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『BODY DOUDLE』後編

○(数日後)『ハードシップ・エージェント』・研究室
  室内をスズメ型のロボットが飛んでいる。冬馬と大地、代わる代わるコントローラーで操縦している。
大地「スズノスケ、止まれ」
冬馬「(笑って)スズノスケ? 勝手に名前をつけてるし」
  スズノスケ、拓海のデスクにちょこんと留まる。搭載カメラが拓海を映している。
大地「拓海さん、すっかりよくなったね」
拓海「うん、爆睡したら、もう元気。本当に迷惑をかけてごめん」
大地「いやいや。いつでも頼ってよ。でも、その間にルーシーが急な仕事で帰っちゃうなんて。ちょっと寂しいかも」
  晴ロボット、顔が完成して立っている。
冬馬「しっかり仕事はしていった。ルーシーの技術はすごいよ。誰にも真似できない」
大地「いよいよ、晴のロボットも完成したし。俺の出番だな」
冬馬「ねえ、拓海さん。将来的にこのロボットたちを、パンデミックの時に、病院とかで稼働できるようにしたいんだよね」
拓海「うん」
冬馬「電波? 電磁波? それっぽいのとか、医療機器に影響あったりしないの?」
拓海「スマホ程度だから、さほど影響はないと思う」
冬馬「なるほど……ところで、もう少しロボットの動きに慣れておきたいんだけど。拓海さんロボットを散歩させてもいい?」
拓海「いいよ」
大地「今日はワゴン車も、コントローラーも俺が担当する。拓海さんはモニターチェックだけしておいて」
拓海「OK。二人とも操作に完全に慣れたね」
冬馬「拓海さんがいなくても大丈夫だよ」
大地「スズノスケも、連れていっていいよね」
拓海「うん。電線とか、人のいないところで飛ばしてみて」
大地「わかった。じゃあ、いってきます」

○市立総合病院・病室
洋子「このまま順調にいけば、来週には退院できそうよ」
真由「うん。リハビリもがんばる」
洋子「じゃあ、お母さん今日は用事があるから、そろそろ帰るね」
真由「いつもありがとう。ばいばい」

○同・駐車場
  白いワゴン車の中に大地が乗っている。

○白いワゴン・車内
  大地、コントローラーを持ち待機。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  冬馬、脳波測定器とボディスーツを装着。
冬馬「では、散歩にいってきまーす」
拓海「(声のみ)OK。何かあったら呼んで」
冬馬「ラジャー(ほくそ笑む)」

○市立総合病院・駐車場
  拓海ロボット、ワゴン車の後部座席から降りて病院玄関へ向かって歩き出す。ロビーから出てきた洋子とすれ違う。軽く会釈をする。
  洋子、微笑む。車の方へやってくる。
大地「こんにちは」
洋子「よろしくお願いします」
  洋子、ワゴン車に乗り込む。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  冬馬、マイクをオフにして、
冬馬「拓海さーん。ちょっと、モニターの映りを確認してもらえる?」
拓海「(声のみ)今、そっちにいく」
  拓海、スタジオの方に入ってきて、数台のモニターの前に立つ。ロボット視線のモニターに、病室のドアから病床側を見ている映像が映っている。
拓海「えっ? 今、どこを散歩してるの?」

○市立総合病院・病室
  真由、クマッタを手に取り名前を呼ぶ。
真由「クマッタ!」
  クマッタ、反応し両手をパタッと上げる。
真由「ふふ。クマッタ!」
  クマッタ、また声に反応し両手をパタッと上げる、と同時に。
  拓海ロボット(冬馬)、手を挙げて入ってくる。
拓海ロボット「はい」
真由「……(驚愕で声が出ず)」
拓海ロボット「久しぶり」
真由「ど、どうして……えっ?……」
拓海ロボット「同窓会に来なかったから、直接会いに来た」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
拓海「……えっ? 星野さん……」

○市立総合病院・病室
真由「(動揺)えっ、あっ、嘘。どうしよう……本物? あっ、スッピンだし……恥ずかしくて顔を見せられない」
  真由、思わず横にかけてあったバスタオルを取り顔を覆い隠す。それでも、くりくりした目だけ出して拓海を見ている。
真由「幻じゃ……ないよね」
  拓海、距離を一気に詰める。そして、真由の手を取り、自分の頬に当てる。
拓海ロボット「ほら、本物でしょ?」
真由「(真っ赤)……うん」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
拓海「(慌てて)と、冬馬、何をしている」
冬馬「(肩で笑う)くくく」

○市立総合病院・病室
拓海ロボット「僕は真由さんが好きです」
真由「えっ?」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
拓海「(慌てて赤面)ちょっと待って。いきなり」

