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『眠り姫に月の涙』第2話
第2話 ガールフレンド
「あなたは恋を諦めたことがありますか?」
○登場人物
佐伯瞬 (20) 真面目で勤勉な大学生
星野静穂(40) 瞬育ての母・飲料会社勤務
笹本美優(20) 瞬の微妙な彼女
道島幸太(20) 瞬の(長年の)親友
大場綾乃(20) 美優の親友・瞬のゼミ友
山田久恵(30) 静穂の部下
佐伯真代(享年25)瞬の母・静穂の親友
○静穂宅・ベランダ(早朝)
瞬、洗濯物を干している。いつもはランダムだったものが、左側に静穂の固まり、右側に瞬の固まりに分けられている。
瞬M「あなたは恋を諦めたことがありますか?」
○同・ダイニング(いつもの朝食風景)
飾棚の上に真代の笑顔の写真。隣に静穂、幼い瞬、真代三人の写真。側に白と赤のカーネーション(母の日)。
瞬、静穂の顔をじっと見ている。
瞬M「はっきり言って、もの凄く美人でもなければ、色気のかけらもない・・・なのに 何でこんなに好きなんだろう」
静穂、口元にマヨネーズが付いている。
静穂「瞬。母の日のプレゼントのハンカチ、ありがとうね。早速、使わせてもらうから」
瞬 「うん・・・シィちゃん」
静穂「ん?」
瞬 「ここに、マヨネーズ、ついてる」
静穂「えっ? や、やだわぁ。ははは」
瞬M「この頃、何か、変・・・」
静穂、コーヒーを飲みながら、スマホでネットニュースを黙読。
瞬、食器を片づけている。
静穂「(瞬の顔は見ず)今日も、残業だから、遅くなりそう。晩ご飯いらないからね」
瞬 「(怪しむ顔)わかった・・・・・・」
静穂、突如、スマホから視線が飛ぶ。
× × ×
(フラッシュ・第1話より)
田上「結婚を前提に、お付き合いしてもらえ ませんかってことです」
× × ×
静穂、頬が紅潮。瞬の視線に慌てて、
静穂「なっ、何?」
瞬 「・・・(見透かそうとする目)」
静穂「私、今朝もそんなにキレイ?」
瞬 「何かいいことあった?」
静穂「(ものすごく慌てて)あるわけないじゃない。毎日、毎日残業で。あはは」
瞬 「(疑って)ふーん」
静穂「やあねぇ。ははは」
○大学・講義室
瞬、美優、並んで講義を受けている。
瞬 「今日、大場さんは?」
美優「さぼりみたい・・・道島くんは?」
瞬 「急なバイトだって。あのさ、笹本さんの好きなお菓子って、何?」
美優「うーん・・・いちご大福かなぁ」
瞬 「そうか・・・あれ、うまいよね」
美優「うん・・・?」
○静穂の会社・休憩室
静穂と後輩・山田久恵、ひそひそ話。
久恵「田上さんから、愛の告白ですかぁ」
静穂「どうしよう、山田ちゃん」
久恵「どうしようって、そんなの、チーフの気持ち次第じゃないですか」
静穂「だって、突然で舞い上がっちゃって、自分の気持ち、分らないところあるのよ」
久恵「確かに、舞い上がりますよね。ご無沙汰のときめきですから」
静穂「そうそう、ご無沙汰の、って(睨んで)喧嘩うってる?」
久恵「ははは。まあ、客観的に見て、こんなにおいしい話はないですね」
静穂「おいしい?」
久恵「ええ。田上さんて、年よりずっと若く見えるし、おしゃれなイケオジじゃないですか」
静穂「うんうん」
久恵「その上、有名なCMディレクター。地位も、名誉も、お金もある」
静穂「うんうん」
久恵「それなのに、若い子じゃなくて、わざわざ四十女を選んでくれたんですよ」
静穂「うんうん。その通り、って、やっぱり喧嘩うってる?」
久恵「喧嘩うりたくなるほど、おいしいってことです。田上さんのこと嫌いですか?」
静穂「ううん。むしろ、好き。どストライク」
久恵「だったら、何も迷うことないじゃないですか。さらに瞬くんのことまで考えてくれるなんて、断る理由ないですよ」
静穂「そうだよね(うんうんと頷く)」
○駅前通・商店街(夜)
瞬、バイト帰り。寂しそうに歩いている。
ふと、和菓子屋を見つけ、入っていく。
○ダイニングバー・店内(夜)
静穂、田上、ビールで乾杯している。
田上「いい返事で、うれしいな」
