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『ソウル・キッチン』

 スランプを脱した小説家の武彦は、ちょっとイケてる料理人の倫太郎と、キッチンでポップスを聴いている今を、幸せだと感じている。尊敬と劣等感が刺激しあう、男同士のぬるくてちょっと怪しい友情物語。

【登場人物】
 桂木武彦   (26)小説家・冬城勇真
 夏目倫太郎  (26)シェフ
 遠山しおり  (26)小学校教諭
 フランソワーズ(23)フランス人女性
 石原                (33)しおりの婚約者


○大型書店・ウィンドー
 「今週の売り上げベスト5」の掲示。
 第1位「不安な遊泳」冬城勇真の小説。「早くも100万部突破!」とある。

○同・店内
  先出の小説「不安な遊泳」の平積み。
  「早熟な異端児が描く、究極の恋愛サスペンス!」の帯。
  それを手に取るOL、女子学生たち。
女子学生A「これ、すっごくおもしろいんだって」  
女子学生B「ふーん。そうなんだ」
  女子学生B、何となく表紙をめくる。
女子学生B「ちょっと、作者、かっこよくない?」
女子学生A「ほんとだ。二十歳だって。△△大学の二年・・・」
  表紙裏の作者紹介欄。ブロマイドばりのかっこいい冬城勇真のモノクロ写真。

○一流ホテル・ロビー
  ソファにどさっと座る、黒色スーツの青年。
  冬城勇真(20)である。
  期待を裏切らないクールさが漂っている。

○同・小ホール
  「第○○回△△文芸新人賞」の掲示。
  賞状とトロフィーを手にしている勇真。
  カメラのフラッシュをあびている。
  素直にうれしさを表現できない、はにか んだ笑顔がある。

○テロップ「そして、六年後    」

○武彦宅(一戸建て)・外観
  正門に「桂木」の表札。
  高級感あふれる造り。広い庭がある。

○武彦の仕事部屋
  パソコン画面に「彼女は、」とだけ書かれている。
  その横で、ぼさぼさの髪を掻き上げるすさんだ男。
  桂木武彦である。
  もはや、勇真のクールさなどない。
  よれよれのトレーナースーツ(パジャマ?)がよく似合う。
武彦「腹へった・・・」

○キッチン
  冷蔵庫を開ける武彦。
  中は、空。
武彦「(ため息)はぁーっ。コンビニ行くのも面倒くさい・・・」

○リビング
  ソファに座り、タバコを吸っている。
  そのタバコを見つめて、
武彦「このタバコが、食えたらいいのに・・・」
  ちょっと、危ない感じ・・・・・・。
  武彦、タバコをぎりぎりまで吸い、もみ消す。仕方なく立ち上がり、棚  上に放ってある財布(ブランドもの)の中を覗く。中は、千円札一枚。
  武彦、財布をまじまじとながめて
武彦「この財布、売ったら、いくらになるのかなぁ・・・」
  せっぱ詰まった感じ・・・・・・。
   ×     ×     ×   
  武彦、ぼんやりテレビを見ている。
  テレビ映像(ワイドショー)。
レポーター「今日は『ルーム・シェア』の実状を見ていただきました」
キャスター「数年前までは、住宅費の節約という経済的な理由が主でしたよね」
レポーター「はい。それが今日は、人間関係の希薄さに対する危機感みたいなものに、変わってきているんです」
コメンテーター「私の友人なんかは、自宅でコンピューター関係の仕事しているんですが、気がつくと、まる一日、誰とも会話していないなんてこともざらだそうですよ」
  武彦、テレビに向かって、
武彦「俺のことじゃん・・・独り言多いし、確かに、危機的状況かもなぁ・・・」
  武彦、部屋を見渡す。
  広いリビング。あるのは、ソファとオーディオ程度。閑散としている。
  そして、芝が伸び放題の庭。
武彦「!」

○武彦の仕事部屋
  武彦、パソコンに向かっている。
  パソコン画面。「ルーム・シェア」サイト開示。
名前  桂木武彦
性別  男
年齢  26歳
職業  ライター
住宅  一戸建て
    4LDK 駐車場あり
家賃  7万程度(要相談)
喫煙   する
趣味  読書 冬城勇真のファン
  武彦、腕を組んで苦笑い。
武彦「冬城勇真のファンって・・・俺って、かなりのチャレンジャー・・・でも・・・これで、来なかったら、俺って、いったい・・・」
  武彦、一転、不安な顔。

○(数週間後)有名フランス料理店・外観
  スーツを着込んだ武彦が入っていく。

○同・店内
  満席状態にもかかわらず、落ち着いた雰囲気の店内。
  老夫婦、カップル、OLたちなどが、楽しそうに食事をしている。
  窓際の奥まった席に、ぽつんと武彦。
  初老の給仕が、静かに現れる。
給仕「桂木様」
武彦「はいっ」
給仕「お連れ様から、伝言がございまして、少々、遅れますので、先にお召し上がり下さいとのことです」
武彦「はぁ」
   ×    ×    ×
  一転、料理を前に歓喜する武彦。
武彦M「(こんな料理、何年ぶりだろう・・・)」
  武彦、ひたすら食べまくる。
  メイン料理あたりで、OLたちの視線を感じる。我に返る武彦、赤面。
武彦M「(男1人で、ディナーだよ・・・差詰め、デートをすっぽかされた、哀れな野郎って感じか?)」
  武彦、視線を遮断し、もう、やけ食い。
給仕「桂木様、お食事は、楽しまれておりますか?」
武彦「はぁ(苦笑い)」
給仕「ただいま、シェフが挨拶にまいります」
武彦「はい」
   ×    ×    ×
  シェフ・夏目倫太郎(26)、さっそうと登場。
倫太郎「桂木様、お味は、いかがですか?」
武彦「うまい! じゃなくて・・・結構なお味で・・・」
倫太郎「ふーん・・・運命の出会いか」
武彦「はぁ?」
倫太郎「夏目です」
武彦「えっ?」
倫太郎「夏目倫太郎です」
武彦「えーっ!」

