喪ったことで得たもの、得たことで喪ったもの。:白雪千夜ストーリーコミュ『Life is A Will』
『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』(以下『デレステ』)にストーリーコミュ第79話が追加された。
これは白雪千夜のもので、タイトルは『Life is A Will』、直訳すると「人生は意志だ」となる。
読み終えることで彼女のソロ曲である『Clock Hands』がプレイできるようになる。
物語は「おはよう、ちーちゃん。ねぼすけさん♪」と同居している黒埼ちとせに千夜が起こされるところから始まる。
いつも凛としている彼女の姿からは想像がつき難いが、『Fascinate』のイベントコミュ第4話などでも語られているように千夜は早起きが苦手だ。
全ては主であるお嬢さまのために。
今朝は「ちーちゃん」呼びされたことにも気付かないほどの起床難。
なんとあのちとせが昨晩の夕食の残りをレンチンして朝食として用意する始末。
一方的な関係ではないのが微笑ましい。
千夜は美術部員だ。
ある日顧問にデッサンを褒められるも、心に引っ掛かっていることもあって喜ぶどころではなかった。
その引っ掛かりの原因は最近白紙になった仕事。
それは彼女のソロLIVE。
記念すべき初のソロLIVE、そんなビッグイベントが延期どころか白紙になるとは。
「保留」としたプロデューサーに「お前でも諦めることがあるのですね」と当事者であるにもかかわらず千夜が皮肉る。
プロデューサーは「今の千夜が歌っても『ただの』ソロ曲になりそうだからね。『やりたい』という気持ちが少しでも芽生えた時にしよう」と忸怩たる思いを抱えつつ返答。
記念すべきソロLIVEでは同じく記念すべき初のソロ曲も初お披露目することになっている。
なおさらに担当プロデューサーとしては中途半端な代物にしたくはない。
「ずっと待ち続けることになる」
あくまでも崩さない千夜のその冷笑は、プロデューサーに向けてのものか、それとも自分自身に向けてのものか。
美術部の顧問に「自画像を描いてみない?」と勧められるも、千夜は「描きません。いえ、描けません。私にはその必要も価値もありませんので」とすげなく断った。
相変わらずの自己評価の低さ。
だがそれだけではなかった。
彼女はデッサンを「意味のない、まるでお嬢さまの戯れのような日々だ」と評した。
黒埼ちとせは白雪千夜にとっての全てだが、全肯定しているわけではないのがここからよく分かる。
ちとせの要望に答えることに意味はあっても、その要望自体に意味がある必要はないのだ。
顧問とちとせとの会話を耳にしてその場を去った千夜。
ちとせはその場に残された千夜のデッサンを見て「他のものが見たい。なんだかこれ、私みたいだもの」と呟いた。
ちとせはとっくに知っていた。
自分の要望の内容に千夜が意味を見出してなどいないことを。
夢を見る千夜。
そこにはいつかの彼女とちとせがいた。
今の彼女とは別人の、いつかの彼女は感情がとても豊かでじゃんけんで何を出すかも非常に分かりやすかった。
ちとせのこともこの頃はまだ「ちとせちゃん」呼びだ。
対するちとせはこの頃からすでに病弱であり、自分の体質のせいで長く遊べないことを気に病んでいた。
心地良い夢を見た。
千夜は電車を乗り過ごしてしまった。
他人から見れば心苦しい思い出に見えても、それは彼女にとっては心地良い夢だった。
途中下車した先で、千夜は偶然にも砂塚あきらと出会う。
近くで撮影の仕事があったらしい。
このふたりには美術部に所属しているという共通点がある。
が、それぞれのスタンスには近しい所は何もない。
「楽しい。創り出したい」と目を輝かせるあきらに対し、千夜は「わかりません」と返すだけ。
「何か作ったら見せて」と乞うあきらに「なぜ?」と疑問を呈するも「ただの興味」だと言われて理解不能。
お互い偶然の産物でアイドルになった同士であれど、現在の立ち位置はこんなにもかけ離れている。
千夜にとってあきらは理解不能なのに眩しい厄介な存在だ。
ある日、千夜は公園で子供たちの歌を聞いて思わず微笑んだ自分に気付き、大いに戸惑う。
「なんだ、この感情は」と。
閉じ込め、押さえつけ、声を出せなくしたはずのモノ。
アイドルでいる理由ももはやないのに。
どうして「楽しい」という感情を思い出してしまったのか。
アイドルになって、何も得たくないのに何かを得てしまった矛盾。