○白いワゴン・車内
大地「拓海さん止めちゃだめ。冬馬、続けて」
  洋子、真由の映ったモニターに感涙。 

○市立総合病院・病室
拓海ロボット「高校時代から好きでした。いや、今もまだ好きです。そして、これからもずっと好きです」
真由「えっと、私は……病気を抱えていて、こんな状態で、とてもそんな……返事なんてできない……」
拓海ロボット「病気とかそういうの関係ない。素直な気持ちを聞かせて」
真由「(涙ぐみ)このクマッタにずっと救われてた……また会いたかった……」
拓海ロボット「じゃあ恋人になってください」

 ○『ハードシップ・エージェント』・研究室
拓海「(脱力)もう完全に愛の告白になってる……」

○白いワゴン・車内
大地「これこそがボディダブル。拓海さん、彼女の気持ちから、逃げるなって」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
拓海「そんな……心の準備が……」

○白いワゴン・車内
大地「答えはひとつしかないでしょ」

○市立総合病院・病室
真由「……私はずっと病気とつきあっていかなければならないの。この先、寝たきりの状態になってしまう可能性だってある。私は拓海くんに何もしてあげられない。つきあっても迷惑しかかけないと思う。重荷にはなりたくないの。ごめんね」
拓海ロボット「側にいて笑っていてくれるだけでいいんだけど」
  真由の目から涙がこぼれ落ちる。拓海ロボット、手を延ばし、真由の頬の涙を拭う。顔をじっと見つめると、キスをするように顔を近づける。拓海ロボット、寸前のところで急停止。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
拓海「あーっ。もう無理。強制終了!」
冬馬「(苦笑い)さすがにやりすぎてしまった。ははは」

○白いワゴン・車内
大地「(笑って)あーあ、拓海ロボットが不自然に停止しちゃってるし。どうするの?」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
拓海「冬馬、顔を近づけて何をしようとしてるんだよ」
冬馬「ごめん、ごめん。真由さん、可愛いなぁって脳が考えちゃったら、勝手にキスしそうになった。ロボットとの連動性能ハンパない。気持ちが行動に出てしまう」
拓海「うーっ、これから、どうすれば……とりあえず、いったん撤収ということで」
冬馬「逃げるのなし。いい加減、本物が行けよ。拓海さん!」

○白いワゴン・車内
大地「そうだよ。彼女を置いてきぼりにするな。拓海さん、ダッシュ!」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
冬馬「今すぐ彼女のところに行けよ!」
拓海「うっ……」
  拓海、しばししゃがみ込んで考えてから、意を決してすくっと立ち上がる。
拓海「……わかった。行く。ありがとう」

○白いワゴン・車内
大地「しっかし、世話が焼けるこじらせ男子だな。とっととコクってしまえばいいだけだったのに」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
冬馬「愛する人のために、遠回りして、ロボットを作っちゃうなんて」
  モニター画面に、真由がきょとんとして拓海ロボットを見ている映像。

○白いワゴン・車内
大地「ということで時間つなぎに、彼女と中庭の散歩とかどう?」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
冬馬「えっ? ロボット動けるの?」

○白いワゴン・車内
大地「実はスイッチの入れ方、横で見てたからわかってるんだよね。うしし」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
冬馬「さすが、大地。じゃあ、俺、真由さんを外に連れ出す」

○白いワゴン・車内
大地「はいっ、再起動スイッチオン!」

○市立総合病院・病室
真由「えっ? 拓海くん。どうしたの? えっ、え? 固まってる?」
  拓海ロボットが再び動き出す。
拓海ロボット「ごめん。慣れない愛の告白とかしたから、脳が一時停止しちゃって。少し、外を散歩しながら話さない?」
真由「うん。じゃあ、車椅子を取ってもらってもいい?」
拓海ロボット「うん」
  拓海ロボット、車椅子をベッド横に持ってくる。
拓海ロボット「はい、この可愛いもこもこの上着を着て」
  拓海ロボット、棚のハンガーにかかっているカーディガンを取って肩に掛け、ぎゅっと包み込む。真由、真っ赤になる。
真由「ありがとう」
拓海ロボット「立てる?」
真由「うん、ちょっと支えてもらってもいい?」
拓海ロボット「もちろん」
  拓海ロボット、真由を抱きしめ、車椅子に乗せる。
拓海ロボット「さあ、いこうか」
真由「(満面の笑み)うん」
拓海ロボット「(独り言)めっちゃ、可愛いんですけど」

