Chatwork山本正喜社長に聞く、スタートアップが直面するハードシングスの乗り越え方 〜採用・IPO編〜 【後編】
ビジネス用チャットのニーズをいち早く見出し、ビジネスチャットという概念がない2011年に「Chatwork」を生み出した、Chatwork株式会社 代表取締役CEOの山本正喜氏。山本社長は、大学在学中の2000年に兄弟でEC studio(現Chatwork株式会社) を創業し、その後「Chatwork」を国内利用者数No.1*¹ のビジネスチャットへと成長させました。2019年には株式上場を果たし、さらなる進化の道を突き進んでいます。
ベター・プレイスは2021年よりChatwork株式会社と資本業務提携をしています。
傍から見ると順風満帆に見えるChatworkの成長ですが、今に至るまでにはスタートアップならではの数々のハードシングスがあったとのこと。今回は、弊社社長森本がChatwork株式会社の成長、アーリーステージからIPO(株式上場)に至る道のりのポイントについて、山本社長にお話を伺いました。
*¹ Nielsen NetView 及びNielsen Mobile NetView Customized Report 2022年5月度調べ月次利用者(MAU:Monthly Active User)調査。調査対象はChatwork、Microsoft Teams、Slack、LINE WORKS、Skypeを含む47サービスをChatwork株式会社にて選定。
後編の内容は、成長する組織における「採用」について、IPOかバイアウトかを模索した時のこと、海外のビジネスチャットが日本進出しても「Chatwork」が負けなかった理由についてです。
起業したい方、今まさにスタートアップ等の企業を経営し、組織を大きくしたいと考えている方必見の内容です。
前編記事はこちら
「成長する組織」の採用には順序がある
森本:企業の成長ステージにおいて「このやり方だと危ない、失敗する」というポイントを教えていただけますか?
山本:採用の順番を間違えると、失敗しやすいと思いますね。
資金調達したから優秀な人を採用しようと考え、一流企業から若手のエースを取りまくる。大手で活躍している人は大手のフレームワークとアセットの中で成果を出すことに最適化された人なんですよ。それがない会社に入ったら全く機能しない。それぞれがみんな前職のやり方を持ち出して「うまくいかないのはお前が悪い」となり、次に「社長どうするんですか」と聞かれるけれども、役員や社長もわからない。
舗装された道を走ってきた人たちにとって、ベンチャーの獣道や野原はうまく走れない。彼らはいわば舗装された道をすごいスピードで走るF1レースのトップ層であって、種目が違うわけです。種目が違えば優秀さの定義も違います。むやみやたらに優秀な人材を集めただけではうまくいきません。
では結論、どうすればいいかといえば、上から採る。若手を採るのではなくて、執行役員レベル、シニアマネジメントを最初に採らないとダメです。繰り返すようですが、自分より優秀な執行役員を採ることです。
森本:マネジメントはどういう人がいいのでしょう。
山本:獣道を走れるのはいわゆる創業期からやっている人たち。でもずっと獣道を行くのではなく、道を舗装していかなくてはなりません。
道路を舗装してくれる人、具体的に言うと「戦略を作り組織を作れる人」を採ること。一定規模の会社の成長フェーズでそれなりの役職にいた人、フレームワークを自ら作った経験があるような人です。その人に入ってもらって、組織作りをしてもらう。事業戦略に基づいた組織戦略を立てて、どういう人が必要かの採用要件が決まれば、会社が本当に必要な人材を確保できる。そこを飛ばして事業戦略もないのに、どんどん採用してもだめなわけです。つまり、採用の順番を間違えてはいけない。
森本:獣道を舗装してくれる人、というのはとてもわかりやすい例えです。組織づくり自体が重要になってくるのですね。
山本:0→1と1→10の経営に必要な組織、ケイパビリティが違うことがわかっていないと失敗するリスクは高まります。状況に応じて、経営陣を入れ替えないと次のフェーズに行けないこともあります。
森本:企業スケールが大きく変わるとき、経営陣の入れ替えというのはよく聞きます。
山本:フェーズが変わったから入れ替えなくてはならないといっても、既存の経営メンバーたちに思い入れもあるでしょうし、なかなか割り切れないところはあります。でもゲームが変わったらケイパビリティも変わるのだから、外から迎え入れなくてはならないことを経営陣にも納得してもらう。今いる経営陣は辞めなくていいんですよ、ただ役割が変わっていくことを認識してもらいましょう。
組織は大きくなって成長しているのに、マネジメントが30人規模のままだったらうまくいかないのも当たり前ですから。自分たちでできるフェーズの「その先を知っている人」を迎えるのがポイントですね。
ベター・プレイスは今ちょうど50人の壁ぐらいですか?