耐え切れず彼女はプロデューサーに「アイドル活動を……休止させてください」と電話をする。
「一身上の都合による無期限の活動休止」でいいかと確認するプロデューサーに「仕事は求められる基準に達せず、意欲もないのでアイドルに真摯に向き合っている人たちに失礼にあたる」と説明した千夜。
その中で出た名前はちとせ、あきらの他に渋谷凛と松永涼。
これによって今回のコミュの時系列が『Sirius Chord』以後のものであると推察できる。
「ただ与えられた仕事をこなす人形でよかったのに、なにかがおかしい。--答えが見つかるまでアイドルから離れさせてください」
「お前もソロLIVE白紙決定時にそう言っただろう」
紆余曲折の末にせっかく「プロデューサー」呼びになっていたのに、「お前」呼びに戻ってしまっていた。
「『辞めたい』とは言わないんだね」
それはプロデューサーにとって反撃だったか、それとも安堵だったか。
「お嬢さま……いや。……はい」
彼の心境など気付きもせず、一切の考慮もせず、千夜の口から出かけたのはやはりちとせの名前だった。
二宮飛鳥と小日向美穂がプロデューサールームへと入ってきた。
立ち聞きしてしていたのがバレたからではなく、聞こえてしまったので自ら。
「キミの歌声には何かを感じていたのに遠のいてしまうのか」と嘆く飛鳥と「戻ってくるよね!?」と詰め寄る美穂にも「他人事なのになぜ」と千夜は能面の表情を崩さない。
「アイドルは私にとって全部だから。考えられない」
「辞めたら何者でもなくなっちゃうんじゃないかってどうしようもなく怖い」
「この輝きを知っちゃったから絶対に辞められない」
アイドルに対する熱い想いを美穂が語れば語るほど、反比例して千夜の心は冷えていく。
「まるでアイドルが救いであるようなことを」
失笑。
冷笑。
見るに見かねて飛鳥が千夜を「どこかへ行こう。キミをもっと聞かせてほしいんだ」と連れ出す。
その場所は水族館だった。
「アイドルは魚と違ってただ生きてるだけじゃなく、その証を、反抗を叫べる。このセカイに己の意志を刻み、証明することができる」
飛鳥のそんな熱弁にも「それはつまり励ましか。このまま生きろと。私は、そんな綺麗なものにはなれません」と柳に風。
「なぜそう決めつける。キミはどうして、終わりを待つように、固く心を閉ざして……いや、いい、胸の奥に閉じ込めたままで、それはキミのものだ。けれど、零れ落ちる独白(モノローグ)なら、ボクは耳を傾けるよ。お互い優等生ではない、幸福から拒まれ、穏やかな日々から弾き出され、世界を退け、退けられたはみ出し者じゃないか」
かつてないほど饒舌で能弁な飛鳥。
千夜への並々ならない想いが伝わってくる。
しかし。
14歳の少女には想像もつかない世界があった。
飛鳥を突き放すように千夜は自らの過去を語る。
飛行機事故の記憶。
両親と機内に登場していた幼い千夜は微睡む。
そして。
目を覚ました時には。
自分以外の全てを喪っていた。
空港にちとせとちとせの父が駆けつける。
「白雪は……」
ちとせの父から両親の死を告げられる。
「なんで私だけ」と錯乱する千夜。
「あなたは生きるの。私がいる……私がそばにいるから……!ずっと、一緒だから……っ!」
ちとせの必死の言葉もその時の千夜には届くべくもなかった。
全てを喪い、行き場のない千夜をちとせの父が黒埼家へと招いてくれたが、それと同時に彼女は「ちとせちゃんの友だち」の千夜ではなくなった。
過去を、自分を捨て、新たに「僕(しもべ)」という役割に頼り、お嬢様の添え物して生きていくことだけが、最後のよすが(拠り所)となった。
受け止めきれない重さに衝撃を受ける飛鳥だが、歯を食いしばってなんとか踏み留まった。
「喪いたくないのなら、やはり刻みつけるべきだと思う。キミが生きている証を。それがキミの価値で、意味になるなら」
「矛盾こそがキミをキミにしているようにも見える。いびつなままでいいと思う。綺麗になろうとする必要はないし、美しさを理解しなくともいい。ただきっと、生きていてほしいんだ。生きることに、何か……わずかでも、何かを感じられたら……いいな、と」
「キミは『全てを喪った』と言っていた。だけど、まだ残っているはずだ。何かが。何もないのか、白雪千夜」
ここでやっと反応があった。
あの二宮飛鳥がこれだけの言葉を紡いでようやく。
皮肉にも最後の最後の「白雪」にだけ。
「白雪」という苗字。
それこそが唯一喪わなかったものであり、「証」となるものだった。