○公道・走る深緑色のミニクーパー
  拓海、運転しながら『Love Reign O’er Me』を聴いて自分を鼓舞している。

○市立総合病院・中庭
  拓海ロボット、真由の車椅子を押しながら出てくる。ベンチ前で止まる。頭上の木に、スズノスケが飛んできて止まる。
拓海ロボット「ベンチに座ってひなたぼっこする? それともおんぶする?」
真由「(笑って)えっ?」
拓海ロボット「高校生の頃の気持ちに戻ってみて。無邪気が許された頃。将来のこととか何にも考えていない頃。今のことしか考えない。自分が楽しければいい。人の目とか、相手への気遣いとか関係ない。いつも、ゲラゲラと笑い転げていた頃の真由さんなら、どっち?」

○白いワゴン・車内
大地「さすが劇団俳優、森冬馬。ささる台詞が出てきましたね」
洋子「冬馬さんの言葉のセンスが素敵です。私、最初からずっと感動しています」

○市立総合病院・中庭
真由「(笑って)じゃあ、おんぶ」
拓海ロボット「正解! はい。どうぞ」
真由「では、失礼します」
  拓海ロボット、背中を差し出す。
  真由、首に手を回す。
拓海ロボット「よっこいしょ」
真由「恥ずかしいけど、めっちゃ楽しい」
  拓海ロボット、真由をおんぶし歩く。
真由「あなた拓海くんじゃないでしょう?」
拓海ロボット「えっ?」
真由「(笑って)誰なの?」
拓海ロボット「(焦って)誰って、拓海です」
真由「昔から拓海くんは私のことを、星野さんって名字でしか呼ばないもの」
拓海ロボット「そうか。しまった」
真由「それにね。拓海くんはこんなにおもしろいことを言わないし、たぶん大胆なこともしないかな」
拓海ロボット「なるほどね。実は今、本人は車を飛ばして、駆けつけてくる最中だから、もう少しお待ちください」
真由「あなたは誰なの?」
拓海ロボット「僕はそっくりな分身ロボット」
真由「えっ? ロボット?」
拓海ロボット「うん。ここまでの技術にたどり着いたんだよ。真由さんのために」
真由「えっ? 私のため?」
拓海ロボット「そう。真由さんの体が動かなくなったとしても、脳からの指令で動かせるロボットがあればいい。作りたいって。そのためにアメリカまで行ったんだよ」
真由「そうだったの?……」
拓海ロボット「うん。拓海さんは、真由さんの病気も含めて、全部好きなんだよ。何の心配もいらない。拓海さんには真由さんを受け止める自信と覚悟があるから」
真由「私、どうしたらいいのかな」
拓海ロボット「素直な気持ちでぶつかればいいんじゃない?」

○同・駐車場
  深緑色のミニクーパーが入ってくる。
  拓海、降りると慌てて走っていく。

○同・中庭
  拓海、走ってくる。真由をおぶった拓海ロボットと鉢合わせする。
拓海「……えっ?」
拓海ロボット「本人到着」
真由「拓海くん……」
拓海「(息を切らして)星野さん……なぜゆえ、おんぶされているのか……」   拓海ロボット「じゃあ、あとは本物にバトンタッチするので、よろしく」
  拓海ロボット、真由をベンチへ下ろす。
拓海ロボット「真由さん、グッド・ラック」
真由「ありがとう」
  拓海ロボット、スズノスケをちらりと見て、ウインクして去っていく。
拓海「えっと……あの……」
真由「あっ、どうぞ。ここに座ってください」
拓海「ああ、うん」
  拓海、緊張の面持ちで真由の隣に少し離れて座る。
真由「久しぶりだね」
拓海「うん、すごく久しぶり……」
真由「あまり、変わってないね」
拓海「星野さんも、全然、変わってない」
真由「そうかな」
拓海「……えっと……高校の時、ハンドクリームを塗ってくれて、ありがとう……」
真由「えっ? 今それ? ふふ。あはは」
拓海「お礼に時間かかっちゃったけど。はは」
真由「私もクマのぬいぐるみ、ありがとう。いつも、側に置いているの」
拓海「今も大切にしてくれているんだね」
真由「うん。好きな人からもらった、はじめてのプレゼントだから」
拓海「……(真っ赤)」
真由「ふふ」
拓海「笑顔が見れてよかった……安心した」
  拓海、空を見上げる。空が青い。
  真由、一緒に見上げる。
  スズノスケがピピと鳴く。
  拓海、スズノスケに気がつく。
拓海「あっ……まあ、いいか……」

〇(数日後)晴の中学校・校門・(雨)

〇近くの公園・駐車場・(雨)
  冬馬が白いワゴン車に乗っている。
  後部座席から晴ロボット(大地)が傘をさして降りてくる。
  スズノスケが上空を飛んでいく。

