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木の芽時。ご自愛下さい。

今ごろの時期を木の芽時と言うらしい。若い頃は全く気にも留めていなかったけれど、年を重ねるにつれこの時期には何かあると感じるようになった。

はっきり気づいたきっかけは飼っていた犬の変化だ。彼女はいくつになっても「世界で一番お母さんが好き!」と、もう娘が口が裂けても言わなくなったセリフをつぶらな瞳いっぱいに浮かべて私を見てくれていた。

そんな愛犬が木の芽時に豹変する!庭でよくやったボール投げ。私がボールを投げて彼女が口でゲット、私の元へダッシュで戻り、ポロンとボールをくれるからまた投げる、を延々と繰り返す。

ところがこの時期になると彼女はボールを独占して離さない。ボールをくわえたまま私の前を素通り、庭の端まで一気に走ると踵を返して再び私を無視して駆け抜ける。まるで何かに取りつかれたかのようにボールをくわえたまま猛ダッシュで庭を何往復もする。興奮した時に発する「グルルル」という唸り声をあげながら時折横目で私をチラ見。挑むような鋭い目つきだ。「ふん、あたしに勝てるつもり?」とでも言うような。

この時期は私の命令にも素直に従わなくなる。「マテ」や「ダメ」と号令をかけても一度では言うことを聞かない。見上げる黒い目は挑戦的。「うっせえクソババ」とまでは言わないがそれに近いオーラが全身からほとばしる。ジャック・ロンドンの『野生の呼び声』を思い出すのはこんな時だ。

すっかり人間に飼いならされているはずの愛犬の中でふいに頭をもたげた本能が荒れ狂い雄叫びをあげていると感じた。もしかしたらそれは遠い祖先から彼女の遺伝子の中へと受け継がれた野生本来の姿だったのかもしれない。

凍える冬を耐え忍んだ樹木や球根の芽が次々と萌えいでるこの時期、植物だけでなく動物の体にも目には見えない何か大きな力が働いているのではないかと思えてならない。新しい命を生み出す神秘的なエネルギーがたぶん私のような老体には強すぎて、近年体調を崩すことが増えてきたんじゃないかなと思っている。


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