見出し画像

『眠り姫に月の涙』第3話

第3話 ノスタルジー 
「あなたには忘れられない恋がありますか?」

○登場人物
佐伯瞬 (20)  真面目で勤勉な大学生
星野静穂(40)  瞬育ての母・飲料会社勤務
笹本美優(20)  瞬の微妙な彼女
森野寛之(42)  静穂の元カレ・学習塾勤務
田上伸吾(51)  静穂に好意を持つ男性・CMディレクター
道島幸太(20)  瞬の(長年の)親友
大場綾乃(20)  美優の親友・瞬のゼミ友
佐伯真代(享年25)瞬の母・静穂の親友 
斉藤健二(32)  静穂の部下  
大口明美(40)  静穂の親友
大口紅葉(5)  明美の娘
浅田裕美(48)  田上の元妻

○静穂宅・ベランダ(早朝・雨)
 瞬、洗濯物を干せず、残念そうに雨空を見ている。
瞬M「あなたには忘れられない恋がありますか?」  

○同・リビング(朝食)
 静穂と瞬、穏やかに朝食を食べている。
 静穂、横目で棚上のフォトフレームの中、笑っている真代を見る。それから、視線を瞬に戻し、じっとその顔を見る。
静穂M「瞬ったら、真代に、めっきり似てきた。どこからどう見てもイケメン。美の遺伝子は、母親からしっかり受け継がれている。しかも・・・」

○(回想・第2話より)リビング
  刹那、瞬、静穂を強く抱きしめる。
静穂「は?」
  静穂、瞬の腕をトントンと叩く。
  瞬、ギューっとした後、耳元で囁く。
瞬 「大好きだよ・・・」
静穂「!」

○(現在)リビング
 静穂、思い出し、にやにやしている。
瞬M「何、にやにやしてるんだ?」
静穂M「美優ちゃんと間違われたとはいえ、なんかどきどきしちゃった・・・初々しい青春のハグだよね。大人になりきれていないような・・・ふふふ」
瞬M「思い出し笑い? 不気味だ」
静穂M「寛之に告白された時のことを思い出しちゃうなぁ・・・あれは、忘れもしない 二十年前・・・」

○(回想・二十年前)キャンプ場テント内
  (後半に出てくる本編からの抜粋シーン)
静穂(20)、森野(22)。
森野「俺とつき合え」
静穂「どっ、どこにですか?」
森野「相変わらす、ボケてんな」
静穂「ははは・・・なんちゃって」
森野「本気だよ」

○(現在)リビング
 静穂、斜め上視線で、にんまりする。
静穂M「映画のワンシーンみたいだった・・・ふふ」    
  静穂、瞬に向かって、さりげなく自然に、
静穂「ねぇ、寛之」
瞬M「ぎょえーっ」
 瞬、恐ろしい化けものを見たような顔。
静穂「(意味がわからず)ん?」
瞬M「おい!」
 静穂、自分の失言に気がついていない。
静穂「(笑顔で)今日ね」
 瞬、ものすごい形相で睨んでいる。
瞬M「がおーっ」
静穂「何? どうしたの?」
 瞬、険しさから一変、にやりとして、
瞬 「気がついてないんだ」
静穂「何が?」
瞬 「今、名前を間違ったの」
静穂「何を?」
瞬 「俺のことを・・・寛之って、呼んだ」
静穂「・・・(悲鳴に近い)ひえーっ」
瞬M「やっぱり気がついてなかったんだ」
 静穂、赤面し、激しくうろたえている。
静穂「ははは。聞き間違いだって」
瞬 「いや、確かに言った」
静穂「(動揺)言ってない。言ってないよ」
瞬M「言い訳は見苦しいぞ!」
静穂「言うわけないじゃん。ははは」
瞬M「・・・ということは、今、頭の中で、森野さんのことを、考えてたってこと?」
 静穂、ぶつぶつと自分に何事かを言い聞かせ、必死にごまかしている。
静穂「そんなわけないじゃん。ははは」
瞬M「それって、まさか?・・・」