〇同・晴の教室
  スズノスケが窓柵に止まり撮影している。
  晴ロボットが入ってくる。
  晴の机の上には墨汁が撒かれている。机の中にもゴミ。
  晴ロボット、それを撮影し保存する。
  担任教師、入ってくるが見ない振り。
晴ロボット「先生。机が墨汁だらけにされていて、勉強できないんですけど」
担任教師「そこの雑巾で拭いてください」
晴ロボット「被害者の僕がやるんですか?」
担任教師「一時間目が始まりますから」
  担任教師、さっさと出て行ってしまう。
晴ロボット「想像の上をいく過酷な状況だな」
  晴ロボット、仕方なく、雑巾で机を拭く。
  田渕、妹尾、中上、晴ロボットを囲む。
田渕「何、先公にチクってんだよ」
  田渕、晴ロボットの胸ぐらをつかむ。
晴ロボット「やっぱお前らがやったのか」
  晴ロボット、涼しい顔で、田渕、妹尾の手首をガシッとつかむ。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  大地、マイクをオフにして、
大地「これって、わざとやられたふりをした方がいいのかな」
拓海「大地のやりたいようにやっていいよ。でも、こっちから手を出すのはNGで」
大地「さすがに危ないから、それはしないよ」

○中学校・晴の教室
  一時間目のチャイムが鳴り、数学教師が入ってくる。
  晴ロボット、つかんでいた手を放す。
  田渕、妹尾、中上、席に戻るがずっと、晴をにらみつけている。
  数学教師、晴の机を一瞥するが無視。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  大地、マイクをオフにして、
大地「さすがに、呆れて、教師としゃべりたくなくなってきた」
拓海「想像以上にひどいね。おとなの僕らが見ていてもメンタルをやられそうだ」

○白いワゴン・車内
冬馬「もう、教師に窮状を訴えるのはあきらめよう。証拠映像を残すことだけに集中」

○中学校・校門
  晴ロボット、下校。傘を手に公園へ向かう。
  上空にスズノスケが飛んでいる。
晴ロボット「もう、一日目からクタクタだよ」
  田渕、妹尾、中上、晴ロボットの後をつけてきている。

○中学校~市道~公園
  晴ロボット、途中でわざらしくと財布を出し、自動販売機でコーラを買う。案の定、田渕が駆け寄ってきて、財布を取り上げる。
晴ロボット「(弱々しく)何するんだよぉ」
田渕「二万円も入ってるぜ。これでゲームのプリカ買おうぜ」
晴ロボット「(わざと弱々しく)返せよぉ」
中上「今日は随分と生意気じゃねえか」
妹尾「朝つかまれた手首が痛くてたまらねぇ」
田渕「慰謝料。あと三万円、明日持ってこい」
晴ロボット「(悲壮感)無理だよぉ。今までに二十万円も渡しているじゃないかぁ」
妹尾「うるせぇ。また、殴られたいのか」
田渕「やっちまえ」
  中上、晴ロボットの顔をグーで殴る。
  晴ロボット、よろける。傘が落ちる。
中上「痛てーっ」

○白いワゴン・車内
冬馬「そりゃ、痛いよ。中は金属なんだから」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
拓海「(淡々と)あーあ、三億円のロボットが殴られるなんて……」
  大地、あわてて、マイクをオフにして、
大地「えーっ、三億円! そんなにするの? このまま殴られて大丈夫?」
拓海「あと数発なら。その後は全力で逃げて」
大地「わかった。壊されないようにするから」

○中学校~市道~公園
妹尾「顔面のパンチが効いてないな。もう一発入れてやる」
  妹尾、ホディに一発入れる。
妹尾「痛ててて。腹に板か何か仕込んでやがる」
田渕「だから、朝から調子こいていたのか! ボコボコにしてやろうぜ」
  田渕、殴りかかろうとして、晴ロボットによけられる。
田渕「ちくしょう。ふたりとも押さえつけろ」
  妹尾、中上、晴ロボットに手をかける。
晴ロボット「もう頭にきた。ガキどもが」
  晴ロボット、手を振り払い、落ちていた傘を手にして剣道の構え。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  大地、構えから剣道の技を繰り出す。
大地「(時代劇風に)おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし、面。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ、胴」
拓海「これって、平家物語の一節?」