○(数日後)武彦宅・リビング
  リビング、ダイニング・キッチン(対面)は、床つづきになっている。
  武彦、ソファに座り、ぼーっとタバコを吸っいる。
  ぼさぼさ頭に、トレーナースーツ。
  その前を行き来する引越業者。
  オーディオの横に「レコード CD」と太マジックで書かれたダンボールが、5箱積み上げられる。
武彦「すごっ」
  武彦の視線の先にキッチン。

○キッチン
  倫太郎、ウォークマンの音楽にノリながらキッチン用品(鍋など)を片づけている。
  倫太郎、イヤフォンを外して、
倫太郎「武彦。ここの食器棚、空いているなら、使っていい?」
武彦「いいよ・・・」
  音楽に心酔しながら、もくもくと片づけを続ける倫太郎。
武彦M「(俺を、いきなり、名前で、呼び捨てか。確かに、同じ歳だけどさ・・・しかも、フリーターとか言っておいて、一流店のシェフじゃないかよ。おまけに、冬城勇真のファンだと言ったくせに『孤高の一発屋』とか蔑みやがって。許さん。斬る!)」
  武彦、両手に見えない刀を構えると、倫 太郎をバサっと斬る。
  倫太郎、視線に気がつき、
倫太郎「ん? 何か言った?」
  武彦、あわてて視線を逸らす。
武彦M「(ちくしょー!あんな高そうなフルコース・ディナー、ゴチになったら、断るに断れないじゃないか!)」
  武彦、ぷるぷると握り拳。

○正門
  「桂木」の表札下に、「夏目」の貼紙。

○リビング
  レコードが回っている。
  曲はクリームの『ストレンジ・ブルー』。
  テーブル(ちゃぶ台式)上に、おいしそうな料理が何品も並んでいる。
  倫太郎、ワインオープナーを回している。
  武彦、両手の指先がテーブルの端にのっている。今にもヨダレが垂れそうな口元。
倫太郎「・・・お預けくってる犬だな」
武彦「(真面目な顔でぽつりと)わんわん」
倫太郎「・・・マジだよ」
  倫太郎、ワインをグラスに注ぐ。
倫太郎「まずは乾杯しようぜ」
武彦「ああ」
  武彦、倫太郎、グラスを手にする。
倫太郎「ちぃーす」
武彦「(遠慮がちに)どうも」
  音を立ててふれあう、二つのグラス。
   ×     ×     ×
  武彦、料理にご満悦。
武彦「幸せ・・・」
倫太郎「子ども並みの笑顔だよ」
武彦「だってさぁ。うまい、笑顔、幸せーっていうのは、子どもからお年寄りまで、万国共通なんだぞ」
倫太郎「すごい、理論だな・・・」
  武彦、箸でつまんだ料理をじっと見て、
武彦「おいしい料理を、自分で作れるって、ものすごいことなんだな」
倫太郎「こんな、まかない程度の料理なら、毎日つくってやるよ」
武彦「でも、忙しいんだろう? 仕事」
倫太郎「あの店、辞めた」
武彦「えっ?」
倫太郎「フリーターって、言ってあったよな!」
武彦「・・・・・・」
倫太郎「あっ、今、『しまった』って、思っただろう」
武彦「えっ?」
倫太郎「『こいつ、家賃どうすんだよ!払えるのかよ!』って」
武彦「うっ・・・」
倫太郎「心配するな。貯金あるから」
武彦「(ほっ)」
倫太郎「それに」
武彦「それに?」
倫太郎「店は辞めたけど、料理をやめるわけじゃないから」
武彦「えっ?」
倫太郎「料理をやめるわけじゃないから」
武彦M「(この時、俺は恋に落ちてしまった・・・)」

○武彦の仕事部屋
  パソコンに向かっていた武彦、伸びをする。相変わらず、トレーナースーツ姿。
武彦「ふぁーっ(あくび)久しぶりに徹夜してしまった・・・」
  武彦、ブラインドを開け朝の光を浴びる。
武彦M「(女は恋をすると美しくなる。男は・・・想像力が高まる。なんてね。ここ数年、俺に足りなかったものは、まさに想像力なのだ・・・くんくん。いい匂い)」
  もれ入る香ばしいにおい。
武彦「(恍惚となって)焼きたてパンのにおいだ・・・」
  武彦、そっとドアを開き、顔を出す。

○キッチン
  倫太郎、イヤフォンから流れる音楽にノリながら、料理を作っている。
  実に、楽しそうに。
  倫太郎、武彦に気がつき、手を挙げて、
倫太郎「ちぃーす」
  武彦、あわてて、部屋から出てくる。  
武彦「朝、早いんだな」
倫太郎「まあな・・・そっちは徹夜?」 
武彦「ああ」
倫太郎「朝飯、食うだろう?」
武彦「(犬の仕草)わんわん」
倫太郎「(笑って)よし!」
武彦M「(恋は、人を奴隷に・・・いや、犬にしてしまう。わおーん)」

○リビング
  武彦、タバコを手に取る。火をつけかけて、はっとキッチンに視線をおくる。その手を止め、庭へ行く。

○キッチン 
  倫太郎、その気遣いを、横目で見て微笑んでいる。

○庭
  リビングと武彦の仕事部屋に面している。
  かなりの広さ。伸びた芝の中に、自転車が、ぽつんと置かれている。
  武彦、朝の空気を吸い、健康そうにのびをしてから、不健康な顔でタバコを吸う。

