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行動できなかった女を突き動かした一冊

 その当時は、とにかく毎日がおもしろくなかった。寝ている間に、そのまま自分の人生が終わってしまっていればいい、そう真剣に考えていた。何もかもが、イヤだった。ただ何より一番イヤだったのは、自分自身だ。決められない自分のことが、一番嫌い。

 思い返せば、子どもの頃から他者にどう思われるかが とても気になるタイプだった。大学時代、一気に普及したPHSと携帯電話。友達とテキストでメールのやり取りが簡単にできるようになった。私は、ほんの十数文字のメールを打つのに、10分も20分もかかることがある。

(こんな文章送ったら、嫌がられないかな……。あ、これって、こんな誤解を与えないかな……)

 いつも、そんな不安と隣り合わせ。なかなか返信が来ない時には、私の言葉が相手に何か不快感を与えてしまったんじゃないかとソワソワする。相手が誰であっても、だ。常に他人目線で物事を捉え、行動しようとする自分。だから、自己決定が苦手だった。

これって、相手にとって正しい選択?

 いつも この質問が頭の片隅でドーンっと幅をきかせていて……。だから本当はパンケーキがいいと思っていても、相手がフレンチトーストがいいと言ったら、それに同調するのが私の正解。本当に自分が欲しいものを欲しいと言わない人生。そんなだから、いつの間にか心がマヒしてしまっていたのだと思う。心底、人生がつまらなかった。自分は何のために生きているのか、何をしたらいいのか、ただ仕事をし、食事をし、息をする人生。

(私の人生、今、終わってしまえばいいのに)

 常に、そう考えていた。
 そんな私だったけど、欲が枯れなかったものがある。着物だ。

「これはね、10年かけて作ったの」

 小柄なおばあちゃん。その小さな手で、蚕の繭から糸をつむぎ、糸を染め、自らの手でデザインした布を織る。鬼怒川とともに生きてきた人生。鬼怒川の四季を、持てるすべての技術を駆使して織り込んだ着物。穏やかな流れも、荒れる流れも、すべての鬼怒川を。様々な鬼怒川の表情が表現された見事なグラデーション。値段をつけるのもおこがましい。人生の多くの時を着物制作にかけてきた、おばあちゃんの職人人生の集大成だった。
 この世にたった一枚、おばあちゃんのあたたかくて やわらかな魂が籠っている美しい風合い。そして、そのおばあちゃんが亡くなると、彼女が過去から引継ぎ、自ら培ってきた技術を継承する若手は誰もいない。

(応援したい)

 心から、そう思った。彼女が作った着物が欲しい。
 きれいな着物、すてきだな……と思った着物。
 ただ、それだけじゃない。誰かがそれを買うことで、作った人の応援ができる。自らのコレクションに気に入ったものを加えるだけではなく、細りゆく技術の継承という糸を、少しでもつなぐお手伝いがしたい。強く、強く、そう望んだ。

 けど、できなかった。

 職人さんたちの手間暇を考えたら、決して高いとはいえない額なのは重々承知だ。けれど、一般的な会社員の給料で、おいそれと買えるような額ではなかった。

 無力。

 欲しいけど、買えないから欲しいと言えない。辛かった。
 何も、できないのか……。
 実際に染め体験、糸つむぎ体験、織物体験、自分で色々やってみた。自分で体験すると、手作業で作られたもののすごさが垣間見られる。あれだけ精緻なデザインが、人の手で生み出されているという感動。
 こんなにすばらしいものを、過去から脈々と受け継がれた技術で、この機械化の時代に、敢えて手作業で生み出し続ける人々の熱意。
 けど、買えない。応援できない自分。次第に、呉服屋に行くのが辛くなって、行くのを止めてしまった。行くたびに、買えない自分の情けなさと直面するのに耐えられなくなった。

 相変わらず、人生はつまらなかった。ただ漠然と過ぎゆく日々。
 そんな時、私は一冊の本と出合った。

山口 絵理子著 『Third Way(サードウェイ) 第3の道のつくり方 』

(ハフポストブックス)

 MOTHERHOUSE創業者で、デザイナーでもある山口恵理子さんのご著書。彼女が語るビジョンに、私はのめり込んだ。この当時、私は趣味だったはずの映画を見ても本を読んでも楽しめなかった。けれど、久しぶりに集中して一気に読み上げた一冊。彼女の価値観、思想に触れた私は、一瞬でMOTHERHOUSEのファンになった。

 いてもたってもいられない気分になって、本を読んだ翌日には自分が行ける店に足を運んだ。そこで、MOTHERHOUSEの店員さんと、旧知の仲であるかのように1時間を超して語り合う不思議な時間を過ごす。

 2021年春、8年ぶりに買い替えた財布は、MOTHERHOUSE。

 この本との出合いが、ライターとして自分が目指す方向を導いてくれた。Webライターという仕事を知った時、時間や場所を選ばずに仕事ができる魅力、死ぬまで使える技術である魅力も、あった。
 それともう一つ、

……言葉の力で、職人さん達が応援できるんじゃない?

 そう感じたのだ。山口恵理子さんが本という形にした、彼女の考え方、理念、思想。それに共感した私は、MOTHERHOUSEへと実際に向かった。常に他者からどう思われるか、どう見られるかに振り回されて、自分で選択することが苦手な私だったのに。

 私を動かしたもの、それは山口恵理子さんの想いがこもった言葉に他ならない。私にも、こんな文章を書くことができたなら。一人でも多くの人に、”過去”から”今”へとつながれてきた想いの欠片を届けるお手伝いができるかもしれない。

 それは私にとって、希望になった。

 私一人の力は、とても小さい。でも、たくさんの人の協力が得られたら、私一人が買いものをするよりも、きっともっと大きな力になる。

 今の私は、自分がいなくなってもいいとは、考えていない。
 ただ必死に今の自分に行動できることを考え、見つけた希望を少しずつ大きくするのに夢中だ。
 そんな想いの中、できあがった記事がある。

 自分の生きる道を諦めずに模索し続けて筒描藍染と出合った職人さんだ。彼は今、尊敬する江戸時代の職人さんの技を超える作品が作りたいと、命を使っている。その、自分の心に正直でありつづける彼の生き方に、心が動いた。

 職人さんたちを応援したい、そう願って始めたインタビュー。ただ実際にやってみて気がついたことがある。必死に自分の人生と向き合っている職人さんとの出会いを通して、むしろ私が活力を与えてもらっている、と。

 私が出合った言葉の力。
 それを信じて扉を開けたら、そこには より多くのすてきな出会いが待ち受けていた。

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