○白いワゴン・車内
冬馬「大地、かっこいいけど、ガキ中たち、平家物語が意味不明できょとんとしてる」

○中学校~市道~公園
晴ロボット「それなら、ここからはわかりやすく。意地悪な人間は排除されろ。胴!」
  晴ロボットの傘が、襲いかかってくる田渕のわき腹をはらう。
晴ロボット「性格が悪い人間は孤独でいろ。胴!」
  晴ロボットの傘が、襲いかかってくる妹尾のわき腹をはらう。
晴ロホット「暴力的な人間は、鎖につながれていろ。胴!」
  晴ロボットの傘が、襲いかかってくる中上のわき腹をはらう。
晴ロボット「人が苦しむのを見て笑う鬼畜野郎は、地獄に堕ちろ。三人そろって、成敗」
  晴ロボット、一斉に襲いかかってくる三人に傘を横向きに盾とし、そのまま、まとめて向こう側へ押し飛ばす。
  田渕、妹尾、中上、バランスを崩して水たまりに尻もち。ズボンが濡れて呆然としている。
  スズノスケがピピと鳴く。
晴ロボット「財布を返してもおうか」
  田渕、妹尾、中上、財布を放り投げ、走って去っていく。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
大地「(キメ顔で)ふん、思い知ったか!」
拓海「なんか、こうなることは予想してた……」

○白いワゴン・車内
冬馬「大地、カッコいい。さすが! うん、スズノスケ映像もバッチリ撮れてる」

○(数時間後)『ハードシップ・エージェント』・オフィス
拓海「はい、二人ともここに座って」
  冬馬、大地、横目でお互いの表情を確認し、座らずに立ったまま、言い訳の弁。
大地「えっと。こっちから手は出してない。相手がこうきた所に傘を防御として置いていたら当たった? みたいな感じで」
冬馬「そうそう。大地は剣道をやっていたから、絶妙によけたら、傘がヒットしただけで、相手を傷つけたりはしていない」
拓海「……」
大地「反省してます。一方的にやられたままで終われなかった。すみませんでした」
  大地、そのまま頭を深々と下げ謝罪。
冬馬「俺もヤレヤレと声援を送り、焚きつけました。すみませんでした」
  冬馬、頭を深々と下げ謝罪。
大地「何かあいつらを、ちょっと懲らしめないと気が済まなかった」
冬馬「同じ気持ち。晴の今までの悔しさを、何とかしてあげたかった」
  拓海、ふっと笑う。
拓海「まあ、ちょっと、スカッとしたよね」
冬馬・大地「(頭を上げて)えっ?」
拓海「大地の大立ち回りの映像を、晴に送って見せたら、くすっと笑ったんだ。あの子の笑顔を初めて見た」
大地「(嬉しそうに)ほんと?」
冬馬「そうか。笑ったんだ」
拓海「(笑って)なぜ、平家物語の一節だったのかは、謎だけど」
冬馬「それは思った」
大地「時代劇の悪を裁くっぽくてよくない?」
拓海「裁くといえば、今回の件、弁護士に依頼した。奴らの親と交渉してもらう。脅し取られた二十万円の返済、今後一切関わらないという誓約書の提出とか」
冬馬「それなら、もう安心だね」
拓海「学校側の見て見ぬ振りの対応にも、相当問題がある。そちらも証拠映像とともに改善の要望書を出すつもり」
大地「それ絶対に必要。俺は当事者として、怒りを覚えた」
冬馬「こうなってくると、証拠映像があるって大きいよね」
拓海「そう思う。二人とも難しい仕事を手伝ってくれてありがとう。僕ひとりでは何もできなかった」
大地「いやいや。とりあえず、この仕事を完結させないと。明日も晴として中学校へ行ってケリをつけてくるよ」

○(翌日)中学校・教室
  晴ロボット、傘を手に入ってくる。晴の机がゴミにまみれている。
  田渕、妹尾、中上、笑っている。
  晴ロボット、その様子をスマホで写真に撮る。田渕の前につかつかと歩み寄る。手にしていた傘を振り下ろし、鼻の先で寸止めする。
晴ロボット「まだ、こんなことやってんの? また、この傘で叩きのめされたい? この次はあの程度では、すまないけど」
田渕「(ひびりながら)はあ?」
  晴ロボット、スマホを三人に向ける。昨日の財布を奪い三人で晴を殴る映像を見せる。金を要求する音声も聞かせる。
晴ロボット「SNSで拡散されて、社会的に抹殺されたい? デジタルタトゥーは死ぬまで消えないよ。個人名を特定されて、将来、仕事も結婚もできないかもね。永遠に社会のクズ認定。どうする?」
妹尾「田渕、どうすんだよ」
中上「そもそも、おまえが始めたんだろうが」
田渕「俺のせいにするのか」
晴ロボット「今なら、引き返せるんじゃない?」
  晴ロボット、傘で机を指し示す。
晴ロボット「ゴミ片づけて、早く。そのあと、ちゃんと今までの非礼を詫びてくださいね。そこは丁寧にお願いしますよ」
  田渕、妹尾、中上、嫌そうな顔をしながら、仕方なくゴミを片づけ始める。
晴ロボット「あと貸したお金は親御さんにしっかり請求させてもらうから、よろしく」
  晴ロボット、窓際へ行き、スズノスケにウインクする。