○リビング
  テーブル上には、焼きたてパン、特製スープ、ふわふわのオムレツ、サラダ。
  武彦、恍惚の表情で倫太郎を見ている。
倫太郎「おい、顔がやばいぞ」
武彦「これが夢でも、絶対食う・・・」
   ×     ×      ×
  倫太郎、コーヒーを入れながら、
倫太郎「徹夜で何の仕事?」
武彦「女性誌の特集記事、書いてた」
倫太郎「ふーん。本当にライターなんだ」
武彦「(照れて)そんなに、かっこよくないよ」
倫太郎「誰も、かっこいいなんて、言ってないじゃん」
武彦「(一転、ふくれる)・・・」
倫太郎「ははは」
武彦「食うためには、何でもやらないと」
倫太郎「じゃあ。お疲れってことで、コーヒーをどうぞ」
武彦「サンキュー・・・(コーヒーの湯気を見つめて)本当に、こうして毎日、飯作ってくれるわけ?」
倫太郎「うーん・・・どうせ、自分の分作るわけだから、ついでというか、一人分も二人分も変わらないからな・・・武彦、うま そうに食べてくれるし」
武彦「じゃあ、家賃いらないよ」
倫太郎「えっ? 俺、失業中だからって、気を遣うなよ」
武彦「違うよ。この家、ローンとか、ないんだ」
倫太郎「そうなんだ」
武彦「同居人募集したのは、食費を確保したかったから」
倫太郎「結構、せっぱ詰まってたんだ・・・」
武彦「ああ。ここ一ヶ月、まともなもの食ってなくてさ」
倫太郎「だから、食えればいいってことか」
武彦「そういうこと。しかも、抜群においしい料理ばっかでさぁ。かえって申し訳ないって感じ。だから本当に、家賃いらない」
倫太郎「・・・じゃあさ。家賃は、払うから、あそこを貸してほしい」
  倫太郎の指さす方向は、庭。
武彦「えっ?」
倫太郎「好きに使っていい?」
武彦「(勢いに押されて)う、うん」

○(翌日)武彦の寝室(二階)
  武彦、枕を抱えて寝ている。
  かすかに聞こえる金づちの音。
武彦「ん?」
  武彦、枕元の時計を見る。
武彦「もう、十時か」

○リビング
  武彦、寝室から降りてくる。
武彦「何の音だ?」

○庭
  庭は、おしゃれに変貌している。
  雨よけの簡易屋根、床にウッド・デッキが敷かれている。
  倫太郎、音楽にノリながら、釘を打ち付けている。耳には、イヤフォン。  
  武彦、リビングの窓より顔を出す。  
武彦「何やってんの?」
  倫太郎、気がつき、イヤフォンを外して、
倫太郎「オープン・カフェ。食事ができるようにしてるんだ」
武彦「ここで飯食うんだ。映画みたいで、かっこいいじゃん」
倫太郎「だろう? 試しに、やってみる?」
武彦「えっ?」
倫太郎「朝食に作っておいたオムライスがあるから、チンして持ってこいよ。今、テーブル用意するから」
   ×     ×     × 
  武彦、好天の青い空を見ながら、オムライスを食べている。
武彦「ここって、公園の緑がすぐそこにあって、結構、環境よかったんだな」
倫太郎「外って、気持ちいいだろう?」
武彦「ああ」
  降り注ぐ陽光。風のにおい。  
  武彦、うっとり。
武彦M「(オープン・カフェかぁ・・・しか も、目の前には、愛しき存在が・・・)」

○(翌日)庭
  倫太郎、軍手をし、ハーブの苗を手にとって、フェンスまわりに植えている。
  武彦、うれしそうに近づいてくる。
武彦「この葉っぱ、何?」
倫太郎「ハーブだよ。料理に使うから、育てようかと思って」
武彦「ふーん」
  倫太郎、外国製の缶詰、紅茶などの空缶を手にとって、
倫太郎「底に穴開けると、鉢になるんだぜ」
武彦「アーティスティックなんだな」
倫太郎「むずかしい言葉、使うなよ」
武彦「センスいいって、誉めてるんだよ」
倫太郎「サンキュ」
武彦「なんか昔、クラスに必ずそういう奴、ひとりいた・・・」
倫太郎「ん?」
武彦「同じ学校指定のジャージ着ているのに、なんかそいつだけ、かっこいいんだよ」
倫太郎「ははは」
武彦「で、そいつには、かなわないって、思っちゃうんだよ」
倫太郎「それが俺?」
武彦「ああ」
武彦M「(そうだよ。よれよれのシャツ着てても、ほら、そうやって軍手してても、何か、かっこいいんだよ)」
  倫太郎、ハーブのひとつをむしって、
倫太郎「はい。あーん」
  武彦、つられて口を開けてしまい、むしゃむしゃと食べる。
武彦「辛ーっ」
倫太郎「ははは。これ『マスタードグリーン』っていうんだよ。香りも味も、からしそのものだろう? サンドイッチに入れると美味いよ」
武彦「ふーん。今度おでんにのせてみよう」
倫太郎「・・・」
武彦「どれも、ただの草に見えるのに・・・これは?」
倫太郎「ルッコラ。ゴマみたいな味かな」
武彦「(ちぎって食べて)ほんとだ」 
倫太郎「これがレモンバーム」
武彦「(匂いをかいで)おーっ。レモンだ」
倫太郎「子供みたいな奴だな・・・」
  武彦、うれしそうに倫太郎を見ている。
武彦M「(恋は、人を子供にしてしまう・・・もう、目が離せなくなっていた・・・)」

○(数週間後)庭
  倫太郎、テーブルにクロスをかけている。
倫太郎「よしっ!」
  オープン・カフェは、ちょっとしたレストランという感じにまでなっている。
  武彦、にこにこして、ハーブに水をやっている。
倫太郎「明日の午後、人来るから、よろしく」
武彦「うん・・・?」

○(翌日)武彦の寝室
  眠っている武彦の耳に、庭での話し声がかすかに聞こえている。

○ 庭
  倫太郎、イヤフォンで音楽を聴きながら、ハーブの成長具合を見ている。
  武彦、リビングより出てくる。
武彦「おーい。誰か来てた?」
  倫太郎、気がついて、
倫太郎「ああ。営業許可出たから」
武彦「営業許可って、何?」
倫太郎「店だよ、店。レストラン。店の名前、何にしようかなぁ」
武彦「(首をひねって)ん?・・・」
倫太郎「何か、いいのない?」
武彦「はぁ?」
倫太郎「これだ!」
  倫太郎、イヤフォンを片方外して、武彦の耳にあてる。
  曲は、ドアーズの『ソウル・キッチン』。
武彦「これって?」
倫太郎「『ソウル・キッチン』! いいじゃん。なっ!」
武彦「はぁ?」

