『眠り姫に月の涙』第1話
第1話 スリーピング・プリンセス
「あなたには幸せになってほしい人がいますか?」
○登場人物
佐伯瞬 (5、20)真面目で勤勉な大学生
星野静穂(25、40)瞬育ての母・飲料会社勤務
笹本美優(20) 瞬の微妙な彼女
森野寛之(27、42)静穂の元カレ・学習塾勤務
田上伸吾(51) 静穂に好意を持つ男性・CMディレクター
道島幸太(20) 瞬の(長年の)親友
大場綾乃(20) 美優の親友・瞬のゼミ友
佐伯真代(享年25)瞬の母・静穂の親友
○静穂のマンション・外観(早朝・快晴)
青空、そよ風、鳥の声。マンション五階、ベランダ。瞬、洗濯物を干している。
瞬M「あなたには、幸せになってほしい人がいますか?」
○同・静穂宅・ベランダ
瞬、洗濯物を干し終え伸びをする。風にたなびく洗濯物。瞬の下着に混じり、地味めのデザインの女性ランジェリー。
○同・LD対面キッチン
瞬、エプロン姿。手慣れた朝食づくり。目玉焼きの黄身を菜箸の先でちょんと二カ所突く。その下に口。スマイルの顔(この家ではたまごちゃんと呼ばれている)が完成。おしゃれなカフェ朝食。
瞬 「(自画自賛の顔)できた!」
○同・静穂の寝室
瞬(声)「シィちゃん。起きて! 遅刻するよ」
ベッド上、布団がこんもりと動く。
静穂「うーん・・・」
瞬、入ってきて思い切り掛け布団を剥ぐ。
瞬 「起きろ!」
静穂、枕を抱き、髪はぐちゃぐちゃ。
○同・LD
静穂、寝ぐせのままで食卓に。寝ぼけの延長でへらへらとした笑顔で食べている。
瞬 「毎朝、微妙な笑みを浮かべてごはんを食べるよね。まだ脳が寝てるでしょ」
静穂「いやいや、おいしいからへらへらしちゃうのよ。瞬は本当に料理上手だよね。栄養バランスも考えてるし、手際もいいし。瞬と結婚する人って、幸せだわ」
瞬 「(嬉しそうに)じゃあ、シィちゃんは、今、幸せってことだ・・・」
静穂「ずっと、幸せだけどね・・・」
静穂、感慨深げに瞬の顔を見る。瞬の顔が幼い頃の瞬に変わる。
○(回想)静穂の前マンション・LD
静穂(25)、瞬(5)を笑顔で抱っこ。真代、静穂に謝っている。
真代「シィちゃん、せっかくの休みなのに、本当にごめんね。急な仕事で断れなくて」
静穂「全然いいよ。瞬と遊びたかったから」
瞬 「僕、シィちゃん、だーい好き」
瞬、静穂に抱きつく。
静穂「本当に、瞬は可愛いね」
静穂、瞬にお返し、怪獣のようなハグ。
× × ×
森野(27)、コーヒーを飲みながら、ため息。テーブルに美術展の券が二枚。静穂、瞬をくすぐって遊んでいる。
瞬 「きゃははは。やめて、シィちゃん」
静穂「寛之。ごめんね」
森野「(苦笑い)いいよ。また今度行けば」
静穂のガラケー携帯が鳴る。
静穂「電話だ。ちょっと、ごめんね。瞬」
静穂、瞬をぽんと置き、電話へ出る。
瞬、森野に向かって、無邪気な笑顔。
瞬 「じゃあ、オジサンが遊んで」
森野「あはは、オジサンかよ・・・」
静穂「はい。星野です。はい、はい。えっ? 真代が? はい、はい・・・」
静穂、茫然と携帯を置き、座り込む。
森野「静穂、どうした?」
静穂「(震える声で)真代が・・・事故に巻き込まれて・・・」
○(回想・つづき)葬儀場
真代の遺影。瞬、表情を失い見ている。
○同・控室・給湯室
喪服姿の静穂、湯呑みを洗っている。
その後方、親族の女性二人、ひそひそ話。
女1「どうするの。残された息子。父親も、いないんでしょう?」
女2「やっぱり、施設に入れるしか・・・」
女性たちの話が中断。静穂、振り向く。
瞬、悲しそうな顔。女性たち、慌てて立ち去る。
静穂、瞬に近づきながら、
静穂「瞬、お腹すかない?」
瞬 「僕・・・」
静穂、思わず瞬を抱きしめる。
静穂「思い切り泣いていいよ。ワーッて」
瞬、火がついたように泣き出す。
瞬 「(泣きじゃくりながら)僕、シィちゃんのおウチに、行っちゃだめ?」
静穂「えっ?」
瞬 「シィちゃんと、一緒じゃだめ?」
静穂、もう一度、瞬を強く抱きしめる。
静穂「何、心配してるのよ。シィちゃんと一緒に決まってるでしょう!」
瞬 「ほんと?」
静穂「本当だよ。シィちゃんのおウチで暮らすの。安心していいよ。シィちゃん、瞬の側にいるから。ずーっと側にいるから」
瞬 「(安堵の笑み)うん」
静穂M「しっかり仕事して、瞬のこと、ちゃんと育てていくから・・・」
静穂、強い決意の表情になって。
○(現在)田上のオフィス
静穂、真剣な仕事モードの顔。田上らとCMの打ち合わせ。
田上「こんな感じで、どうでしょうか」
静穂、絵コンテにじっくり目を通す。
静穂「私、個人としては、いいと思います。社の方で検討しまして、二、三日中に、お返事ということで、よろしいでしょうか」
○瞬の大学・ゼミ室
瞬、窓辺から空を見上げている。
○(回想)静穂の前マンション・LD
静穂(25)、慌ただしく朝食の用意。
瞬(5)、半べそで起きてくる。
瞬 「シィちゃん。オネショしちゃった。ごめんなさい・・・」
静穂「(口角を上げて)大丈夫だよ。シャワーできれいに洗ってあげるから、おいで」
瞬 「(恥ずかしそうに)うん・・・」
× × ×
瞬、落ち込んで食卓に座っている。
静穂、顔がついた目玉焼きを置く。
静穂(声色)「瞬くん、オハヨ!」
瞬 「あっ、顔・・・」