○(翌日)喫茶『ソウル・キッチン』
  晴、タプレットで前シーンの動画を見て、くすっと笑う。
晴 「本当にありがとうございました」
大地「この傘プレゼント。毎日、雨が降らなくても持っていきなよ。奴ら、ビビるから」
晴 「はい。お守りにします」
大道「あとは私がやるから。弁護士と相手の親とで交渉するから安心していいよ。また、いじめがあったら、すぐに連絡してくるんだよ」
大地「証拠映像がたんまりあるから、いつでも被害届を出せるからな」
晴 「(涙声)はい……思い切って、相談してよかったです。あのままだと本当に自殺していたかもしれない……」
大地「わかるよ。俺もたった二日だけど、四面楚歌で地獄のようだった」
晴 「しめんそか?」
大地「四方向、すべて敵に囲まれるってこと。これから勉学に励めよ。少年」
晴 「はい。平家物語も読んでみます」
大地「あはは。あれな」
晴 「大地さんみたいに強い人になりたいです。剣道をやってみたくなりました」
大地「(照れて)いやいや」
大道「ところで、拓海くんと冬馬くんは?」
大地「他の仕事が急遽前倒しになって、今、あわてて準備してます。俺もそろそろ現場に行かないと。じゃあな、晴」
晴 「さようなら(大地さん、かっこいい)」

○撮影スタジオ・駐車場
  白いワゴン車が入ってくる。
  運転席に大地。後部に鷹山千早のロボット。
  鷹山とマネージャー、向こうからやってくる。

 ○白いワゴン・車内
大地「うおっ。本物がきた。カッコいい」
  大地、窓を開ける。
マネージャー「今日はよろしくお願いします」
大地「こちらこそ。よろしくお願いします。鷹山さん、どうぞ後ろに乗ってください」
鷹山「うん。わかった」
  後部ドアが開く。鷹山、乗り込もうとして、自身のロボットと対面。
鷹山「うわっ、心臓が止まりそうになった。まんま俺じゃん」
マネージャー「これは、すごいクオリティですね。見分けがつきません」
大地「じゃあ、入れ替わってください」
鷹山「はい」
  鷹山が乗り込み、ロボットが降りる。
鷹山「なるべく早く切り上げられるように頼むよ」
マネージャー「手はずは整えています。前もって腰の状態がよくないと伝えてあります。ダンスは一発撮りということで了承をいただいています」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  冬馬、脳波測定器とボディスーツを装着。
冬馬「一発撮りって失敗できないってことか」
拓海「何か緊張してきたね」

○撮影スタジオ・内
  倉庫内のセット。薄暗いコンクリート壁。
スタッフ「鷹山さん、今説明したとおりです」
鷹山ロボット「わかりました」
スタッフ「では、ダンスシーンから逃走まで。テスト兼本番いきます。3、2、1、(はい)」
  鷹山ロボット、ピストルを持った敵に囲まれている。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  冬馬、演技に入っている。
冬馬「そんなに疑うなら、踊ってみようか。誰か曲をかけてよ」
  モニター映像(撮影スタジオ)、敵の一人がスマホで『フィネス』をかける。
  冬馬、本領発揮。見本動画以上に、アレンジも入れて完璧に踊り切る。

○撮影スタジオ・内
  スタジオ全体が見事なダンスに圧倒されている。
監督「すごくいいじゃないか」
  鷹山ロボット、ダンスが終わると同時に、一斉に銃撃される。銃声が鳴り響く。

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  冬馬、銃声と共に勘でジグザグに走ったり、エアリアル(側宙)を織り交ぜ、華麗に走り抜け、指定の位置へゴールする。
冬馬「(息があがる)はあはあ」

○撮影スタジオ
  鷹山ロボット、華麗にフェードアウト。
監督「カット! オッケー。すばらしい。完璧」
  監督が思わず拍手。スタッフも全員拍手。
鷹山ロボット「ありがとうございます」
マネージャー「すみません。腰の治療のため、五分だけ休憩をいただきます」