○正門
  「桂木」「夏目」の表札の横に、大きな看板が出ている。
  フレンチ・レストラン
  『ソウル・キッチン』OPEN!
  ~ランチタイムのみ~ とある。

○「ソウル・キッチン」(庭)
  倫太郎の仲間が、開店祝いに集まっている。男三人に女二人。
  倫太郎、武彦を紹介している。
倫太郎「こちらが、家主の桂木武彦」
武彦「(かなり照れを隠している)どうも」
倫太郎「こいつら、飲み仲間・・・右から、マスター、古着屋、酒屋、デパガ、CA」
武彦M「(見るからに・・・苦手な人種だ・・・)」
マスター「職種だけで終わりかよ」
CA「ひどーい」
倫太郎「だって、名前なんて、一度に覚えられないだろう?」
古着屋「そっかぁ。じゃあ、家主さんは、何やってる人?」
武彦「えっと」
倫太郎「極貧のライター」
デパガ「まあ、かっこいい」
武彦「ははは」
酒屋「では、倫太郎の店『ソウル・キッチン』の開店を祝しまして、カンパーイ!」
全員「カンパーイ」

○リビング(夜)
  武彦と倫太郎、ビールを飲んでいる。
倫太郎「今日は、昼間から、うるさくして悪かったな」
武彦「遠慮しなくていいよ。倫太郎の家でもあるんだからさ・・・ それに、友達が来てくれるなんて、うれしいじゃん」
倫太郎「そう言えば、武彦って、友達来たの見たことないな。出かけることもないし」
武彦「(いじけて)俺のことはいいんだよ」
倫太郎「友達かぁ・・・うーん、でも、彼らは、友達というより、気の合う仲間だよ」
武彦「どう違うんだよ」
倫太郎「彼らは、たまに酒を飲んだり、遊んだりする関係」
武彦「それが友達だろう?」
倫太郎「違うよ。バカやってるのが楽しい関係は、仲間」
武彦「じゃあ、友達は?」
倫太郎「お互い刺激しあう関係で」
武彦「で?」
倫太郎「劣等感を感じながら」
武彦「劣等感・・・」
倫太郎「尊敬もしてしまう」
武彦「ふーん」
武彦M「(それなら俺は?・・・倫太郎の同居人か?・・・いや、家主か・・・)」

○「ソウル・キッチン」
  70代の老夫婦が、食事をしている。
  陽光降り注ぐ中、二人の笑顔が行き交う。
老婦人「やっぱり夏目さんの料理、おいしいわね」
老紳士「ああ。こんな風に外で食べたことないなぁ」
老婦人「やだわ。お父さんたら。若いとき、パリで一度、食べたの覚えてません?」
老紳士「そうだったかなぁ」
  倫太郎、料理を運んでくる。
倫太郎「おまたせいたしました。『さばのポワレ アンチョビソース クレソン添え』でございます」

○武彦の仕事部屋
  「ソウル・キッチン」の様子が、レースのカーテン越しに見える。話し声も、漏れ聞こえる。
倫太郎(声)「どうぞ、箸もお使い下さい」
武彦「(それを聞いて)気がきくじゃん」
  武彦、パジャマではなく、きちんと着替えている。
武彦M「(こだわりの男、夏目倫太郎。毎日、一組限定。ランチタイムのみ営業。なのに、連日、客が絶えない。しかも、どの客も穏やかで、微笑ましい人ばかりだ。彼は、ひっとすると、すごいシェフなのかもしれな い・・・)」
  ノックの音。すぐにドアが開く。
倫太郎「武彦、ほい」
  倫太郎の手には、トレーが。
武彦「あっ、さばの何とか」
倫太郎「聞いてたんだ。食べるだろう?」
武彦「わんわん」
倫太郎「じゃあ」
  倫太郎、出て行く。
  武彦、一口食べて、
武彦「うまい」
  武彦、老夫婦と一緒に食事をしている錯覚にとらわれる。
武彦に笑顔が浮かぶ。

○リビング・夜
  いつもながら、美味しそうな料理が並ぶ。
  武彦、にこにこしている。
  かかっている曲は、ジミ・ヘンドリックス『砂のお城』。
倫太郎「おお、久しぶりにジミ・ヘン。いいねぇ」
 ×     ×     ×
武彦「今日の老夫婦って、どんな人?」
倫太郎「小さな商店を、一代で大企業にした社長さんだよ。今は、引退したけど」
武彦「へぇー。好々爺って感じで、そんなやり手には見えなかったな」
倫太郎「奥さんが名家のお嬢様でさ。駆け落ち同然で、一緒になったから。認められようと、がんばったらしいよ」
武彦「(うれしそうに)へぇー」
倫太郎「(ふっと笑う)」
武彦「何だよ。その笑い」
倫太郎「開店以来、必ずその質問が出るからさ」
武彦「そうか?」
倫太郎「ああ」
武彦「見ていて楽しいんだよ。いろんな人がいて。いろんな人生があって」
倫太郎「だから、この頃、規則正しい生活してるんだ。徹夜しないし、ちゃんと服に着替えるし」
武彦「自然と、そうなっちゃったんだよ」
倫太郎「ふーん。でも、店主として、覗き見されるのは、ちょっと・・・」
武彦「うっ」
倫太郎「嘘だよ。ライターなんだから、どんどん刺激受けろよ」
  武彦、感嘆の眼差し・・・。
武彦M「(俺は、どんどんハマっていった・・・もう、完全に虜となっていた・・・)」