静穂(声色)「たまごちゃんです・・・瞬くん、元気出して。はい、笑って。笑って」
瞬、にっこり笑う。
○(現在)瞬の大学・ゼミ室
瞬、思い出にひたり笑顔である。
瞬M「あの時から、ウチの目玉焼きは、たまごちゃんになったんだ・・・」
美優「(か細い声)おはよう。佐伯くん」
美優、赤面し立っている。
瞬 「おはよう。確か同じゼミの」
美優「笹本美優です・・・あのね・・・」
○同・ゼミ室前・廊下
幸太と綾乃、ドアのすき間から覗き込む。
幸太「そうか、笹本さん。瞬にコクるのか」
綾乃「美優、勇気を出して、ガンバレ」
幸太「大丈夫。絶対にオーケーするから。瞬とはつき合いが長いからわかる」
○同・ゼミ室
美優「私・・・・佐伯くんと一緒のゼミになれたら、言うって決めてたの・・・」
瞬 「えっ?」
美優「入学した時から、ずっと、佐伯くんのこと・・・えっと、その・・・」
○同・ゼミ室前・廊下
幸太「瞬って相手に気を遣って基本断れないんだ。だから、とりあえず前向きにつき合おうとしてみるわけ」
綾乃「それって、誰でもいいってこと?」
幸太「ある意味そういうことになるかなぁ。みんな、あの外見に騙されるけど」
綾乃「(拍子抜け)何それ。美優は無駄にずっと片想いしてたってことじゃない」
○同・ゼミ室
美優「えっと・・・(赤面しながら一気に)私と、おつき合いしてもらえませんか」
瞬 「(真摯な顔で)俺は、笹本さんのことを全然、知らないから・・・」
美優「(うなだれて)そうよね。知らない人から、いきなりコクられても困るよね」
瞬 「つき合ってもいいよ」
美優「え?(首をひねり)い、いいの?」
瞬 「(真面目に)だって、どんな人なのか、分からないのに、いきなり断れない」
美優「それって・・・私、喜んでいいの?」
幸太と綾乃、笑いながら入ってくる。
幸太「笹本さん。言っておくけど、瞬とつき合っていくのは、ものすごく大変だよ」
美優「えっ?・・・」
幸太「こいつ、昔から、よくコクられてつき合うけど、続いたのを見たことがない」
綾乃「残念だけど、そうらしいよ」
幸太「結論。恋愛は苦手だから」
美優「(意外そうに)苦手?・・・」
幸太「というか、自分のことで精いっぱい」
美優「自分のこと?」
幸太「そう。高校時代から、料理に洗濯、掃除まで、家事は全部、完璧にやってる」
綾乃「嘘ーっ。見えない!」
瞬 「(淡々と)一応、母子家庭だから」
幸太「それにちゃんと勉強するし、真面目にバイトしてるし、読書好きだし。友達の俺ですら、後回しにされることがある」
瞬 「いつも悪い、幸太」
幸太「こいつのカノジョになりたいなら、そういうポジションからスタートだって、覚悟した方がいい。忍耐あるのみ」
美優「忍耐・・・」
○学習塾(瞬のバイト先)・教室(夕刻)
瞬、小学生相手に授業をしている。
瞬 「円の面積の応用だから」
○静穂のマンション・玄関前・路上(夜)
静穂、帰宅。前方にタクシーが停車中。
○同・玄関ホール
静穂、エントランスに入ると、田上がインターホンを押している。
静穂「あれっ? 田上さん?」
田上「あっ、そうか。タクシーだから、僕の方が先についてしまったんだ。携帯も繋がらなくて。斎藤くんから自宅の住所を聞いて来てしまいました。これ、忘れ物です」
田上、持っていた書類袋を差し出す。
静穂「あっ! やってしまった・・・」
○静穂宅・玄関
表札「星野静穂 佐伯瞬」。
○同・LD
田上、にこやかにソファに座っている。
静穂、キッチンでシチューを温めている。
静穂「わざわざ届けていただいて、本当に助かりました。家でやるつもりでしたので」
田上「いいえ、ちょうど自宅までの通り道なんです。それより、図々しく、夕食をごちそうになっていってもいいのかな」
静穂「はい。たくさんありますから。こんなお礼しかできませんけど。息子が作ったビーフシチューだから美味しいですよ」
田上「噂のイケメンの息子さんですね」
静穂「(笑って)そんな噂が・・・あと、ワインもあるんです。その息子に、車で送らせますから、思い切り飲んで下さいね」
田上「じゃあ、お言葉に甘えて・・・いい歳して、独り者だから、助かるなぁ」
静穂「(突っ込むように)その情報、しっかりと小耳に、はさんでます」
田上「(苦笑いして)こっちも、そんな噂が・・・だから、誘ってもらえたんですね」
○同・玄関
瞬 「ただ(いま!・・・)」
瞬、紳士物の上質な革靴に気がつく。リビングからは静穂たちの話し声。
瞬、ドア越しに聞き耳を立てる。
○同・LD
静穂と田上、シチューを食べている。
田上「そうか。だから名字が違うんですね。ご友人のお子さんだったとは。でも、突然の子育ては大変だったでしょう?」
静穂「いいえ。全然、手のかからない子で。私がダメな分、しっかりしてるんです。本当に、いい子なんですよ。思いやりがあって、やさしくて、たぶん純情(笑う)」
田上「自慢の息子さんなんですね」
静穂「はい・・・きっと、あの子がいたから、仕事もがんばってこれたんです」
田上「(微笑んで)それが理由だったのか」
静穂「えっ?」
田上「星野さんと会った瞬間から、不思議なパワーというか、オーラを感じるんです」
静穂「オーラですか?」
田上「ええ。ぐっと惹きつけられるような」