静穂「私なんかで、本当にいいんでしょうか。こんなオバサン・・・」
田上「静穂さんだから、いいんです」
静穂「(真っ赤)」
田上「それに僕から見たら子供ですよ。こっちこそ、こんなオヤジでいいですか?」
静穂「(嬉しくてめまい)全然、いいです」
○美優の部屋(夜)
美優の携帯が鳴る。瞬からのメール。
(瞬)「いちご大福食べる?」
× × ×
美優、和菓子屋の袋を開け、中を覗く。
美優「(うれしそうに)わぁ、大好きないちご大福。テンション上がる」
瞬、ぼんやりと寂しそうに座っている。
美優「どうしたの? 急に遊びに来て」
瞬 「いちご大福、見かけたから。好きだって言ってたよね」
美優「うん・・・夕食の支度は?」
瞬 「たまに、さぼってもいいじゃん」
美優「えっ?(反抗期?)うん、まあ」
瞬 「幸太はバイトだし、他にあまり友達いないから(下を向く)」
美優「(友達!)・・・あはは、私たち友達だもんね。で、夕食はすませたの?」
瞬 「バイト先で、パン食べた」
美優「じゃあ、私、まだだから、何か作ってくれる? お料理得意なんでしょう?」
瞬 「いいけど・・・(首をひねる)」
美優「何か、変?」
瞬 「女の子って、普通、私がやりますっていうところ見せるよね」
美優「私、女子力をアピールするのやめたの。特に、瞬の前では」
瞬 「(呼び捨て?)瞬って・・・」
美優「名前で呼ぶことにした。友達だから」
瞬 「う、うん(こだわってる・・・)」
美優「(不敵の笑み)冷凍庫に余ったご飯があるから、何か作って。がっつり食べたい」
瞬 「(勢いに押されて)うん、いいよ」
○(翌朝)静穂宅・ダイニング(朝食)
静穂「今日も遅くなりそうなのよねぇ。だから、晩ご飯いらないから。あはは」
瞬 「・・・わかった(落ち込む)」
○大学・学食(ランチタイム)
瞬 「笹本さん、好きな果物って、何?」
美優「うーん・・・リンゴかなぁ」
瞬 「そうか。リンゴ・・・」
○美優の部屋(夜)
小さなテーブルに、オムライスとリンゴ。
美優「本日はオムライスね。いただきます!」
瞬 「どうぞ・・・」
美優「(頬張り)おいしい! 本当に料理上手だね。あとはどんなもの作れるの?」
瞬 「凝った物じゃなければ、何でも。高校の時、弁当も自分で作ってた」
美優「へぇ。やっぱり、今は料理男子よね。 いつから、はじめたの?」
瞬 「中学くらい。シィちゃん、会社から疲れて帰ってきて、ご飯作るの大変だなぁと思って。みそ汁からはじめたんだけど、料理ってやり始めると意外と楽しくて」
美優「はまっちゃったわけね」
瞬 「うん。シィちゃん、何でもおいしいって食べてくれるから(幸せ顔)」
美優「そうなのね。はは・・・(嫉妬でガツ食い)ごちそうさま」
瞬 「早!」
美優「あー、おいしかった。(お腹をさすりながら)じゃあ、食器洗いもお願いします」
瞬 「えっ?」
美優「炊事洗濯、大好きなんでしょう?」
瞬 「大好きって・・・」
美優「私、食後はゴロゴロしたいし、頼むね」
瞬M「これって、罰ゲーム?」
○(翌朝)静穂宅・ダイニング(朝食)
静穂「今日は、すごく遅くなるから寝てていいからね。もう仕事が忙しくって。はは」
瞬 「(すでに呆然)わかった・・・」
○大学・構内
瞬 「笹本さん、好きなケーキって、何?」
美優「うーん・・・ガトーショコラかなぁ」
瞬 「そう・・・」
美優「うん・・・(まさか・・・)」
○田上の自宅・キッチン(夜)
静穂、田上、並んで皿を洗っている。
田上「おいしかったですよ」
静穂「よかったぁ。瞬に頼りっぱなしで、全然、料理してなかったものですから」
田上「いつも、瞬くんが料理をするの?」
静穂「ほとんど。上手なの知ってますよね」
田上「じっくり煮込んだシチュー!」
静穂「ええ。私が作るより、全然おいしいんです。気がついたら、私、何もしなくなってました。ひどい母親!」
田上「(笑って)そうなんだ」
静穂「瞬は若いのに、所帯染みてるんです。どこのスーパーが安いとか詳しいし」
田上「本当に、孝行息子なんだね」
