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『BODY DOUBLE』前編

 拓海は天才ロボット技術者テクノロジスト。極秘に大統領のボディダブル(影武者)製作を依頼されるほどの優れた特許を有し、高額な報酬を得ている。日本へ帰国し特務のためのパフォーマーとして劇団員の冬馬とその友達の大地をスカウト、報酬は破格の百万円。拓海の温厚で謙虚でどこか放っておけない人柄と、スリリングな仕事の魅力に冬馬と大地は惹かれていく。ある日、拓海からロボット製作のきっかけとなった初恋の人、真由のことを聞かされるが。
 愛しいほどに純粋で面白くてカッコいい男たち。温かい家族。チームワーク抜群のボディダブルで魅せるSF的ハートフルコメディ。

【登場人物】
松ヶ瀬まつかせ拓海(27) 天才ロボット技術者
森 冬馬 (26) 劇団俳優
水島大地 (26) 古着屋(自営)
星野真由 (27) 拓海の初恋の同級生
ルーシー (28) 拓海の仕事仲間
松ヶ瀬貴之(60) 拓海の父
松ヶ瀬香里(60) 拓海の母
大道誠治 (60) 喫茶店のマスター
星野洋子 (55) 真由の母
鷹山千早 (36) 人気俳優
小竹 はる (14) 中学生二年生
辻本健太 (50) 松ヶ瀬製作所社員
田渕・妹尾・中上(14)晴の同級生
愛美・ひより・千夏(27)拓海の同級生
浅田・尾藤(27) 拓海の同級生
拓海の担任教師、晴の担任教師・数学教師
鷹山のマネージャー・ドラマ監督・スタッフ
児童養護施設園長、ショップ店員など
※ロボットは本人が操縦者(パフォーマー)の性格で演じる

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  拓海が二人、お互いを見つめ合っている。
  拓海、分身(本人演じるロボット)の肩に手を当て、祈るように目を閉じる。
拓海M「臆病な僕に、どうか力を貸してください……」

○喫茶『ソウル・キッチン』
  大道、カウンターで食器を磨いている。
  拓海、奥の席に座り、タブレットで読書。
  冬馬、爽やかな笑顔で入ってくる。
冬馬「こんにちは!」
大道「おうっ」
  冬馬、大道に深々と頭を下げ、劇団公演のチラシとチケットを差し出す。
冬馬「マスター、すみません。また舞台公演のチラシとチケットを置かせてください」
大道「いいけどさぁ。うちの客層だと、たいして売れないと思うよ」
冬馬「それでもいいです。お願いします」
大道「弱小劇団は大変だね。売れ残ったら自腹切るんだろう?」
冬馬「まあ、はい……(苦笑)」
  拓海、冬馬を見てピンときた顔をする。立ち上がると近寄ってくる。
拓海「そのチケット買います。いくらですか?」
冬馬「前売りで、三千円です……」
拓海「全部買います」
冬馬「えっ? 二十枚で六万円ですけど……」
  拓海、財布からすっと六万円を差し出す。
拓海「もちろん、舞台は見にいきます」
冬馬「お気遣いありがとうございます。でも、本当に全部いいんですか?」
拓海「はい。何ならスポンサーになります」
冬馬「……演劇がお好きなんですか?」
拓海「今まで見たことはありません」
冬馬「では、どうして?」
拓海「実は別件で頼みたいことがあるんです」
冬馬「(苦笑い)何か裏があるだろうとは思いました。どうぞ、おっしゃってください」
拓海「仕事をお願いしたいです。もちろん、報酬は希望額を払います」
  拓海、名刺を差し出す。『ハードシップ・エージェント代表 松ヶ瀬拓海』とある。冬馬、恐る恐る名刺を受け取る。
冬馬「チケットを買ってもらっておいてなんですが、ヤバい仕事とかは、ちょっと……」
大道「(笑って)それは心配ないよ。拓海くんは、私の親友の息子だから」
冬馬「そうなんですか?」
大道「彼はヤバい人ではなくて、正真正銘の天才。ロボットテクノロジスト。アメリカから帰国したばかりなんだ」
冬馬「何かよくわからないけど、すごい」
拓海「演技のできる人を探していました」
冬馬「そうだったんですね。僕は『演劇野郎Eチーム』の森冬馬といいます」
拓海「これから時間はありますか? できれば、話を聞いてもらいたいのですが」
冬馬「大丈夫です。行きます」
拓海「頼みたい仕事というのは……」

○タイトル『BODY DOUBLE』

大道N「ボディダブルとは替え玉俳優のことである。この瞬間だけ誰かに代わってほしい。助けてほしい。その切実な訴え。あらゆる苦難から人々を救うべく、代役という存在が求められているのかもしれない」

○市立総合病院・病室
  真由、ベッドにいる。手にはクマの卓上ぬいぐるみ(腹部デジタル表示機能)。
真由「クマッタ、今日は天気がいいね」
  クマッタ、声に反応し両手を挙げる。
  真由、それを見て微笑む。
真由「今、どこで、何をしているの?」

○『ハードシップ・エージェント』・外観
  倉庫のような造り(三階建て)。駐車スペースには、白色の大型ワゴン、深緑色のミニクーパーが停まっている。

○同・オフィス(二階)
  拓海、冬馬に向かって、モニター画像を指し示しながら、
拓海「研究室へ行く前に、会社のことを少し説明します」
冬馬「はい」
拓海「社名の『ハードシップ・エージェント』は苦難の代行を意味します。うちの会社は、高性能ロボットを製作しています。将来的には被災地の人命救助。パンデミック時の医療サポート。そういう場所で稼働させて、社会に貢献していきたいと思っています」
冬馬「夢のある仕事なんですね」
拓海「はい。ロボットには無限の可能性があります。実際に見てもらえますか?」
冬馬「はい。ぜひ」