ちとせがプロデューサーに願う。
「プロデューサーさん、千夜ちゃんのこと、少しだけ待ってあげてほしいんだ。迷子になって泣くことはもうなくなったから。前を向けるようになるはずなの、あの子も。私が子離れしたように、千夜ちゃんともその時が来たんだよ。時間はかかっちゃったけど……今度こそ、本当の意味でね」
「魔法使いさん」ではなく、「プロデューサーさん」。
仕事上の関係を重視しての言葉選びであることが分かる。
そして「子離れ」の「子」はもちろん千夜のことを指す。
「親離れ」ではなく、「子離れ」なのがポイント。
千夜のちとせ離れではなく、ちとせの千夜離れが先。
ここでついに千夜の心境にも変化が訪れる。
ファンにとって長年の疑問が1つ晴れることとなった。
彼女の部屋に鏡がない理由である。
「鏡は、ありのままを映すから嫌いだった。
これまでの同定を映し、静かに私を見せる。
そこには言葉もなく、温度もなく、ただ事実だけがある」
なるほど。
想像の範囲内ではあったが、これでやっと腑に落ちた。
一時は「吸血鬼の眷属となっていて鏡に映らないからではないか」なんて説まで出ていただけに納得の理由で安心。
美術部での千夜。
「わからない。ひとりで描いているだけでは、なにも」
だが。
「……ひとりでは、ないとしたら」
ちとせ、プロデューサー、飛鳥、美穂、あきら、凛、涼。
独りではない。
アイドル・白雪千夜が復帰を決意した。
「保留」となっていたソロLIVEも開催されることになった。
「プロならば撤回などあり得ないことだが確かめたいことがある」と彼女は言う。
しかし「意味は見つけられた?」とのプロデューサーからの問いには、「まだ。彼女たちのように美しく眩しくは私はなれません。お前は光の中に生きることこそが救いだと言う。けれど、救われない者もいます」と返すにまだ留まる。
「まだ」なのは、プロデューサーも同じだ。
「『魔法使い』だと呼ばれることもあるが、自分はそんな大層な人間じゃない。だけど、プロデューサーとしての責任はある。確かな理由がなくとも全力で歌えるように支える。何か要望があるのならいくらでも聞こう。これはちとせからお願いされたからじゃない。君が願えば、そうするつもりだ。白雪千夜。君が、アイドルだから」
図らずとも飛鳥と似た言い回しとなり、最後に「白雪千夜」の名を呼んだ。
「プロデューサーという生き物は、重度の仕事馬鹿か。それともどうしようもないアイドル馬鹿なのか。私のこんな感情を、待っていたとは。誰よりも偶像に救いを見出し、願っているのは……お前じゃないか」
馬鹿負けした千夜。
プロデューサーの一念は岩をも通した。
「プロデューサーだからね」
勝負に勝った男は不敵に笑ってみせた。
「矛盾だらけで、どこまでも滑稽だな。私も、お前も。ならば……私に、私を表現できるものをください。お前がアイドルとしての価値を私に見出したのならば、その歌で……何かを見つけられるかもしれない。この生にも意味があるのかも。歌うことが、証になるのかもしれないと。愚かにも、思ってしまったから。大好きな人たちの、生きた証に」
「ああ。そのための、『白雪千夜』の歌を。……一緒に作ろう」
芽生えた同族意識。
二宮飛鳥風に言うなら共犯者か。
アイドルはプロデューサーの手によって輝き、プロデューサーはその光による光合成によって生きる。
「お嬢さまに幸せになってほしい。大切な友だちだから。ちとせちゃんのそばにいたい。唯一遺されたよすがだから。歌いたい。なぜかは、わからないけど。息をしたい。ただ生まれてきたから」
白雪千夜はもう人形ではない。
人形ではないから息をする。
歌を、歌う。
ソロLIVE後、千夜はステージ上で見た光景を回顧する。
「あの光の中にいたのはお嬢さまではなかった。いつかの少女は……ただ、歌を……」
「楽しめた?」と問いかけるプロデューサー。
「高揚感はあります。同時に、喪失感も」
どういうことか。
「得ることは喪うこと。それは変えられない摂理。わかりきっていることです。……けれど、嘆くことは、やめました。何かをずっと喪っていた、何かを思い出したような気がするから」
楽屋でのちとせとプロデューサーに場面は変わる。
プロデューサーがあのソロ曲『Clock Hands』は千夜から話と想いを聞いて作った歌だと説明すると、ちとせは「……そっか。あの子、あなたに話してくれたんだ」と晴れやかな表情を見せた。