○瞬の大学・学食
 瞬、天ぷらそばを食べていた手が、ぴたりと止まる。
瞬 「(ぽつりと)まだ、好きだってことじゃん・・・」
 美優、幸太、綾乃、一斉に瞬の方を見る。
 瞬、思考に入り込んでいて、三人の反応に気がついていない。
瞬 「そうだよ。嫌いで、別れたわけじゃないんだから・・・」
 瞬、また、そばをつるつると食べる。
 美優、瞬の不審な動きを、見ないようにして、サンドイッチをぱくぱくと食べる。
美優M「また、何か沼にはまっているし・・・」
 瞬、ふと我に返り、美優に関心が移る。
瞬M「何だかんだ言って、いつも美優に頼りたくなるのはどうしてだろう・・・親身になってくれるから? 一緒にいて楽しいから? 友達なのか?・・・」
 瞬、首をかしげて美優をじっと見ている。
 美優、しっかりと視線は感じている。 
美優M「何? 瞬、どうしたの?」   
瞬 「(美優にさらりと)前につき合えないって言ったこと、取り消す」
美優「えっ?」
瞬 「(さらりと)今度こそ、ちゃんとつき合う」
美優「(真っ赤)」
瞬 「(さらりと)今度は中途半端じゃなくて、前向きにがんばる」
美優「(真っ赤っか)」
 幸太、呆れて突っ込みをいれる。
幸太「おまえさぁ。そういう大切なことを、普通、そばを食いながら言わないだろう」
瞬 「(天然)あっ、そうか」
綾乃「しかも、私たちがいること、全然、気にしてないでしょう?」
瞬 「忘れてた」
幸太「昔から、ムードとか考えないタイプだよな。場の空気、読めてない。頭で考えたこと、何気に口にするクセ、なおしてくれ。すごく唐突で不気味だ」
瞬 「えっ?・・・そうなのか?」
綾乃「しかも、結構、自分の世界にはいるタイプだよね。妄想系」
瞬 「うっ・・・妄想系って」
幸太「瞬、おまえ、かなり変だから」
瞬 「・・・うっ」
綾乃「佐伯くんて、知れば知るほどヤバい」
瞬 「・・・ショック」
  美優、舞い上がり、満面の笑みで、
美優「うれしい。こちらこそよろしくお願いします。引き続きがんばります」
 綾乃、幸太、驚いて美優の顔を見る。
綾乃M「ここにも、場の空気を読めていないやつが」
幸太M「ある意味、お似合いってことか」
瞬 「よかったぁ」
幸太「さっきの、まだ好きだってことじゃん、発言は、美優ちゃんのことだったんだ」
瞬 「えっ? そんなこと言った?」
綾乃「うん。確かに言った!」
瞬M「しまった・・・」
 瞬、再び静穂へ関心が戻り、真顔。
幸太「やっぱ、おまえ、ヤバい」
美優M「またシィちゃんか・・・」
 美優、瞬の表情から、何かを読み取る。

○オフィス街・洋食屋
 街路に面したおしゃれな店。
 静穂と斉藤、ランチを食べている。
斉藤「チーフ。本当に、ゴチでいいんですか?」
静穂「うん。昨日、残業、手伝ってくれたお礼。急に頼んでごめんね」
斉藤「(明るくへらへらと)いいえ。特別、予定もなかったですから」
静穂「予定もなかったって。そんな、明るく・・・そこ、あえて突っ込まないから」
 斉藤、突っ込まないからという突っ込みに気がつかないまま、
斉藤「(無邪気に)じゃあ、デザートも頼んでいいですかぁ」
静穂「・・・ははは。いいよ。いいよ。もう、好きなもの、どんどん頼んじゃってよ」
斉藤「わーい」
 斉藤、メニューを開く。
 静穂、笑いながら、何となく、ウィンドー越しに、街路を見る。
静穂「えっ?」
 田上、浅田裕美と、道路の向こう側を歩いている。
静穂「えっ?・・・」
 並んで歩く田上と裕美。肩が触れ合うほどの距離と、ぴったりと合った歩調に、親密さを感じさせる。
静穂「・・・」

