Be Easy Brewing(青森)
クラフトビールの面白さの1つに、新しい産業であるがゆえ、つくり手それぞれに、たいてい“前職”があることが挙げられると思います。
青森県弘前市でビールをつくるギャレス・バーンズさんのそれは、なんと「元アメリカ空軍爆弾処理班」。一体なぜ、アメリカの軍人さんが日本で、それも津軽の地でビールをつくることになったのか――?
「18歳で空軍に入隊し、23歳まで爆弾処理班で仕事をしていました。具体的には、大統領などの要人がホテルに宿泊する際など、FBIと連携しながら事前に施設をクリーンアップするのが任務です。爆弾を探すチームが別にいて、発見したら僕らがそれを処理するんです」
まるで学生時代のアルバイト経験を語るような口調で命懸けの任務を口にするギャレスさん。実際、当時の同僚には手や足を失った人も少なくないのだとか……。
ちなみに、空軍での最後の2年間は三沢基地に配属されたことが、青森とのご縁の始まり。東北の寒さは故郷・フィラデルフィアの四季を思い出させるそうで、ギャレスさんは退役後も青森に残り、英会話スクールの講師や津軽三味線奏者(!)として活動します。
一時期は青森のローカル番組でレギュラーコーナーを持っていたそうですから、ご当地タレントのような存在だったのでしょうね。
やがて日本製のヴァイツェンビールを口にしたのをきっかけに、クラフトビールに傾倒していった彼は、自らブルワリー(醸造所)設立に向けて動き始めます。「やっぱり僕は外国人だから、銀行はなかなかお金を貸してくれなかったですよ」と苦笑するギャレスさんですが、いまでは「Be Easy Brewing」は全国に出荷される人気銘柄に育ちました。
〈Text By Satoshi Tomokiyo〉