○同・エレベーター・内
拓海「ちなみに森さんは何歳ですか?」
冬馬「二十六です。松ヶ瀬さんは?」
拓海「二十七。じゃあ、お互いに敬語なし、名前もファーストネーム呼びでいいよね」
冬馬「はい。さすがアメリカ帰り」

○同・研究室(一階)
  拓海、入口ドアのセキュリティを解除。すたすたと入っていく。
  冬馬もつづく。目の前には大きな白いパーテーション。横切ると突如もうひとり拓海が現れる。
冬馬「(驚いて)うわぁ。びっくりした」
拓海「それがロボットだよ」
冬馬「拓海さん、そのまんま。生き写し」
拓海「触ってみてもいいよ」
  冬馬、そうっとロボットの頬を触る。
冬馬「皮膚の感じ、体温。人間と変わりない」
拓海「動かしたらもっと驚くと思う。一般的なロボットの欠点は、どうしても動きが機械的でカクカクッとしてしまうところだった。だけど、このロボットは機械操作の他に、パフォーマーの動作と脳波の三方から操作する。つまり、コントローラーとモーション・キャプチャーとブレイン・マシン・インターフェースを融合させている」
冬馬「(苦笑い)もう、すでにキャパオーバー」
拓海「より人間に近いってことかな。喜怒哀楽の表情から、まばたきまで連動する。会話もタイムラグなくスムーズにできる」
冬馬「顔もそっくりでクローン人間みたいだ」
拓海「3D技術でマスクを作ってるからね」
冬馬「もうドラえもんの世界観……」
拓海「で、そのパフォーマーをお願いしたい。バイト代は百万円でどうかな」
冬馬「百万円! 絶対にやる!」
拓海「仕事は俳優のボディダブル。危険なスタントではなくて、ダンスシーンの演技」
冬馬「ダンスなら幼い頃からずっとやってる」
拓海「じゃあ、交渉成立でいいよね」
冬馬「もちろん。金欠だから、ありがたい」
拓海「こっちこそ助かった。極秘でダンスを踊ってくれる人を、どうやって探せばいいのか、わからなかったんだ」
冬馬「極秘? プロの人にダンスダブルをお願いするって、普通にやることだと思うけど。何でわざわざロボットを使うの?」
拓海「その俳優は、ダンスも全部自分で演じますと豪語して仕事を受けてしまったらしい。でも、特訓しても上達しなかった」
冬馬「引っ込みがつかなくなったんだね」
拓海「そうみたい。じゃあ契約書にサインを」
冬馬「OK」
  冬馬、『秘密保持契約書』を読んでいる。
拓海「うち会社が、ロボット機械を作っているということは、別に話しても構わない。だけど、クライアントの情報やボディダブルをしていることは決して第三者に漏らさない。家族にも。という契約内容」
冬馬「もちろん、絶対に口外しない」
拓海「実は国家機密にかかわる重大な仕事もしている」
冬馬「えっ? 国家機密?」
拓海「うん。アメリカで、大統領の影武者ロボットを三体納入している」
冬馬「えっ? マジか……」
拓海「そのロボットたちは、すでに遊説などで活躍している。この特許技術のおかげで、一生、困らないほどの報酬をもらっている」
冬馬「さらっと、ものすごい次元の話がきた。そりゃチケットが全部買えるわけだ」
  拓海、奥にあるケースの前に行き、指紋認証でドアのロックを解除する。
拓海「で、パフォーマーの仕事は、マーカーをつけたボディスーツを着て、実際の動きをする。もしよければ、着心地とか操作方法を、体感してもらいたいんだけど。これから時間の都合はどうかな」
冬馬「仕事は二十二時からだから大丈夫。ちなみに、いつも午前中が睡眠。午後ならわりと時間の融通はきく。まだ舞台の稽古が始まっていないから」拓海「OK。ちなみに、今回演じてもらう俳優は、この人」
  冬馬、現れたロボットの顔を見て驚く。
冬馬「えーっ、鷹山千早!」
拓海「知ってる?」
冬馬「もちろん。超人気俳優だし。でも、ダンスが苦手とか意外かも」
拓海「ごまかしがきかないほど、リズム感がゼロで、体操みたいな感じになるらしい」
冬馬「(笑って)そうなんだ」
拓海「ちなみに覚えるダンスの見本動画は、このパソコンの中に入っている。ダンスの練習もスタジオでデータを取りながら、ロボットと連動して行う。本番は三週間後なんだけど間に合うかな」
冬馬「たぶん。ダンスの動画を見てもいい?」
拓海「もちろん」
  拓海、動画を開く。冬馬、インプット。
冬馬「このダンスなら楽勝かな。ただ、ロボットがどれだけ正確に踊るかだけだね」
拓海「ロボットと見破られない自信はある」
冬馬「大統領でバレてないしね。でも、ロボットで苦手代行って、面白い仕事だね」
拓海「この仕事は本社からの特別依頼で例外中の例外。本当は今やりたいと思っている仕事は他にある。いじめ問題なんだけど」
冬馬「えっ? そういう依頼もくるの?」
拓海「いや、ぼく個人のボランティア。実は喫茶店のマスターがNPO法人で子供悩み相談をやっている。そこである中学生のいじめが深刻な状況だと聞かされた」
冬馬「それってどうするの?」
拓海「考えているのは、その中学生のボディダブルを作って、その環境から一時的に救う。ロボットが代わりに乗り込んで被害の証拠を集めて解決へもっていきたい」
冬馬「そういう使い方も模索しているんだ」
拓海「いや、相談されるまで考えてもみなかった。でも、彼が悩んで自殺をほのめかしているらしくて、すごく焦っている」
冬馬「それは何とかしないと」
拓海「だから、冬馬みたいに演技もできて、コミュ力もあって、その場を臨機応変に、うまく立ち回れる人材を探してた」
冬馬「それなら、もっとぴったりの友達がいるかも。陽キャのコミョ力おばけ。人たらしで能天気。同じ二十六歳なのに心は中学生」
拓海「羨ましい。僕は極度の人見知りで、仕事のこと以外は会話が続かないから」
冬馬「よかったら、その友達に会ってみる?」 
拓海「お願いしたい。報酬は同じく百万円で」
冬馬「即答でOKすると思う」

