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『ガールズ・クライシス』【2】
翌朝、私の顔は、相当やばかった。効果は一目瞭然。そう、さらに可愛くなっていた。早速、持っている中で、いちばん可愛い洋服を選んで着た。似合わないからと、机の奥に眠らせていた水玉模様のカチューシャをした。嬉しくて何度も鏡を見た。
その後、朝食を食べていると、自身の能力の真偽を確かめようと思ったのか、コウちゃんが押し入れから、もぞもぞと出てきた。コウちゃんは目をぱちくりしていた。
「ねえ、コウちゃん。本当だったでしょう? 可愛くなっているでしょう?」
「何か、そんな気はしてきた」
「きっと、コウちゃんの特殊能力だよ」
「まさか」
「だって、明らかにきれいになっているでしょう?」
「いつもより、おしゃれしているから、そう見えるんじゃないのか」
「ううん。逆。きれいになったから、おしゃれをしたの」
「なるほど」
「私、このまま、コウちゃんに殴られ続けたら、モデルなみの美少女になったりして」
「そうなりたいんだ」
「もちろん可愛い方がいいにきまってる。ちやほやされたいし、もててみたい」
「そのために、痛い思いをして殴られるのか」
「仕方ないよ。ただで美人になれるほど、世の中、甘くないもん」
「俺はいやだからな。もう、殴るの」
「えーっ。それじゃ困る。殴ってよぉ」
殴ってと必死に懇願する私がいた。美を手に入れたいがために、ママが、女たちが憎むべき暴力を求めていた。
長年、多くの女性が、夫や恋人からの暴力に悩み苦しみ、ようやくDV防止法や駆け込みシェルターができた。それなのに、私は完全に時代と逆行していた。男尊女卑が当たり前だった明治時代から、女性解放運動に尽力した先駆者たちの努力や熱意を、台無しにするかような不謹慎さだった。
元始、女性は太陽であった。
社会の教科書に出てきた平塚らいてう女史の言葉が、突然、頭に浮かんだ。特別、深く心に刻んだつもりはなかったが、このタイミンクで出てくるところをみると、何かしら、感じるものがあったらしい。
女としてのプライド。
私はママの影響を多大に受けている気がする。よくも悪くも。しかし、殴られるときれいになる、という常識では考えられない現象が、私の価値観と判断力を狂わせた。確かに何の見返りもなく、一方的に殴られたとしたら、私だって、コウちゃんを憎んでいた。世の中の男を嫌悪し、女性軽視的な風潮がいまだに残る社会を恨んでいた。しかし、現金なもので、外見の美を手に入れることができるとわかったとたんに、暴力は排除すべきものではなくなっていた。心の痛みを感じない。恐怖感もない。むしろ待っている。望んでいる。コウちゃんの暴力、秘めた能力に平服す。
ママ。私は最低な女に成り下がっています。
*
ママは、私が六歳の時に離婚した。小学校の入学式に父親の姿はなかった。父親の顔は何となく記憶にあるが、薄れつつある。ママ曰く、DV男の顔は忘れてしまいたい、そうで、写真はすべて処分されてる。よくも悪くも、ママは中途半端が嫌いで、徹底した性格だ。嘘で固めたりせず、包み隠さず話してくれる。時々、明るめの恨み辛みや、しつこい愚痴になることもある。まあ、DVと言いつつも、実のところ、日常的な暴力ではなかったようだ。手をあげられたのは二度。たったの二度なのか、二度もなのかは意見が分かれるところだ。本当に酷い暴力を受け続けた被害者からすれば、この程度は大したことではないと言うかもしれない。しかし、ママは許せなかった。
一度目のDVは私が生まれて数ヶ月の頃で、初めての育児に手一杯で父親の相手をしなかった時らしい。そして、二度目は私が四歳の時だ。私はその二度目をわりと鮮明に覚えている。スーパーでの買い出しの後だった。ママが父親を駐車場に残したまま、せわしなく買ったものを持って先に家に入った。それは日曜日の午後から私の習い事があったからだった。しかし、急いでいるという態度が当てつけがましいと、父親が突然キレて、ママを平手ではり倒した。私は近くに立っていて、床に崩れ落ちるママの様子を呆然と見ていた。四歳では、もちろん止めることなどできない。恐怖心だけだった。女は弱くてもろい。そう感じたのもこの時だった。私はママにすがってわんわんと泣いた。ママも声がかれるくらい大声で泣いた。女であることが悲しくて、悔しかったのだろう。後にも先にも、理性のかけらもなく、半狂乱で泣き叫ぶママを見たのは、この時だけだった。
「いつも一生懸命やっているじゃない! 私が何をしたのよ!」