静穂「(ふっと笑って)健気なくらい・・・きっと、私に気を遣ってるんですよ」
田上「そうかな」
静穂「私、知らず知らずのうちに瞬に甘えていました。若い男の子なのに、かわいそうですよね。だから、解放してあげないと」
田上「血は繋がってないけど、親子なんだから、お互いに甘えてもいいと思うけど」
静穂「えっ?」
田上「僕はその方がうれしいな。もし、家族になれたら、静穂さんにも、瞬くんにも、どんどん甘えて欲しい」
静穂「田上さん・・・」
田上「僕も、静穂さんに甘えたいし」
静穂「・・・(真っ赤)」
○美優の部屋(夜)
瞬、もくもくと皿を洗っている。
美優、スマホでプロ野球を見ている。
美優「あーっ、ファインプレーされたかぁ」
瞬 「・・・(美優をチラ見)」
美優、瞬の視線に気がついて、
美優「何か言いたそうな顔してる」
瞬 「少し前と印象が違うなぁと思って」
美優「だから、女子力アピールをしてないからよ。いちいち友達に気を遣う必要ないし」
瞬 「そんなにこだわらなくても・・・」
美優「それとも、ドキドキしたいとかぁ? あはは」
瞬M「これって、ペナルティ?」
○田上の自宅・リビング(夜)
静穂、田上、ソファに座り、テレビで映画を観ている。ワインを飲みながら。
静穂「四十過ぎたら、どんな恋愛の仕方がいいんでしょうか。実はわからないんです」
田上「実は僕もなんです。だから、恋愛はもういいと思ってた。不器用なんです」
静穂「見えませんけど」
田上「二十代の頃は、よくある恋愛の形を踏襲していればそれでよかった」
静穂「あはは。確かに」
田上「それが三十半ばも過ぎると、相手に精神的なもの、尊敬とか、安らぎとかを求め 始める。一緒にいて楽しくないと満足しなくなる。離婚したのは、四十二の時です。奥さんに、好きな人ができてしまった」
静穂「そうでしたか・・・」
田上「仕事が忙しかったことは、言い訳にならない。まあ、子供がいたら変わっていたとは思いますけど・・・今、僕らは、年齢的にマラソンの折り返し地点にいると思いませんか?」
静穂「折り返し地点?」
田上「そう。ゴールを目指しているのに、スタート地点に戻っている感じ」
静穂「そう考えると、ちょっと楽ですね」
田上「ゆっくり、焦らずに行きませんか」
静穂「・・・はい」
田上、静穂の肩を引き寄せる。
○美優の部屋(夜)
テーブルに、ガトーショコラが二つ。
瞬、足を伸ばし、壁に脱力したように寄りかかってケーキを食べている。
美優「何で三日連続で私の家に来ているわけ?」
瞬 「(いじけて)幸太がバイト忙しくて・・・だから、何か暇で」
美優M「何か隠してるし・・・」
美優、歯がゆくて、瞬に急接近する。
瞬 「(慌てて)な、何?」
美優「(見つめて)口に、チョコついてる」
瞬 「(手で拭いながら)どこ?」
美優「(瞬の唇に指を伸ばし)ここ・・・確かに隙だらけ・・・・・・」
瞬 「(後ずさり)えっ?」
美優「道島くんから聞いた。過去、数々の女子たちに狙われてきたって」
瞬 「(苦笑い)それ、幸太の冗談だって。大袈裟に言ってるだけ・・・」
美優の顔が近づいてくる。
美優「そういう時、ちゃんと拒否するの?」
瞬 「はい・・・きょ、拒否します」
瞬、どきどきして、顔が引きつっている。
美優「酔っぱらっている時も?」
瞬 「多少の判断は鈍るかもだけど、拒否してます。たぶん、しているはずです・・・」
美優「本当に真面目な好青年なんだね」
瞬 「はい。真面目だけが取り柄です」
美優、ほくそ笑む。
美優「敬語になっちゃってるし。何なら今晩、泊まっていってもいいけど。私、友達に変なことしないから」
瞬M「今してるじゃん・・・」
○(翌朝)静穂宅・ダイニング
静穂、朝帰り。息をひそめ入ってくる。
静穂「瞬、起きてきませんように・・・」
瞬の姿なし。戻って瞬の部屋ものぞく。
静穂「あれっ? 瞬、いない。よかったぁ」
静穂、ほっと胸をなで下ろす。
○美優の部屋
美優、ベッドで目を覚ます。離れた場所に、瞬が眠っていた痕跡の毛布がたたんである。瞬、キッチンで朝食の用意。
美優、その姿がうれしく、狸寝入りして見つめている。