○みずしま洋品店・外観
  商店街にある古い洋品店。外壁に「小学校・中学校指定体操着・上靴 取扱店」「子ども110番の店」と貼ってある。

○同・店内
  大地、レジに座り店番。スマホ画面にLINEの通知メッセージが出る。
大地「ん? 冬馬?」
  冬馬(短期バイトあり。報酬百万円)
大地「百万円!」
  冬馬(今すぐ来れる?)
  大地(ヤバい仕事じゃないよね)
  冬馬(超ホワイト、クリスタル)
  大地(すぐに行く)

○『ハードシップ・エージェント』・研究室
  モーション・キャプチャーのスペース。ダンススタジオの広さ。
  柱、梁などにカメラ、センサーが設置。
  巨大モニターが五台(①本人映像、②モーション・キャプチャー映像、③ダンスの見本映像、④ロボット映像、⑤ロボットからの視界映像)。
  後方にパソコンが数台、モーション・キャプチャー、ブレイン・マシン・インターフェースなどと連動している。
  冬馬、圧倒され、中央に立って見回す。
  拓海、冬馬に脳波測定器(ニット帽タイプ、ワイヤレス、128chの高性能)とボディスーツ(光学式、マーカー付き三角測定タイプ)を装着。どちらもファッション性が考慮されたおしゃれ仕様。
  大地、到着。興味深く見つめている。
  冬馬、軽くダンスを踊り始める。モニターに映る自身の動きをチェックする。
  拓海、小走りに大地に近づいてくる。
拓海「お待たせしました。松ヶ瀬拓海です。よろしくお願いします」
大地「水島大地です。歳は冬馬と同じ二十六歳。いつもは実家の洋品店を手伝いながら、隣で古着屋をやってます。冬馬の劇団の衣装担当もしてます。よろしくお願いします」
拓海「冬馬から今回の仕事の内容は聞いた?」
大地「うん、大まかに。今、冬馬がやっているようなことだよね。ロボットを動かすパフォーマー。そして、替え玉になって、いじめを受けている生徒を救う」
拓海「できそうかな」
大地「もちろん。正義の味方っぽくて燃える」
拓海「ありがとう。じゃあ、これから、冬馬が実践するから、どういう仕組みになっているか、見学して覚えてほしい」
大地「OK」
  拓海、パソコンの前に移動。
  鷹山ロボット、スタジオに入ってくる。
大地「(驚いて)鷹山千早!」
拓海「冬馬。今から鷹山さんのロボットと連動させる。モニターで確認するから、動いてみて」
冬馬「OK」
  冬馬、右手を上げて手を振る。同時に鷹山ロボットも同じ動きをする。簡単なステップを踏む。ジャンプする。全く同じ動作。
大地「いや、ロボットに見えない。本人だし」
拓海「笑ってみて」
  冬馬、笑う。鷹山ロボットも微笑む。
冬馬「うわぁ。(苦笑い)一緒に笑ってるし」
拓海「どう? いけそう?」
冬馬「うん。一回、踊ってみる。曲をかけて」
拓海「いくよ」
  ブルーノ・マーズ『フィネス』がかかる。
  冬馬と鷹山ロボットは全く同じダンスを踊り切る。
  拓海、大地、思わず拍手。
大地「ちなみにどういうシーンのダンス?」
冬馬「潜入捜査官『ディープカバー』が、ダンサーと偽って敵のアジトに潜入するも、疑いをかけられて、踊ってみせる」
大地「(笑って)コントみたいな設定だね」
拓海「でも、冬馬すごいよ。たったの一時間でほぼ完璧に踊れてしまうなんて」
冬馬「(照れて)いやいや。これから毎日、ここで練習していいんだよね」拓海「もちろん、二人とも自由に入れるように、認証システムに登録しておく」

○古着屋・大地の部屋(二階)・(夜)
  みずしま洋品店の隣にある幅狭い店舗。
  冬馬と大地、ハイボールで晩酌している。
大地「バイトで百万円とか夢みたいだな」
冬馬「狐につままれたようなって、こういうことをいうんだよね」
大地「冬馬さぁ、ひとりで抱えきれなくて、俺を巻き込んだだろう」
冬馬「バレた? 拓海さんて、謙虚だし、いい人過ぎて、途中で不安になった。それが仮の姿だったら、どうしようって」
大地「実は秘密組織の人間だったりして」
冬馬「(笑って)それはそれで、面白いけど」

○(翌日)『ハードシップ・エージェント』・オフィス
拓海「今日はこれから大道さんの喫茶店に、いじめを受けている中学生の話を聞きにいく。一緒にいってもらってもいいかな」
大地「もちろん。本人に会ってみないと、その人の代役はできないし」
冬馬「俺も、できる限りサポートするよ」
拓海「ありがとう。その後は彼の3D撮影と声紋分析をする。それから、どういうふうに学校へ乗り込むか考えよう」
大地「テンション上がってきた」
  ルーシー、突如笑顔で入ってくる。
ルーシー「ハーイ、タクミ!」
拓海「ハーイ、ルーシー」
冬馬「えっ? 誰?」
大地「めっちゃ可愛いんだけど」
  ルーシー、拓海に抱きつき、強烈にハグ。
ルーシー「ミス・ミー?」
拓海「(苦笑い)イ、イエス……」
大地「俺たちは何を……」
冬馬「見せられているのか……」
  拓海、二人の視線を感じあわてて離れる。
拓海「あっ、紹介する。ルーシーはメイクアップアーティスト。いつもロボットの顔を作ってくれている。彼女の技術がないと始まらない。緊急に来日してもらった」
大地「そうだったんだ。アイム・ダイチ」
ルーシー「ハーイ・ダイチ(握手)」
冬馬「アイム・トウマ」
ルーシー「オー、トウマ(握手)」
拓海「彼女のお母さんは日本人だから、普通に日本語を話せるから」
冬馬「なーんだ。すごい緊張したのに」
ルーシー「拓海、私があなたの恋人になります」
  冬馬と大地、拓海をジロリと見る。
拓海「あくまでもビジネスパートナー」
ルーシー「(ふくれている)つまらない」