静穂「(おどけて)それって口説き文句っぽい。ひょっとしてナンパしてますかぁ?」
田上「ははは」
刹那、ドアが開き、瞬が入ってくる。
瞬 「(さりげなく)ただいま・・・」
静穂「(元気よく)ああ、おかえり!」
瞬、わざとらしく、田上を見て取る。
瞬 「あっ、(頭を下げて)こんばんは」
田上、軽く会釈する。
田上「おじゃましてます」
静穂「こちらはCMディレクターの田上さん。今度、ウチのCMを担当して下さることになったの。たくさんの広告賞を受賞されている、有名な方なのよ。(田上の方に向き直り)で、これが噂の息子、瞬です」
瞬 「いつも母がお世話になっています」
田上「こちらこそ。このシチュー、すごくおいしいね。肉がトロトロだ」
瞬 「二日間、じっくり煮込みました」
田上「(笑って)本当に、いい息子さんだ」
静穂「(笑って)でしょう?」
○軽自動車・内(夜)
瞬、運転している。助手席に、田上。
田上「星野さんて、明るくて愉快な人だね」
瞬 「はい。会社でも、そうなんですか?」
田上「ああ。いつも回りを笑顔にする。僕もファンでね。仕事もできるって評判だよ」
瞬 「(うれしそうに)そうですか・・・」
田上「君は幸せなんだね。いい笑顔だ」
瞬 「でも・・・シィちゃんは・・・」
瞬、一転、寂しそうな表情になる。
田上、瞬の切ない横顔に気がついて、
田上「今、心の中にあること。思い切って、言ってしまった方が、いいみたいだよ」
瞬、真意を見抜かれ、思わず吐露する。
瞬 「(ぽつりと)シィちゃんは、僕を引き取ったせいで、恋人と別れちゃったんです。結婚するはずだったのに・・・」
田上「そうだったんだ・・・」
瞬 「あっ。今日、会ったばかりの田上さんに、こんなことを話して、すみません」
田上「構わないよ。内に秘めて抱えきれなくなったものは、外に出してあげた方がいい。僕でよければ、いつでも聞くよ・・・」
瞬 「ありがとうございます」
田上「・・・シィちゃんて、呼ぶんだね」
瞬 「(赤面して)あっ! しまった!」
田上の大人を感じさせる、やさしい笑顔。
瞬、横目で感じて、口角が上がる。
○静穂宅・LD(夜)
瞬、車のキーを回しながら入ってくる。
瞬 「ただいま。田上さん、送ってきたよ」
静穂、ソファで、ぐうぐうと寝ている。
瞬 「田上さんて、カッコいい人だね」
静穂「ZZZ・・・」
テーブルには、書類と缶ビール。
瞬 「いつもの眠り姫か・・・風邪ひくよ」
瞬、ブランケットを持ってきて静穂に掛ける。静穂、気持ちよさそうに眠りつづける。疲れた顔をして。
○(回想)静穂の前マンション・LD(夜)
静穂(25)と森野(27)、向かい合って座っている。森野、語気を強めて、
森野「瞬くんを引き取った?・・・」
静穂「うん。だって、真代と約束したんだもの。授かった大切な命を、一緒に育てていこうって」
森野「それは分かってるよ。真代さんを支えている姿、ずっと側で見てきたから」
静穂「真代を安心させるためだけのきれいごとじゃなかった。いつでも親代わりになるという決心と覚悟があった。私にも、瞬に対する確かな愛情があるの」
森野「じゃあ、俺に対しての愛情は?」
静穂「えっ?・・・」
森野「どうして、一言の相談もなしに決めてしまったんだよ。こんな大切なこと・・・」
静穂「ごめん・・・・」
森野「俺が反対するとでも思った?・・・それとも頼りにならない?・・・俺だけが一方的に、静穂を、人生のパートナーだと思い込んでたんだ・・・」
静穂「ううん。私もこの五年間、ずっと寛之と同じ気持ちできた・・・でも、今回、瞬のことを決める時、寛之のことまで考えられなかった。ごめん・・・(下を向く)」
森野「俺は、そろそろ結婚してもいいかなっ て、思ってたよ・・・」
静穂「(はっとして)寛之・・・」
森野、穏やかな表情で、静かに席を立つ。
森野「ここへは、もう来ない方がいいね」
静穂「(表情が凍てつく)・・・わかった」
森野「・・・さよなら」
森野、振り切るように背を向け出て行く。
静穂、そのドアを見つめたまま、静寂の中、涙も流さず、呆然と立っている。
○同・寝室・ドア前(真っ暗)
パジャマ姿の瞬(5)、ドアの隙間から、その光景を見てしまう。
○(数分後)同・LD(夜)
瞬、寝室から出てくる。静穂はいない。カーテンが膨らみ、風が通り過ぎていく。瞬、ベランダの方へ歩いていく。
○同・ベランダ(月夜)
静穂、夜空を見上げている。頬に光る涙。満月が煌々と照らす。星がまたたく。
瞬、窓越し、静穂の背中に話しかける。
瞬 「シィちゃん・・・」
静穂、あわてて涙を拭い、笑顔をつくって振り向く。瞬に近づきかがむ。
静穂「瞬、目が覚めちゃったの?」
静穂の頬に、涙の粒が残っている。
瞬 「・・・シィちゃん、泣いてるの?」
静穂「(微笑んで)泣いてなんかいないよ」
瞬、手を伸ばし、頬の涙を指先で拭う。
瞬 「だって、涙」
静穂「違うよ。これは、月の涙だよ」
瞬 「つきのなみだ?」
静穂「そう。お月さまからポツンて落ちてきたの。(おどけて)その涙は、シィちゃん みたいな美人にしか落ちてこないんだよ」
瞬 「(頷いて)ふーん、そうなんだぁ」
静穂「さぁ、中入ろう。風邪ひいちゃうよ」
○(現在)大学・講義室(講義前)
美優、机に両肘をつき、落ち込んでいる。
