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『ラヴ・ストリート』【24】

  非情なる少年(それぞれのペルソナⅠ)
 
夏目啓太郎は、『カサブランカ』の窓際の席に座ったとたん、はっと息を呑んだ。光輝がセイジョの門に立っている。思わず曇った窓ガラスを、きゅっきゅっと手のひらで拭いた。そして、もう一度、目をこらして見た。
 ここにエリが現れたら、ほぼ間違いなく公園のカップルは二人だ。
 啓太郎はここ二週間、沢崎に頼まれて、入院したグルメライターの代わりにそちらの記事を書いていた。二つのことが同時にできないタイプの啓太郎は、強盗事件の取材を休み、ひたすらラーメンの食べ歩きをしていた。美代子の病状のことで暗い気分になっていたので、気分転換にはよかった。結果として二キロ太るはめになった。
 美代子は四週間の入院を終え、明日退院する。
 今日から、いよいよ強盗事件の取材を再開したところだった。そして、いきなり光輝の登場で第二幕が始まった。
 老賢人マスターが、いつもの笑顔でコーヒーを運んできた。
「お待たせしました」
「どうも。あっ、すぐに出るので、先に代金を払っておいていいですか?」
 啓太郎は門からは視線を外さずに言った。
「はい。三五〇円です」
 啓太郎はジャケットのポケットに入っていた小銭を取り出しコーヒー代を払った。
「丁度あります」
「はい、確かに頂戴しました。ごゆっくりどうぞ。と言うところですが、お急ぎなようで」
 マスターはゆったりとした冗談を言い、カウンター内へ戻っていった。
啓太郎はコーヒーの香りを吸い込む余裕もなく、ガーッと口に流し込んだ。視線は門に釘付けだ。女子生徒が一人二人と出てきた。女子生徒の一人と光輝が何やら喋り出した。啓太郎は目をこらした。エリではない。女子生徒は走って校舎へ戻っていった。啓太郎はいつでも席を立てるように体勢を整えていた。二人一緒の時に取材ができる願ってもないチャンスだった。
 赤い傘が走って出てきた。光輝がはっと顔を上げた。傘を差し掛けているのは間違いなく、エリだ。エリは慌てて出てきたのか息が上がっている。光輝の頭に積もった雪を笑顔で払っている。道路を隔てた向こう側の光景だが、光輝の嬉しそうな顔は分かった。フゾクの前で会ったクールな光輝とは全く違う。エリもだ。啓太郎に対する警戒した様子とは違う。啓太郎は腰を上げかけたが、微笑ましい二人の空間に割って入ることに気が引けた。どうしよう。行くべきか。少し待とうか。
 刹那、エリが学校へ戻ってしまった。一瞬の気の迷いが、絶好のタイミングを逃すことになってしまった。啓太郎はライター失格だと頭に手をやった。何て甘いんだ。時として鬼になれ。啓太郎は自らを鼓舞して店を飛び出した。
 啓太郎は歩き出していた光輝を呼び止めた。
「南城光輝くん」
 光輝は振り向き首をひねった。啓太郎のことが分からなかった。無理もない。
「はい?」
「覚えてないかな。二週間前に、フゾクを取材してた雑誌記者なんだけど」
「ああ」
 光輝は何となく覚えているといった顔をした。
「実は、あの時、君を捜しにフゾクへ行ったんだ」
「僕を?」
「一年前の強盗事件について聞きたくて」
 啓太郎は、光輝が一瞬にして凍りついたのを見逃さなかった。
「・・・どうして、僕に?」
「公園にいて、犯人を目撃してるよね」
 光輝は彫刻のように視線すら動かさなかった。かろうじて薄い唇の先を震わせるように吐息で返事をした。
「・・・はい」
 光輝があっさり認めたので、啓太郎はかえって安心した。後ろめたいところがないからはっきりと肯定する。そう思いたい。二人は強盗事件と関係ない。
「その時の状況と、犯人の特徴について聞きたいんだけど。少し時間あるかな」
「はい」
「そこの喫茶店に車を止めてあるんだ。天気も悪いし、よかったら家まで送るよ。その間を利用して聞いてもいいかな」
「はい・・・」