○(翌日)「ソウル・キッチン」
  30代後半の女性が、ひとりで食事をしている。黒のスーツ。静かな食事。
  倫太郎、料理名以外は、言葉を発しない。

○武彦の仕事部屋
  その女性を見つめる、武彦。
武彦「ひとりで食事をする女・・・」
  倫太郎、入ってくる。
倫太郎「ん。『帆立貝のグリル アンチョビ マヨネーズソース』」
武彦「サンキュ」
  倫太郎、静かに出て行く。
  武彦、女性を見ながら、それを口にする。
武彦「彼女は、誰を想って食事をしているんだろう・・・」

○リビング・夜
  本日の曲は、ジャニス・ジョップリン『コズミック・ブルース』。
倫太郎「彼女は、いわゆるキャリア・ウーマンだよ」
武彦「なんで、ひとりで食事を?」
倫太郎「わからない・・・でも、一年前、はじめて来店したときも、ひとりだった」
武彦「失恋でもしたのかなぁ」
倫太郎「想像力が乏しいな」
武彦「(ふくれて)悪かったな」
倫太郎「喪服姿で、かすかに線香の香りがした・・・」
武彦「えっ?」
倫太郎「その時、ぽつんと言ったんだ・・・これは、がんばってきた自分へのご褒美だって」
武彦「誰を看取ったんだろう・・・」
倫太郎「今日は命日のはず・・・」
  時として、しんみりとした夕食・・・。
武彦M「(倫太郎は、心で料理をしていた・・・)」

○(翌日)「ソウル・キッチン」
  本日は、3世代の賑やかな食事。
  老夫妻、息子夫妻に子供二人。
倫太郎「ご結婚、四十周年、おめでとうございます」
  倫太郎の手には、ケーキ。

○武彦の仕事部屋
  武彦、その家族を微笑んで見ている。
武彦「いい家族だな・・・」

○リビング
  武彦、先出家族のおこぼれケーキを食べている。
武彦「あのさ」
  キッチンで、洗い物をしている倫太郎。
倫太郎「ん?」
武彦「今度、うちの両親、『ソウル・キッチン』に呼んでいいかな?」
倫太郎「(一瞬、目を見開いてから、ウインクして)もちろん! 親、兄弟。友人、知人に恋人まで。いつでも、ご利用下さい!」
武彦「サンキュ」
倫太郎「で、ちなみに、いつ?」        
武彦「納得するものが書けた時・・・かな」
倫太郎「オッケー」

○(数週間後)リビング
  インターフォンが鳴る。
  倫太郎、キッチンで調理中。
倫太郎「悪い、武彦、手、離せない。ちょっと、出てもらっていいかな。石原様」
武彦「おうっ」
  武彦、インターフォンの受話器を取って、
武彦「はいっ」
  モニターに映る、石原。後方にぼんやりと遠山しおり。
石原(声)「石原ですが」
武彦「ただいま参りますので、お待ち下さい」
  倫太郎、笑っている。
倫太郎「接客、うまいじゃん。そのまま、ご案内も頼む」   

○正門
  ドアが開き、武彦が出てくる。
武彦「いらっしゃいませ」
  武彦、門扉を開く。
武彦「どうぞ」
  石原としおり、会釈する。
石原「こんにちは」  
しおり「こんにち・・・」 
  武彦、しおりの呼吸が同時に止まる。
武彦「しおり・・・」
しおり「武彦・・・」
石原「あれ? 知り合い?」
しおり「大学の時、同じサークルで・・・びっくりした」
武彦「こっちも、びっくり・・・」
  倫太郎が出てくる。
倫太郎「石原様。いらっしゃいませ。ご婚約、おめでとうございます」
石原「ありがとう」
武彦「婚約?」
しおり「う、うん。そうなの」
武彦「そうなんだ・・・おっ、おめでとう」
しおり「ありがとう」
倫太郎「さぁ、こちらへどうぞ」

○「ソウル・キッチン」
  石原、しおりの食事風景。
  石原の話に、微笑みながら頷く、しおり。

○武彦の仕事部屋
  その様子を、頬杖をつきながら、どんよりとした表情で見ている武彦。
武彦「(ため息)はーっ(ぶつぶつと)何だよ・・・随分、幸せそうじゃないか・・・しおらしく相づちなんかうっちゃってさ・・・・だいいち、そういうキャラじゃないだろう・・・」
  武彦の背後で、ほくそ笑む倫太郎。
倫太郎「大学時代の友達なんだって?」
  武彦、もの凄く驚いて仰け反る。
武彦「うわっ。いつの間に」
倫太郎「(不気味な笑い)ふっ」
武彦「なんだよ!」
倫太郎「元カノに会っちゃうなんてな」
武彦「えっ?」
倫太郎「写真、捨てられないからって、キッチンの引き出しに入れておくなよ」
武彦「げっ」
倫太郎「『仔羊のロースト ピストゥー風  味』でございます」
  倫太郎、料理を置くと、後ろ姿で笑いながら、出て行く。

○正門
  石原、しおり、帰ろうとしている。
  倫太郎、見送りに立っている。
石原「ごちそうさまでした」
しおり「とても、美味しかったです」
  倫太郎、頭を下げて、
倫太郎「ありがとうございます」
石原「じゃあ、また来ます」
倫太郎「お待ちしております」
  去っていく、石原、しおり。
  後ろ姿を見送る、倫太郎。

○武彦の仕事部屋
  武彦、椅子に座ったまま下を向いている。
  倫太郎、静かに入ってくる。
  ドアの前で、
倫太郎「追いかけなくて、いいのか?」
武彦「どうして?」
倫太郎「まだ、好きなんだろう?」
武彦「・・・」
倫太郎「今なら間に合うかもよ」
武彦「・・・」
倫太郎「この広い家だって、彼女と暮らすために買ったんじゃないのか?」
武彦「(図星)・・・」
倫太郎「俺は、いつでも出て行けるから、大丈夫だぜ」
武彦「出て行く?」
倫太郎「ああ」
武彦「・・・」
倫太郎「自信もって行ってこいよ!」
武彦「自信?」
倫太郎「俺が認めているんだから、大丈夫だよ。冬城勇真!」
  武彦、驚いて、その場に立ち上がる。
武彦「知ってたのか!」
  倫太郎、ふっと笑って、
倫太郎「六年前、俺の背中を押してくれたのは、冬城勇真なんだよ」