ママは何度も繰り返し叫んだ。そう、ママは手抜きができない頑張りすぎる人だ。熱が四十度近く出ても休まない。ふらふらの体を引きずりながら、ご飯を作り、掃除洗濯をし、何と私と一緒に風呂にまで入った。父親はふらふらのママを見ても何とも思わない人で、手助けするどころか、作ってあって当然の夕食を食べながら、テレビを見て笑っていた。さらにママの両親も、自分たちの予定が最優先の人たちであったため、最後の砦として助けを頼んでも簡単に断られた。だから、ママは決して休むことなく、半ば意地になって家事と育児をやり続けた。(この状態を「ワンオペ育児」というらしい)。しかし、結果として、そのがんばりが当てつけだと言われて殴られてしまった。父親は体は大きかったが、心が広いというわけではなかった。それでいて実は気弱、いわゆる権力には迎合するタイプだ。実母や実姉兄に対して、いつもペコペコしていたのを覚えている。きっと、会社の上司にもそうだと思う。そんな鬱屈したストレスを身近な弱者で他人である妻にぶつける。男を誇示する。威張る。腕力を見せつける。何とも情けない。この先、一緒に暮らしていたら、生意気な私も間違いなく殴られていただろう。普通、何があっても、真っ先に妻と子供を守るのが男というものではないのか。今つくづく思う。
こんな男とは絶対に結婚したくない。
それから二年間、ママは父親と口をきかなかった。家庭内別居状態だ。家の中は殺伐としていた。その二年は、ママが私のために離婚を我慢した猶予期間でもあった。だから、その間に、父親が心から謝罪の言葉を口にすれば、ママは軟化したのかもしれない。しかし、父親にも意地があったのか、殴って当然の女だと見下していたのかは不明だが、結局、父親が謝ることはなかった。
殴られるようなことをしたから、殴る。
いじめられて当然の人格だから、いじめる。
殺されても仕方のない人間だから、殺す。
レベルは違えども、これらは同じ構図だ。常に自分が正義なのだ。社会の決定権を持っているという思い込み。勘違い。独りよがりは、理性がない者の言い訳だ。確かに激しい怒りを覚えたり、嫌悪感を抱いたり、殺したいほど憎んだりする事は、生きていればあるだろう。だからといって、いじめてはいけないし、殺してもいけない。つまり、殴りたいという気持ちがわいても殴ってはいけない。理性で歯止めをかけるのだ。それこそが、高等動物である人間だと思う。しかし、世の中はそうではない。DV、児童虐待、セクハラ、パワハラ、いじめとあげれば切りがないほど、情けない現象が蔓延っている。社会問題として議論されても一向に減らない。加害者は自らの罪に気づいていない。
そして、ママは離婚を決めた。もはや、嫌悪感しかない婚姻関係は、私の教育によくないと考えたからだ。父親もすでに(もともと?)ママを愛していなかったのだと思う。ママは元来フェミニストとしてのプライドが相当に高い人だ。私の出産を期に就職戦線を闘って得たキャリアを捨てて退職することにも抵抗があった。それでも母親業の優先を望む父親の希望を受け入れ専業主婦になった。そんな譲歩や我慢の見返りが暴力では、ママが傷つき、落胆するのは当然だ。DVは断じて許すべきではない。回数や頻度ではない。質と内容でもない。弱者に手をあげた時点でレッドカード、一発退場だ。ママは力説する。
男が女を殴るなど言語道断。
ママは幼い頃から、自分の中でジェンター問題を提議していて、日本における女性の地位が低く、良妻賢母を強いられる風潮が一向に変わらないことに、多大なストレスを感じていた。女は家事と育児を押しつけられる。性的対象を強要される。嫁と呼ばれ、姑や小姑の標的になる。一種の八つ当たりの道具だ。妻として、嫁として、ただ働きの家政婦として、何一つ手を抜かず完璧にこなしても当然とされ、感謝されることはない。養っている者が格上という暗黙の掟。その挙げ句に、夫という名の勘違いモンスターに殴られては、たまったものではない。ママは『女は世界の奴隷か!』と、ジョン・レノンの歌のタイトルを独り言でつぶやくことがよくあった。痛い人になりかけていた。そして、離婚によって、ようやく解放された。笑顔が戻った。自由になった、らしい。
*
それなのに、ママ、ごめんなさい。
その後も、コウちゃんに頼み込んで、いや、圧力をかけ、半ば脅迫気味に、もう一度、殴ってもらった。効果はてき面だった。さらに私は可愛くなった。しかし、頼んでおいてなんだが、小学生の女子に脅されて屈してしまう気弱な二十七歳の男もどうかと思う。
もう少し、しっかりしようよ、コウちゃん!