 微動だにしなかった光輝は、ようやく瞬きをした。長い睫がしっとりと濡れている。その憂いのある表情が人々を惹きつけ惑わせるのか。天性の魅力をもつ少年は、時として悲劇の主人公だ。啓太郎は、かばってあげたくなるような理不尽な感情が湧き起こるのを感じた。真実を追求するという強固な意志と相反する感情。それを振り払うべく、雪を踏み固めながら駐車場へと歩き出した。時として鬼になれ。光輝は静かに後ろをついてきた。重みのない足音は雪に埋もれてしまいそうなか弱さを感じさせた。これが、この少年の本来の姿なのか。啓太郎は車の助手席の前に立つと、「どうぞ」と大切な客を招き入れるようにドアを開けた。光輝は髪や肩に積もった雪を、寒さで赤くなった手で払うと車に乗り込んだ。
   *
 南城光輝は、目まいを感じるほどかなり動揺していた。助手席に座ったとたんに動悸が激しくなり、喉を締めつけて呼吸を苦しくした。脳には血が回らず視界をぼやけさせた。とたんに全身から苦い汗が噴き出した。異常なほど汗をかいているのに寒さしか感じない。 
 啓太郎は車のエンジンをかけると、また車外に出て積もった雪をブラシで払った。十月の初雪なのに、このまま根雪になってしまいそうな勢いで降り続いていた。
 光輝は助手席から啓太郎をじっと観察していた。それにしても、この男は何者だろう。雑誌の記者なのは分かるが、目撃者に対してこんなに執着するだろうか。素性を調べ上げて会いに来るだろうか。まさか、公園でのトリックに気がついたのでは・・・。
「十月とは思えないなあ」
 啓太郎は雪を払い終わり、そう言いながら運転席に乗り込んできた。ドアを半分開けたまま、今度は自分の雪を払い勢いよくドアを閉めた。光輝は、そのバタンという音から、取調室のドアが閉まる音を連想した。嘘は許されないような緊張感。密室という閉ざされた空間に足が震えている。その震えが寒さなのか、恐怖なのか分からなかった。
「そうだ。名刺、名刺」
 啓太郎は胸ポケットから名刺を取り、光輝に差し出した。「フリーライターの夏目啓太郎です」
 光輝は名刺を受け取り名前を確認した。
「雑誌の記者じゃないんですか?」
「フリーでやってるんだ。主に事件だけど頼まれれば何でもやる。昨日まではラーメン特集の記事を書いていた」
 啓太郎は物腰の柔らかい、人のよさそうな兄貴といった印象だった。光輝の緊張感は少しずつほぐれてきていた。
「そうなんですか」
「結構きついよ。毎日ラーメンは」
 啓太郎は胃の辺りをさすった。「家はどこ?」
「中島公園の近くです」
「OK」
 車が駐車場を出た。走る取調室からはもう逃げられない。光輝は、啓太郎の人柄に一瞬安堵してから、どうして車に乗ってしまったのだろうと後悔した。相手は警察でもないし、強制力もない。断ることもできたはずだ。不意をつかれて動揺している隙をまんまとつかれてしまった。相手に呑み込まれないように冷静に話をするしかない。
「どうして、公園で犯人を見たのが、僕だと分かったんですか?」
「警察官が制服を覚えてたんだ。フゾクの制服、でイケメン。いいよなあ。イケメンとか言われてさあ」
「はあ」
「決め手は、彼女がセイジョだってこと。それに該当するのは君しかいなかった」
 光輝は怪しまれないために着た制服が、かえって印象に残ってしまったことに愕然とした。最高のカムフラージュだと絶対的な自信を持っていた。現に、あの時、警察官は全く光輝を疑わなかった。だとしたら、啓太郎も光輝を疑うわけがない。目撃者を演じ通せばいい。光輝は自分を落ち着かせるために、軽く深呼吸をした。
「霧島エリさんが、公園で一緒にいた彼女だよね」
「そこまで調べたんですね」
「ああ。霧島さんとは、もう会って話をしているんだ」
 光輝は、エリが啓太郎と会っていたことにものすごく驚いた。エリはそのことを隠していた。どうしてだろう・・・。
「いつ会ったんですか?」
「二週間前くらいかな」
「二週間って・・・そんなに前ですか」
「聞いてない? 君の学校に行った二日前だよ」