○(回想)六年前・フランス料理店
  関係者二名と会食している、武彦。
男A「いやあ、冬城先生。200万部突破ですよ!」
武彦「どうも」
男B「つきましては、来年の映画化に当たりまして・・・」
  少々、お疲れ気味の冬城先生・・・。
武彦M「(ゆっくり食わしてくれ・・・)」
   ×     ×     ×
  給仕がコーヒーを入れている。
男A「先生。いかがでしたか? ここの料理」
武彦「うーん」
男A「フランスでも認められた凄腕のシェフが、総料理長を務めておられるんですよ」
男B「まさに一流の味!」
  給仕が、かるく会釈する。
武彦「そうなんですか・・・一流の味ねぇ・・・・あっ、でも、サラダは、すっごく、美味しかった」
男B「サラダはって、はは(苦笑い)」
武彦「(恐縮)すみません・・・」
男A「正直な方だ」
  給仕、武彦を見て微笑む。

○(回想つづき)同・厨房
  給仕、倫太郎に伝えている。
倫太郎「えっ? 本当ですか?」
給仕「はい。サラダがすごく美味しかったと」
  倫太郎、厨房より、席を垣間見る。
給仕「あちらの若い方です。冬城勇真というベストセラー作家だそうです」
倫太郎「冬城勇真・・・」
  武彦の姿が、倫太郎の目に焼き付く。

○(現在)武彦の仕事部屋
倫太郎「高校中退して、料理の世界に飛び込んで・・・やっと任されるようになったのが、サラダでさ」
武彦「ごめん。そのサラダ、覚えてない」
倫太郎「そんなものだよ。なのに、俺だったら、武彦の言葉に有頂天になって。どかーんと背中押されちゃって。本場フランスへと旅立ってしまったというわけさ」
武彦「そうだったんだ」
倫太郎「だから、また会ったとき、驚いた」
武彦「俺が、落ちぶれていて?」
倫太郎「ははは。まあね」
武彦「一生分のラッキーを、あの一作で使い果たしたからな」
倫太郎「二作目が、コテンパンだったようだな」
武彦「評論家から、総スカンだよ」
倫太郎「俺、結構、好きだったけどな。無理して高尚ぶらなくて」
武彦「誉めるか、けなすか、どっちかにしてくれ・・・まあ、結局のところ、才能なんかなかったのかもな」
倫太郎「才能がないのに、運だけで認められる奴なんかいないだろう?」
武彦「倫太郎・・・」
倫太郎「彼女は、待ってたんじゃないのか? 武彦が復活するのを。そんな顔してた」
武彦「(倫太郎をじっと見ている)」
倫太郎「後悔するぞ。自分の正直な気持ち、伝えてこいよ。取り戻せよ」
  武彦、数歩近づき、微妙な表情。
武彦「倫太郎・・・おまえ、全然、分かってないんだな」
倫太郎「ん?」
武彦「俺と、また会って、運命を感じなかったか?」
倫太郎「(かるく)まあ、確かに」
  武彦、さらに倫太郎に近づいてくる。
武彦「しおりを引き止めて、おまえに出て行かれるんじゃ意味ないんだよ!」
倫太郎「えっ?」
武彦「(熱い視線)失いたくないんだよ」
  倫太郎、つばをゴクリ。
倫太郎「・・・武彦?」
武彦「俺の気持ち、気づいてくれてると思ってた・・・」
  倫太郎、少々、後ずさり。
倫太郎「ちょっ、ちょっと、落ち着こうぜ」
武彦「必要なんだよ」
  武彦、迫ってくる。
倫太郎「うっ」
武彦「もう、どうにもできないほど、愛してしまったんだよ」
  武彦、倫太郎の手を強く握る。
倫太郎「・・・(言葉が出ない)」
  武彦の顔が、倫太郎に近づく。
  倫太郎、ピンチか?
武彦「(満面の笑み)倫太郎の料理!」
倫太郎「はぁ?」
  ぽかんと口を開いたままの倫太郎・・・。 

○リビング(夜)
  テーブル上に並んだワインや焼酎の瓶。
  べろんべろんに酔った武彦先生、大演説。
武彦「俺は、常日頃、恋愛感情というものは、人間同士だけの特権だと思っていた。しかーし、人は、物質や環境、空間に至るまで、あらゆるものに愛を感じることができるのだ! 俺は、それを開眼したのだ!倫太郎の料理をこよなく愛し、いつも流れている懐かしくてソウルフルな音楽を愛し、普通の葉っぱに見えて、いろんな味と香りを持つハーブの成長を愛し、『ソウル・キッチン』で交わされる会話と人間模様を愛している! 愛することは、想像力の源だ。その想像力が、今までの俺には欠如していたのだ!」
  倫太郎、ワインをラッパ飲み。
倫太郎「(かるく流して)はいはい・・・愛のオンパレードだよ・・・」
   ×     ×     ×
  倫太郎、泥酔した武彦を引きずっている。
倫太郎「ほら、寝るぞ」

○武彦の寝室
  倫太郎、武彦をベッドに放る。
倫太郎「はぁ。濃い一日だった・・・」
  倫太郎、じっと武彦の寝顔を見る。
倫太郎「ある意味、ガキだよな。こいつ」
武彦「(うわごとのように)倫太郎・・・」
倫太郎「ん?」
武彦「俺たち友達だよな・・・」
倫太郎「えっ?」
武彦「刺激しあえる・・・友達だよな・・・」
倫太郎「ああ。劣等感もあるし、尊敬もしてるよ」
武彦「・・・」
  武彦、ぐうぐうと寝ている。
倫太郎「寝言か・・・」

