32歳からの毎日メイク 初日

朝ごはんを食べながらVOGUEのYoutubeアカウントでマーク・ジェコブズ(本人)によるメイク動画を見ていたら、メイクをしてみたいという気持ちが湧いてきた。うっすらだけど。32歳までずっとすっぴんだった私が。

しかし、私はメイク嫌いだ。私がメイク嫌いになったのは、初めてフルメイクした成人式の時である。美容師さんの手によりメイクをほどこされた顔は全く自分好みではなかったうえ、重くてくさくて気持ち悪かった。こういうものがメイクならしたくない。

それ以外にも、費用がかかるとか、女性体の持ち主がメイクをするのは当然という風潮が解せないとか、そもそも面倒くさいという理由もあるが、根本はこれだ。メイクした自分の顔が嫌い。メイクは重くてくさい。

ということで、私はできるだけメイクをしないようにしてきた。就職面接時には、受かる確率を上げるためショップでメイクをしてもらってから向かい、からくも内定を得た。勤め始めて数日後に仕事場が女性体にメイクを強制しない雰囲気だと悟るや否やノーメイクに切り替えた。友人や親族の結婚披露宴への出席時などは、化粧下地とファンデーションとカラーリップとアイブロウをつけるのが限界だった。

メイクをしないからと言って、一切それに類するものをしていなかったわけではない。私は乾燥肌のくせにニキビが出やすい。日焼けをすると肌が赤くなる。ゆえに、32歳数ヶ月の時点で、ひとまず毎朝毎晩顔を洗って化粧水をつけるところまでは習慣化していた。日焼け止めはできるだけつけるようにしていたがよく忘れる。かさつきやすい唇保護のため透明リップをしなければと思いつつ、だいたい忘れていた。眉カットと顔剃りは、下手なので専門店に通っていた。私にとって、これが日々のメイクだった。

さて、マーク・ジェイコブズに触発されてメイクをしてみたいという気持ちが湧いてきたが、新しく化粧品を買うにも何を選べば良いか思いつかないし、どう使えばいいかも分からない。そもそも、自分が良いと思えるメイクを知らないので完成形が見えない。

もやもやしたまま、私はひとまず外出した。こんがらがったときは外に出るのがいちばんである。そうだ、きのこをたくさん買って、昼はきのこカレーにしよう。ついでにお気に入りのパン屋で全粒粉パンを手に入れ、軽くトーストしてカレーに合わせよう。財布と買い物袋を持って出た私は、スーパーの近くまで行き、その近くにあるお店に目を引きつけられた。

眉カットします!

先述の通り私は眉カットが苦手だ。そして、その時の私の眉毛は、半年以上眉カットをしておらず、たいへん奔放だった。前日、たまたま撮った写真のなかで、私は奔放すぎる眉毛で笑っていた。周りがメイクをきちんとしている集団だったこともあり、私から見てもちょっと残念な顔に仕上がっていた。しかし、私よ。本日はおやつ時に、友人とお茶をする約束があったな?

私は予定変更し、眉カットの店に入った。入った瞬間、失敗に気づいた。ここはお高い化粧品を売る店だ。少なくともプチプラなんてない。

しまったと思っているうちに、私は店員さんに囲まれた。いやでも眉カットをしに来たのだからそれだけを告げよう、終わり次第さっさと退店しよう……という私の計画は店員さんのトークによって早々に瓦解した。

「眉カットをご希望とのことですが、今お探しの商品ですとか気になることなどはございませんか?」

「いえ特には」

「そうですか……実は私としてはお客様の毛穴が開いて乾燥気味なのが気になります。すごくきめ細かいお肌だからよけいに痛々しいです……本日は美容相談日で美容部員もおりますので、よければアドバイスを受けてみられませんか?」

「あーその気になるのですが、友人との待ち合わせが」

「何時からでしょうか? ……ああ、それでしたら!絶対に間に合いますよ!」

「現金の持ち合わせが」

「当店ではクレジットカードもご利用になれますのでご安心ください」

「あ、そうなんですね」しまったー

しかしもう流れは止められない。私はせめて自分が全く使わない化粧品の購入を食い止めるべく、ふだん化粧をしないことや、ずぼらでさまざまな化粧品を使いこなせないこと、匂いがきつい化粧品は駄目なことを伝えた。なお、日々の化粧を尋ねられ、化粧水と乳液と日焼け止めとリップは付けているが、クレンジングを使ったことはないと言った。無駄に見栄を張りました。あと、いつも買うブランドを聞かれたので無印と答えたが、実際はドラッグストアで安売りしている詰め替え用の何かなので、商品名不明である。すごく無駄に見栄を張りました。

店員は私を仕切りのある小部屋に連れて行くと、まずクレンジングローションだか何かによるマッサージを行い、蒸気を当てた。そして早口のオールカタカナで呪文を唱えた。ぽかんとしつつ分かりませんと繰り返していたら呪文が止まり、私の理解できる言語で施術効果についての説明に切り替えてくれた。要するに、地面に水や肥料をやるような形で肌を整えていたそうだ。栄養素の少ない土だったか、私の肌。 
その後、眉をカットされ、さまざまな聞き取りがなされ、商品紹介や使い方の説明を受けているうちに、私用の化粧品が選出された。

入店から1時間後、私の目の前に並べられたのは、化粧水、乳液、日焼け止め兼化粧下地のクリーム、ファンデーション、アイブロウパウダー、アイシャドウ、チーク、ルージュ、夜用クリーム、クレンジング、コットンだった。いかに私が何も持ってないか分かるラインナップである。私はルージュを拒否したかったが唇のがさつきを抑えるためだからと言われて断れなくなった。しかしチークは絶対使わないと確信していたので断れた。よし。……ということで、私は34,000円分くらいの商品を購入してしまったのである。

店で受けたメイクの結果、私は自分の顔立ちが「良く」なったのは理解した。どう良くなったか上手く言語化できない。少なくとも自分らしくないとか、自分の顔として許容できないものではなかった。メイクも重たくなく、くさくない。成人式の時のトラウマは再現されなかった。また、自分の肌が以前よりもちもちし、手触りがよくなったのを実感した。
なお、その日お茶をした友人からのコメント(化粧したね、とか)はなかった。さすが私の友。

私が買ったのは、私が納得できるメイクができる商品であることはわかった。34,000円分の価値はあるだろう。あとは、怠け者でもメイクを続けられるかどうかである。

さんまん、よんせん。私には高い買い物だった。これをこのまま腐らせるのはお金の無駄なので避けたい。その想いを胸に、この日から毎日メイクをすることを決めた。

明日はその後1週間で私の意識がどう変化したか(しなかったか)まとめたい。

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