 光輝はエリと会えなくなった時期と合致していることに気がついた。少しずつ経緯が見えてきた。
「知りませんでした」
「でも、霧島さんには強盗犯人のことは聞いてないんだ」
「えっ?」
「お金を拾って届けた女子高生ってことで、会いに行ったから」
 光輝はとどめを刺された心境だった。どこまで真実を言い、どこまで白を切り通せばいいのか分からなくなっていた。
「ああ。そうですよね。偶然、お金を拾ったんですよね」
「後から、最後の目撃者も彼女だと分かって驚いたよ。あまりに奇遇で」
「最後の目撃者?」
「そう。君たちは最後の目撃者なんだよ。そこから犯人は消えたからね」
「そうなんですね」
 光輝は、そういう見方をされるとは想像もしていなかった。また動悸が激しくなり、息苦しくなってきていた。
「で、ラーメンの記事が終わったんで、また霧島さんに話を聞きたくて来たんだ。そうしたら、君がいた。だから、先に取材させてもらおうかなと」
「はい」
 光輝はうなだれた。話を聞いているとエリの方が完全に不利な立場にいる。エリは何も悪いことをしていない。それなのに、これから罪悪感と闘いながらさらに嘘をついていかなければならない。追求されては戸惑い、悩み苦しむだろう。可哀想すぎる。全部、自分のせいだ。光輝は感情の持っていき場がなく、前髪を強くかき上げた。
「犯人は、身長175センチ。若い男。黒いウインドブレーカーの上下に、黒のニット帽、黒いサングラス。黒い自転車で逃走。最後に目撃されたのが、君たちのいたこぐま公園」
「はい」
「この他に、何か思い出したことないかな?」
「思い出すも何も、ここ一年、事件のことも忘れていました」
「そうだよなあ。まあ、何でもいいんだけど。犯人の特徴でも、気がついたことでも」
「特に、ありません」
 そう言うと、光輝は静かに下を向いた。もう逃げられないような気がした。
 これは罪を犯した自分への制裁だ。強盗事件をうやむやにしようとしていた。お金を返したことで許されたような気になっていた。罪悪感が薄れていた。これは試練ではなく罰だ。懺悔することを忘れている自分に神様が怒ったのだ。
   *
 夏目啓太郎は、光輝がどんどん沈んでいくのを感じていた。心で葛藤している。何かを隠している。重大な秘密を抱えている。そんな気配がひしひしと伝わってきた。まだ十八歳の少年だ。追い詰めたくはないが、いつかは聞かなければならない。もうエリに聞くのは酷だと思った。犯人は男だ。
「霧島さんて、突然、ショートカットにしたんだってね」
「えっ?」
「公園にいた時は三つ編みのロングヘアーで、お金を届けた時はショートカット。最初は別人だと思ったよ・・・家はどっち?」
 車は中島公園駅の手前の交差点まできていた。
「このまま、どこかに行ってもらえませんか」
「えっ?」
「人のいないところで話したいんですけど」
「じゃあ、旭山記念公園の駐車場に車を止めて話そうか」
「はい」
 車は交差点を突き抜け、雪化粧した山の斜面の道路を上っていった。光輝は黙っている。いや、考えている。何を言おうか、優等生独特の表情をし、頭の中で文章を組み立てている。啓太郎も考えていた。想像するとおりのことが光輝の口から語られた時、どう対処すべきなのだろう。
 車は公園の駐車場に入った。晩秋、しかも平日の夕方なので、他に車は数台しかいなかった。啓太郎は公園入り口から遠い場所を選んで停車させた。
 啓太郎がエンジンを切った瞬間、光輝はぽつりと言った。
「あなたの思っているとおりです」
「えっ?」
「僕が、強盗犯です」
 事件のパズルは、残り数ピースを残して想像図どおりに出来上がってしまった。
「随分と、あっさり認めてしまうんだね」
「もう、面倒くさくなったんです」
 光輝は今まで見せなかった冷たい表情をして吐き捨てた。「霧島さんの機嫌をとるのも疲れたし」
「機嫌をとる?」
「霧島さんは、事件と関係ないんです。共犯でも何でもない」
「どういうこと?」
「あの日、公園に逃げ込んだ時、偶然、彼女に目撃されてしまったんです」
