君が行くなら、僕は止めない~Innocent Love5~
最近きみは、玄関で訴えるように泣き続けるようになったよね。
臆病だった二匹のうちさらにおとなしい兄の君はこんにちますます無感情になり、ごはんを用意してもすぐに飛んでこないからいつもよっこいしょ、ときみの指定ベッドから結構大きい7キロのボディを抱き上げてごはんまでお連れしなければならないでしょ。それでも君はプライド屋さんなふりしてごはんに興味ないふりをするから、本当は単に恥ずかしがり屋さんなだけだって分かってますけど?、こっちが食べてください、お願いします!という態度でナデナデナデナデ、とし続けてあげないと食べてくださらないの、どれだけ高級な接待なのですか。対する弟君は感情露わで、ごはん欲しけりゃいつでもどこでも私がようやく寝れた頃の朝5時6時7時と1時間毎でもごはんくれくれ私の部屋にどてどて足音を立てつつ「ぎゃー!ぎゃー!」と鳴きながら入ってきて呼びに来るし、リモート業務のZoom会議中には図ったようにいつの間にか足元に忍び寄っていて私の足首の急所をいきなり「ぎゃー!」と鳴きながらきつく噛むから、私もマイク越しに「ぎゃー!」と叫んでいつも大恥かくじゃない、それで会議はカメラ越しに平謝りしながら爆笑されながら、離席させてもらってごはん懇願するやつをどっこいしょ、と持ち上げて(そのくせこっち来なさい、と呼んでも、自分では歩かない)…、お、重い。最近ついに15キロを突破したその石臼みたいな丸太みたいな樽みたいなやつをごはん処までお連れしなければならないんだけど、ごはんをお皿に注ぐ最中からやつは飛びついて食べるからその辺に散らばりまくるの、私が泣きながら周囲をふきふき片付けさせていただきますの、どれだけ高級な接遇なのですか。
(↑その2匹を紹介。)
外に、出てみたい…?
そんな二匹との倹しい生活も、もう続いて2年近くになったリモート勤務によって一緒に過ごした時間が密になり、その関係も濃密になった気がする。いや、毎日毎夜一日中やつらのわがままにつきあわされて、ますます私が子分、メイド、小姓…としての地位が明確になってきて、ごはんもカリカリだけでなくちゃおちゅ〜るも混ぜないと食べなくなってきたし、腹立たしいったらありゃしない。でも、この春先から兄の様子が変わってきた。
春の昼間に、窓の外によその知らない猫が現れて、窓越しだから手出しはできない匂いもかげないけれど、緊張状態になったことがあって。窓の外というのは、私の部屋は低層マンションの1F角部屋なので、外の様子がよく分かるのです。
この子、弟の他かつてうちにいた先輩猫以外とはじめて接触したんじゃないでしょうか。
それ以来、私がたまに外出しようとすると(特に夜のゴミ出し)、玄関についてきて、外の様子を(飛び出しはしないけど)恐る恐るうかがうようになって。
私がいじわるして、そこでだっこして扉の外(部屋からマンションのオートロックの大きなエントランスまで、結構広い回廊がある)にぱっとだしたら超怖がって部屋の中に飛んで逃げたんだけど。
でもそれから夏に近づくに連れ、きみは、たまに何かを求めるような声で泣き続けるようになって、そしてはっきりと、玄関で訴えかけるようになってきた。
外に出てみたい、って。
それで夜に一度、玄関を開けたんだけど自分からは出ない。改めて説明すると、オートロックのエントランスまでは、ちょうどその大きな扉を誰かが開けない限り、他に隙間はなく外に逃げることはできない。ただ、1Fなので、その回廊の片側は中庭に面していてちょうど猫も通れないくらいの間隔のサッシ(柵)の間仕切りで、その中庭の自然の様子がよく見える。猫だから、この回廊から屋外へは容易に出れないことは既に察しているのではなかろうか。でも、自分からは外に出ない。その勇気が無いことをごまかすように、プイと突然興味をなくしたように反転室内に戻り、それからなにかをごまかすようにおとなしい子が珍しくどたどたと、見えない何かを捕まえようとしてリビングを跳ね回り(シャドー・ネズミ捕り、と私は命名)、しばらくして飽きて寝た。けど、ある日は逃げずに自ら飛び降りて、部屋の目の前ほんの1mの範囲内だけど、そこで遊びはじめた!
