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不要不急の外出をした結果……。

カレーの具材は、細ければ細かいほど良い。

そういうモットーとともに、これまで生きてきた。

さて本題。昨夜のことである。

にんじんとたまねぎをこれでもかとみじん切りして、豚肉と、MTRのなにが書いてあるかもよくわからないスパイスを炒め、それからコンソメと水を入れてひと煮立ちさせる。カレーの下準備は出来た。

それからほどなくしてカレールーを放り込もうとしたところで、事件は起きた。

あるはずのカレールーが、ない。あったはずと思っていたそれは、勘違いか記憶違い、あるいは手違いか間違いだった。ともかく7時を目前にして、仕上げの材料がないことに焦った。

とにかく焦った。ここから鍋の中のスープを挽回する方法は……ほぼない。

味噌を入れようとしたが、マルコメくんがなんだかよくわからない文字で埋め尽くされたパッケージのスパイスと、仲良くしてくれるとは思えなかった。

ケチャップもたかが知れている。ここからミネストローネの道のりも、もはやガンダーラに思える。パスタを茹でようとも考えたが、そもそも我が家に1つしかない大きな鍋には、すでにカレールーの到着を待っているスープがいる。

困った。とても困った。

そしてやむを得ず、スーパーへ走った。午後七時。安倍総理、吉村府知事、ごめんなさい。ぼくは不要不急の外出をします。どうしても、カレーが食べたかったから…。

さて本題。

自粛という名の事態が始まって、ずいぶん経ったようで、まだ日の浅いようにも思える。その波はK-1やライブ、演劇に浸透し、大人のゲームセンターが……どちらかというと自らやり玉に上がって、世間を騒がせている。

例外だった飲食店も深夜に及ぶ営業を取りやめ、持ち帰りや、特例で酒の個包装販売なども認められ始めた。マクディーは店内飲食を禁止し、人のたむろしない環境づくりに勤しんでいる。

そしてその人を集めない風潮は、スーパーマーケットにも及び始めている。

チラシを刷って集客をしない、店舗特有のポイント還元をやめる、その他もろもろのサービスを見合わせ、なるべく家族や友人と連れ添わずに来店してほしいと、それぞれがとりうる戦術を用い始めていた。

もちろん、感染病の拡大を防ぐこともそうだが、従業員がキャリアーにならないこともまた、大きな目的の1つだろう。

その戦術の中に、『営業時間短縮のお知らせ』が、カレールーだけを買いに来たぼくの目に飛び込んできた。

そのスーパーは夜遅く、深夜24時まで営業をしている。帰りが遅くなった日、すっかり冷めたお惣菜とアイスを、コンビニの値段とは雲泥の差で買えた時、ずいぶん感謝の念を抱いたものだ。

それが営業時間を午後8時まで短縮するという。

これには鼻白んだ。

直感的に、あまりいい戦術ではない、と思った。

食べることをしなければ人間生きていけない。そういう目的から、当初スーパーの営業について政府は、それほど細かな要望を出してはいなかった。主要レジャーにいけなくなった人たちがわんさか集まるようになってから、代表者を募って買い物をするようにとお触れを出したくらいだ。

レジャー施設を訪れる人が減った一方、地域でスーパーを必要とする人口が同時に減るわけではない。むしろ『学校給食がなくなった』ために、各家庭では一食分を多く作る必要に迫られているほどだ。そしてコンビニの惣菜よりも割安なスーパーめがけて通うという人も、たくさんいる。小売店を冷蔵庫代わりに、毎日買い物をする人だっている。自粛をしても、スーパーに対する需要はまったく減る余地がない。

するとなにが起きるか。

スーパーに対する需要が高まるのだ。

そうすると、どうなるか。

スーパーに訪れる人、回数が増えるのだ。

そこへきて営業時間を短縮すると、なにが起きるか。

午後8時以降に分散・来店していた客層が、一気に圧縮されるのだ。

圧縮されるとどうなるか。

密です。

午後七時。通い慣れたスーパーの通路は、買い物かごを持った客でごった返していた。この時間帯に、こんなに人がいた記憶はない。いささか間隔をとってレジ待ちをしていたが、大きな商品棚1つ分と並行するほどの長さになる光景は、その店が出来て以来、初めて目にする異様なありさまだった。

そういう可能性を、スーパー側も考えなかったわけではないと思う。

そしてその判断も、まあまあ仕方のないことだと思う。

不特定多数の客と接するレジ打ちの仕事が、かつてないほどリスキーなものになっている。自粛という名のもとに店休を決断する事業主のほとんどは、従業員がそういう不幸な目に合わないようにすること目的の一つだろう。

だからその長蛇の列も、営業時間の短縮も、いささか、『仕方のない』ことだと思う。

スーパーに対してなにか言うつもりはないし、やむを得ない合理的な判断だと理解も出来る。

この場面で悪いのはただ一人。

こくまろを買ったつもりでいたぼくだ。

包丁を握る前にチラッとでも確認しておけば、閉店1時間前の圧縮された客層の中で、こくまろ1つ持って10分ばかし、レジの順番を待つ苦境に立たされることもなかったのだ。

昔々の人が、未来に対して講釈を垂れたいがために、あれこれと日記や随筆を書いたわけではなく、後世の人々が自然と、それらの文章に合理性、普遍性、人類哲学を感じて語り継いだように、これもまた、こういうことがありましたよという、深い意味のない、どこかのだれかが体験した出来事の一端でしかない。

だからこの営業時間のやむを得ない圧縮の波が行き渡る前に、そして包丁を握るその前に、冷蔵庫の中を見て、目的の材料がすべて揃っていることを、確認してほしいなと思う。

こくまろ一つ持って、10分を密の中で過ごさないために。

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