○白いワゴン・車内
  鷹山、映像を見て拍手し喜んでいる。
鷹山「森冬馬くんだったよね。すごくいい俳優じゃないか。キレッキレッのダンスとアクション。カッコいいよ」
大地M「この人は、冬馬によって、めっちゃハードルを上げられてしまったことに、気がついているんだろうか……」
  鷹山ロボット、マネージャーと帰還。
マネージャー「鷹山さん急いでください」
鷹山「じゃあ、今日は本当にありがとう」
大地「お疲れさまでした」
  鷹山、マネージャーと走って戻っていく。
大地「鷹山ロボット、グッジョブ!」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  冬馬、ぐったりして床に寝転がっている。
冬馬「終わった……はあ……」
拓海「(笑顔)お疲れさま」
  拓海、冬馬に水を渡す。

○拓海の部屋・LDK(夜)
  拓海、冬馬、大地、広いリビングにある小さなテーブルを囲んでいる。
  卓上には、ビール、ハイボール、総菜、おつまみ。
  三人ともお酒を手に、
拓海「では、無事終了。お疲れさまでした」
冬馬・大地「お疲れさまでした(シンクロ)」
拓海「明日、お給料が振り込まれます」
冬馬・大地「(拍手)パチパチパチ」
拓海「では、乾杯!」
冬馬・大地「チアーズ(シンクロ)」
   *     *     *
冬馬「でも、この一週間、やりきった感がハンパないなぁ」
大地「充実してたよね。拓海さんの恋愛沙汰も含めて」
拓海「恋愛沙汰って……もちろんすごく感謝してる。冬馬と大地に出会えたことが、奇跡だったと思う」
冬馬「そんなふうに言われると照れるなぁ。って、そういう胸キュン台詞は真由さんにいってあげて」
大地「あはは、そうそう。でも、友達との出会いも、ちょっと恋愛に似てるのかも。ファースト・インプレッション」
拓海「それ、なんとなくわかる。喫茶店で冬馬を見た時、ピンときた」
冬馬「どんなふうに?」
拓海「感じのいい人だな。笑顔が温かい。この人なら信じられそう。みたいな感じ」
大地「うん、冬馬はまさにそんな感じ。(駄々こねて)ええーっ、じゃあ、俺はぁ」
拓海「大地にも感じたよ。人なつこくて、純粋で真っ直ぐな人だろうなぁって」
大地「へへ。お見立ての通りです」
   *      *      *
  三人とも、酔ってきている。
冬馬「はいっ。拓海さんに質問。オーディションに落ち続けてもショックを受けない方法はなんですか?」
拓海「(笑顔で)受けないこと?」
冬馬「(苦笑い)どんだけネガティブ」
大地「そんなに落ちてるの?」
冬馬「もういっそのこと、大地にボディダブルをしてほしい、っていうくらい落ちてる」
大地「じゃあ、この際、俺はボディダブルを仕事にしちゃおうかな」
冬馬「拓海さん、ロボットの顔を作るのっていくらかかるの?」
拓海「ルーシーのギャラだけで五百万円。それを支払ってまで依頼する人って本当に限られると思う」
大地「大統領か」
冬馬「ハリウッドスターか」
拓海「だから、ボディダブルの仕事は今回限りかな。本来目指すべき、人の役に立つ、産業ロボットを目指す」
大地「そうか、残念。ボランティアでいいからやりたかったな。スリリングで楽しかったし」
拓海「でも、スズノスケは使えるから、いじめの相談があったら、協力は惜しまない」
冬馬「そうか。その手があった。また、いじめで困っている子供たちを救えるね」
   *     *     *
  三人、かなり酔っている。
大地「拓海さん、次は真由さんのためにロボットを作るんでしょ? いいなぁ。俺もカノジョがほしい。冬馬もそう思わない?」
冬馬「うーん。俺は役者としての夢を叶える方が先かな。まずは次の公演をがんばる」
大地「みんな夢があっていいなぁ。俺、今、何にもないかも」
  大地、手足を伸ばして大の字に寝転がる。
大地「ちぇーっ。俺ってつまんねぇーっ」
  冬馬、同じく大の字になる。
冬馬「俺だって、弱小劇団の、売れない役者だぁーっ」
  拓海、二人を見て目が潤んでいる。
大地「ん? 拓海さん、泣いてる?」
冬馬「まさか、泣き上戸とか?」
拓海「友達と酒を飲んで語り合ったのって、初めてだから、ちょっと感動してる」
冬馬「(笑って)いつでも誘ってくれよ」
大地「(笑って)飛んでくるからさ」