隣に幸太と綾乃、その様子を察して頷く。
美優「学校で会うだけの関係って、つき合ってるって言わないよね。ただの友達・・・」
幸太「これが、いつものパターンなんだ。自信をなくした女の方から去っていく」
綾乃「ある意味、相当に罪作りなヤツ」
美優「実は、恋愛に興味がなかったりして」
幸太「何となく恋愛を避けてる感じはする。自分からは行動しないし。シィちゃんに気を遣っているのかもと思う時がある」
美優「シィちゃん?」
幸太「瞬の育ての母親。瞬の本当のお母さんって、五歳の時に事故で亡くなってるんだ。シィちゃんはお母さんの親友」
美優「(驚いて)そうだったの・・・」
幸太「父親は生まれた時からいなかったらしくて。だから、シィちゃんが、瞬を引き取ったんだ。今も一緒に暮らしてる」
綾乃「だから、母子家庭かぁ・・・見かけによらず、いろいろと苦労してたんだね」
幸太「でも、俺もよく知ってるけど、シィちゃんて愉快なオバちゃんだから、暗さみたいなものが全然ないんだ」
綾乃「彼女の人柄に救われている訳ね」
幸太「そういうこと」
美優「そのシィちゃんに感謝してるから、家事もバイトも一生懸命するのね。何か納得した。道島くんって、よき理解者だね」
幸太「中高大学とつき合い長いから。でも、シィちゃんは大変だったと思うよ。そんなところは、絶対に見せない人だけど。瞬を育てるために、諦めたり、我慢したことがたくさんあったらしい。前に、瞬が言ってたんだけど・・・瞬を引き取ったせいで、結婚がだめになったって」
美優「えっ?」
幸太「瞬、きっと責任を感じてるんだよな」
美優「責任・・・」
そこへ瞬、のんきに登校してくる。
瞬 「おはよ。知ってた? 次休講だって」
美優、幸太、綾乃、動揺を隠すように、慌ててスマホを出す。画面でチェックしながら、
綾乃「ほんとだ。二講目、休講になってる」
幸太「四講目まで、空きってことか」
綾乃、察して、幸太の腕を引っ張る。
綾乃「じゃあ、私たちは予定があるので」
幸太「えっ?(突然のことに赤面)」
幸太、綾乃に引きずられて去っていく。
瞬 「(ぽつりと)あの二人、いつの間に」
美優「ふふ・・・(綾乃、サンキュー)」
美優、期待を込めた視線を瞬に送る。
瞬 「天気もいいし、公園で」
○噴水のある公園(晴天・ぽかぽか陽気)
瞬、ベンチに座り、うたた寝している。
美優、うれしそうに瞬をチラ見している。
美優M「熟睡してる・・・疲れてるんだね。きっと・・・まあ、いいか・・・寝顔、可愛いし。一応、二人っきりだし・・・」
○公園沿いの舗道
静穂、田上、話しながら歩いてくる。
田上「あれ? 瞬くん?」
静穂「えっ? (笑って)何という偶然」
前方ベンチに、うたた寝の瞬と美優。
静穂「瞬のやつ、あんなに可愛い彼女がいたなんて・・・ちょっと、シメてきます」
○噴水のある公園
静穂、寝ている瞬に、背後から、スリーパー・ホールド(プロレス技)をかける。
静穂「うりぁ!」
瞬、目を覚まし、驚いて見上げる。
瞬 「ううう、シ、シィちゃん・・・」
美優「えっ? シィちゃん!」
静穂「(満面の笑み)どうもーっ。瞬の母ですー。瞬が、お世話になってますーっ」
美優「(緊張)はじめまして。笹本美優です」
静穂「美優ちゃんかぁ。かわいい!」
静穂、瞬をうれしそうに締め上げる。
田上、笑いながら、近づいてくる。
田上「やあ。この間は、どうも」
瞬 「(締め技で声が出ず)・・・ちは」
静穂「美優ちゃん、こんなやつだけど、呆れないでね。よろしくね!」
美優「(うれしそうに)はいっ」
静穂、満足し、ようやく瞬を解放。
静穂「じゃあね、瞬。仕事の途中だから」
瞬 「(まだ驚いた顔)うん・・・」
田上「(笑いながら)行きましょうか」
静穂「(可愛らしく)はい」
静穂、きりっとした顔に戻り、歩き出す。
瞬、呆然と静穂の後ろ姿を見ている。
静穂、くるっと振り向き、叫ぶ。
静穂「お泊まりしてきてもいいからねーっ」
瞬 「・・・(真っ赤になっている)」
美優「あれが、シィちゃんかぁ・・・」
○静穂宅・LD(夜)
静穂、帰宅。瞬、夕食を作っている。
静穂「ただいま。あれっ? お泊まりは?」
瞬 「ただの友達だって!」
静穂「美優ちゃんは目がハートだったけど」
瞬 「えっ?」
静穂「デート中に寝ちゃ、ダメじゃん」
瞬 「うっ・・・」
静穂「中途半端な態度はだめだよ。女の子はそういうの、すごく傷つくんだから。ちゃんと向き合って、大切にしてあげないと」
瞬 「(神妙な面持ち)・・・うん」
静穂、やさしく笑って、
静穂「わかっているなら、いいけどね」
○(翌日)大学・構内
美優「えっ? つき合えない?」
瞬 「うん。やっぱり、このまま形だけつき合っていくのって、申し訳ないと思って」
美優「急だけど、何かあったの?」
瞬 「別に何も・・・ただ、今みたいな中途半端は、笹本さんに失礼だと思って」
美優「中途半端・・・確かに・・・」
瞬 「俺は自分のことで精一杯のところがあって、笹本さんのことをいちばんに考えてあげられてないと思うんだ」
美優「ひょっとして・・・他に、好きな人がいるとか?」
瞬 「いや。いないけど・・・悪かった。簡単につき合うとか言って。本当にごめん」
瞬、深々と頭を下げる。
美優「そんな、謝らなくていいのに・・・」
