いろんなイロ、いろんなシロ
家にいる時間が長くなり、ご飯は基本自宅で食べている。せっかくなので僕は普段使っていなかったうつわを使う良い機会だと捉えることにした。
僕が運営しているウェブマガジン「BIASED」でもいくつか紹介しているけれど、僕は白いうつわが好きだ。
ひとくちに「白」と言っても、世の中にはさまざまな「白」、というか「白たち」が存在している。
ウエディングドレスのような一切濁りのない白や、ミルクのようなとろみのある白、雲のようなグラデーションのある白、少し日に焼けた本のようなベージュがかった白。
HTMLカラーコードやPANTONEでは表すことのできない「白たち」は、それぞれが個性を持ち、ときに鮮やかに、ときにまろやかに光を反射しているのだ。
うつわについても例外ではない。涼やかな伊万里、雪景色のような李朝、白磁への憧れを感じるトロリとしたデルフト、ナイフの小傷が少し茶色くなったベージュのクレイユ。
そこには彼らの表情ともいえる質感があり、色とりどりでおもしろい。
さて、僕たちは何も考えられない状態、つまり頭が空の状態のときに「頭が真っ白になった」と言う。「空白」という言葉からも分かる通り、「白」は「何もない空の状態」を表す色として、そして言葉として役割を果たしているのである。
白いうつわはキャンバスのようだ。空っぽの白いうつわは盛る食べ物によって変化する無限の可能性を感じさせる。
野菜を盛ろうか、ステーキを盛ろうか、それともー。
何を盛るか思い浮かべることは、キャンバスに何を描くか、そして何色の絵を描くかを想像するのと同じだ。愉しくもあり、難しくもある。
ときどき僕は少し時間をかけて何を盛るか考えてみる。「いろんな白」のうつわを手に取りながら、芸術家よろしく。