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5.フィーフィーの思い出
飼い主です。
フィーフィーと出会ったのはあの約1年前、季節は冬の、真夜中の仕事の帰り道、近所の道端で、ノコノコ歩いている小さな物体を見つけたのが出会いでした。
拾い上げると、それは小さなカメ、まだ甲羅は7センチぐらいのクサガメでした。しかし、片手が半分無く、血だらけでした。
近所に川や池など水辺は無いのに、どうしてそこに居たかは、分かりません。
私はそれを自宅に持ち帰り、衣装用の大型のプラケースを一つ開けて水を入れて、アトリエにしてる空き部屋の片隅で飼うことにしました。
カメを飼ったことは幼い頃には、何度もあります。私が庭からカメと一緒に生まれたことが、親の自慢話しなくらい。
私はさっそく爬虫類用の塗り薬を買ってきて、水耐性の絆創膏でぐるぐる巻きにして治療し、そして餌も与え、それから餌を買い替えてよく食べる餌(最終的に「カメブロス」に落ち着いた)を見つけたり、また、週末ごとに水を換えてやり、またDIY店で購入したブロックを彼の水槽に置いて日向ぼっこできるようにと、住みやすいレイアウトを追求してあげたりしてみました。
エサマニュアルによると餌は1日1回で良いらしいので、毎晩帰宅したら餌を与えていました。週末以外はその時間だけが彼とのふたりきりの時間でした。
彼は水の中から鼻だけを出しているとき、呼吸の音をフィーフィーと鳴らすので名前がそう決まりました。彼の意見は特に聞いていませんが。
部屋の電気をつけて、彼の元に近づくと、彼はいつもすぐに私を見つけてゲシゲシと迫って寄ってきて首を伸ばしました。
指を差し出すと私の指を甘噛みしてきました。
そして餌・カメブロスを適当に彼の周りにばらまくと、彼は器用に素早くそれらを次々と見つけていき平らげました。
私はそれを眺めているだけだったり、いろんな自分の出来事の話し相手になってもらったこともありましたが、慣れてしまい、その間に所用を果たすべく彼の元を離れることも増えていきました。
必然的に彼とのふたりきりの時間は減っていました。
春が過ぎ夏が過ぎて、秋になると、彼の手の傷はすっかり良くなり、若干生えてきて指の形のようなものができてきました(さすが爬虫類。しかしそれ以上明確に指にはなりませんでしたが)。
そして、彼の甲羅の大きさは12センチにもなっていました。こんなにカメを早く成長させたことは初めてでした。
それで私はそんな彼を見て考えるようになっていました。
彼はオスで、ここで一生暮らすことは彼にとって幸せなのだろうかと。
彼はきょとんとして私の方を見つめたままでした。
私は冬の間中ずっとそのことを考えていました。
彼はオスで、ここで一生暮らすことは彼にとって幸せなのだろうかと…。
冬が過ぎると、私は決心しました。
すでにいくつか候補は探していて、選んだのは近くの古墳の周りの池でした。
近くで遊んでいたガキどもから、そこに魚が十分いることも聞いていました。それにカメもいると。
休日の昼下がり、私は、フィーフィーをバケツに入れて連れて、初めて一緒に外出した矢先に、その古墳の池の淵に(立ち入り禁止だったけど。宮内庁領なんですよね)侵入して、フィーフィーをバケツから両手で抱えて取り出し、しっかりと彼の顔を見つめ、見つめ合うと、私お別れを言って、そしてそっと、泥の池に落としました。
池に落とした後、フィーフィーはすぐに上手に浮かんで首を伸ばしてこっちに振り返りしばらく私の方を見つめていましたが、すぐに池の泥水の中に消えていきました。
彼は上手に泳げるのだろうか…。不安がよぎりました。
それに私お別れを言ったのは嘘です。私は、「フィーフィー」と名前をつぶやくだけで、それ以上は声が震えて、言葉を続けられませんでした。
そしてしゃがんだまま、しばらくの間彼の居なくなった池の水面を眺めていました。
すると何十分かしてから…、水の中から何かがゆっくり、浮かんできました。
フィーフィーでした。
彼は、水中から顔を出し、両手両足で器用に泳いでいて、私の方をしばらく見つめると、また水中に潜って消えていきました。
私は、じっとそれを眺めていたのですが、少し遅れてからそのことに気がついて、
「あ…。」
と思って、
それから、
「フィーフィー…」
と小声で言いました。それが精一杯でした。声が震えてしまって。体も震えてしまって。
そしてしゃがんだまま、しばらくの間彼の居なくなった池の水面を眺めていました。
夕暮れになるまで彼の居なくなった池の水面を眺めていましたが、
もう彼は現れませんでした。
帰り道、宵闇の街はまだ薄暗いだけのはずでしたが、私にとって暗黒で何も覚えておらず…
アトリエの彼のいたプラケースはそのままになっていました。ただ、主は不在でしたが。
その部屋自体あまり入らないので、しばらくそれは放置されました。
放置すべきじゃ無い気がしていましたが、私は手をつける気になかなかなれませんでした。
私の心は空虚でした。
毎晩自宅に帰るとき、特に虚しい気持ちに襲われていました。
何か、大事ななすべきことを忘れているような…。
春が終わるころ、さすがにその部屋がカメ臭さで充満していることに気づき、私は意を決して中のものを出し、プラケースをお風呂場のシャワーで洗いました。
シャワーの水しぶきが顔にかかり、シャワーの音はうるさくて、よく聞こえませんでしたが、私は気づきました。私は涙を止めることができず、また嗚咽をあげて、そしてこらえながら掃除していたことを…。
フィーフィー…。
先日気づきましたが、アトリエには、まだ残量のあるカメブロスのケースだけが残っていました。
フィーフィーの好きだったカメブロス。
私が顔を出すと、彼はいつもすぐに私を見つけてゲシゲシと迫って寄ってきて首を伸ばしました。
指を差し出すと私の指を甘噛みしてきました。
そして餌・カメブロスを適当に彼の周りにばらまくと、彼は器用に素早くそれらを次々と見つけていき平らげました。
彼は水の中から鼻だけを出しているとき、呼吸の音をフィーフィーと鳴らすので名前がそう決まりました。彼の意見は特に聞いていませんが。
フィーフィー。
私は彼を眺めているだけだったり、いろんな自分の出来事の話し相手になってもらったりしましたが、彼から具体的アドバイスをもらえることはありませんでした。でも、思っていることはあったかも知れません。
フィーフィー。
もっと話してあげれば良かった。
もっと話したかった。
彼を自由にしてしまったことは、彼にとって幸せなのことだったのだろうか…。
彼は、私に飼われていた時幸せだったのだろうか…。
私は、彼と一緒だった時幸せだったのだろうか…。
フィーフィー。
アトリエには、まだ残量のあるカメブロスのケースだけが残っている。
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