○学習塾(瞬のバイト先)・事務室
瞬、授業を終えて入ってくる。児童二人の「佐伯先生、さようならー」の声。
瞬 「さよなら。また明日」
スーツ姿の森野、近づいてくる。
森野「お疲れ様。佐伯くんだね」
瞬 「はい」
森野、瞬の前に立ち、名刺を出す。
森野「本部の森野です。君の評判は聞いているよ。わかりやすくて人気があるって。実は今度、夏期講習を実施することに」
瞬 「・・・(じっと見ている)」
森野「どうかした?」
瞬 「もしかして・・・」
森野「えっ?」
○静穂の会社・前・路上(夕刻)
静穂、スマホの通信アプリを見ながら出てくる。「(瞬)バイト先の上司と飲みに行きます。終電までには帰ります」とスマホ画面に表示。
静穂「(ぽつりと)めずらしい・・・」
「了解」のスタンプを押す。刹那、携帯が鳴る。画面に「道島幸太」の表示。静穂「はいはーい。幸太、どうしたの? えっ、美優ちゃんを飲みにつれて行ってあげてほしい? 全然いいけど。恋の悩み? わかった。今、会社出るところだから」
少しすると、静穂の前に美優が現れる。
静穂「ああ、美優ちゃん」
美優「突然すみません・・・道島くんに、うじうじしていないで、シィちゃんに話を聞いてもらって来いって、言われまして」
○焼鳥屋・カウンター席(夜)
森野、瞬にビールを注いでいる。
瞬 「すみません。いただきます」
森野「いや、大きくなったなぁ。あのチビ瞬と飲んでるなんて、俺も年をとるわけだ」
瞬 「いいえ。森野さん、あの頃と全然、変わっていません。すぐにわかりました」
森野「そうか? 静穂は元気?」
瞬 「はい」
森野「まだ、独身とか」
瞬 「はい・・・」
森野「やっぱりなぁ」
瞬 「(真剣に)俺が二人を邪魔したから」
森野「えっ?(笑って)それは違うよ」
○ダイニングバー・テーブル席(夜)
向かい合って、静穂と美優。
静穂「(申し訳なさそうに)ごめんね、美優ちゃん。それって、私のせいかも」
美優「えっ?」
静穂「デート中に、居眠りしてるから、中途半端な態度はだめだって、言っちゃったのよ。瞬、女心とかに疎そうだから」
美優「(ほっとして)そうだったんですか」
静穂「重ーく受け止めちゃっただけだと思うの。余計なこと言って、本当にごめんね」
美優「いいえ。気を遣って頂いて、うれしいです。私こそ、こんなふうに押しかけて。恥ずかしいです。すみませんでした」
静穂「いいのよ。幸太って優しいから、放っておけなかったんだと思う。それに美優ちゃんと、こうして、飲んでみたかったから(おどけて)瞬の女関係、謎だったし」
美優「ふふ」
静穂「本当に、瞬のこと好きでいてくれてるのね。ありがとう。意外と天然でポンコツだから、これからも瞬のこと、頼むね」
美優「(うれしそうに)はい」
○焼鳥屋・カウンター席(つづき)
森野「偶然、別れたのが、そのタイミングだっただけだよ。前から伏線はあったんだ」
瞬 「でも・・・」
森野「俺は、妻には家庭にいて欲しい人。静穂はバリバリ仕事をしていきたい人。結婚願望も低かったしね。今みたいに、一家の大黒柱の方が静穂の性に合ってるんだよ」
瞬 「本当にそうなのかな・・・」
森野「ふーん。責任感じてたんだ」
瞬 「ええ。まあ」
森野「だったら、飲め! 特進クラスの夏期講習も引き受けてもらうからな」
瞬 「はい・・・」
○ダイニングバー・テーブル席(つづき)
静穂「あーあ。美優ちゃん、お酒弱いかも」
美優、かなり酔っている。
美優「(切なそうな口調で)佐伯くんのせいで、シィちゃんの結婚が、だめになってしまったって、本当なんですかぁ?」
静穂、驚いて、大きく目を見開く。
静穂「えっ?・・・瞬が、そう言ったの?」
美優「いいえー、道島くんから聞きました。佐伯くんがぁ、そう言ってたらしいです」
静穂「(ぽつりと)瞬、あんなに小さかったのに・・・気づいてたんだ・・・」
美優「責任を感じてるって・・・」
美優、テーブルに顔を伏せてしまう。
静穂「責任・・・私、知らないうちに、瞬にそんな思いをさせてたんだ・・・」
○焼鳥屋・カウンター席(つづき)
森野、瞬のコップにビールを注ぎ足す。
森野「静穂って、いい母ちゃんか?」
瞬 「(かなり酔った口調で)最高ですよ」
森野「はっきり言うねぇ。聞いてて恥ずかしくなった(ノロケやがってという表情)」
瞬 「(子供口調)だって、本当ですもん」
森野「(ぽつりと)まあ確かに、男は皆、いくつになっても母ちゃんが好きだ・・・」
瞬、ぼーっと、静穂の顔を思い浮かべて、
瞬 「明るくてぇ、楽しくてぇ、面白くて」
森野「だな」
瞬 「強くてぇ、大きくてぇ、温かくて」
森野「うん」
瞬、酔いに押されて、切ない表情で、
瞬 「悲しくなるくらい」
森野「えっ?」
瞬 「俺は高校を卒業したら、シィちゃんの側から離れるつもりだったんです」
森野「・・・なんで?」
瞬 「そうすれば、シィちゃんは俺の養育から解放されるし、結婚の障害もなくなる」
森野「障害って。まだ学生だし、無理しなくていいんじゃないか? それにさぁ、静穂の方こそ、瞬が必要なのかもしれないよ」
瞬 「それはないですよ(視線を落とす)」
森野「十五年という歳月は大きいよ。現に静穂の背丈を超えているじゃないか。お互いの存在価値に変化があって当然だろう?」
瞬、酔いに押されテーブルに顔をつける。