ちょっときょろきょろして周囲の様子を確認したら、安心したのか、冷たい石畳の地面に、体をごろごろ回転させながらこすりつけて、ちょっと移動して、またごろん!と倒れてはごろごろ回転させながらこすりつけて。そして私がなでてもいないのにゴロゴロ喉を鳴らしながら、体をごろごろ回転させながら。
猫の幸せ
猫って喜ぶと喉をゴロゴロさせる、と言うのは皆さんご存知だと思うけど、これは、幸せを感じてるのです。それも、自らの心の底から幸せだと感じたときに。人が喜ばせたのではない、たとえばこちらの存在を気づかれてないときにもゴロゴロすることがあります。特に、母猫が、子猫を出産した直後。お乳を与えているとき。ゴロゴロゴロゴロ、喉を鳴らし続けているのです。これが幸せの感情の発露で無くて何なのか。
動物で、幸せを明確に、自主的に感じ、表現するってすごくないですか。
それはさておき、うちの兄君、いつまでたっても地面でゴロゴロするのをやめないので、私待ってるの飽きるから、5分ほどで切り上げさせてもらって、部屋に戻っていただきました。すると満足したのかすぐ、寝る。
もしも扉が開いたなら…?
それから毎日、夜だけでなく昼も度々、というか私の顔を見るたびに訴えるように泣き続けるようになってしまいました。
私は毎日外に付き合って出してあげてるわけではありません(外に一切出ない日も多いし)。
でもたまに夜のゴミ出しの際(※このマンションは夜にゴミ出せる)、玄関先に出してあげていたら、次第になれていき、回廊の行動可能範囲を30センチづつぐらい、更新していき、ついにエントランスの大扉の前でもゴロゴロするようになりました。
でもなかなかゴロゴロを止めないので私は心を鬼にして、
もう、つきあい切れないわ。
そう思って、いつもの彼をそのまま置いてけぼりに、私はゴミ袋持ってエントランスから出て外のゴミ捨てボックスまで捨てに行き、戻ってきて猫捕まえて部屋に一緒に戻るようになりました。その間約2分。
私は脳によぎる。
もし…、その間に、マンションのエントランスから他の住人のどなたかが出入りして外の世界への扉を開けたなら…?
私の分析では、兄君、他の人間に驚いて飛んで逃げ帰る確率70%。
他の人間に驚いて思わず外に飛び出てしまう確率20%。
チャンスとばかりに、足元かいくぐって外の世界に出ていってしまう確率10%、くらいかなって思います。
いままでの家猫も(私は何十匹と飼っている)、肝の座った子は大人になると外の世界に興味を持ち始め、隙を見て外に飛び出て、1週間後ぐらいにすっかり野生の顔になって帰ってくることを繰り返すように、なる子がいました。帰ってこない、ということは普通無いです。
でも、この子は、もしかしたら外に出て…、帰ってこないかも。
そんなことが脳によぎりました。
君が行くなら、僕は止めない。
外に出て、外で縁を見つけて、そこで暮らすのかも。
外で車にはねられるという縁で終わるのかも。
そうだとしても、それがその子にとって幸せなのかも。
私との縁は、これまで、というものだったということで。それはそれで私も幸せでした。
君が行くなら、僕は止めない。
…でも、わざと私がエントランスの扉を開けたりはしません!ぜったいに!
君が冷たい石畳の地面に、体をごろごろ回転させながらこすりつけて、私がなでてもいないのにゴロゴロ喉を鳴らしながら、体をごろごろ回転させるの、見るのはとても可愛いんだから。
それが幸せなんだから。
無垢な愛、本当の幸せとは? イノセントラブシリーズ
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(Vocalは声優さん)
beta 2021/6/16 3160文字