その時こそ、白雪千夜が黒埼ちとせの元から精神的に巣立った時だったのかもしれない。
あきら、美穂、飛鳥が「また明日」と言い残して楽屋を去って行った。
「歌が好きだった。誰かと声を重ねられるから。大好きな人たちの声を聴けるから。ずっと当たり前にそれが続いていくのだと思っていた」千夜。
彼女にとって「また明日」、たったそれだけの文字列が持つ意味は大きかった。
いつかの千夜はいつかのちとせに夢を語った。
「あのね、ちとせちゃん。私、おっきくなったら、みんなの前で歌いたい!」
その夢は叶った。
その時に思い描いた形ではなかったが、きっとその時思い描いたものよりも素晴らしかったはずだ。
そう信じたい。
ソロLIVE翌朝、「ちとせ、ちゃん」と寝惚ける千夜にちとせは「見ちゃった、『題名:白雪千夜』」と、自画像の話を持ち出す。
「恥ずかしいものを」と照れ隠しに不貞腐れる千夜だったが、「昨日のステージと同じくらい綺麗だった。自由に描いたのかな、って。わからなくてもいいの。でもね、千夜ちゃんはとっても綺麗なんだよ」と唯一遺されたよすに畳み掛けられては白旗を揚げるしかなかった。
「ねえ……千夜ちゃん。アイドル、楽しい?」
きっとこれまで幾度となく繰り返された質問。
そしてきっとこれが最後の同じ質問。
「綺麗かは、やはりわからない。でも、あのステージには、意味があったのかもしれない。わたしが、そこに立つ……私として生きる、理由が」
その回答にちとせが満足したかどうかは我々には分からない。
現時点の答えとしては満足したかもしれない。
今回の一件を経ても、ふたりの関係は元に戻ることはなかった。
これからもないだろう。
喪ったものはもう還らないのだから。
形を変えてしまったものは、もう元の器には戻れはしない。
「ああ、誰も彼もが眩い。拒んでも背を押してくる。彩っていく。灰色の世界を。この描きかけの命にさえ、意味を見出してよいのだと。アイドルというのは……なんて愚かで。残酷で」
性懲りもなくそんなことを独りごちる千夜に二宮飛鳥の捨て台詞が突き刺さる。
「満たされないからこそ、願いは芽生えるものだろう?」
だとしたら。
「白雪千夜」という未だ余白だらけのキャンバスに秘められた可能性たるや。
まさにこのストーリーコミュ第79話『Life is A Will』は「完全版・白雪千夜」といった出来栄えであり、これまでブラックボックスに包まれていた彼女のバックボーンのことごとくを白日の元に晒した。
我々ファンとしては「知れて良かった」というのが率直な感想なのだが、同時に「ここまで知ってしまってもよかったのか」との危惧も芽生えた。
それほどまでにこの白雪千夜は饒舌だった。
確かに補完はされた。
が、VelvetRoseのふたりの大きな魅力であったミステリアスさは喪われてしまったと言っても過言ではない。
彼女たちがシンデレラガールズ世界に登場してからここまで「なんかそういうことみたいだよ」で済んでいたことに完全なる正解が明示されたのだから。
黒埼ちとせの吸血鬼設定もこの成長過程からするとぶっちゃけ無理がある。
千夜が彼女の家に入ってから吸血鬼化したのでは色々筋が通らない。
彼女の吸血鬼ネタは文字通りの「持ちネタ」として今後捉えた方が自然だ。
「化けの皮が剥がれた」ではないが、特異な過去を持ちつつも346プロダクションの中で一般アイドル化した彼女たちはこれからが正念場だ。
今後この先、ここからどれだけの新たな魅力を上積みしていけるか。
白雪千夜と黒埼ちとせの人気の伸びはそこにかかっている。
最後に蛇足かもしれない懸念材料を1つ。
それは二宮飛鳥の立ち位置だ。
千夜と飛鳥はこれまでユニット経験もなく、絡みも皆無だった。
が、ここに来てこのガッツリぶりである。
確かに千夜を導くポジションとして飛鳥が相応しかったことには疑いがないが、今後このふたりはデレステ9周年ライブでサプライズ披露された『EPHEMERAL AЯROW』でのイベント及びユニット化が発表されている。
そこを見越しての起用であったのであれば話が変わってくる。
『Life is A Will』コミュ自体の出来には満足しているが、『EPHEMERAL AЯROW』イベントコミュにおいて今回の一件の内容がどれほど引用されるかによって双方のシナリオの最終評価は変動せざるを得ないだろう。
ストーリーコミュこそはそのアイドルにとっての主役としての最大の見せ場であり、イベントの前座に使われていいものでは決してないのだから。