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日本のナッジ実践事例①:宇治市の消毒促進ナッジ(柴田浩久さん)

このシリーズでは、日本のナッジ実践の最新事例をお伝えします。今回は、宇治市役所の柴田浩久さんが進めているウィルス対策の消毒促進ナッジを紹介します。

宇治市役所の柴田さん(右から3番目)

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ー「消毒剤に向かってテープを貼るだけ」。たったこれだけの方法で、消毒促進効果が出ているそうですね。

厳密な測定結果ではありませんが、昼休みの時間帯にこのテープの近くに立って観察したところ、設置前よりも消毒する人が約10%増えていました。また、市役所玄関横の受付の方によれば、対策前よりほとんどの人は消毒液を使用するようになったと聞いています。

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ーどういった経緯でこの取組が生まれたのでしょうか?

ウィルス対策の一環で、学校が休校になるなど、社会に大きな影響が出ています。その中で、私たちが一人一人ができることは何かと考えたときに、まずはウィルス感染拡大を自分たちの行動で抑制することだと思いました。そのための自助努力のきっかけとなればと思って始めました。

実は、当初、真実の口を作ろうとしていました。でも、真実の口を作るにはコストがかかり、広がりに欠ける。それで、もっとコストのかからない、汎用性の高い手法を探しました。

テープの前は、チョークで矢印を書いていたんです。やってみてわかったのですが、人が矢印の上を歩くとチョーク部分がこすれて消えてしまうんですよね。それで、テープに落ち着きました。

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ー試行錯誤の上に生まれたんですね。その取組が、三重県松阪市、大阪府摂津市、兵庫県尼崎市など、さまざまな地方自治体に広がっています。

はい、ありがたいことに、全国から反響があります。兵庫県尼崎市では、消毒率が18倍になったと聞いています。

この取組を広める上では、倫理に違反していないか、エビデンスはあるか、社会的貢献はあるか、を確認した上で、役所内での調整を経て、実際にテープを貼って、効果検証をしました。そして、自分のFacebookに掲載したり、知り合いの地方報道機関の方にもご紹介したところ、新聞記事にしていただきました。報道されたら、それを見た他市町村の行政担当者から問い合わせが来るようになり、実際に真似してみたり、アレンジしたりしながら、各自治体の担当者が自主的に行ってくれました。

(摂津市での様子)

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ー柴田さんがナッジに関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

もともとは、脳梗塞で倒れ、リハビリ散歩の途中で犬の糞害が多いことに気づいたことがきっかけでした。最初は見るのも嫌でしたが、そのうち、この放置には一定の法則があるのではないか?と思い、チョークで発見時間を警告したところ、同じ犬が同じ場所で同じ時間帯に放置していることを発見しました。人が見ていない時間帯や見えにくい場所で多発する傾向があり、この逸脱がナッジにより修正できればと思ったのです。

糞を発見したら発見時間をチョークで警告する取組、この取組をイエローチョーク作戦と名付け、継続的に行って日々観察していたところ、糞害対策としての効果を実感しました。これは、そのうち、市民の方も自らやってくださるようになり、コストのかからない効果的な糞害対策として、新聞やテレビなどでも取り上げていただきました。全国約120市町村からお問合せがあり、その2割ほどで実際にホームページなどでご紹介され、市民の皆さまが実際に取り組まれています。

(実際に発見日時を書いている様子(京都新聞より))

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ーこちらも大変大きな広がりですね。チョークで発見日時も含めて警告することで、フンを放置するという望ましくない行動が誰かに見られているということを飼い主に認識させ、社会規範を示すということですね。

その通りです。行動経済学の理論をもとにしています。このイエローチョーク作戦の広がりを目に留めていただいて、日本版ナッジ・ユニットBESTの会議で取組について発表したり、2018年には行動経済学会でBESTナッジ賞をいただいたりしました。

(第13回行動経済学会パネルディスカッション(右端))

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ーどんな思いで今回のウィルス対策の取組を進めていますか?

今回の消毒ナッジは、イエローチョークと違って、犬を飼っている人や迷惑している人という分類がなく、すべての人が対象になります。健康や安全というのは国を超えた共通の価値観で、非常にシンプルでわかりやすいので、世界に広まるといいなと思っています。

今直面しているウイルス対策は、生死の分かれ目にもなる危機ではありますが、結局はひとりひとりの行動に負う部分も大きいので、気負いすぎることなく、少しでも良い方向に皆でいければ良いと思います。

ーナッジの取組を進める上で気をつけていることはありますか?

ナッジの原則は、強制はせず、あくまで選択の幅を残すことです。自分が選択したと感じられることが、その行動の継続にも役立ちます。

また、理論で空想しても、実際の現場で実装できなければ、あるいは、効果が検証できなければ、単なるイベントに終わります。ですので、常に効果検証は重視しています。

ー今後はどういった展開をお考えでしょうか?

私はナッジの取組を個人的な取組として4年前から進めてきましたが、横浜市や尼崎市などで職員有志による自治体ナッジユニットが登場し、個人ではなくチームで取り組むことでさらに幅が広がることを実感しました。そこで、宇治市でも有志の職員によるナッジユニットを立ち上げる準備をしているところです。

私自身は、ナッジの基盤となる行動科学を専門的に学んできたわけではありませんが、これまで、市役所職員としての経験を通じて、実際に市民の皆さまとの顔の見える関係があります。一緒に取り組みましょう、と持ち掛けると、あんたが言うのならやってやろう、といってくれる方々がたくさんいます。本当にありがたく、こういった方々と協力しながら、ナッジを通じて、社会課題の解決に寄与できればと思っています。

ー柴田さん、どうもありがとうございました。


今回は、日本のナッジ実践のパイオニア、柴田さんの取組をご紹介しました。行動経済学やナッジの実践を通じて、自分たちで解決できることもあるという気づきにつなげていきたいと語ってくれた柴田さん。世界的にウィルス対策が求められていますが、こうした危機的な状況においてこそ、一人一人の行動の重要性が高まる側面もあります。自発的な行動の変化を促すナッジの可能性は非常に大きいことがわかりました。

このシリーズでは、引き続き、多様な分野における日本のナッジ実践事例を取り上げていきます。

聞き手・構成:植竹香織(横浜市行動デザインチーム)  写真はいずれも本人提供 




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