その後、コウちゃんはあまり家にいたくないのか、単発のバイトに精を出すようになった。私の無謀なお願いが、コウちゃんの自立の手助けになっているのだとしたら、罪悪感も半減だ。まあ、避けられて当然だ。誰だって意に反して暴力をふるうことは多大なストレスだろう。しかし、私がコウちゃんに精神的負担をかけているせいで、ママとすれ違い、関係がギクシャクするのなら、それは可哀想だ。この家を出ていくとか言い出したらどうしよう。まあ、元を正せば、骨折した足が完治している今、同居する理由もないのだけれど……。
それでも、人間の欲とはきりがないもので、もっともっとと心がざわつく。社会はあらゆる所で格付けが行われる。スクールカースト制度だ。学校だけでも、学力、ルックスにスタイル、ファッションセンス、女子力、これに親の職業、生活レベルといった本人以外のものまで介在する。私の女子力、ランキングは上昇し始めていた。男子の態度もみるみる変わってきていた。今は整形依存症に陥った人の気持ちがわかる。もう、この辺でいいだろう、という線引きはないのだ。いつも、もっときれいになりたいと考えている。その欲望に喉元をかきむしりたくなる。何とか十二歳なりの分別で歯止めをかけている。
そんな時、ふと、コウちゃんだけがこの力を発揮するのかという疑問がわいた。コウちゃんの能力ではなく、受け取る側、つまり私の方の体質だとしたらどうなのだろう。他の人に殴られても同様のことが起きるのであれば、コウちゃんの負担は軽減する。
私は小学生らしからぬ大胆な実験に出てみることにした。手近なところを探した。学習塾だ。塾の先生にお願いして殴ってもらおうとひらめいた。どうせ殴られるならイケメンの大学生がよい。
「水島先生。眠気がすごくて集中力が出ません。ほっぺたをパチンと殴ってもらえませんか」
「はぁ?」
水島先生は大学二年、一浪の二十一歳。実験用の白衣が似合いそうな理系のメガネ男子だ。ミステリアスな影を作る長いまつげをしている。
「気合いを入れてもらいたいんです」
「よくわからないけど、はい」
ピタ。
かわいい両手挟みのビンタだった。
「ありがとうございまーす」
「恵本さん、体育会系だね」
「ういーっす」と、両手を広げ、私は格闘技のポーズをつけて返した。
水島先生がくくくと笑った。苦笑しても知的でかっこいい人だ。
そして、見事なまでに成果は現れた。翌朝、私の目はさらにぱっちりと大きくなり、流行の涙袋もぷっくりと現れていた。エラは完全に消滅し、逆三角形の小顔になっていた。
なんだ。コウちゃんじゃなくていいんだ。
試しに、翌日も、四十代後半のイケオジにはなり切れていない塾長に、水島先生と同様のお願いして気合いを入れてもらった。残念なことに、その翌朝は効果がなかった。おじさんはだめらしい。コウちゃんを含む若い男に殴られると効果があるようだとわかってきた。
さてさて、女ならどうなのだろう。
「ねえ、ママ」
「何?」
「私、悪い事をしたから、ほっぺを叩いてくれない?」
「悪い事?」
「友達に意地悪しちゃったから」
「友達には謝ったの?」
「ううん、まだ。その前に罰がほしくて」
「そこまでわかってるなら、謝るだけでいいんじゃないの?」
「それじゃ気がすまないの」
「何かよくわからないけど、そこまで言うならわかったわよ」
「思い切り、ほっぺをいっちゃってください」
ベシ。
そして、私はこの試みを後悔した。翌朝、顔は後退していた。せっかく手に入れた涙袋が消失し、心なしかエラがまた少し張り出した。女性に殴られると効力はないどころか、むしろ、マイナスになると判明。おじさん塾長ですら現状維持だというのに、残念な結果だ。