瞬M「なんていい人なんだろう。かっこいいし・・・シィちゃん、森野さんと結婚してたら、絶対、幸せになってた・・・」
○静穂宅・静穂の寝室(夜)
静穂、千鳥足の美優を支え入ってくる。
美優、どさっとベッドに倒れ込む。
静穂「美優ちゃん、大丈夫?」
美優「ZZZ・・・」
○同・ベランダ(夜)
静穂、夜風で、酔いを覚ましている。
× × ×
(静穂・フラッシュ)
美優「責任を感じてるって・・・」
× × ×
静穂、視線を落とし、大きな溜息をつく。
○同・LD(夜)
瞬、酔って帰宅。バッグをソファに置く。辺りを見回すが、カーテンが閉じているので、ベランダの静穂に気がつかない。
瞬 「あれっ? 電気ついてるのに・・・」
○同・静穂の寝室(真っ暗)
瞬、ふらふらと入ってくる。
瞬 「シィちゃん」
美優、瞬の声ではっと目覚める。
美優M「佐伯くん? ヤバい・・・」
美優、頭まで毛布をかぶる。
瞬 「今日、森野さんに会ったよ。森野さん」
瞬、かなり酔っている口調。
美優M「・・・酔ってる?」
瞬 「シィちゃん、寝ちゃったの?」
瞬、近づいてくると、ベッドに肘をつく。
瞬 「ねぇ、シィちゃん・・・」
瞬、顔を近づける。
美優「・・・(どきどきしている)」
瞬 「シィちゃん・・・」
○同・瞬の部屋(真っ暗)
瞬、ふらふらとベッドに倒れ込む。
○同・LD(夜)
静穂、ベランダから戻ると、ソファに瞬のバッグを見つける。
静穂「あれ? 帰ってきたんだ」
○同・瞬の部屋(真っ暗)
静穂、そっと入ってくる。瞬、寝ている。
静穂「いつの間に、帰ってたのよ。お酒くさいし・・・(ふっと笑う)」
静穂、瞬に布団を掛けると、切なそうにその寝顔を見つめる。
静穂「瞬・・・ずっと、責任感じてたの?」
瞬 「ZZZ・・・」
○同・LD(夜)
静穂、瞬の部屋から、出てくる。
美優、壁を見つめ、ソファに座っている。
静穂「わっ、びっくりした。大丈夫? すごい酔ってたけど気分悪くない?」
美優「・・・(無表情で頷く)」
静穂「私、ベランダにいたから、瞬が帰ってきたのに気がつかなくて。今見たら、ぐうぐう寝てるんだけど・・・何か話せた?」
美優「(首を横に振る)」
静穂「お水、持ってきてあげるね」
美優「私、帰ります」
静穂「泊まっていって、いいのよ」
美優「いいえ。ここに来たこと、佐伯くんに言わないで下さい。お願いします」
静穂「いいけど・・・」
美優「せめて、友達でいたいから・・・」
静穂「(笑顔)弱気になっちゃ、だめだよ」
○(翌日)同・瞬の部屋
瞬、もぞもぞとベッドから上体を起こす。目覚まし時計、十時を指している。
瞬 「やばい・・・」
○田上のオフィス
静穂と田上、CMの書類をはさみ、向かい合って座っている。他に誰もいない。
静穂、コーヒーカップから、静かに唇を離す。不思議そうに首を傾げて、静穂「えっ?・・・今のよくわからなかったんですけど・・・」
田上「結婚を前提に、お付き合いしてもらえませんかってことです」
静穂「(きょとん)誰と?」
田上「(静穂を指し)星野さんと」
静穂「(きょとん)誰が?」
田上「(自らを指し)僕が」
静穂、引きつった笑みを浮かべて、
静穂「えっ?・・・冗談ですよね」
田上「(首を横に振り、微笑んでいる)」
静穂「(悲鳴に近い)ひえーっ」
○大学・学食
幸太、綾乃、食事をしている。
瞬、頭を押さえながら近づいてくる。
瞬 「よっ」
幸太「めずらしいな。授業さぼるなんて」
瞬 「二日酔い・・・バイト先の上司に、鬼のように飲まされちゃって」
綾乃「美優も、二日酔いと失恋でダウン」
幸太「美優ちゃんのことフッちゃったんだ」
瞬、幸太の横にどさっと座る。
瞬 「中途半端は、いけないと思って」
幸太「まあな。振り回すのは可哀想だし」
綾乃「それなら、もう少し、ちゃんと話した方がいいと思う。これからも、友達でいたいって、美優、言ってたよ」
瞬 「・・・そうだね」
○田上のオフィス(つづき)
静穂、仰け反ったまま、固まっている。
田上「僕がバツイチなのは知ってますよね」
静穂「(オクターブ高い声)は、はい」
田上「前妻との間に、子供はいません」
静穂「私は・・・」
田上「だから、瞬くんさえよければ、養子になってもらいたいと思っています」
静穂「瞬も一緒に?」
田上「勿論です。瞬くんの将来のことも引き受ける覚悟で交際をお願いしています」
静穂「瞬の将来・・・」
田上「返事は急ぎません。星野さんの正直な気持ちを、聞かせて下さい」
静穂「田上さん・・・」
○美優の部屋(学生マンション)(夕刻)
瞬、気まずそうに正座している。
美優、マグカップに日本茶を入れている。
美優「二日酔いには、やっぱ、熱い緑茶よね。はい、どうぞ」
瞬 「(恐縮状態)どうも・・・」
美優「私、思ったより元気でしょう」
瞬 「・・・うん」
美優「わざわざ、よかったのに」
瞬 「でも・・・」
美優、緑茶を飲み、ふーっと息を吐く。
美優「私、ものすごい勘違をいをしてた。佐伯くんが、本気で恋愛しないのは、シィちゃんへの遠慮なのかなぁって」
瞬 「えっ?」
美優「一生懸命に家事をするのも、恩を感じているから。感謝の気持ちなんだって」
瞬 「そうだよ。その通り」
美優「・・・自分の気持ちに気がついているくせに」