○学習塾(本社)・会議室・ドア
  「夏期講習説明会」の貼紙。

○同・内
 十数名の学生たちが、座っている。
 その中に、瞬もいる。
 前方に、森野と数人の役員たち。
 資料を配っている女性社員。
森野「では今から、夏期講習指導要項の説明会を始めます」
  瞬、森野をじーっと見ている。
  ×     ×     ×
(フラッシュ)
静穂「ねぇ、寛之」
  ×     ×     ×
 瞬、ものすごく不機嫌になる。
 森野、瞬の視線に、殺気を感じる。
森野「ん?」
瞬 「(じーっ)」
森野M「何だ。あの鬼のような顔は?」
   ×     ×     ×
  説明会が終了し、皆、帰っていく。
  瞬、資料をバッグに詰め、帰り支度をしている。
  森野、瞬に近づいてくる。
森野「よっ。瞬」
瞬 「・・・ちは」
  近くにいた女子社員が、それに気がつき、
女性社員「あら? 部長、お知り合いなんですか?」
森野「まあね(手で身長を示して)こーんな小さい時から知ってるよな」
瞬 「はい」
女性社員「きゃあ。きっと可愛かったんでしょうね」
森野「ああ。無邪気で本当に可愛かった。ぬいぐるみを抱いて寝ていたよな。はは」
 瞬、顔が引きつっている。
瞬M「今、言わなくても・・・」
女性社員「そんなことまで知ってるなんて、相当、親密っていう感じですね」
森野「ひょっとしたら、親父になってたかもな。ははは」
 森野、瞬の肩をポンポンと叩く。
瞬M「親父ィ?・・・・・・」

○(瞬・想像)リビング
 新聞を読んでいる、父・森野。
森野「久しぶりにキャッチボールでもするか? 瞬」
 嬉しそうな、息子・瞬。
瞬 「いいねー、親父!」

○(瞬・想像つづき)家の前とか
 キャッチボールをする、瞬と森野。
 瞬、剛速球を、森野のグラブに目がけてけて投げ込む。
森野「瞬、球、早くなったなぁ」
  同じく、剛速球を投げ返す、森野。
瞬 「でも、親父には、かなわないよ」
森野「(嬉しそうに)そうかぁ? ははは」
瞬 「あははは」
  鳥肌が立つような、笑顔のキャッチボール・・・。

○(現在)学習塾・会議室
 瞬、自身の低俗な想像に身震いする。
瞬 「(ぶるっ)」
女性社員「親父なんて、冗談ですよね」
森野「冗談じゃないよ。瞬の母ちゃん、俺の元カノだもん」
女性社員「そうなんですか?」
森野「ああ」
女子社員「だったら、納得です」
瞬M「納得するな!」
 瞬、ものすごい顔で、森野を睨んでいる。
森野「ははは。怒るなよ。もしも!『if』 だよ『if』」
瞬M「『if』・・・もしも、あの時、シィちゃんと森野さんが結婚していたら、森野さんは、俺の親父に、なっていたでしょう・・・って」
 瞬、頭がくらくらしてくる。重症の模様。
瞬 「俺・・・帰ります」
 瞬、バッグを持つと、ふらふらと出て行く。ガラス細工の少年・・・。
森野「ちょっと、いじめすぎた?」
女子社員「ですね」

○居酒屋・カウンター席
  静穂、田上、並んで座っている。
静穂「あのう。今日、見ちゃったんですけど」
田上「えっ?」
静穂「田上さんがきれいな女性と歩いているところ」
田上「きれいな女性?・・・」
静穂「はい。セレブな感じの」
田上「セレブ?・・・ああ。ひょっとして、昼間のあれかな」
静穂「はい。昼間のあれです」
田上「(笑いながら)元ツマ」
静穂「モトツマ?・・・」
田上「元奥さん。偶然、会ったんだ。何年ぶりかなぁ」
静穂「元ツマ。はいはい(ほっとして)そうですかぁ」
田上「(にまっとして)」
静穂「ん?」
田上「ひょっとして、やきもち焼いてくれた?」
静穂「(真っ赤になっている)」
田上「はは(やった!)」
静穂「へへへ」
 静穂、照れ隠しに、ビールをぐっと飲む。
静穂M「でも、きれいな人だったなぁ・・・ん? ちょっと待ってよ・・・そう言えば、離婚原因、奥さんに好きな人ができたって・・・田上さんの方が嫌いになって別れたわけじゃないんだ・・・それって、まだ元ツマのこと・・・好きってこと?」