森本:30人の壁はすーっと越えて、今60人くらいですね。会社が少し成長したところで、僕もまずCOOを採った。右腕でもある彼のおかげで問題なく30人から50人まできて、今期は50人から80人くらいのところへ移っていこうとしています。
ちなみに、僕は最近、マネージャーレベルから「もうちょっとマネージャーの力を信じて黙っていてください」と言われています(笑)。
山本:それはわかります(笑)。正直、もどかしい思いもあるわけです。自分で決めたほうが早いわけですから、つい口を出したくなってしまいますね。
森本:今年は我慢をしています(笑)。古株になればなるほど、僕に意思決定を求める。でも、お話を伺っていて、そうさせないようにしなくてはいけないし、やはり社長の独断で「こうする、こうやる」とは言ってはいけないのだなと感じました。
創業社長が陥りがちな失敗例とは
山本:失敗例の話をもうひとつしましょう。
レポートラインを守るのは鉄則です。順番ですね、課長・部長・社長みたいな感じで、順番を飛ばさないこと。社長は意見を言っていいが、示唆しすぎてはいけません。社長にいきなり話が上がってきたら「それは○○部長に聞いて」と伝えて、一方で「困って相談にきたよ、そこはフォローしてくれる?」と担当する部長につなげる、接続する感じでやっていく。
そうしないと「結局、社長が決めるんでしょ」とみんな社長に聞くようになってしまいます。ミドルマネジメントが本来なら社長の意思なり経営会議の決定なりを腹落ちして自分の言葉で自分の部署のメンバーに伝えていくべきところをすっ飛ばしてしまったら、課長や部長に情報が落ちてこないし、上がってこない。単なる事務処理係になってしまいます。そうなると真ん中が腐ってきてしまう。実はよくあるケースです。
森本:社長のワントップで創業時から決断して会社を大きくしてきた場合、陥りがちな穴ですね。どうしたら防げるのでしょう?
山本:決裁基準を決めることです。
課長が決められる範囲、部長が決められる範囲の基準を作って管理する。予算やお金の決裁だけでなく、メンバーの昇格とか部門を作るとか、どこまで課長ができて、どこからが経営会議決裁になるかをきちんと設計しておく。
課長が決める範囲であることに、社長が出てきて「こうしろ、ああしろ」としないこと。50人から100人という規模になったら、社長ひとりで全部を管理することは不可能ですから、権限移譲は会社の成長のために重要です。そして決裁基準のルール通りに運用させることが大切です。
自分で全部やりたいのなら、30人規模の会社が一番です。そう考えると上場する規模になるのは、組織運営も含めて面倒くさいことばかりです(笑)。
森本:たしかに面倒くさいです(笑)。
山本:しかし、面倒くさいからこそ、意味を理解して納得して行うのが大事なのではないでしょうか。
コーポレートガバナンスは先人の知恵が集まっていて、知識の塊です。資本主義の歴史の中で数々の会社が失敗してきたもの、そこから築き上げられたフレームワークはよくできている。面倒くさいけど、そこは考え方を変えて、勉強させてもらうつもりくらいのほうがいいです。
森本:コーポレートガバナンスありがとう!ぐらいの気持ちにならないといけないんですね。
山本:会社法があり規程があり、リスクマネジメントがあり、内部監査があって監査法人があって、どれだけ監査するんだ!と思うのですが、きちんと意味があるんです。
森本:やらされて我慢するのと、意味を理解してガバナンス強化をするのとでは結果が違いますね。
山本:逆に言うと、意義を理解すれば、ルールも変えられます。「comply or explain 従うかもしくは説明しなさい」という言葉があります。ガバナンスは必ずしも従わなくてもよくて、我々は従いません、なぜならばこういう理由があるからです、という合理性があれば通せるので、実はけっこうルールは変えられます。全部カスタマイズせずにあてはめてしまうとかなり厳しいので、監査法人や主幹事と交渉する。だから、意義や意味を理解していないとダメということですね。
IPOかバイアウトか決断を迫られる中での結末とは
森本:山本さんはなぜIPOをめざしたのでしょうか?
