(小説)神さまはハンドメイドで(後編+あとがき)
*もともと、前編・後編とnoteを分けてましたが今はもと「前編」に全編入れてます。よかったらそちらのみ、どうぞ。一応こちらも残しておきます。
5.青、青い空
台風が過ぎた朝、チュンチュンと言う小鳥の鳴き声で目が覚めた。見ると外は突き抜けたような青で、幾つかの白い雲がかけっこをしていた。暑さは感じなかった。私は暗い少しひんやりした台所で冷蔵庫を開け牛乳を取り出すと、シリアルをふかして少し食べた。それから白いワンピースを着て長い髪をポニテにするなど準備して、はやる気持ちを感じつつ、図書館に向かった。
途中公園に差し掛かったので、私は魔がさしたのか、横断して近道をした。普段私は「近道」などしない、あえて困難な道を行くのが好きだったから、今日はなにやら陽気だったということかもしれない。それで運が悪いことに、ベンチに腰掛ける白いハットに白いしおれたスーツの彼を見かけたので、さらに魔がさしたのか、自ら近づいて声をかけてしまった。
「よくなりましたね、天気。」
彼はあごを両手で支えて何か考え事をしていたようだったが私に気が付いて、顔を上げて言った。
「そうだね、神さまが勝ったんだ。これから図書館かい?」
私は彼が「神さま」と言ったことに少し驚いた。神との戦い。同じイメージを持っていたのか、それともまさか、以前私がその本を借りたことを知ってるのでわざわざ引き合いに出す新手のロリコンナンパか、とも一瞬思ったので、ムカついて、私はあえて挑戦する気分になってしまい、しかし、なんと提案してしまった。それもぶっきらぼうに。多分陽気だったせいもあるだろう。
「はい、もしかして行きます?一緒に。」
私たちは図書館までの並木道を約十分、連れ立って歩いた。長身の白いおじさんと白いワンピの私。まだ風があって、紙くずが道端で舞っているそのうちの一つを彼が拾うのを目にしたが、その間いろんなことを話した。私が会話のイニシアチブをとって突飛なことを言うことで、彼の反応をみて魂胆を見抜こうという作戦だ。
「夜、夢を見るんです。真っ黒な夢を、何度も同じ夢を。」
「ほぅ、真っ黒な。それは何か見えてるのかい?何も見えてないなら、夢で無いかもしれないね。」
「あ、なるほど…。でも多分、あれは悪夢です。何かがいるんです、暗闇の中に。怖くなって目が覚めると、汗ぐっしょりで。」
「そうですか。では、何かで照らさないと見えないね。」
そんなことを言いながら、彼は紙くずを両手でいじっていたが、手癖なんだろうか。そういえば白いしおれたスーツは相当汚れている。貧乏なのかな。気になるけど、それは無視してとにかく話しがしたかった。私の作戦はすでにどっかに行ってた。話題は学校のことになった。
「学校なんて、ゴミみたいなところですよ。勉強する意味なんて無い。」
私は遠くを見ながら言い放った。
「勉強は嫌いなのかい?いつも図書館で勉強してるのかと思っていたが。」
「出来るから、勉強してるだけです。皆は出来ないのに必死に勉強してる。…いや、できないのに勉強しないで文句ばかり言ってる。群がって。…ばかみたい。」
「君は、学校が嫌いなのか、クラスメートが嫌いなのか、どっちかな?」
…「君」、と言われたことは少しムッときた。「お嬢さん」、て呼んで欲しい、そう思って一瞬で悲しくなった。目の前が暗くなった。それに、この質問はいきなりストレートを決められた感じだ。
「…何もかも嫌い。私、働きたい。おじさんは、何をしてる人?」
だから、私立ち止まってうつむいて、反撃のつもりで言ってしまった。仕事が何かだなんて。それも「おじさん」だなんて…。まるで、知り合いみたいじゃ無いか…。
彼も立ち止まり振り向いて、私を見て言った。
「おじさんはね…。」
そして彼は地面に片膝ついてかがみこんだかと思うと、こぶしにした片手をそっと私の目の前に差し出した。そして手の平を上にしてそれを静かに開いた。
…それは小さなハートの折り紙だった。
その大きな手の平の上には、チラシでできた、小さなハート型に折られた折り紙があった。
私はそれに釘付けになった。それは輝いて見えた。なぜだか、胸が締め付けられる思いがした。動けなかった。おじさんは真っ直ぐ私を見ながら、震える私の手を優しくとって、そのハートを私の手の中に収めると、言った。