○(一時間後)喫茶『ソウル・キッチン』
  奥まった席に、大道。向かい合って晴。
  その斜め後方の席に、拓海、冬馬、大地。
  晴、頬に殴られたようなアザがある。
大道「私にくれた相談のメールが、とても心配な内容だったから、連絡したんだ。今日は来てくれて、ありがとう」
晴 「僕の方こそ、心配をかけてすみません。いじめはどんどんひどくなるし、もう、どうしていいかわからなくて」
大道「本当につらかったよね。いじめはいつから始まったの?」
晴 「三ヶ月前です。元々クラスにいじめられている子がいて、やめるように注意した時からです。結局、その子は転校してしまいました。仲がよかった友達も報復を恐れて、僕から離れていきました」
大道「味方になってくれる人が、いなくなってしまったんだね。親御さんに相談はしたのかい?」
晴 「友達の話と嘘をついて、母親にそれとなく相談したことがあります。でも、返ってきた答えは、いじめなんてやられたらやり返せ、でした」
大道「そんなに単純なものじゃないよね」
晴 「はい。しまいには勉強で見返せとか、あまりに的外れな答えで閉口しました。父親も気むずかしくて、いつもイライラしていて、相談できるような人ではありません。昔から両親のことが苦手です」
大道「それで、親のお金を黙って使い込んで、渡してしまったんだね」
晴 「従わないと、ひどい暴力を振るわれます。いつの間にか二十万円にもなってしまって。僕が悪いんですけど」
大道「自分を責めなくていいんだよ。それで、担任の先生は?」
晴 「見て見ぬ振りです。でも、もしも先生に相談したら、親の耳に入ってしまいます。うちの親ならきっと僕を叱ります」
大道「だから、ずっと、ひとりで耐えてきたんだね。苦しかったよね」
  拓海、冬馬、大地、考え込んでいる。
晴 「どうして僕はこんなに弱いんですか?」
大道「弱くないよ。いじめられていた子の助けに入ったんだから」
晴 「僕はもう生きてなんかいたくない」
大道「死んではだめだ。いったん逃げよう」
晴 「でも、逃げてしまったら、あいつらが勝利したみたいになってしまいます。だから、学校を休みたくないんです」
  拓海、後方の席から近寄ってくる。
拓海「いじめの証拠を集めて法的に訴えよう」
大地「俺らが助けるから」
冬馬「もう、ひとりで悩まなくていいよ」
拓海「僕が二十万円を立て替える。親にバレる前に戻しておこう」
晴 「でも、返す当てがありません」
拓海「奴らから取り戻す。心配ないよ」
大地「俺が替え玉として学校へいく」
大道「この大人たちが何とかしてくれる。安心していいんだよ」
晴 「……(ぽろぽろと涙をこぼす)」
  拓海、晴の頭をやさしくポンポンとする。
拓海「準備に十日くらいかかる。それまでがんばれる?」
晴 「はい……」
大道「もし、つらかったら、無理して学校へ行かないで、ここにおいで」
晴 「はい……ありがとうございます」
大地「いじめをしている奴ら絶対に許さねえ」

○(数日後)『ハードシップ・エージェント』・研究室
  ルーシー、晴の顔を作っている。
  冬馬と大地が入ってくる。
大地「あれっ? 拓海さんは?」
ルーシー「親の家。ファクトリーなのよ。空飛ぶロボットを作りたいらしいの」
冬馬「そうか。拓海さんの実家も、ロボット機械を作っているんだ」
ルーシー「アイ・シー」
大地「ルーシーは拓海さんと、どこで知り合ったの?」
ルーシー「拓海、特殊メイクのできる人を探してた。私、ハリウッドで働いていた」
冬馬「ハリウッドの技術なのか。すごいね」
大地「ルーシーは拓海さんのことが好きなんでしょ」
ルーシー「はい。でも、拓海は他に好きな人がいる。ハイスクールから、ずっと片想い。初恋の人」
冬馬「へえ、そんな女性がいるんだ」
ルーシー「すべては愛のため。拓海は彼女を想って、ロボットを作り続けているの」
大地「壮大な片想いだな」
ルーシー「ハイスクールのクラスメートが集まるパーティーがあるのよ。拓海、目がキラキラしてた。アイム・ジェラス」
冬馬「パーティーって同窓会ってことか! その初恋の人と劇的に再会を果たすんだ」
大地「恋の一大イベントじゃん。ついにコクるのかな」

○マツカセ製作所・事務所
  拓海、にこやかに入ってくる。
拓海「お父さん」
貴之「よお、拓海。どうした? また、何か作りたくなったのか」
拓海「うん。設計図を見てくれる?」
貴之「(嬉しそうに)どれどれ」
  拓海、タブレットの設計図を見せる。
拓海「スズメの姿をした小型ロボット。カメラが搭載してあって、ドローンみたいに、空を飛ぶ感じなんだけど」
貴之「なるほど。実物に見えるように、羽を動かして飛ぶようにしたいんだな」
拓海「木に留まっていても違和感のない感じ」
  香里がうれしそうに入ってくる。
香里「やっぱり、拓海。来てたのね」
拓海「あっ、お母さん。この間は、お総菜をたくさん持たせてくれて、ありがとう」
香里「いいえ。どういたしまして。こっちこそ、今月もお金を振り込んでくれて、ありがとう。あんなに、たくさんいいのよ。もっと自分のために使ってちょうだい」
拓海「僕は十分だから。あのお金は新しい機械を開発するのに使ってよ」
貴之「ありがとう、大切に使うよ」
香里「今日、夕飯を食べていく?」
拓海「ごめん。この後、会社に戻らないといけないんだ」
香里「いよいよ、日本でも仕事をするのね」
拓海「うん。バイトをしてくれる人が二人入ったんだ。すごく気立てのいい人たち」
貴之「そうか。よかったな。会社は人材で成り立っているから、大切にしないとな」
拓海「うん」
  辻本が入ってくる。
辻本「おーっ、拓ボン。来てたのか」
拓海「ご無沙汰してます」
辻本「また、何か思いついたんだろう? どれどれ。相談に乗るぞ」
拓海「お願いします」
  拓海と辻本、ミーティングルームへ。
  貴之、拓海の後ろ姿を目で追いかけて、
貴之「あれから二十年以上がたったんだな」
香里「遠慮がちなところ、変わってないわね」