瞬、美優に近づいてくる。
瞬 「起きる時間だよ」
美優M「夢みたい・・・」
瞬 「朝ご飯できたよ」
美優M「幸せ・・・」
瞬 「起きて」
美優M「もっと、言って・・・」
瞬、豹変。ぱっと布団をはぎ取る。
瞬 「(静穂に言うように)起きろ!」
美優、降参。もぞもぞと起き上がる。
美優「・・・おはようございます」
瞬 「・・・(不思議そうな顔)」
美優「ん?」
瞬 「おはよう・・・」
美優、テーブル上の朝食に目をやる。
皿の目玉焼きの黄身が微笑んでいる。
美優、それを見つけて、
美優「可愛い。目玉焼きが顔になってる」
瞬 「たまごちゃん」
○大学・講義室
幸太と綾乃、瞬と美優が入ってくるのをを見ている。美優が半歩前を歩いている。
綾乃「何かあの二人、形勢逆転してない?」
幸太「本当だ」
美優「(淡々と)おはようっ」
瞬 「おはよ・・・(お疲れ気味)」
綾乃「佐伯くん、美優と同じシャンプーの匂いがすると思うのは気のせい?」
美優「昨日、うちに泊まったから」
幸太「お、おい。マジか?」
瞬 「うっ・・・(別に何も・・・)」
美優「誤解されるようなことはしてないから、安心して。私たちはただの友達だし」
幸太「笹本さん、変わったなぁ。何か吹っ切れて強くなった感じがする」
美優「そう? ふふふ(勝ち誇った笑顔)」
綾乃「(幸太にひそひそと)別れてからの方が、微妙に二人の距離が近くなってる」
幸太「(綾乃にひそひそと)瞬には、これくらい強気の方がいいんだよ。きっと」
○スーパー(夕刻)
瞬、美優、綾乃、焼き肉パーティーの買い出し。後方の幸太はカートを押す係。
美優「五人前ってどれくらいかな?」
瞬 「五人じゃなくて、四人前」
美優「シィちゃんは?」
瞬 「今日も晩飯いらないんだって。ここのところ、仕事でずっと遅いんだ」
幸太「なるほど。一人寂しくの夕食に耐えられないから、俺たちを呼んだなぁ」
瞬 「違うよ。バイトが休みだから、たまには幸太と飲みたいなぁと思って」
綾乃「まあ、楽しそうだからいいけど」
幸太「そうだな。毎日でも、行ってやるよ」
美優、横目で、瞬をにらんで、
美優「シィちゃんがいないから、ずっと、ウチに来てたのね」
瞬 「(やばい・・・)バレた・・・」
○静穂宅・玄関(夜)
綾乃、表札「星野静穂 佐伯瞬」を見て、
綾乃「そっかぁ。名字違うんだ」
瞬 「養子じゃないから」
美優「シィちゃんて、静穂さんて言うのね」
幸太「(図々しく)まあ、どうぞ、どうぞ」
○静穂宅・ダイニング(夜)
綾乃、棚上の写真を見つけ、駆け寄る。
綾乃「これって、佐伯くんのお母さん?」
瞬 「そうだよ」
美優「すごく、きれいな人」
幸太「モデルだったんだよな」
綾乃「そうなの?」
瞬 「名前が知られるほどじゃないけど」
美優「どおりで(瞬に遺伝子が・・・)」
綾乃「ねぇ、両親って、離婚したの?」
幸太「おい!(空気読め!)」
瞬 「生まれた時から、父親はいなかったみたい。もし父親がいたら、そっちと一緒で、シィちゃんと暮らしていなかったと思う」
綾乃「なるほどねぇ・・・本当に、聞けば聞くほど家庭環境、複雑だね」
幸太「おいおい。綾乃ーっ」
瞬 「(苦笑して)大場さんて、はっきり言ってくれるから、かえって気持ちいいよ」
綾乃「ははは・・・で、お父さんのことは何にも知らないの?」
瞬 「うん。聞こうとしたこともなかったかな。シィちゃんが知っているのかも不明」
美優「(写真を見つめて)お母さん、その人のこと、本当に好きだったんだね・・・」
幸太「それは、間違いないな」
綾乃「そうだよ。女一人で、子供を産むのって、相当な決心なんだから」
瞬 「(ふっと笑って)みんなで、さりげなく慰めるなって! 別に、自分を不幸だとか、思ったことないから」
幸太「そうだな。じゃあ、焼き肉食おうぜ」
瞬 「すぐに用意するよ」
× × ×
瞬、美優、幸太、綾乃、ホットプレートを囲み、焼き肉をしている。
静穂、帰宅。
静穂「あれ? いらっしゃい」
幸太「ちぃーす。シィちゃん」
静穂「おーっ、幸太、久しぶり」
美優「こんばんは」