「目撃された? よく分からないんだけど」
「犯行前、学校帰りにあの公園のトイレに学校のカバンとスポーツバッグを隠しました。制服の上からウインドブレーカーの上下を着て、靴を取り替えました。犯行時は、それプラス帽子にサングラス。革の手袋。犯行状況はご存じのとおりです。また公園のトイレに戻って、全てをスポーツバッグに入れて、フゾクの制服で出てきました」
「なるほどね。それで犯人は消えたわけか」
「着替えて出てくるところを、ベンチに座っていた霧島さんが、偶然に見ていたんです」
「そういうことか」
「焦りました。まさか人がいるなんて思ってもみませんでしたから」
「彼女は、君が強盗犯だって分かったの?」
「最初はよく分かっていなかったと思います。でも、黒ずくめの男がトイレから出てきたら高校生になった。変だと思いますよね」
「確かに」
「そのうちにパトカーのサイレンが聞こえてきました。このまま逃げたら、確実に警察に言われる。だったら、味方に取り込むしかないと思いました」
「あの真面目そうな霧島さんが、すんなりと従ってくれたとは思えないけどね」
「分かってませんね」
「どういうこと?」
「僕ってモテるんですよ。女の子なら口を封じさせる絶対的な自信があった。恋人のふりをしてくれって頼んだんです。ずっとここにいたことにしてくれって」
「なるほど」
「彼女はまんまと口裏を合わせてくれました。犯人は向こうへ逃げたと。警察も全く疑いませんでしたね。フゾクの生徒が強盗なんかするわけがないという先入観がありますから」
「だから、わざわざ制服に戻ったんだ」
「はい。結局、その日は名前も告げずに、彼女に無理矢理、スポーツバッグを預かってもらいました」
「霧島さんがお金を」
「次の日、セイジョに行って霧島さんを捜し出しました。結局、その後、説得されて、彼女がお金を拾ったことにして警察に届けてくれたんです。これが真相です」
「そうだったんだ」
「信じてくれてもくれなくても、どちらでもいいです」
「信じるよ」
「自首します」
「えっ?」
「そのかわり、お願いがあります。公園にいたのが、霧島さんだったということを、黙っていてもらえないでしょうか」
「調べていったら、分かってしまうんじゃないかな」
「通りすがりの何も知らない女の子をナンパしたって言いますから。犯人が逃げたのを見たといったのは、あくまでも僕。それで通します」
「霧島さんのこと、どうしても守りたいんだね」
「随分勘違いしてるようですね。さっき機嫌をとるのも疲れたって言いましたよね。僕があんなさえない子を、好きになるわけないじゃないですか。口止めですよ」
「口止め?」
「ええ。ばらされちゃ困るんで、仕方なくつき合ってきたんです。向こうも分かっていると思いますよ。でも、自首するなら、もう何の関係もない。せいせいします」
「嘘だろう?」
「本当です。証拠に今からメールします」
 光輝は、ポケットから携帯電話を取り出すと、メールを打ち込んだ。そして、その文章を啓太郎に見せた。
 他に好きな子ができた。だから、もう会わない。さよなら。 
「こんなメール一本で、方がつくような関係なんです」
「分かった。そのメールは送らなくていいよ」 
 刹那、光輝はメールを送信した。
 啓太郎は慌てた。これは、光輝のペルソナに、違いないと思ったからだ。
「きちんと霧島さんと話をしてからでいいよ。すぐに自首しろとは言わない」
「いいんです。別に、もう話すこともない・・・」
 光輝は携帯電話の画面をじっと見つめていた。
 啓太郎は二人を一瞬にして引き裂いてしまったことに罪悪感を感じた。こんなつもりではなかった。ただ、正義のもとに行動したに過ぎなかった。
   *
 南城光輝は、メールを何度も読み返して、こんな終わり方しかできなかったのかと瞬時に悔やんだ。啓太郎への誇示だったにしろ、あまりにひどい文章だ。どこまでエリを傷つけたら済むのだろう。いや、かえってエリは解放されてほっとしている?