○(数週間後)ドラマ『潜入捜査官 ディープカバー』・オンエア
  鷹山、見事なダンス(前シーン回想)。

○ネットニュース記事
  『鷹山千早のダンスとエアリアルがカッコいいと話題。ドラマHPで公開。再生回数100万回突破!』

○古着屋・店内
  大地、そのネットニュースを見て爆笑。
大地「冬馬のダンスとエアリアルが、バズってるし」
  大地、店先に出て大きくノビをする。
大地「あーあ。俺、完全にボディダブル・ロスだぁ。ああいう刺激が欲しーっ」
  冬馬からLINE通知がくる。
  冬馬(公演の台本上がってきた)
    (拓海さんとこのスタジオで練習させてもらえることになった)
    (遊びにくる?)
  大地(いく)
    (ダッシュ系のスタンプ)

 ○『ハードシップ・エージェント』・オフィス
  真由、拓海ロボットと、仲良く並んで座りお茶している。
  大地、心がはやり、足早に入ってくる。
大地「ちぃーす。あっ、真由ポン」
真由「あっ、はじめまして。星野真由です」
大地「そうか。真由さんは、俺らの顔を知らないもんね。水島大地です。よろしく」
真由「あなたが大地くん。母がお世話になりました」
大地「いえいえ。こちらこそ」
  冬馬が軽快に入ってくる。
冬馬「あっ、真由ピ」
真由「こちらが冬馬くんね。こんにちは」
冬馬「(笑って)拓海さんの代役で、愛の告白をした森冬馬です。その節はどうも」
真由「(笑って)拓海くんが言いそうもない、胸キュン台詞を、たくさんありがとう」
冬馬「ははは。で、どうして、拓海さんじゃなくて、ロボットとイチャこらしてんの?」
真由「突然、アメリカ本社から連絡が入ったみたいで。研究室の方にいって、リモート会議中なの。だから、ひとりもなんなので、隣にロボットを置いてみました(笑う)」
冬馬「確かに、こういう使い方もできるね」
真由「あっ、ふたりともコーヒー飲む?」
  真由、立とうとする。
大地「いいよ。座ってて」
真由「私なら大丈夫。今、状態がよくて、ゆっくりなら歩けているの」
冬馬「そうなんだ。安心した」
大地「でも、お茶は女の子が入れるという時代は終わったのだ! 俺がやる」
   *     *     *
  真由、冬馬、大地、楽しそうに、きゃっきゃっと話が盛り上がっている。
  拓海、すごすごと登場。 
拓海M「(少し嫉妬)何か楽しそうだし……」
冬馬「あっ、拓海さん。会議終わったの?」
拓海「うん。(微笑んで)大地も来てたんだね」
大地「だって、冬馬がここで台詞の練習するっていうから。ひとりだけずるいって」
冬馬「あのスタジオなら、自分の姿を見ながら練習できるから、すごく便利」
拓海「毎日、使っていいよ」
冬馬「サンキュー、助かる」
拓海「(すまなそうに)星野さん。せっかく来てもらったのに、本当にごめん」
真由「ううん。冬馬くんと大地くんとお話してたから。二人とも面白くて笑いっぱなし」
大地「拓海さん。今後、真由ポンを星野さん呼びにするの禁止」
冬馬「そうだよ。真由ピは恋人なんだから」
拓海「ポン? ピ?……って……じゃあ、真由と……呼ぶ。普通に(赤くなる)」
真由「うふふ(二人ともありがとう)」
冬馬「(いやいや)」
大地「(どういたしまして)」
 拓海、思慮深げな顔をして椅子に座る。向かい側に拓海ロボットがいる。腕組みをしてじっと、自分の分身を見ている。
拓海「うーん……」
大地「はい。拓海さん。コーヒーどうぞ」
拓海「ありがとう……うーん……」
冬馬「どうかした?」 
拓海「実は……アメリカの本社から話があって……ハリウッドスターのトム・ウィリアムスが、ジャパンプレミアで来日する予定なんだけど」
冬馬「確か日米合作のSF超大作だよね。東京でもロケをした」
拓海「そう。その後、トムはバカンス中にすごく太ってしまって、今別人みたいになっているらしい。ダイエットが面倒だから、来日したくないって駄々をこねていて、関係者が困っているとかで」
真由「オフで気が緩んじゃったのね。なんか普通の人って感じでトム可愛い」
拓海「それで、替え玉をこっちでたてられないかって、相談されてしまって……」
  冬馬、大地、同時に立ち上がる。
冬馬「えっ? 替え玉って!」
大地「それって、まさかの!」
拓海「うん、そのまさか……」
  困惑の拓海。
  満面の笑みの冬馬。
  やる気満々の大地。
拓海・冬馬・大地「(同時に)ボディダブル!」
                おわり

【原文引用】『平家物語』(国語便覧 第一学習社より)


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