綾乃「おじゃましてまーす」
静穂「あらっ? 可愛い女子がもうひとり」
幸太「同じゼミの大場綾乃」
静穂、幸太にスリーパー・ホールドをかける。
静穂「幸太ーっ。よかったねぇ」
幸太「(手をトントン)ギブ、ギブ」
瞬 「今日、遅いんじゃなかった?」
静穂「会議、明日に変更になったから」
瞬 「そう。ご飯は?」
静穂「もち、食べる。若者に混ぜてもらおうかなぁ。戦闘服に着替えてくるね」
ルームウェアに着替えた静穂を交えて、わいわいと食事。
○同・瞬の部屋(夜)
ベッドに瞬、下の布団に幸太、泥酔。
○同・キッチン(夜)
静穂、美優、綾乃、食器を洗っている。
静穂「男どもは、お酒弱いわねぇ」
綾乃「ガンガン、飲ませてましたよね」
静穂「昔から、若いやつはつぶさないと気が済まないの。今ならパワハラかも」
綾乃「すてきーっ」
隣で、盛り下がっている、美優。
美優「あ、あのう・・・本当に仕事が忙しいんですか?」
静穂「どうして?」
美優「この間、私が余計な心配をかけて、気を遣わせてしまったかなって・・・」
静穂「美優ちゃん、違うよ。実は、私、この年で恥ずかしいんだけど・・・」
綾乃「あっ、わかった。フォーリンラブ!」
美優「えーっ、そうなんですか?」
静穂「はは、私自身も驚いているんだけど」
美優「ひょっとして、公園で会った時、一緒にいた方ですか?」
静穂「するどい」
美優「素敵な方で、すごくお似合いでした」
静穂「もう、美優ちゃんたらぁ」
静穂、美優をバシバシ叩く。
綾乃「佐伯くんは、知ってるんですか?」
静穂「話そうとは、思ってるんだけど。何か恥ずかしくて」
綾乃「きっと、喜んでくれますよぉ」
静穂「そう思う?」
綾乃「はい(うんうんと頷く)」
美優「・・・(複雑)」
○(数日後)静穂宅・ダイニング(早朝)
瞬、起きてくると、すでに静穂がいる。
瞬 「あれ? 休みなのに、早起き」
静穂「わっ、びっくりした」
瞬 「出かけるの?」
静穂「そ、そう。ドライブ」
瞬 「ふーん・・・(誰と?の目つき)」
静穂「じ、実は、田上さんと」
瞬 「(口角で笑って)デートなんだ」
静穂「そ、そんな、デートってほど色気のあるものじゃ。仕事にも役立つし。ははは」
瞬M「何が仕事だよ!」
静穂「でね。田上さんが、夜、瞬とも一緒に食事したいなぁって、言ってたんだけど」
瞬 「・・・きょ、今日は、約束があって」
静穂「遅くなっても、全然いいんだけど」
瞬 「ごめん。友達の所に泊まるから」
静穂「そう(友達って誰?という表情)」
瞬 「今度、絶対、時間つくるから、田上さんに謝っておいて。ほんとにごめん」
静穂「わかった・・・」
○美優の部屋(夜)
美優、ベッドに横たわり、スマホでプロ野球ダイジェストを見ている。
瞬、離れて毛布にくるまって、何気にいじけている。
瞬 「本当に野球、好きだね」
美優「うん。ナイピ」
瞬 「笹本さんて面白い人だったんだね」
美優「たぶん。今の方が無理なく自然だから、これが本当の私なんだと思う」
瞬 「なるほど」
美優「ところで・・・」
美優、瞬に近づいてくる。毛布をがばっと剥ぎ取ると、しっかりと可愛くパジャマを着ている。
美優「どうして、パジャマ持参で、遊びに来てるわけ?」
瞬 「予定調和。いや、準備万端?」
美優「はい、ごまかさない。外泊したい理由を十五字以内で言いなさい!」
瞬 「はは。友達だろう? 美優」
美優「美優って・・・(うれしそう)ふふ」
瞬M「ごまかせた!」
美優「・・・ひょっとして、シィちゃんに恋人ができたから?」
瞬M「何で知ってるんだよ!」
美優「悩んでいるなら、聞くけど」
瞬 「おやすみ」
瞬、毛布をかぶって寝てしまう。
美優「もう・・・」
○(翌日)大学・講義室
瞬、頬杖をつき、溜息ばかりついている。
それを見ている、美優、幸太、綾乃。
○同・学食(夕刻)
美優、幸太、綾乃、コーヒーを飲みながら、元気なく帰る瞬の姿を見ている。
幸太「あの調子じゃ」
綾乃「また今日も、このままバイト先から、美優のウチへ直行のノリだね」
美優「・・・別に迷惑じゃないんだけど」