○(回想・二十三年前)児童養護施設『ポプラ園』
  貴之(当時37)、工具を持って来園。
貴之「こんにちは。おもちゃ修理のボランティアできました」

○同・プレイルーム
  貴之、部屋の隅で、壊れたおもちゃや電化製品などの修理を始める。
  拓海(当時4)、貴之の後ろで見ている。しばらくすると、紙とクレヨンを持ってくる。そして、分解図(幼児程度の画力)を描く。配線の色を描き分けている。
貴之「(驚いて)君は機械が好きなのかい?」
拓海「(目を輝かせて)うんっ」
貴之「ゆっくり絵に描いていいよ」
園長「拓海くんは天才なんです。壊れた私のラジオを全部分解して元に戻したりしましてね。まだ四歳だというのに」
貴之「すごい才能ですね」

○(回想・つづき)松ヶ瀬家・リビング(夜)
  貴之、香里(当時37)に話をしている。
貴之「それでさ。その拓海くんという子、ずっと横にいて、俺のやっていることをじーっと見てて、可愛いんだよ」
香里「男の子って、機械に興味を持つのね」
貴之「拓海くんはそのレベルじゃないんだよ。まだ四歳なのに、画用紙に分解図を描いて、配線も赤とか青とかで色分けしてた」
香里「すごい。今度、うちに呼びましょうよ。 機械を見たら喜ぶんじゃない?」
貴之「うん。あんな子供が欲しかったな」
香里「ごめんね。子供ができなくて」
貴之「そういう意味じゃないよ。気にさせてしまったらごめん」
香里「わかってるわよ。私も会ってみたいな。その拓海くんに」

○(回想・つづき)マツカセ製作所
  貴之、拓海を連れて工場内を歩いている。
  香里、拓海と手をつないでいる。
貴之「これはお菓子を作る機械だよ。材料をこねて、型をとって、焼く。冷ましてから、袋に詰めて、最後に箱に詰める。このロボット機械が全部やるんだよ」
拓海「すごい。おじさんが作ったの?」
貴之「おじさんと、この工場の仲間で協力して作ったんだ」
拓海「(ぼつりと)僕も作りたい……」
貴之「大きくなったら、仲間になるかい?」
拓海「(満面の笑み)うんっ」
  貴之、拓海を真剣な顔で見つめる。
貴之「その前に……おじさんとおばさんの子供になるかい?」
拓海「……(きょとんとする)」
香里「拓海くんのパパとママになりたいな」
拓海「(恥ずかしそうに)うん。子供になる」
  貴之、うれしくて、拓海を抱き上げる。
  香里、その上から二人を抱きしめる。

○(現在)『ハードシップ・エージェント』・研究室
  拓海、晴くらいの身長のロボットを前にメンテナンス、データの入力をしている。
  ルーシー、マスクの上に着色して顔を作り上げている。完成間近の状態。
  冬馬、ダンスの練習をしている。隣で鷹山ロボットが踊っている。
  大地、晴とリモートで会話。ヒヤリングし、こと細かくメモをとっている。
大地「リモート終了。ちょっと、休憩しよ」
冬馬「俺も。ねえ拓海さん、同窓会っていつ?」
拓海「明後日。えっ? 何で知ってるの?」
ルーシー「私、材料を買ってきまーす」
冬馬「あっ、ルーシーが逃げた」
大地「で、何年ぶりに会うの?」
拓海「高校卒業以来かな。でも、成人式で何となく顔を合わせた奴は何人かいる」
大地「そっちじゃなくて、初恋の彼女の方」
拓海「えっ?(顔が赤い)ひょっとして、何かルーシーから聞いた?」
冬馬「うん。やっぱそっちが目的だったか」
大地「じゃあ、おしゃれしていかないとね」
拓海「あっ……服装とか考えてなかった……」
大地「拓海さん、ずっと根詰めて作業してるでしょ。少し外の空気を吸いにいこうよ」
冬馬「息抜きにショッピングとか」
拓海「う、うん……」

○特選ブランドショップ
  大地と冬馬、あれこれ店内を見て回る。
  拓海、どうしていいかわからず、ぽつんと立っている。
大地「拓海さん。ドレスコードはあるの?」
拓海「イタリアンレストランだって」
冬馬「やっぱ、ジャケットだよね。Tシャツ? カチッとした白シャツの方がいいかな」
大地「下は濃紺デニムで着くずすか」
  拓海、言われるがままに次々試着する。
  冬馬と大地、うんうんとうなずく。
冬馬「で、どれがいい?」
拓海「正解がわからない」
冬馬「実は高校時代、モテたでしょ?」
拓海「そういう事実はない」
大地「気がついていないだけじゃなくて?」
拓海「うん。友達もいなかったし、無口だったし、存在はかなり薄かったと思う」
冬馬「じゃあ、存在感を見せつけよう。今後のデート用も含めて、3パターン全部揃えておけば?」
拓海「わかった。選んでくれたの全部買う」
店員「ありがとうございます」
  拓海、店員とレジカウンターへ移動する。
拓海「つきあってくれて、ありがとう。お礼に、二人にもプレゼントするから、好きな服を選んでいいよ」
大地「そんな、気を遣わなくていいよ」
冬馬「そうだよ。そんなの悪いし」
拓海「遠慮しなくていいよ。今回だけの特別ボーナスだから」
  冬馬と大地、顔を見合わせてにっこり。