結論。
若い男性に殴られると可愛くなる。
おじさんは効果なし。
女性に殴られるのはNG。
その後も、コウちゃんへの脅しと、塾の若い先生方から気合いを注入してもらうという荒療治を行った。そして、夏休みに入る頃には、私は雑誌さながらのJSガールになっていた。可愛くなるとおしゃれをしたくなる。おしゃれをすると外へ出たくなる。行動範囲が広がる。社交的になる。友達も増える。コミュニケーション能力が身につく。上昇スパイラルだ。私は螺旋階段をくるくると一気に駆け上がっていった。
「ジュリちゃん、雑誌の読モに応募してみたら?」
おしゃれ番長のノンちゃんに本気で言われた。いつの間にか、彼女はべったりと私の隣にいて、取り巻きのようになっていた。半年前までは、所詮、敵ではなかったのか、ほとんど話しかけてもらえなかった。それなのに、今はこの優越感。さすがに読者モデルに応募する勇気と自信はなかったが、日々、美への手応えは感じていた。
その後、ノンちゃんと週末におしゃれをしてデパートへ行った。お目当てのティーンズブランドコーナーは、親子連れで賑わっていた。大人顔負けの値段のため、娘可愛さに財布の紐がゆるんだいかにもインテリ風な父親の姿が多い。正直、羨ましかった。結局、私はお小遣いと相談し、ヘアアクセサリーだけを買って帰ってきた。
洋服は、ママにおねだりするしかない。
「ねえ、ママ、デパートにほしい服があったんだけど」
「この間、買ってあげたでしょう」
「着回しのサイクルが早いと、同じ服ばかり着ているとか思われるもん」
「無理無理。これから、教育費だってかかるし、そんなに服ばかり買ってあげられないわよ。見栄の張り合いになるくらいなら、おしゃれなんかやめなさい」
「あーっ、お金持ちの家に生まれたかった」
「母子家庭の貧乏で残念でしたぁ」
ママのすごいところは、「女手一つで、こんなに苦労して育ててきたのに」とか言って、哀れな母親にならないところだ。子供の戯言は軽くスルーする。戦意喪失。
「ママはおしゃれに反対?」
「許容範囲内であればいいわよ。高額なブランドものでなくても、工夫しておしゃれはできるでしょう」
やはりママだ。「女は外見じゃないわ。中身よ」とか言わない。またまた戦意喪失。
「わかった」
「まあ、おしゃれもだけど、自分がやりたいことをやればいいんじゃない。たった一度きりの人生なんだから」
これはママの口癖だ。
「私、この頃、きれいになったとか言われるんだけど……」
「気がついていたわよ」
「さすが母親」
「恋でもしてるのかなぁ、とか思ったけど……まあ、私の娘なんだから、当然かな」
ママはふふと可愛い子ぶって笑った。いや、可愛い人なのだ。
「ママ、コウちゃんと結婚しないの?」
「しないわよ」
「どうして?」
「結婚なんて、お互いに自由を奪い合うだけだもん。我慢と忍耐の連続。もう体裁に縛られるような暗黒時代には戻りたくないのよ」
「暗黒時代……こわっ」
「だってそう思うんだもの」
「よくわからないけど」
「わかりやすく例えると、今、コウちゃんがフリーターでふらふらしてても、別に気にならないでしょう? でも、いざ夫となったら、イライラする気がするの。安定収入のために、ちゃんと正社員になって働いてよとか言いたくなる」
「なるほど」
「それは、男は一家の大黒柱という言葉を、幼い頃から刷り込まれているからなのよ。男に対する一種のジェンダーよね。家事と子育ては女の仕事と言われるのと同じ類」
「確かにコウちゃんに大黒柱は無理だもんね」
「でしょう? それに、ママは同じ失敗はしない主義なの。コウちゃんだって、若いんだから、これから本当に好きな人ができるわよ」
