桐生つかさ本人がこのストーリーコミュを読んだらどんな反応をするだろうか。
『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』(通称『デレステ』)に2024年5月14日、桐生つかさのストーリーコミュである第77話「I Know My Own Worth」が追加された。
「I Know My Own Worth」は直訳すると「私は自分の価値を知っている」となり、実に彼女らしいタイトルだ。
物語はのっけからトラブル続き。
得意先の都合がつかず、何もかもを自分でやる羽目になってしまう。
「最初の頃はオンリー、アタシひとりだった」と気合を入れるつかさ。
それは強がりか、それとも矜持か。
そんなタイミングで彼女にファッションショーでの熱烈なオファーが舞い込む。
「どうしても桐生つかさのソロステージをそこでやりたい」というステージ演出家からの要望。
元よりつかさが出展するショーだったこともあり、「商品価値を見込まれた」と快諾する。
ここで早速コミュタイトルの「価値」が顔を出す。
「無茶が好きだな」と皮肉るプロデューサーに、「無茶をこなしてステップアップするのが好き」と返す彼女。
小気味良いやり取りからプロデューサーとのバディ感が伝わってくる。
熱烈オファーをかけてきた演出家が登場。
クセが強い!
未だにあちらの世界にはこんなテンプレートな昭和の業界人が現存しているのだろうか。
されど自身のバックダンサーズをも同じ表現で紹介するつかさも大概失礼だ。
そのメンバーは城ヶ崎美嘉、諸星きらり、大槻唯、夢見りあむ。
……半分当たってる感。
「またしてもギャルに囲まれるぼく」とご満悦なりあむだが、あの時のセクシーギャルズから里奈ときらりが交代に。
ん?きらりってギャルか?
それはともかく、このバックダンサーたちも演出家氏のご指名だとか。
「埋もれるアイドルなんてナンセンス!」とのことだが、それにしても濃い。
この時はコメディパートに思えたものだが、後になってこの「埋もれる」が効いてくる。
そう、この演出家はつかさに対しても「彼女たちに食われるなよ?」と警告していたのだ。
一見強力な助っ人を用意したかのように見せて、実は高い高いハードルを設置していた食えない人物だ。
トラブルは続く。
リスケの上にレッスンも不調。
つかさが目の下のクマと顔色の悪さをメイクで誤魔化していることを美嘉が看破する。
さすがはカリスマJKギャルアイドル、肩書の多さでも負けてはいない。
「ショートスリーパーでよかったわー」と虚勢を張るつかさ。
果たしてそれは生来か、そうならざるを得なかったものか。
演出家からの痛烈な一言が突き刺さる。
「君、その程度だった?」
「練習通りはダメ!」とも。
手堅く合格点を取りに行ったのをまんまと見抜かれる。
やはりこの演出家、只者ではない。
「圧倒的なレベルまで仕上げられなかったアタシが悪い」と自省するつかさ。
誰よりも身に沁みて理解しているのは本人。
フォローしてくれた仲間たちに対しても「頑張ってるからハイ合格点なら誰でもトップ」とド正論のマジレス。
まさにそれ。
一介のユーザーでしかない私も総選挙などの度に痛感する。
アイドル全員にボイスが付いて均等な扱いが与えられたらどんなにみんな幸せか。
だが仲間たちも食い下がる。
誰も桐生つかさを諦めない。
『ルビーカウンテス』、『グラナート・クイーン』、『ファタ・アメティスタ』などで関わりの深い唯がつかさを休ませるようプロデューサールームに乗り込んで来る。
唯は「つかさちゃん、意外とぐるぐるしちゃうよねー」と、エンディングでも痛い所を突いていた。
それにしても「プロデューサーちゃん、お話があります!」はかわいい。
「人には休息が必要」とのりあむの言に「りあむに正論を言われるなんて」と衝撃を受けるプロデューサー。
これが引き金になったわけではさすがにないだろうが、彼はつかさに休むように直接伝える。
やけに素直に従うつかさ。
どこか不安を覚えつつひとまず安堵し「どこかのタイミングでしっかり話を」と考えた矢先、みんなして彼女との連絡がつかなくなる。
あの「爆速レス」のつかさが!