○市立総合病院・病室
  真由、窓の外を見ている。
洋子「本当に同窓会に行かなくていいの?」
真由「うん」
洋子「車で送るわよ。帰りも迎えにいくし」
真由「みんなに気を遣わせちゃうからいい」
洋子「そうね。無理することもないか」
真由「うん。心配してくれて、ありがとう」
洋子「彼は元気なのかしら」
  真由、クマッタを手に取り、ふっと笑う。
真由「もう遠くの世界にいっちゃってるよ」
洋子「(すまなそうに)私が彼に余計なことを言ってしまったからよね……」
真由「そんなことない。本当のことだもん」
洋子「だって、あれからクマッタにメッセージが来なくなったんでしょう?」
真由「いつまでも続くとか思ってなかったよ」

○オープンカフェ
  拓海、冬馬、大地、ティータイム。
拓海「こうして外でお茶するの初めてだ……」
大地「気持ちいいよね」
冬馬「いろんな人が、通り過ぎていく。面白いよね。人間観察」
拓海「僕はロボットばかり見てた気がする」
大地「その初恋の人って、どんな女性?」
拓海「(赤くなっている)……えっと……明るくていつも笑っている人。誰にもやさしくて、男子女子みんなから人気があった……」

○(回想・九年前)高校・教室
  昼休みで教室内がざわざわしている。
  拓海(当時18)、窓際後方の席に座り、アイポッドで音楽を聴いている。
  その斜め前に、真由(当時18)が座っている。周りの女子たちとおしゃべり。
  真由、花柄パッケージのハンドクリームを出して手に塗る。
真由「これ、いい匂いしない? もらったの」
愛美「(嗅いで)ほんとだ。高級そう」
千夏「少し、ちょうだい」
真由「もちろん。そのために持ってきたんだもん。はい」
  真由、友人たちの手に、次々と気前よくハンドクリームを乗せ、両手で包んで、くしゅくしゅと塗ってあげている。
ひより「いい匂い。しっとりすべすべ」
真由「でしょう?」
  拓海、何気なくその光景を見ていて、ごく自然に自分の手を見る。カサカサと荒れている。ふと、真由と目が合う。
  真由、ハンドクリームを掲げて、
真由「ん?(拓海くんもほしい?)」
  拓海、突然のことに慌てて、
拓海「ん?(あれはどういう問いかけ?)」
  真由、にこやかに拓海へ近づいてくる。
真由「確かにすごく荒れてるね」
  真由、拓海の手にバンドクリームを乗せ、皆と同じように両手で包んで、くしゅくしゅと塗る。拓海、ノックアウトされる。

○(現在)オープンカフェ
大地「やばい。それは絶対、好きになるやつ」
冬馬「いやいや、すでに好きだったんでしょ?」
拓海「うん……いつも彼女の姿を追っていたと思う。でも……その後、彼女に異変が起きはじめた」

○(回想・九年前)高校・教室
  真由、持っていたシャープペンを床に落とす。隣の生徒が拾って渡す。すぐに消しゴムを手から落とす。ころころと転がって拓海の足下にくる。
  拓海、拾って、真由に渡す。
真由「ごめんね。ありがとう」
拓海「うん……」
真由、その後何度もペンを手から落とす。
   *     *     *
  真由、教室後方でつまずき転ぶ。
拓海「あっ、大丈夫?」
真由「あはは……私、ぼーっとしてた。ごめんね。大丈夫だから」
拓海M「また転んだ……この頃、歩きづらそうにしてる……」
   *     *     *
  数日後の朝のホームルーム。
担任教師「星野さんは足を骨折して、しばらく入院することになりました」拓海「えっ?……」

○(現在)オープンカフェ
拓海「それからずっと休みが続いて、卒業式にも姿を見せなかった」
冬馬「お見舞いにいかなかったの?」
拓海「仲がよかった訳じゃないし。ただ、クラスからのお見舞いの中に、こっそり、クマのロボットは入れておいた。まだ、持っているかな(ふっと笑う)」
大地「それからずっと会ってないんだ」
拓海「いや、六年前の成人式で見かけた……彼女……車椅子を使ってた……」

○(回想・六年前)市民ホール(成人式会場)
  真由、洋子に車椅子を押されて会場の入口までくる。
愛美「真由ーっ、久しぶり」
ひより「待ってたよ」
千夏「腰、大丈夫?」
真由「うん。みんな、ありがとう」
洋子「お母さん、ロビーにいるから。何かあったら、LINEして」
真由「うん」
  真由、車椅子からゆっくりと立ち上がると、友人たちに支えられながら、足を引きずるように会場へ入っていく。
  拓海、その様子を見てとっさに柱の陰に隠れる。涙がすーっと頬を一筋つたう。
拓海M「あれっ……勝手に涙が……」
  拓海、慌てて涙を拭う。柱を背にしたまま動けない。式が始まる。出席せずに帰ろうと、ホール出口へ向かう。
  洋子、目の前を通り過ぎる拓海を見つけて、声をかける。
洋子「あのう。松ヶ瀬拓海さんですよね」
拓海「えっ? あ、はい」
洋子「卒業アルバムでお顔を見ていて。私、星野真由の母です」
拓海「えっ? あっ、こんにちは……」
洋子「あのクマのぬいぐるみをくれたのは、拓海さんですよね」
拓海「あっ……どうして、わかったんですか?」
洋子「学校の動画が、ぬいぐるみに時々送られてきてたでしょう? 撮影のカメラ位置が拓海さんの席あたりだって、真由が」
拓海「(赤くなって)ああ、はい」
洋子「あと、あんな機械を作れるのは、拓海さんしかいないって」
拓海「バレていたんですね。恥ずかしいです」
洋子「ありがとう。あの子の代わりにお礼を言います。今でも大切にしてますよ。朝、一言メッセージが届くのを楽しみにしています」
拓海「いつも天気の話ばかりですけど」
洋子「うれしそうにしていました……今日のあの子の姿を、ご覧になりましたか?」
拓海「はい……」
洋子「骨折ということにしていましたが、本当は筋力が衰えていく難病なんです」
拓海「えっ?」
洋子「手足の筋力が低下して運動障害が出ています。普段は薬を飲んでいますが、症状が悪化すると、定期的に入院して免疫療法を行っています。そうすると一時的に寛解はするんです。今はゆっくりとなら歩けますし、普通に手は使えています。でも、病は再発を繰り返し、進行していきます。将来、歩けなくなるかもしれません」
拓海「そうだったんですね……」
洋子「友達には心配かけたくないと、本当のことは言っていないんです。今日も椎間板ヘルニアと嘘をいっているみたいです」
拓海「僕が病気のことを聞いてしまって、よかったんでしょうか」
洋子「拓海さんにだけは、真実をお伝えしたかったんです」