山本:IPOをする気はないと宣言していたのですが、冒頭でお話ししたように資金調達の必要が出てきたので決断しました。
ただ資金面だけでなく、もうひとつ、大きな理由があります。ビジネスチャットは電気やガス、電車やバスなどと同じ、止まってしまったら仕事にならないインフラビジネスです。
ビジネスの根幹に関わる事業をしている企業が未上場だと不安ですよね。未上場は極端な話、ある日社長が辞めたいなと思ったら、やめられる。たとえば電力会社が突然「今日でやめます」とか、「気に入らないから明日から電気代は2倍で」とか勝手に決めたら困りますよね。未上場企業は恣意的に運用できてしまう部分があり、そういう会社に大事な情報や資産、業務を滞りなく進めるために必要なコミュニケーション・インフラを預けられないでしょう?社会インフラになるには信頼性が欠かせないのです。だからIPOせざるを得なかったというか、合理性があった。
上場すれば、内部監査も入り徹底的にチェックされるし、全部表に出さなくてはならない。上場企業が潰れにくいのは、社会が潰さないようにするからです。たとえ社長を交代しても事業継続をさせようとする。事業が継続する信頼性が大きく増すところが重要です。
森本:IPOは当然ながら簡単なことではありません。僕たちも奮闘している最中ですが、IPOを諦めようとか、あるいは他の方法を考えたことはありますか?
山本:やめようというのではなくて、IPOでいくかバイアウト(買収)でいくか、その選択肢では迷いました。
我々の場合、ビジネスチャットの先駆けでしたが、グローバルで GAFA級のテックジャイアントが軒並み、巨大な資金を持ってビジネスチャットに参入してきた。年金ビジネスはある程度は日本の法律で守られてグローバルの企業はこないでしょうが、ビジネスチャットはもうガンガン来る。ゲームの規模が違うから勝負になりません。
ただ、そこで入ってきたのが英語のツールで、日本語対応ができていなかった。Chatworkの企業価値が一番高い時期にバイアウトして、自分たちの企業価値を上げてくれるような企業グループに入ったほうがいいのではないかと模索した時期も実際にありました。
その時はシリコンバレーに子会社を作っていたのですが、自分たちがグローバルに進出するのではなく、日本に進出したいがうまくいっていない海外の企業と組むのも、これもグローバル戦略だなと思ってバイアウトの案件を進めたのも事実です。結果的に、その会社がもっと大きな会社に買収されて「え、そっちが買収されちゃうのかい!」みたいな展開になってしまった(笑)。
今でこそ笑って話していますが、当時は会社の空気感も絶望的でした。社長である兄が体調を崩したこともあり、お前がやったほうがいいと言われて、それで社長交代をしました。2018年の6月ですね。
海外ビジネスチャットの日本進出後も、「Chatwork」が勝ち残った理由
森本:IPOも実現して、Chatworkはさらに前進しています。
山本:ガンガンにアクセルを踏んで資金調達をし、赤字を掘って、上場の時に黒字化するJカーブを描いて、上りきって黒字にしました。そして今、Jカーブの2回目を掘っているところです。
上場した時、スタッフは100人くらいでしたが、今はさらに100人増やして、アクセルを踏みまくっています。全力で走っていて、今がある意味、一番スタートアップしています。
森本:お話を伺っていると、困難な場面の連続でダメだダメだと思いながらも、打開策を練って、パワフルに乗り越えられてきた印象を受けます。
山本:本当にわからないものですね。絶望して無理だと思い、いけるぞと思って、再度ダメだもう終わりだと思う、そんなことの繰り返しで今があります。
スタートアップは、始めはイケイケでどんどん成長しますが、これ無理だなという時期が必ず来ます。
見えている範囲では「もう終わり」でも、現実にはもっと深い部分もあるんですね。僕らは蓋をあけてみると負けなかったけど、正直、戦略もなかった。ただ必死に走って負けないぞと、お恥ずかしい話ですが、それしかなかった。
森本:GAFA級の企業がビジネスチャットで参入してきた中で、どうやってChatworkは勝ち残ってきたのでしょうか。