それって、去る者は追わずということか。
今だに不明なのは、ママとコウちゃんがどこまでの関係なのかだ。私の知らないところで、キスとかしちゃってるんだろうか。コウちゃんがママのことを好きなのはわかるけど、ママは本気で好きなのか、いまいちわかりずらい。手のひらで転がしている感じがする。
*
その後、私は可愛さを維持したまま、中学生になり、本格的なモテ期に入った。未知だったコクられるという体験もするようになった。残念なことに好みの男子ではなく、付き合いはしなかったが、もちろん悪い気はしなかった。
少々、有頂天になった。
ずっと、このままでいたかった。しかし、暴力と美は功罪相半ばする。その偽物の美は、数ヶ月単位で少しずつ退行した。せっかく手に入れたものを、みすみす手放すわけにはいかない。定期的なメンテナンス、つまり暴力が必要だった。
また、コウちゃんに頼むしかなかった。可哀想だけど。
「お願い。コウちゃんにしか頼めないの」
「俺、なんか責任感じちゃうなぁ」
やはりバイトを辞めて求職中のコウちゃんが、ため息混じりに言った。「俺があんな些細なことで殴ったりしなければ、ジュリは俺に暴力を求めるような生き方をしなくてすんだわけじゃん」
「そんなことない。殴るつもりなかったのに当たってしまった。偶然の産物だよ。それに殴られてなかったら、こんなアクティブな生活してなかったもん。ブスだっていじけて、ひっそりと、人目につかないように、地味にうじうじと」
「そんなふうに前向きにとらえているならいいけどさぁ」
「人間て、そうそう変われないでしょう。コウちゃんも今度こそはがんばるぞ、って働くけど、やっぱり続かない」
「耳が痛いよ……」
「私が殴ったら、仕事ができる男になったらいいのにね」
「そうだな。俺って殴られたことないからな」
「親にも?」
「うん。気がついたら、父子家庭だったんだけど、いわゆるネグレクトでさぁ。何日もひとりで家に放っておかれて、いつも空腹。挙げ句に高校の途中で父親は蒸発しちゃった。いまだに音信不通」
「コウちゃん、苦労してたんだね」
「でも、小さな田舎町だったから、悪い噂はすぐに広まる分、同情も集まる。何とか周りに助けられて、高校は卒業できたよ」
「親戚とかいないの?」
「もともとつきあいがなかったし、最初から当てがない方が割り切れる」
「意外と自立してるんだね」
「まあ、傷つくくらいなら、育児放棄されたり、無視された方がまだいいって思ったのかな。孤独と向き合えばいいだけだから。だから、ジュリのママと出会って、ここで暮らすようになって、家庭の温かさみたいなものを知ったんだ……」
「なんか、涙出る……今が幸せで満足なら、いいよ。うんうん。ママのことも母親だと思って甘えていいから」
「俺だって、今のままじゃいけないとは思っているんだよ」
「そうなの?」
「ああ。変わりたい。大人の男として、ちゃんと仕事して家族を養えるようになりたい。そうだな。殴られるのもいいかも。気合い入って。ジュリ、思い切り殴ってくれよ」
やっぱり、コウちゃんは単純だ。だから、複雑な家庭環境にありながらも非行に走らず すくすくと育ったのだ。いい意味で。
「わーい。いいよーっ、その代わり、コウちゃんも私を殴ってね」
「仕方ない。わかった」
パシッ。
ピタン。
メンテナンス完了。
翌日、コウちゃんは中心街にあるフラワーショップでのバイトを見つけてきた。何でも仕事が性に合っていたらしく、しばらくは続きそうだとさわやかに笑った。私が殴ったからだったりして。と少し思う。
【3】につづく