幸太「なつかれて、うれしかったりして」
美優「うん、っていうか、また好きになっちゃいそう、って、好きなんだけど・・・」
幸太「いつまで、あんな調子なんだ?」
綾乃「典型的な空の巣症候群だね」
美優「空の巣症候群?」
綾乃「子供が大きくなって、就職とか結婚を 機に家を離れるでしょう。その後、母親が空っぽの状態になることを言うのよ」
幸太「へぇー」
綾乃「子育てを終えた安堵感と共に、強烈な寂しさに襲われて、無気力になるの」
美優「でも、母と子供って、瞬とシィちゃん、立場が逆じゃない?」
綾乃「同じことよ。シィちゃんに結婚相手ができて安心した。そして、同時に長年抱えてきた罪悪感からも解放された、けどぉ」
幸太「空っぽになった」
綾乃「そう。気持ちが楽になった分、言いしれぬ虚無感が襲いかかっているのよ」
幸太「なるほど、って、理にかなってはいるけど、そんな大袈裟なことなのか?」
綾乃「佐伯くんて、ストイックだもん」
美優M「違う。シィちゃんを、他の男性に取られちゃったから・・・」
○静穂の会社・休憩室
静穂、めずらしくぼんやりとしている。
久恵「チーフ、フニャフニャしてますよ」
静穂「えっ?」
久恵「仕事は順調、田上さんとも絶好調。幸せいっぱいじゃないですか。それなのに、フニャフニャしてます」
静穂「それって、いわゆるデレデレじゃなくて、フニャフニャ?」
久恵「はい。明らかに十数年ぶりの恋愛による色ぼけとは、一線を画してます」
静穂「山田ちゃん、喧嘩うってる?」
久恵「今なら、喧嘩しても軽くKOしちゃいますね。いつものキレがないっていうか、気が抜けているというか」
静穂「そうかなぁ」
久恵「チーフらしくないですよ。どうしちゃったんですか?」
静穂「(考えて)うーん・・・」
久恵「ははーん。プレッシャーから解放されたからですかねぇ」
静穂「プレッシャー?」
久恵「そう子育ての。田上さんの養子にしたい発言で肩の荷がおりちゃったんですよ」
静穂「(納得)そっか。そうなんだ・・・」
○美優の部屋(夜)
美優、母親のように腕を組み、説教。
瞬、情けなく子供のように膝を抱えている。テープルには大量の酒がのっている。
美優「もう、うじうじしてないで、この際、シィちゃんにもう一度、好きだって言ってみたら? あのイケオジには、シィちゃんを渡したくないって」
瞬 「本気で言ってる?」
美優「すっごく本気」
瞬 「・・・本当のところ自分の気持ち、よく分らないんだ」
美優「えっ? そうなの?」
瞬 「うん・・・男って、無条件に、みんな母ちゃんが好きっていうところあるから」
美優「確かに。幼稚園の時、好きだった男の子に言われた。大きくなったらママと結婚するから、ゴメンって」
瞬 「(ふっと笑って)母親が、理想の女性だってやつ、結構いるよ。だから、よーく考えたら、単なるマザコンなのか、恋なのか分からないんだ」
美優「だからこそ、もう一度、好きって言ってみたら、わかるんじゃない?」
瞬 「えっ?」
美優「返事を待っている間、期待と不安にドキドキしたら恋」
瞬 「しなかったら?」
美優「シィちゃんは、大好きなお母さん」
瞬 「そんな簡単なものかなぁ。告白自体ドキドキするじゃん」
美優「えっ? 好きな人じゃなきゃしない」
瞬 「美優は、俺にはドキドキしたんだ」
美優「うん・・・(真っ赤になって)って、話をすり替えないの!」
瞬 「無理だよ」
美優「どうして?」
瞬 「男なんて、みんなおバカだから、区別つかないよ。たぶん」
美優「じゃあ、いっその事、ハグしてしまいましょう。その時に女に見えるのか、単なる母親に見えるのか」
瞬 「うーん・・・聞いてて、恥ずかしくなってきた」
美優「誰のために考えてあげてると思っているのよ!」
瞬 「申し訳ない」
美優「まあ、いいけど」
瞬 「でも、告ってハグした後、どの面下げて、シィちゃんと暮らしていけばいいわけ?」
美優「だから、酔っぱらうの!」
瞬 「この大量の酒って、勢いをつけるためじゃなくて、ごまかすためのだったんだ」
美優「そうよ。泥酔してて、覚えてません、で済むでしょう?」