山本:社長になって、ビジョンや戦略を出す側になって、現状分析をしました。競合はすごい勢いでバンバン参入してくるけど、僕らのKPIには全く影響がないように見える。なぜ負けていないのかを分析すると、結論、日本の中小企業というマーケットにおいて、クチコミとかネットワーク効果とか、紹介のしやすさにたどりついた。
ずばりプロダクトの違いです。競争は差別化戦略ですから、プロダクトの差がないと、結局コモディティになってしまい利益率が削られるのがセオリーです。しかし、「Chatwork」はSNSに近い、オープンプラットフォーム型で、他の競合と明確な違いがあった。しかも日本の中小企業に非常にフィットする構造です。
日本の中小企業はパートナーと組んでプロジェクトに取り組むという特徴があります。介護の領域でいうと、ケアマネジャーさんがいて、デイサービスの会社があって、薬剤師さんがいて、とかいくつもの会社が組んで行う。建設なら、工務店と建材屋さん、電気屋さんに設計事務所とかね。「Chatwork」は社外とシームレスにやれるところが日本の中小企業にフィットして、どんどん広まった面に気づきました。
ですから、そこで戦略を描きなおした。中小企業のナンバーワンビジネスチャットになること。それまでは個人も中小も大手も全部やる戦略でしたが、すべて仕切り直した。
今、中小企業にフォーカスすればここは海外の競合にも負けないぞという自信が生まれた。さらにコロナ禍のタイミングで時代が変わって、時間軸が縮まったからここで勝負だと、今、大きく赤字を掘って、人をたくさん採用しています。
森本:非常に興味深いお話です。
山本:ビジネスチャットは「やめるコスト」が高いのです。過去ログや関係性が残るのでスイッチするコストが高い。ですから一番最初のビジネスチャットになったものが強い、エントリー合戦なんです。
中小企業のマーケットにおいて、最初に全部の面を取ることで、後から競合が入ってこようが負けないという自信はあったから、今、さらに全力でアクセルを踏んでいるところです。
森本:山本社長は苦しい場面が続いても必ず道を切り拓いていく。感嘆します。
山本:結論としては、「諦めるな!」ですね。
自分が一番事業をわかっていると思いきや、そんなことはなくて現実はもっと複雑です。
ベン・ホロウィッツの「ハード・シングス」という本をご存知ですか?ハードシングスとは大変なこと、困難なこと、という意味です。
チェスを例にして、縦と横の二次元でやっているけど、現実は三次元チェスだとホロウィッツは言っています。もうひとつ次元があるから、実は上からも下からもいける、三次元では手が無限に近いほどある。三次元もあるとわかって、見えていないものを見つけようと諦めずに模索し続ければ、ハードシングス、困難なことでも打開策はきっとある、という話です。
「諦めないこと。」ひと言であらわすならこれに尽きます。
森本:山本社長はどんな困難にあたっても諦めずに進んできた。今日のお話で本当によくわかりました。
山本:実のところ、僕らは諦めかけていた時期がけっこうありますよ(笑)。でもよくよく考えると、現実は想像していたよりも良かった。それになかなか気づけずに、当時はひたすら悲観的になっていたように思います。
だから、僕の経験から「諦めずに模索していけば、ピボット(方向転換)も含めて、もっと複雑な、違う次元のものが見つかる、あるいは気づいて、それで勝負できますよ」と伝えたいですね。
森本:僕らはお金を扱うビジネス、金融なので、安全、安心は欠かせません。信頼を得るためにベター・プレイスは上場を目指していかなくてはなりません。はぐくみ基金の加入者を3万3,000人から、いち早く100万人を達成するためには、お金と人が必要ということに尽きます。そのためにも上場が必要です。
ハードシングス、困難はずっと続いているけれど、企業スケールの変化と共に組織も変化させていくこと、諦めずに粘り強くベター・プレイスの正しい企業成長のロードマップを描き実現させていきたい。山本社長のお話を伺って、その想いがますます強くなりました。
今日のお話はスタートアップだけでなく、企業経営、組織運営をする多くの方々にとってとても参考になるかと思います。お忙しい中、ありがとうございました。
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