瞬 「どういうこと?」
○静穂宅・ベランダ(月夜)
静穂、缶ビールを片手に夜空を見ている。
静穂「真代ぉ。今夜は、月が明るいね」
静穂、ビールをゴクゴクと飲む。
静穂「田上さん、瞬のことも考えてくれるなんて、心の大きい人だよね・・・本当に、私なんかでいいのかな・・・」
十四夜月がこちらを見ている。
静穂「私が結婚したら・・・きっと、瞬を責任から、解放してあげられる・・・」
○静穂宅・LD(夜)
瞬、元気なく帰ってくる。テーブル上に ビールの空き缶が二つ。
静穂、ソファで寝ている。
瞬 「シィちゃん、風邪ひくよ」
瞬、バッグを置き、ブランケットを静穂に掛ける。
静穂「ZZZ・・・」
静穂、疲れた顔をして寝ている。
瞬、静穂の顔をじっと見つめる。
○(回想・先刻)美優の部屋
美優「昨日の夜・・・私、酔っぱらって、シィちゃんのベッドに寝てたの!」
瞬 「えっ?(息が止まる)」
美優「佐伯くんが、好きだよって告白したの、私なの!」
瞬 「・・・えっ?(愕然)」
○(現在)静穂宅・LD(夜)
瞬M「シィちゃんを、幸せにしてあげたいのに・・・」
静穂「ZZZ・・・」
瞬の瞳に涙が浮かんでくる。
瞬M「俺のせいで、森野さんと別れることになってしまって、本当にごめん・・・」
静穂、その気配を感じ、目を開ける。
静穂「ん? 瞬?」
静穂、上体を起こし、瞬を凝視する。
静穂「えっ。どうしたの? 泣いてんの?」
瞬、ソファの前に座り込んでしまう。涙を隠そうと、下を向く。
静穂「まさか、美優ちゃんにフラれた?」
瞬、顔を上げず、首を横に振る。
静穂「・・・まあ、男でも泣きたくなることって、たまにはあるよね」
瞬M「シィちゃん、大好きだよ」
静穂、瞬の頭をポンポンとする。
静穂「よしよし(幼い瞬の面影を重ねて)思い切り泣いちゃいなさい。ワーッと」
瞬 「・・・泣いてないよ・・・これは、月の涙だよ・・・」
静穂「えっ?」
瞬 「月から、落ちてきたんだよ」
静穂「(笑って)そんなキザなセリフ、どこで仕入れたのよ」
瞬 「覚えてないんだ・・・」
静穂、瞬の頭をくしゃくしゃとして、
静穂「そうだ。私さぁ。今まで、モテなくて結婚できなかっただけなのに・・・瞬のせいみたいに思わせて、ごめんね」
瞬 「謝らないでよ。そんなこと、全然、思ってないから」
静穂「瞬はやさしいね。ありがと。私、これから、瞬に負けないくらい、たくさん恋をするから安心していいよ」
瞬 「そういうところ・・・」
静穂「(首をひねって)ん?」
瞬M「だから、俺はシィちゃんが好きなんだよ・・・」
○(翌朝)同・ダイニング
瞬、起きてくる。泣いたせいか目が赤い。
静穂、朝食の用意をしている。
静穂「(手を挙げて)おーっす」
瞬 「・・・おはよ・・・何か早起きだし。朝ごはん作ってるし」
静穂「たまにはやらないとね。まあ、納豆とみそ汁だけだけど・・・あっ、今日って、バイトないよね」
瞬 「うん・・・」
静穂「じゃあ、夕方、待ち合わせようか」
瞬 「えっ?」
静穂「おいしいものでも、食べに行こうよ」
瞬 「急にどうしたの?」
静穂「ふふ。それと洋服に本。欲しいもの、何でも買ってあげる」
瞬 「ひょっとして気を遣ってる?」
静穂「ははは」
瞬 「だから、フラれてないって!」
静穂「理由はどうでもいいの。久しぶりに、もの凄く、瞬を甘やかしたくなったのよ」
瞬 「えっ?」
静穂「二十歳の瞬をさぁ」
瞬、照れて、はにかんだ笑顔。
瞬 「・・・欲しいものたくさんあるから、覚悟しておいてよ」
静穂「(母親の笑顔)はいはい」
○瞬の大学・正門前
瞬、門に寄りかかり、立っている。
美優、わりと元気に登校してくる。
瞬 「おはよう・・・」
美優「あれ? 佐伯くん、どうしたの?」
瞬 「昨日も、中途半端になっちゃったし。やっぱり、ちゃんと謝ろうと思って」
美優「何を?」
瞬 「えっと」
美優「私をフったこと?」
瞬 「それもあるし・・・」
美優「シィちゃんと間違えて愛の告白をしたこと?」
瞬、くらっとめまいがする。
瞬 「とりあえず、どこかに行こう・・・」
○噴水のある公園
瞬と美優、並んでベンチに座っている。
美優「でも、本当に、人って、つき合ってみないと分からないね」
瞬 「えっ?」
美優「佐伯くんて、真面目で、それでいてクールで、カッコイイのかと思ってた」
瞬 「結構、情けないだろう?」
美優「(はっきり)うん」
瞬 「そこで、思い切り肯定しちゃうんだ」
美優「(きっぱり)うん」
瞬 「(ふっと笑う)」
美優「やっと、笑った」
瞬、噴水の流れをじっと見つめる。
瞬 「俺はしばらく変われないと思うんだ。一番大切なのが、シィちゃん・・・シィちゃんが、幸せになってくれないと、心のモヤモヤが晴れない」
美優「幸せって何?」
瞬 「うーん。やっぱ、結婚とかかなぁ」
美優「結婚しちゃっていいの?」
瞬 「もちろん」
美優「矛盾してる。心がモヤモヤするのは、好きだからでしょう?」
瞬 「それを言われると頭がいたい」
美優「血が、繋がっているわけじゃないし。そういう可能性はあるよね」
瞬 「ないよ。シィちゃんにとって、俺は永遠に息子。二十歳も離れているんだから」
美優「じゃあ、どうして、告白したの?」