「教えない。」
「…!あ、ずるーい!」
図書館までの並木道は、その枝葉の隙間から突き抜けたような青空が覗いていて、そして眩しい光がキラキラと差し込んでいた。
白いおじさんは、その日を最後に、見かけなくなった。
6.神さまはハンドメイドで
二学期の始業式はサボったけど、次の授業には最初から出てみた。現代文の女の先生は一学期の間中、生徒から声が小さいといじめられ続けていたからか交代となり、新しい若い男性講師が赴任していた。それで、朗読を私指名されたから、今回は無視せずに教科書を手にばっと立ち上がると、教室は一気にざわつき始めてゴミみたいにうるさくなったが私は気にせずはっきりと朗読を開始した。
教室はいつの間にか息を殺したように静まりかえり耳をひそめていた。途中まで読むと先生が止めさせて次の人を指名しようとしたが、私は無視して読み続けた。
そこまで読んで、突然のことであるが、私は息が詰まった。
涙があふれてきて抑えることが出来なくなった。私は立ったまま肩を落として教科書に顔をうずめていた。困ったことに、嗚咽が止まらなかった。教室は息を殺したように静まりかえっていた。講師とクラスメート達は、驚いて私を見る者もいれば、黙ってうつむいている者もいるようだった。ただ、誰一人、文句を言うやつは居なかった。
昼休み、いかにもな感じのおさげの子が声をかけてきた。いつも一人で本を読んでいる子だ。文芸部に入らないかと目を輝かせながら、彼女は言った。
文芸部か…。何か部活をするのも悪くないかな。そうだ、それなら自分でクラブを作るのも悪く無いな。
ハンドクラフト部とか。
そして小さな神さまを作るのもいい。ハンドメイドで。
「愛って何だろう?」
相変わらずそれは分らなかった。私は若干十六である。多分まだ早いのだろう。
おさげの子に直球で聞いてみた。すると、彼女は、こんなことを言ったのだった。
昔、愛知県に住むある子が言っていた。
愛知県という名前が好きだと。
彼女は
「だって、愛を知る、って書くでしょ?素敵じゃ無い?」
と、言った。
〜結〜
あとがき
実は、note界隈で「ハンドメイド」をテーマとした創作企画があるということで、いいな…、って思って、未発表オリジナル作品は書いたことが無かったのだけどやってみようかな、と思ってたらバァッとインスピレーションが湧いたので、下書きをしてたらそれだけで規定の二千文字を超えてしまい、応募は横目でよだれを垂らしながらも断念しました。私コミュ障だから何も言ってない、宣言しなくて良かった(笑)。それで1日かけて書き上げたら一万文字を超えてしまったのでなんども見直して極限まで語らないよう語らないように絞りきってこれです。pixivでもよく二千文字制限で書くコンテストがあるけど私には無理ですね…。
彼女は、ひょんなことから高校入学と同時にしらけてしまって、友達を作ることが出来なくなってしまった。でも彼女は努めて平気なふりをしたくて、そのために心を殺して、そして負けず嫌いだからと言い訳をしつつ本当はいつでも学校に戻れるように勉強はしっかりして、それも心が乱れるのを抑えて必死に集中して続けて、学校に行きたくても行けない気分の時には「お母さん」に内緒でサボって、市の図書館に通ってる、そんな女の子です。それも心苦しいのを我慢して、たくさん嘘をついてしまってる。でも手に取る本は「神さまの話」救いを求めてる…。彼女は、闇に閉ざしてしまった押し殺した「心」を再び照らすことができたのでしょうか。そんなお話しです。
誰だって、辛くって、自分の殻の中に逃げたくなる時はある。そんな時は、自分に、人に嘘に嘘を重ねてしまい、ますます闇の中を抜け出せなくなってしまうことって、ある。でも、そんな事はいつまでも続かないよ。「神さま」が与えてくれる、ほんの小さなきっかけ、もしそれをほんの少しでも素直に受け入れることができるなら、闇に光が照らされ、扉への道筋が示されることって、ある――。
私の経験上、それを保証できるほど自信を持って言える訳ではありません。私だって今まさに絶賛闇の中です(笑)。でも、そうあって欲しいじゃ無いですか。どこかに「ヒント」が、「鍵」があって欲しいじゃ無いですか。そう願って、書きました。
少しでも、あなたの心が照らされることになれば幸いです。
理子