○(現在)オープンカフェ・内
  冬馬、大地、泣きそうな顔になっている。
拓海「もし、体が動かなくなった時、彼女の脳波や神経活動で動かせるロボットがあったらいいと思った。彼女の分身が代わりに街を歩けるようにしたかった。だから、急遽、マサチューセッツ工科大学に留学を決めた。向こうでロボット開発に没頭した」
大地「そんなことがあったんだ」
拓海「ごめん、こんな話。今まで誰にもしてこなかったのに」
冬馬「何言ってるんだよ。そういう話はどんどんしてくれよ。俺たちは会社の仲間、いや、もう友達だし」
拓海「友達……」
大地「そう、友達。この恋を応援するから」
拓海「ありがとう。でも、恋愛抜き、片想いのままでいいんだ。ただ、彼女にロボットをプレゼントしたい。それだけ……」

○(二日後)『ハードシップ・エージェント』・研究室
  拓海、マスク、おでこに冷えピタシートを貼り、パソコンを操作している。
  冬馬と大地、拓海を見て愕然とする。
  ルーシー、複雑な顔をしている。
ルーシー「熱、三十八度六分だって」
拓海「今日の同窓会は欠席する。せっかく、洋服選びをつきあってくれたのに、ごめん」
冬馬「それは全然いいけど」
拓海「さっき病院へ行って点滴を打ってきた。インフルエンザもコロナも陰性だったけど、このご時世だから自粛する」
大地「こんな大事なイベント前に知恵熱とか」
冬馬「どうするの? 彼女に会えなくて。あっ、後から電話すればいいか」拓海「電話番号を知らない」
冬馬「SNSのアカウントとかは?」
拓海「わからない」
大地「誰かしらとつながってないの?」
拓海「そういうの疎くて……」
  ルーシー、拓海ロボットを指し示す。
冬馬「あっ! こんな時こそロボットの出番」
大地「そうだよ。ロボットが行って、拓海さんがここで会話すればいいよ!」
拓海「熱があってぼーっとしてるし、大勢の人がいるのに、話しかける自信ない……」
冬馬「(手を挙げて)はいっ。じゃあ、劇団の一押し俳優が代役やります!」
大地「それいい。ロボットの視線って、モニターで見られるよね。拓海さんは、ここで彼女の顔を見てればいい」
冬馬「操作に慣れておくにもちょうどいいし」
拓海「じゃあ、お願いしようかな。彼女が明るく笑っているか。それだけ確認できれば、それでいいから……」

○イタリアンレストラン(夜)
  拓海ロボットが颯爽と入ってくる。
浅田「おーっ、マツタクじゃん。おしゃれ」
尾藤「ほんとだ。何かあか抜けてない?」
拓海ロボット「久しぶり。みんな元気にしてた? (って誰かわからないけど)」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室(夜)
  冬馬、脳波測定器とボディスーツを装着。大地、コントローラーを手にロボット操作をアシストしている。
  拓海、映像を、モニターで見ている。 
大地「拓海さん、マツタクって呼ばれてたの?」
拓海「初めて知った」
  冬馬、口元のマイクをオフにして、
冬馬「どんだけ周りのことに疎いんだよ」

○イタリアンレストラン・駐車場(夜)
  白いワゴン車が泊まっている。

○白いワゴン・車内(夜)
  ロボット操作の第二拠点。研究所からのデータをロボットへ飛ばす役目を担っている。車内には、研究室と同様のモニターが何台も用意されている。
  ルーシー、そのモニターを見ながら、
ルーシー「あっ、女の子たちが集まってきた」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室(夜)
大地「チャンス! いけ、冬馬」
拓海「冬馬が演じると自分が別人みたいだ」

○イタリアンレストラン(夜)
  拓海ロボット、女性たちに囲まれている。
愛美「マツタクは、今、どこに勤めているの? 留学したって噂に聞いたけど」
拓海ロボット「アメリカから先月帰ってきた。今はベンチャー企業を立ち上げたばかり」
ひより「えっ? 社長ってこと?」
拓海ロボット「うん、まあ」
千夏「やっぱりねぇ。高校時代からマツタクって、別格だったもの」
ひより「成績もいつも学年トップだったし」
愛美「孤高の天才的な。うふふ」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室(夜)
大地「拓海さん、別格だったんだね」
拓海「陰キャという意味だから」
  冬馬、口元のマイクをオフにして、
冬馬「拓海さん、星野真由さん、いないよね」
拓海「うん。いない……」

○白いワゴン・車内(夜)
ルーシー「この女の子たちに聞いてみたら?」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室(夜)
拓海「唐突すぎない?」
大地「周りにどう思われたっていいじゃん」
冬馬「そうだよね。いくよ!」