○美優の部屋
 瞬と美優、二人仲良く並んで、スマホの動画を見ている・・・ようで、見ていない。それぞれに別の世界に入り込んでいる。
   ×     ×     ×
(美優・フラッシュ)
瞬 「(美優にさらりと)前につき合えないって言ったこと、取り消す」
美優「えっ?」
瞬 「(さらりと)ちゃんとつき合う」
美優「(真っ赤)」
瞬 「(さらりと)今度は中途半端じゃなくて、前向きにがんばる」
   ×     ×     ×
美優、幸せそうに、にやにやしている。
   ×     ×     ×
(瞬・フラッシュ)
森野「冗談じゃないよ。瞬の母ちゃん、俺の元カノだもん」
   ×     ×     ×
 瞬、どんよりと落ち込んでいる。
瞬 「(ぽつりと)よーく考えたら、俺より、ずーっと先に、シィちゃんを女性として、見初めた人なんだ・・・・・・」
 瞬、がくっと頭を垂れる。
 美優、はっとして、瞬の横顔を見る。
美優「やっぱり、シィちゃんのこと考えてたのね」
瞬 「やっぱりって?」
美優「だって、学校にいる間じゅう、ずっとぶつぶつ言ってたもん」
瞬 「うっ・・・俺ってヤバイ?」
美優「うん」
瞬 「(がくっ)」
美優「ふふ(そういうとこも好きなのよ)」
瞬 「(可愛くふくれて)だってさぁ、シィちゃん、朝、俺のこと、寛之って呼んだんだ」
美優「ヒロユキって、誰?」
瞬 「森野さん。元カレ」
美優「ひょっとして、月の涙の?」
瞬 「そう。偶然バイト先の経営本部長だったんだ。十五年ぶりの奇妙な再会」
美優「そういうことってあるのね・・・」
瞬 「でも、シィちゃんには言ってないんだ。っていうか、言いそびれちゃって」
美優「それなのに、突然、シィちゃんの口から名前が、出てきたわけね」
瞬 「それって、頭の中で、ヤツのことを考えてたってことだろう?」
美優「(ヤツって・・・)確かに」
瞬 「せっかく、田上さんといい感じなのに、なぜ故、今さら、寛之なんだよ!」
美優「それで、学食でいきなり、まだ好きだってことじゃん、って言ったのね」
瞬 「(苦笑い)気がつかないうちに言ってたんだ・・・・・・まさにその通り」
美優M「その通り、じゃないっつうの! その言葉、そのまま、そっくりお返しするわ。瞬 、あなたも、まだ、シィちゃんのことを、好きなんじゃないの!」
瞬 「(いたって真剣に)田上さんと森野さんが海で溺れたら、シィちゃん、どっちを助けるんだろう・・・・・・」
  美優、あまりに真剣な瞬に、ふっと笑って、
美優「すっごい、古典的な恋愛二択問題!」
瞬 「・・・(ふくれている)」
美優「その溺れているメンバーに、瞬は入らないの?」
瞬 「当たり前じゃん」
美優「どうして?」
瞬 「(瞳をきらきらさせて)だって、俺が入っちゃったら、シィちゃん、    
 迷わず俺のこと助けるもん」
美優「ははは・・・(どこから来るの? その自信・・・)分からないよー」
瞬 「えっ?・・・(表情が曇る)」
美優「冗談」
瞬 「・・・(落ち込む)」
美優「大丈夫。その時は、私が、ボートで助けに行くから」
瞬 「どうして、ボート?」
美優「泳げないから」
瞬 「俺、泳げるから大丈夫だよ」
美優「よかった」
瞬 「教師目指してるのに、カナヅチって、ヤバくない?」
美優「うっ・・・って、話それてる」
瞬 「だね」
美優「それなら、シィちゃんに揺さぶりかけてみたら?」
瞬 「揺さぶり?」
美優「森野さんに会ったって、正直に言ってみたら?」
瞬 「!」
美優「どういう反応するか」
瞬 「相変わらず、美優は策士だね」
美優「それ、褒めてる?」
瞬 「うん。頼りになる」
美優「(小悪魔)ふふふ」