○(数ヶ月後)キッチン
  倫太郎、いつものように料理をしている。
  武彦、外出先から戻ってくる。
  倫太郎、振り向かずに、
倫太郎「おかえり」
武彦「(なぜか照れている)ただいま」
  倫太郎、やはり、振り向かずに、
倫太郎「で、どうだった?」
武彦「やっと、いい作品が書けましたねって言ってもらえた・・・」
  倫太郎、やはり、振り向かずに、
倫太郎「よかったじゃん」
武彦「ああ」
武彦、窓から外を眺める。
  空は、快晴、広がる青空。
  武彦、伸びをして、
武彦「いい天気だなぁ」
  倫太郎も、空を見る。
倫太郎「ほんとだ」
武彦「店も休みなんだし、デートでもしてくれば?」
倫太郎「誰と?」
武彦「誰とって・・・あのCAとかデパガとか」
  倫太郎、ようやく、振り向く。
  愁いを秘めた、意味深な目つきで、
倫太郎「俺、女に興味ないから」
  武彦、視線の矢に打たれ、一歩下がる。
武彦「(首を少し傾げて)えっ?」
倫太郎「・・・(視線攻撃)」
武彦「ははは・・・(苦笑い)」
  リビングで、インターフォンが鳴る。
武彦「(救われた笑みで)誰かなぁーっ」
  武彦、リビングへ逃げる。

○リビング
  インターフォンのモニターに、しおりの顔が映っている。
武彦「(大きな声で)しおり?・・・」
  倫太郎、その声を聞きつけ、キッチンから近づいてくる。
しおり(声)「どうしても、武彦に言わなければならないことがあって・・・」
武彦「わかった・・・今、開ける」
  武彦、ゆっくりと電気鍵を押す。
  倫太郎、武彦に向かって、ほくそ笑んでいる。
倫太郎「コーヒーでも入れる?」
武彦「(焦っている)ああ」
  玄関へ走る、武彦。

○玄関
  ドアが開く。
  しおりがうつむいて立っている。
しおり「武彦・・・」
武彦「しおり・・・」
  見つめ合う武彦としおり。
しおり「突然、ごめん・・・」
武彦「・・・俺もさぁ(と言いかけて)」
  しおりの横から、突如現れるフランス人女性・フランソワーズ。
フランソワーズ「コンニチワ」
  武彦、言葉を遮られ、ガクッとなる。
武彦「(しおりに)誰?」
しおり「そこで、偶然会ったんだけど、なんか・・・」
フランソワーズ「リンタロウ!」
  フランソワーズ、靴のまま、武彦の横をすり抜け、リビングへ。
武彦「倫太郎?」
しおり「なんか、そうみたいよ」

○リビング
  曲にノリながら、のんきにコーヒーを入れている、倫太郎。
  曲は、セルジュ・ゲーンズブール「ジャヴァネーズ」。
  フランソワーズ、乱入。
フランソワーズ「リンタロウ!」
  倫太郎、幽霊でも見たように固まっている。
倫太郎「・・・フランソワーズ?」
  フランソワーズの瞳から、大粒の涙がこぼれる。
フランソワーズ「ジュ・テーム・・・リンタ ロウ」
  フランソワーズ、倫太郎に駆け寄り抱きつく。倫太郎の腕が、ごく自然にフランソワーズを抱きしめる。
  フランソワーズ、倫太郎の顔に、キスの雨を降らせる。
  再燃する異国での愛!
  倫太郎、ひと盛り上がりの後、感じる視線。はっと我に返り、そちらを向く。
  腕組みをして、冷ややかな笑みを浮かべている、武彦。
武彦「ふーん。女に興味ないねぇ」
倫太郎「(苦笑い)ははは・・・」
しおり「武彦・・・」
武彦「ん?・・・あっ、そうだ。こっちの話」
しおり「私、やっぱり、武彦が好き」
武彦「えっ?」
しおり「(きっぱり)結婚やめたの」
武彦「しおり・・・」
しおり「武彦、不器用だから、仕事と恋愛、両立できないってわかってる・・・でも、それでいい。側にいるだけでいい」
武彦「・・・」
しおり「もう、遅いかもしれないけど」
武彦「(気弱そうに)遅くない・・・と思う・・・」
しおり「(少し不満そうに)と思う?」
武彦「いや、遅くありません」
しおり「ふふ」
武彦「変わってないな、しおり」
しおり「ん?」
武彦「こんな時、涙ひとつ、こぼさない」
しおり「出てこないだけ。心の中は、感涙のどしゃぶりなのよ」
武彦「そういう気の強い女、好きだな」
しおり「武彦!」
  武彦、しおりの手を掴み、引き寄せる。
武彦「(耳元でささやく)俺は変わったよ」
しおり「どんなふうに?」
武彦「きっと恋愛が、仕事の糧になる」
しおり「そう」
武彦「あと」
しおり「あと?」
武彦「友達が・・・」
  武彦としおり、倫太郎を見る。
  腕組みをして静観している、倫太郎。
倫太郎「(独り言のように小声で)武彦って、完全に、女のしりに敷かれるタイプだな」
武彦「何か言った?」
倫太郎「いいや」
  倫太郎、ふっと笑う。
倫太郎「コーヒーが入りましたけど」
  フランソワーズが、にこやかに、ティーカップを4客、並べている。
武彦「サンキュ!」

○テロップ「一年後    」

○大型書店・ウィンドー
  「今週の売り上げベスト5」の掲示板。
  第1位『ソウル・キッチン』冬城勇真。
  「早くも30万部突破!」とある。

○同・店内
  先出の小説『ソウル・キッチン』の平積み。
  「早熟な異端児、沈黙を破る。時代の反逆者となり、今ここに蘇る」の 帯がついている。 

○武彦宅・庭
  武彦、くわえタバコで伸びをしている。
  青い空、流れる雲、心地よい風。
  ハーブたちが、揺れている。
   ×     ×     ×      
  武彦、じょうろでハーブに水をやっている。
武彦「腹へった・・・・」

○とある小学校・教室
  しおり先生と児童たちが、給食を前に挨拶。
しおり「はい。給食当番さん、お願いします」
男児「いただきます」
しおり・児童たち「いただきます」