瞬 「また、そのパターンか」
美優「何なら、ごまかす必要性に駆られたら私の名前を使っていいよ」
瞬 「えっ?」
美優「ハグした後、これはまずいと感じたら『美優ーっ』くらい言っておけば、私と間違えたんだなって、笑い話になるでしょう?」
瞬 「それじゃ、美優を利用するみたいで悪いよ」
美優「私は構わない。友達のためだもの・・・このまま、もやもやした気持ちでシィちゃんの結婚を祝福できる?」
瞬 「・・・(首を右にひねる)」
美優「瞬に心から祝福されないで、シィちゃん、幸せだと思う?」
瞬 「・・・(首を左にひねる)」
美優「シィちゃんに、幸せになって欲しかったんでしょう?」
瞬 「うん・・・」
美優「男なら、実践あるのみ!」
美優、瞬に酒をどんどん進める。
瞬 「これって、大丈夫なのかなぁ・・・」
美優「はいはい。飲んで。飲んで」
○静穂宅・ダイニング(夜)
静穂、テレビを見ているとドアが開く。
静穂「瞬?」
瞬、勢いよく入ってくる。千鳥足。
瞬 「たらいまぁー」
静穂「おかえり、って、すごく酔ってるし」
瞬、ふらふらして家具に足をぶつける。
瞬 「いてっ」
静穂、笑いながら駆け寄ってくる。
静穂「あーあ。ちょっと大丈夫?」
刹那、瞬、静穂を強く抱きしめる。
静穂「は?」
静穂、瞬の腕をトントンと叩く。
瞬、ギューっとした後、耳元で囁く。
瞬 「大好きだよ・・・」
静穂「!」
瞬、酔いながらも気まずさを感知する。
瞬 「・・・美優・・・」
瞬、静穂からぱっと離れる。
瞬 「・・・寝るっ(子供状態)」
瞬、ふらふらと自分の部屋へ歩き出す。
静穂、瞬の後ろ姿を見ながらぽつりと、
静穂「あーあ、美優ちゃんと間違ってるし」
瞬、部屋へ入っていく。ドアが閉まる。
静穂「ちょっとドキドキしちゃったかも。ふふふ(笑う)結構、男らしいじゃん」
○(翌日)同・瞬の部屋
瞬、目が覚める。携帯アプリの着信がある。
(美優)「大丈夫?」
(瞬)「大丈夫じゃないかも」
○同・玄関
瞬、ドアを開けると、美優が立っている。
美優「大丈夫?」
瞬 「軽い、二日酔い」
美優「そうじゃなくて」
瞬 「ああ。あの件・・・酔ってたから、よく分らなかった」
美優「・・・何それ」
瞬 「・・・申し訳ない」
○同・ダイニング
瞬、美優、並んでソファに座っている。
瞬 「でも、何か、すっきりした」
美優「すっきり?」
瞬 「うん。もう、恋でもマザコンでも、どっちでもいいかなって」
美優「だって、告白したいほど、シィちゃんが好きだったんでしょう?」
瞬 「そうだけど・・・人間の気持ちって、数秒単位で変化してる・・・きっと、シィちゃんのことを想うとキュンとなってしまうのは、月の涙を思い出すからなんだ」
美優「月の涙?」
瞬 「そう。あの夜、シィちゃんの頬で光ってた・・・俺のせいで、恋人と別れて」
○(瞬の回想)ベランダ(第1話より)
瞬 「・・・シィちゃん、泣いてるの?」
静穂「(微笑んで)泣いてなんかいないよ」
瞬、手を伸ばし、頬の涙を指先で拭う。
瞬 「だって、涙」
静穂「違うよ。これは、月の涙だよ」
瞬 「つきのなみだ?」
静穂「そう。お月さまからポツンて落ちてきたの」
○(現在)同・ダイニング
美優の瞳から、涙が一粒こぼれ落ちる。
美優「シィちゃんの何てやさしい嘘・・・」
瞬、手でやさしく美優の涙をぬぐう。
瞬 「これかな」
美優「えっ?」
瞬 「あの時、涙にふれてしまったから・・・なんてね(ふっと笑う)」
瞬、美優の頭に手をのせる。
瞬 「(意地悪そうに)これで美優のこと・・・好になっちゃうかもよぉ」
美優「それはそれで検討します」
○静穂の会社・休憩室
静穂と久恵。静穂、突然、ふっと笑う。
久恵「チーフ。何、笑ってるんですか?」
静穂「瞬も男なんだなぁと思って」
久恵「男も何も二十歳の大人。しかも、親孝行で性格もいい完璧なイケメンですよ」
静穂「気がついたら、そうなんだよね」
久恵「それが、どうかしました?」
静穂「かわいい彼女がいてね。もう、瞬ったらその彼女にぞっこんなのよ」
久恵「ぞっこんて、死語ですよ」
静穂「ラブラブ?」