 啓太郎の視線が横顔に注がれているのが分かった。
「どうして、強盗なんかしたの?」
「家を出たかったんです。小五の時に実の母が死んで、父は一年も経たないうちに若い女と再婚しました」
「新しいお母さんと、うまくいかなかったんだね」
「それだけじゃありません。父親とも会話がありませんでした。だから、高校を卒業するまでの辛抱だって我慢していました。でも、我慢の限界を超える出来事があって、自分が壊れてしまったんです。善悪の判断ができないところまで追い込まれてしまって」
「そうだったんだ」
「でなければ、こんな馬鹿なことをしません」
「後悔してるんだね」
「はい」
 光輝は最後になってようやく啓太郎に本心を語った。それは、啓太郎が終始一貫して、光輝のことを責めようとしなかったからだった。常識に凝り固まっている大人とは、一線を画している啓太郎の雰囲気に肩の力が抜けていった。それが救いだった。自然と光輝も疑問をぶつけていた。
「どうして、この事件にこだわったんですか? お金がすぐに戻ったからですか?」
「俺の父親が、強盗犯だったから」
「えっ? 冗談ですよね」
「二十年間、疑問符のまま」
「そっちを、調べてからにして欲しかったですね」
 光輝は啓太郎の言葉を本気にせずふっと笑った。
「そうだね」
啓太郎も苦笑した。「今回は何故か自分の意志とは関係なく、次々と真実が向こうから近づいてきた。早く暴き出して下さいと言わんばかりのスピードで。だから、いとも簡単に犯人、つまり君にたどり着いた。見えない力に導かれているみたいだった」
「見えない力・・・」
 光輝の手の中にあった携帯電話が鳴った。光輝はすぐに画面を啓太郎に見せた。「ほら、霧島さんから、返信が来ました」
 了解。今日、顔を見た時から、そんな気がしてた。さよなら。 
 光輝は、「了解」の文字にエリの気持ちを読み取った。心が痛い。
 啓太郎は大きく息を吐いてから、なだめるように言った。兄のような風格と親近感があった。
「君に好きな人ができたっていうのは嘘だろう? もう一度、ちゃんとメールした方がいいよ」
「いいえ。今後一切、霧島さんに連絡するつもりはありません。だから、夏目さんも、もう彼女と接触しないで下さい。犯人は僕なんですから」
「分かった」
「今日会ったことも、自首することも、彼女に伝えないで下さい」
 光輝は強がるのに必死だった。携帯電話を握る手に自然と力が入った。絞り出すような声で啓太郎に懇願した。「明日、一日だけ僕にくれませんか」
「えっ?」
「絶対に逃げたりしません。見張っていてもらっても構いません」
「何か、やり残したことがあるの?」
「いいえ。わがままを言える立場ではありませんが、いつもどおりに学校へ行って、友達と話して、好きな音楽を聞いて、普通に過ごしたいんです。普通のことの大切さを知りたい。あさってには、普通のことが普通でなくなります。当然、退学処分でしょうし。その後、家裁では保護処分が下されるでしょう。強盗ですから少年院送致は避けられません」
「随分と詳しいね」
「覚悟はできていたのかもしれません」
「そうか」
 光輝はカバンの中から手帳を出し、メモをちぎった。そして、そこに携帯とメールの番号を書き込んだ。
「これが携帯とメールの番号です。随時、居場所の確認をしてもらって構いません」
 啓太郎は光輝からメモを受け取り、胸ポケットにしまった。
「分かった。信じるよ」
「あさって、必ず自首します」
「うん」
 啓太郎はエンジンをかけた。「家まで送るよ」
「はい」
 光輝は、全てが終わったと車窓から外を見た。小学校の時、遠足に来た公園だった。そこで、罪の告白をすることになろうとは誰が想像しただろう。外はいつの間にか真っ暗になっていた。雪は小降りになっていたが、まだ降り続いていた。

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