○「レッセ・フェール」・外観
  商店街の一角にある、こぢんまりとしたレストラン。

○同・厨房
  体でリズムを刻みながら調理する、倫太郎。ノリノリ。

○同・ホール(店内)
  ランチ・タイム。満席状態。
  フランソワーズ「オマタセ、イタシマシタ」
  料理を運ぶ、フランソワーズ。
   ×     ×     × 
  倫太郎、料理片手に、厨房より出てくる。    左右交互に向き、客に挨拶。
倫太郎「ごゆっくり、お召し上がり下さい」
  倫太郎、奥のテーブル前で止まる。
倫太郎「『いかとえびのハンバーグ風 セージ風味』でございます」
武彦「おーっ。今日もうまそー」
  出ました、武彦!
倫太郎「って、毎日、来んなよ」
武彦「いいじゃん。ねーっ、フランソワーズ」
  フランソワーズ、近づいてくる。
フランソワーズ「ソウヨ。タイセツナ、オキャクサマ、ナノヨ」
倫太郎「・・・」
武彦「(力説)俺は太宰治から、永井荷風へと変貌をとげたのだ」
倫太郎「何だそれ」
武彦「倫太郎にわかってたまるか。はははは(勝利の笑い)」
倫太郎「(眉間に皺)・・・」

○武彦宅・仕事部屋・夜
  パソコンで執筆中の武彦。
  ドアが開く。
しおり「ただいま」
武彦「おかえり(時計を見て)遅かったね」
しおり「テストの採点してたから」

○同・キッチン
  しおり、冷蔵庫を開けて、
しおり「倫太郎さんのおかげで、助かっちゃうなぁ。いろいろ作っておいてくれるから。仕事に打ち込めるってものだわ」
  しおり、いろいろな料理を出している。
  武彦、皿を出している。
武彦「俺の気持ちがわかるだろう?」
しおり「うん」
  玄関のドアが開く音。
武彦「ん?」
  リビングのドアが開く。
フランソワーズ「タダイマ!」
しおり「おかえり!」
  フランソワーズの後方より、倫太郎。
倫太郎「帰ったぞ」
武彦「おうっ」

○正門
  新しい表札がかかっている。
  「桂木武彦 夏目倫太郎 遠山しおり フランソワーズ・モロー」

○庭(旧「ソウル・キッチン」)  
  四人の楽しい晩餐?
倫太郎「じゃあ、今日も一日、お疲れ様でした」
四人「ちぃーす」
  ワイン、がぶ飲みのしおりとフランソワーズ。
  目が点の武彦と倫太郎・・・。
   ×     ×     ×
フランソワーズ「シオリ、キイテ」
しおり「ん?」
フランソワーズ「リンタロウ、ゴウコン、シタノヨ」
倫太郎「うっ・・・」
フランソワーズ「ワタシニ、ナイショデ」
しおり「あっ、この間の晩、いなかったもんね。ひどーい」
武彦「合コン? ははは。フランソワーズ、日本語上手になったなぁ」
倫太郎「(武彦を見ている)・・・」
フランソワーズ「タケヒコ、トモダチ。リンタロウ、オコッテ」
武彦「えっ?(倫太郎を見る)怒ってって、言われても・・・」
  するどい女、しおり。
しおり「ん?・・・そう言えば、その夜、武彦もいなかったよね・・・一緒に帰ってきたような・・・」
武彦「・・・」
倫太郎「・・・」
  武彦、倫太郎、ピンチ!
倫太郎「武彦が、どうしてもっていうから」
武彦「えっ?・・・出版社の人が、どうしてもって言うから」
  しおり、フランソワーズ、腕組み。
しおり「ふーん。どうしてもねぇ」
フランソワーズ「ワタシ、フランス、カエル」
  武彦、倫太郎、いさぎよく頭を下げる。
倫太郎「悪かった」
武彦「もうしません」
  しおり、フランソワーズ、顔を見合わせて笑い合う。
フランソワーズ「リンタロウ、ビール、モッテコイ!」
倫太郎「ほーい」
  倫太郎、逃げるようにキッチンへ。
武彦「(独り言)なんだかんだ言って、自分だって、しりに敷かれてるじゃないかよ」
しおり「武彦。私の分も!」
武彦「はーい」

○キッチン
  倫太郎、冷蔵庫からビールを出している。
  武彦も緊急避難でやってくる。
  二人、床に座り込む。密談。
倫太郎「俺たち、何かを間違ったんじゃないか?」
武彦「何となく・・・そんな感じがする」
  倫太郎、缶ビールを差し出す。
倫太郎「ん」
武彦「お」
  武彦、倫太郎、栓を開ける。
倫太郎「まぁ」
武彦「そういうことで」
  顔を見合わせ、乾杯。
武彦・倫太郎「ちぃーす」
倫太郎「何か聞く?」
武彦「いいねぇ!」
  倫太郎、立ち上がり、CDラックの前へ。
  武彦、倫太郎を見ている。
武彦M「おいしい料理に、いい音楽」

○庭
武彦M「パワフルな女が二人に・・・」
フランソワーズ「オソイネ」
しおり「何やってるんだろう・・・」

○キッチン
  倫太郎、ドアーズのCDをひらひらさせて立っている。
武彦M「ちょっとイケてる、こいつ」
倫太郎「ん? 何か言った?」
武彦「こんなんで、満足している俺の人生って・・・ぬるい?」
倫太郎「なんだそりゃ」

○リビング
  しおり、フランソワーズ、入ってくる。
  武彦、倫太郎はいない。
しおり「あれ? いない」
フランソワーズ「シオリ、ミテ」  
  フランソワーズ、キッチンを指さす。
しおり「何だか・・・」
フランソワーズ「シアワセソウ・・・」

○キッチン
  武彦、倫太郎、床に足を放り出し、仲良く並んで曲を聴いている。    イヤフォンを左右ひとつずつ分け合って。    瞳を閉じて、心酔している。
  流れている曲は、『ソウル・キッチン』。
                 END

 【参考文献(メニュー引用)】
『シェフのシンプル・ハーブ料理』
  音羽和紀(株式会社 柴田書店)


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