久恵「ラブラブも少し古いかも。で?」
静穂「甘い言葉囁いたり、抱きしめたり・・・一丁前にしてるんだぁとか、思ったら、ふっと笑っちゃったの」
久恵「笑うところじゃないし」
静穂「ちょっと羨ましかったりして・・・」
久恵「羨ましがって、どうするんですか!」
静穂「で、何かドキドキしちゃった」
久恵「ドキドキして、どうするんですか!」
静穂「はは。若いって、いいね」
久恵「実は、早くも姑根性だったりして」
静穂「いつか、そんな気持ちになるのかなぁ。瞬を取られたわ。くやしいとか。これも母親ならではの楽しみなのかもね」
久恵「なんか、私も早く子供欲しい」
静穂「その前に、彼氏見つけて結婚ね」
久恵「(苦笑い)それセクハラアウトです。って、チーフこそですよ。田上さんと結婚」
静穂「・・・やだーっ、山田ちゃーん」
静穂、久恵の肩をバシバシ叩く。
○静穂宅・ダイニング(夜)
静穂、帰宅する。
瞬と美優、仲良く料理している。
静穂「ただいま・・・」
瞬 「おかえり」
美優「おじゃましてまーす」
静穂「いらっしゃい。(にやにや)ふーん」
× × ×
静穂、向かいに瞬と美優。夕食。
静穂「美優ちゃん、今日泊まっていってね」
美優「いいんですか?」
静穂「もちろんよ。ねっ、瞬」
瞬 「・・・(頷く)」
静穂「じゃあ、瞬。後で、お布団、出しておいてくれる?」
瞬 「わかった」
静穂「あっ・・・それとも、美優ちゃん、瞬のベッドで一緒に寝る?」
瞬 「・・・(真っ赤)」
美優「はい。一緒に寝たいです!」
瞬 「えっ?・・・(固まる)」
美優「シィちゃんと!」
静穂「私と? いいよー。寝相悪いけど」
美優「やったーっ」
瞬M「そっちか・・・」
○同・静穂の寝室(夜)
静穂と美優、並んでベッドに入っている。
美優「シィちゃんて、お母さんじゃなくて、大人の女性の匂いがします」
静穂「何かくすぐったい褒め言葉」
美優「もう、シィちゃん、大好きです」
静穂「やだ、瞬みたい。小さい時ね。必ず、そう言ってほっぺにチューしてくれるの」
美優「えーっ。瞬、ちゃっかり告って、しっかりチューまでしてるし・・・あっ、すみません。取り乱しました」
静穂「ふふふ。ジェラシー?」
美優「はい。瞬、無邪気でかわいいところあったんですね」
静穂「今でもかわいいけどね」
美優「ですね」
静穂「いつの間にか、瞬て呼んでるね。二人がうまくいってくれて、うれしいな」
美優「ありがとうございます」
静穂「瞬のことをたくさん愛してあげてね」
美優「はい。負けないくらいに」
○(翌朝)静穂宅・ベランダ
瞬、洗濯物を干している。背後から静穂。
静穂「瞬、おはよう。いつもありがとね」
瞬 「お互いさま。美優は?」
静穂「まだ眠り姫。可愛い顔して寝てるよ」
瞬 「そう」
静穂「たまには、私が朝食を作ろうかなぁ」
瞬 「いいよ。今のうちくらいは楽してよ」
静穂「今のうち?」
瞬 「近い将来、やらないといけなくなるかもよ」
静穂「確かに。瞬だって就職するだろうし」
瞬 「そっちじゃなくて、自分の結婚」
静穂「えっ?」
瞬 「今度、田上さんに会うから」
静穂「瞬・・・」
瞬 「きちんと言いたい。シィちゃんをよろしくお願いしますって・・・」
静穂「ま、まだ結婚するかわからないって」
瞬 「これを逃したら絶対にもうないよ」
静穂「(睨んで)どういう意味かなぁ」
瞬 「あんなに心が広くてかっこいい人が、この歳になって現れたなんて、奇跡だって。うん、間違いない。限りなく奇跡」
静穂「この歳? 奇跡って、瞬さぁ。朝からスリーパー・ホールドかけられたい?」
瞬 「あはは。かけてもいいよ」
瞬、とどくように気を遣ってしゃがむ。
静穂「うりぁ(嬉しそうに締め上げる)」
瞬、後方から首に巻きついた静穂の腕を強くつかむ。願うように目を閉じる。
瞬M「シィちゃん・・・幸せになってくれないと、困るからね」
静穂「ん? 何か言った?」
瞬 「(笑いながら)田上さんには、スリーパー・ホールドをかけちゃだめだよ」
静穂「(笑って)はいはい」
鳥の声。初夏の風。たなびく洗濯物。
第3話につづく