瞬 「シィちゃんの元カレと話をしているうちに何か感情があふれてしまって・・・酔った勢いもあったというか・・・一度ちゃんと言葉にして言いたかったんだと思う。まあ、はっきりと覚えてないんだけど」
美優「(おどけて)覚えてないんかい!」
瞬 「はは(苦笑い)結局、笹本さんに言ってしまったわけで、申し訳ない」
美優「こっちこそ。勝手にシィちゃんとお酒飲んで、酔っぱらって、あそこに寝てて。ごめんなさい」
瞬 「(笑って)それは全然いいよ。悪いのは俺の方。個人的な感情に笹本さんを巻き込んでしまって、本当にごめん」
美優「巻き込まれたとか思ってないから、気にしないで・・・でも恋愛て、好きか嫌いかだけの簡単なものじゃないのね」
瞬 「つくづくそう思う、この頃・・・」
美優、瞬の憂いある横顔を一瞥する。
美優「・・・私、佐伯くんの好みの女性のタイプがわかったかも」
瞬 「(笑って)それ、ぜひ聞きたい」
美優「まず一般的な男子は、弱そうに見えて内面も弱くて、思わず守りたくなるような女子が好きなの」
瞬 「(笑って)そういう統計なんだ」
美優「でね、周りから支持されるのは、弱そうに見えるのに実は内面は強くて、困難にも立ち向かう気概のある女子」
瞬 「うん、一理ある」
美優「そして厄介なのが、強い女と見せかけて、本当は私って弱いんですというあざと女子。このギャップに男子は堕ちやすい」
瞬 「なるほど。で、俺の好みのタイプは?」
美優「強そうに見えて本当に強い女性! 素敵な人だよね、シィちゃん。佐伯くんが、好きになるのも分かる。理性的で母性にあふれていて、ほんわかしてて、楽しくて」
瞬 「ありがとう・・・強そうに見えて本当に強い女性か・・・確かに当たってる」
美優、立ち上がり、噴水の方へ歩き出す。
瞬も立ち上がり、美優の後方を歩く。
美優「私が告白した時。あまりにも簡単に、つき合ってもいいよって言ったでしょう? だから、愛されてばかりで、それに慣れてしまった人なのかなって思ったの」
瞬 「(笑って)そう見えたんだ」
美優「でも、今は、こんなにも、一途に、誰かを愛せる人だって分かって、安心した。うん。それって、すごいこと!」
瞬 「・・・(口角が上がる)」
美優「シィちゃんが、好きなら好きで、いいと思う。別に、全然、おかしくない」
瞬 「・・・ありがとう」
美優「お料理や家事を一生懸命にやるのは、シィちゃんに喜んでほしいから。それが佐伯くんの幸せなんでしょう?」
瞬 「うん。そうだね」
美優「と言うことで、私は、今日から佐伯くんのいい友達になります。ママっ子男子を全力で応援します!」
瞬 「ママっ子男子? 何それ」
美優「母親と友達のように仲がいい男子のこと。マザコンとはちょっと違うでしょ?」
瞬、美優を見つめてやさしく微笑む。
○繁華街・街路(夜)
瞬と静穂、並んで歩いている。
瞬、手にはショッピングバッグ。
瞬 「こうしてると親子に見えるのかなぁ」
静穂「見えないと思う」
瞬 「(うれしそうに)そうだよね」
静穂「だって、二十歳の健全な男子が、普通、母親とショッピングしないでしょう」
瞬 「(がっくりして)そっちの解釈か」
静穂「(おどけて)意外と、手なんか繋いで歩いたら、恋人に見えたりして?」
瞬 「かもよ」
静穂、突然、思い出し笑いをする。
静穂「瞬、いっつも、手を繋いできたよね」
瞬 「それって、小さい頃の話だろう」
静穂「はは。それが小学校入ったとたん、恥ずかしがっちゃって」
瞬 「当たり前だって」
静穂「小学校といえば、運動会で一等賞をとった時は嬉しかったなぁ」
瞬 「毎年、一等賞とってたし」
静穂「確かにそうだね。あと中学の入学式も感動したなぁ。うるうるした。制服姿で一気に大人になった感じがして」
瞬 「身長がシィちゃんに追いついた頃だ」
静穂「そうそう。その後ぐんぐん抜かされたけど(笑う)。その頃からだよね。ゴハンを作ってくれるようになったの」
瞬 「あんまり褒めるから、料理に目覚めちゃったんだよ。でも、よく覚えてるね」
静穂「当たり前じゃない。どの瞬間も私の宝物なのよ。母親としてどれだけ幸せな思いをしていることか・・・」
瞬 「(ジーンときている)・・・」
静穂「何か、うれしいことばかり思い出してたら、すごく気持ちが大きくなってきた」
瞬 「いつも、大きいじゃん」
静穂「今日は、思いきり高いもの食べよう。で、何、食べたい?」
瞬 「うーん・・・(優柔不断)」
瞬と静穂の後ろ姿。ビルの上空に満月。
静穂「見て。あそこ。まん丸のお月さま」
瞬 「ほんとだ」
静穂「笑っているみたいに見えるね」
瞬 「うん・・・きっと、たまごちゃんとダブるからだよ・・・」
静穂「ははは。だね。おいしそう」
瞬M「シィちゃん・・・幸せになってくれないと、困るからね」
静穂「(何となく察して返事)ん?」
瞬 「(ふっと笑って)お寿司がいい」
静穂「了解! お酒も飲んじゃおうか」
瞬 「うん。いいね」
静穂「(やさしく笑う)お酒、弱いくせに」
瞬、胸キュン。振り切るかのように、
瞬 「ほら! シィちゃん、ダッシュ」
瞬、静穂の手首を握ると、走り出す。
静穂、脚力がついていかず、ドタドタ。
静穂「ひえーっ。瞬! オババを殺す気?」
瞬 「(笑って)まだまだ若いって!」
静穂「若くない!」
街路を颯爽と走る、瞬と静穂。
月が笑っている。
第2話へ続く