再現したことを報告しています。彼らは、生体内では血管から染み出した血漿成分が周囲の間質液と混ざることで作り出される間質流が小腸の特徴的な構造を作るために必要であると考え、血液の代わりに培地を使ってデバイス上でこれを再現しました。これにより、ヒトiPS細胞から小腸を構成するために必要な複数種の細胞、杯細胞やパネート細胞などへの分化させただけでなく、ムチンを分泌させて粘液層を作り出したり、CYP3A4などの小腸特異的なタンパク質の発現を確認しています。
今まで動物実験に頼りがちだったこの分野の創薬研究を、マイクロ流体デバイス上で再現し、生体により近いデータを取得できるのであれば、大きなメリットがあるでしょう。
再生医療の研究は、本当に奥が深くて興味が尽きないですね。
🦠終わりに…….
日々新たな研究成果が報告され、その中のいくつかの研究から新たな研究のためのツールを生み出すアイデアが生まれ、更なる研究の進展につながるのは、本当にワクワクします。新しいアイデアを思いつく研究者って、やっぱりすごいです。
再生医療は、細胞シートを使ったり、臓器を再生したり、といったことだけでないもっとたくさんの研究がされています。また機会を作ってお話ししたいと思っていますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。
今回も最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました!
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サイエンマニア
133. 生きた細胞を食料や医薬品に?今ホットな再生医療分野について語る!
134. 再生医療の実験現場とは?着替えと技術とやりがいがスゴすぎる
関連資料他
25. 中枢神経系の発生における多様な細胞への分化と配置の制御
26. ミニ臓器に体軸方向を与える技術を開発
27. Organ-on-a-chip
28. 創薬を加速化するツールとしての Organ-on-a-chip の進展
29. オルガノイド由来細胞を用いた腎近位尿細管モデルチップを開発
30. 間質流を用いたヒトiPS/ES細胞由来小腸モデルの開発