色めき立つ一同。
早速の不安的中。
物語は風雲急を告げる。
つかさがいた場所は地元である福井県。
このコミュのサムネイルにもなっている。
彼女はそこで中学の元同級生にばったりと出会う。
なんでも彼女は高校卒業後すぐに幼馴染と結婚するのだという。
つかさと同い年なのだから18歳。
「若い!」と感じるがそれは都会の感覚であり、地方では日常なのだとか。
「地元の期待の星なんだから」
一切の悪意なく元同級生はそう残して去って行く。
身軽になりに来たつかさにさらに荷物を背負わせてしまったことなど知りもせず。
この時のつかさは非常に危うく、もし仮にプロデューサーが「自分たちも結婚するか?」などと切り出したらその場のノリと勢いで了承してしまいそうな空気感すら漂わせていた。
駆け付けたプロデューサーがつかさに詫びる。
「『アイドル・桐生つかさ』を見付けた者として責任を果たせていなかった」と。
その「責任」とは何か、と彼女は問う。
「アイドルとして君を君以上に理解して信頼されるパートナーとして、対等にビジネスすることだ」とプロデューサーはそれに答える。
「最強の『アイドル・桐生つかさ』にプロデュースする」と誓うプロデューサーに、つかさは「もう、やってんだろ。お前を認めてなきゃ、とっくに独立してるよ。ばーか」と返した。
……そうか。
その可能性を不覚にもすっかり失念していた。
見限られることだってあっておかしくない。
これまで「そんなことあるわけない」と高を括り続けていた。
今までずっと雨降って地固まってきたから。
冷や水をぶっかけられた心地だ。
「アタシひとりじゃ起こせない不確定要素で平凡な景色を吹き飛ばしてくれ」
原点回帰のために訪れた故郷を背に、つかさがプロデューサーにそう乞い、彼は力強く頷く。
「平凡な景色」にはどれほどの意味が込められていたのか。
そうしてその後、「ビジネスは情熱」を旨とする桐生つかさとプロデューサーのタッグは圧倒的クオリティで件の演出家を感涙の号泣をさせるに至る。
起承転結のしっかりした、実によくできたシナリオだった。
で?
このシナリオを通して何か新しいものは生まれただろうか?
これまで知り得なかった情報もショートスリーパーだったことぐらいで、目新しいものは特になかった。
「よくできていた」、それだけだ。
このストーリーが桐生つかさのものである必要はほとんどなかった。
設定などのディティールは確かに彼女特有のものだが、他のアイドルに置き換えて流用することは難しくない。
トラブルに巻き込まれ、挫折感を味わい、仲間のありがたみを知って、最後はプロデューサーと二人三脚でこれからもトップアイドルを目指す決意を新たにする。
これまでどれだけ読んできた筋書きだろう。
これからもどれだけ読むことになるあらすじだろう。
埋もれている。
完全に埋もれてしまっているではないか。
あの桐生つかさのストーリーコミュがこんなものでいいはずはない。
演出家氏の言葉を借りるなら「その程度?」だ。
今回のシナリオを詳細を伏せてプロデューサーが「こんな脚本があるんだけど」とつかさに読ませたとしたら、彼女はどんな感想を返すだろうか。
「へえ、よくできてんじゃねーか。で、他に比べて価値がある部分は?これを新たに今やる意味は?」
片眉を上げてこちらを見ながらそう言う桐生つかさの姿が私の脳内にはすぐに浮かんだ。
桐生つかさは桐生つかさの価値を知っている。
が、その価値を共有し、周知徹底することは難しい。
『アタシガルール』をローカルルールで終わらせないためには、運営に任せきりにせず、ファンも積極的に動き続けなければならない。
このまま「桐生つかさ」という価値の高い商品を埋もれさせてしまわないためにも、微力ながら私も協力を惜しまないつもりだ。