○イタリアンレストラン(夜)
拓海ロボット「ねえ、星野真由さんは、まだ来てないの?」
愛美「都合がつかなくて欠席だって」
ひより「もう何年も会ってないよね」
千夏「ここ数年、女子会にも顔出さないし」
拓海ロボット「そうなんだ。今日、欠席か」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室(夜)
  冬馬、口元のマイクをオフにして、
冬馬「拓海さん、これからどうする?」
  拓海、机に伏している。
大地「あーあ。会えなくてがっかりしてる」

○白いワゴン・車内(夜)
ルーシー「熱でダウンしてるんじゃない?」

○『ハードシップ・エージェント』・研究室(夜)
大地「あらら、ほんとだ。冬馬、撤退!」
冬馬「OK。急用が入った体で、引き上げる」
大地「拓海さん。もうお家に帰って寝よ」
拓海「うう……」

○白いワゴン・車内(夜)
ルーシー「三階が拓海の部屋よ。連れて行ってあげて。ちなみに拓海の子守歌はTHE WHOの『Love Reign O’er Me(愛の支配)』だから。聞かせてあげてね。いつも、壁にぶち当たった時、つらい時、リピートして聴いてたの」

○拓海の部屋・LDK(夜)
  二十畳はある広いリビング。置いてあるのはソファとテーブル、オーディオ。
  拓海、冬馬と大地に支えられ入ってくる。
冬馬「広くて、何にもない部屋だね」
大地「寝室はこっちかな」

○同・寝室(夜)
  拓海、ベッドにどさっと倒れ込む。
冬馬「勝手にクローゼット開けるよ」
拓海「うん……」
  冬馬、クローゼットからパジャマを出す。
冬馬「拓海さん、大丈夫? パジャマはこれ?」
拓海「うん……」
  大地、薬(病院からの処方箋)とペットボトル(水)を手に持ち入ってくる。
大地「着替え、手伝おうか?」
拓海「うん……」
大地「ほら、薬飲んだら?」
拓海「うん……」
冬馬「うんしか言わない」

○同・LDK(夜)
  大地、オーディオをつけ、プレイリストにある、THE WHOの『Love Reign O’er Me』をかける。
大地「この曲、やばくない?」
冬馬「何か泣けてくるな」
大地「拓海さん、この曲聴きながら、ロボットを作り続けてたのか」
冬馬「真由さんに、会いたかったんだろうね」
大地「そうだよな。そのためにアメリカにまで行って、がんばってきたんだから」
  冬馬、時計を見て、慌てる。
冬馬「ヤバい。バイトいかなきゃ」
大地「俺が子守をしとくよ」
冬馬「じゃあ、仕事終わり、また朝寄るから」
大地「おう」
  冬馬、部屋を出ていく。
  大地、ソファに座り天井を見つめる。
大地「拓海さん、この曲、聞こえてる?」

○同・寝室(夜)
  拓海が熱に浮かされて眠っている。脳裏で曲を聴いている。夢をみる。景色はモノクロームフィルム。真由が海辺を楽しそうに裸足で走っている。真由は時にくるくる回ったり、満面の笑みで手を振ったりする。ぽつぽつと雨が落ちてくる。真由は手で頭を覆い、雨から逃れるように、こちらに向かって走ってくる。そこで、プツッと映像フィルムが切れる。ザーという音と残像(砂嵐)が脳内を支配。
拓海M「これは波の音? いや雨の音か……」

○(翌日)真由の自宅・外観
  『星野』の表札。家の前に、冬馬と大地。
大地「冬馬、やるな。あの後、真由ちゃんの住所を、幹事から聞き出していたとか」
冬馬「だって、拓海さんのことだから、このまま会えないで終わっちゃいそうだし」
大地「電話だと怪しまれるから、こうして直接訪ねるというのは得策だと思う」
  冬馬と大地、インターホンを押す。
洋子(声)「はい」
冬馬「突然、すみません。僕たちは、真由さんの同級生の松ヶ瀬拓海さんの友人です」
洋子(声)「(驚いて)えーっ、あっ、はい。お、お待ちください」
  洋子、慌てて家から出てくる。
大地「真由さんはいらっしゃいますか?」
洋子「今、入院しているんです」
冬馬「だから同窓会に来てなかったんですね」
洋子「た、拓海さんは?」

○同・リビング
  冬馬と大地、紅茶を飲んでいる。
洋子「そうだったんですね。私が病気のことを拓海さんに話してしまったから、クマッタへの連絡が途絶えたのかと思っていました。アメリカに留学していたんですね」
大地「はい。真由さんのために意を決して、最先端技術を学びにいったんです」
冬馬「拓海さんの場合、人生が真由さんを軸に回っています。(苦笑い)愛の告白すらしていないのに」
洋子「真由もはっきりとは言いませんが、拓海さんのことが好きなんだと思います」
冬馬「じゃあ、拓海さんが回復したら、愛の告白をさせるために、病院へ行かせてもいいでしょうか」
洋子「はい、もちろんです。真由も会いたいと思います。ただ、真由が素直に、拓海さんの気持ちを受け入れるかがわかりません。病気であることで、あらゆる気持ちにフタをしているんです」
冬馬「その苦しみは僕たちには計り知れない。でも、安心してください。拓海さんは、真由さんの病気も含めて好きなんです」
大地「そうです。何の心配もいりません。拓海さんには受け止める覚悟があります」
洋子「(涙ぐんで)そうなんですね」
大地「お母さんも協力してくださいね」
洋子「はい。もちろんです。私も救われました。今日はわざわざお越しいただいて、ありがとうございます」
大地「ほんと、拓海さんは天才なのに、肝心なところが抜けていて不器用なんです」
冬馬「純情というか、真面目というか。だから、僕たちも放っておけなくて、お節介を焼いてしまいます」

○拓海の部屋・寝室
拓海「くしゅん……もう少し寝よう」
  拓海、子供のように可愛い寝顔をして眠っている。
      【怒涛の後編へつづく】


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