○静穂宅・リビング(いつもの朝食風景)
瞬 「俺、森野さんに会った」
静穂「(耳を疑うように)えっ?」
瞬 「今バイトしている塾、森野さんの勤め先だったんだ」
 静穂、驚いて、食事が喉に詰まる。
静穂「(胸元をトントン叩く)」
瞬M「予想どおりのリアクション・・・」
 静穂、慌てて、コーヒーをずずずと飲む。
静穂「へ、へぇ・・・」
瞬 「つい最近、偶然、塾の方に来て、はじめて知ったんだ。夏期講習のバイトもしてくれって頼まれた」
静穂「そ、そうなんだ・・・」
瞬 「森野さん、最初、俺だってわからなかったから、驚いてた」
静穂「そ、そうだよね。瞬、まだ五歳だったものね。あはは」
瞬 「でも、俺の方は森野さんのこと、すぐに分かった」
静穂「えっ?」
瞬 「森野さん、全然、あの頃と変わってなかったから」
静穂「変わってない・・・そうなんだ・・・(別の世界へ思考が飛んでいく)」

○大学・学食
  瞬、美優、幸太、綾乃。いつもの配置。
瞬 「それから、シィちゃん、ずっと、ぼーっとしてた」
美優「その、ぼーっとが微妙」
幸太「まだ、その人のことが好きなんじゃないのか?」
瞬 「やっぱり?」
綾乃「わかるなぁ。女って、引きずるんだよね。恋愛って、濃さがあるのよ」
瞬 「濃さ?」
綾乃「濃くて苦いエスプレッソたいな」
幸太「何で例えがコーヒーなんだよ」
美優「なんか分かる気がする」
幸太「分かるんだ・・・」
綾乃「きっと、シィちゃんとその森野さんという人は、まさにエスプレッソだったのよ」
瞬 「エスプレッソ・・・???」
美優「綾乃も、三枝さんとそうだったのね」
幸太「えっ?」
綾乃「わかるー? そうなのよ。だから、忘れられないの」
幸太M「三枝? おいおい、それ誰だよ! 初登場じゃないかよ」
瞬 「シィちゃんの出張前に、森野さんの話、ちょっと、酷だったかなぁ」
幸太「(にっと笑って)えっ? 出張?」

○静穂宅・ダイニング
 美優、幸太、綾乃、ビールを飲みながら、わいわいとやっている。
 瞬、次々と料理を運んでくる。
幸太「瞬、おまえ、どんどん料理うまくなっていくな。大学やめて、レストラン開け」
綾乃「専業主夫もいいんじゃない?」
瞬 「考えておく」
美優「でも、シィちゃんの留守中にいいの?」
瞬 「いつものことだから。幸太、昔から、必ず来るんだよ」
幸太「瞬ちゃんが、寂しいだろうと思って」
瞬 「否定はしない」
綾乃「悪いこと、してたんじゃないの?」
幸太「ははは。エッチな本、見たくらいだよな」
美優「そうなんだ」
瞬 「はは」
 ピンポーン(インターフォン)とチャイムが鳴る。
幸太「えっ? まさか、シィちゃん、帰ってきた?」
瞬 「?」
  
○同・玄関
 瞬、ドアを開ける。
瞬 「はい」
  大口明美と娘・紅葉。
明美「久しぶりー。瞬ちゃん!」
紅葉「(手を振りながら)瞬ちゃーん」
 瞬、驚いている。
 紅葉、瞬に抱きつき、抱っこをせがむ。
 瞬、紅葉を抱きかかえながら、
瞬 「アーちゃん。どうしたんですか?」
明美「家出してきちゃった」
瞬 「えーっ。また?」
  
○同・リビング・ドア
綾乃「誰?」
幸太「またまた初登場」
美優「アーちゃん?」

○同・ダイニング
 不思議な空気の美優、幸太、綾乃。
 明美と紅葉、しっかり参加している。
明美「そうか。静穂、出張だったんだ。ずっと、携帯が繋がらないから、とりあえず、押しかけて来ちゃったの。ごめんね。瞬ちゃん」
瞬 「全然、大丈夫です」
  瞬、笑顔。美優、幸太、綾乃の視線を感じて、
瞬 「こちら、大口明美さん」
幸太「大口? 明美?」
  幸太の視線が、明美の口に。
明美「だから、フルネームで紹介するなっての!」
  明美、瞬をバシッと叩く。
瞬 「ははは」
紅葉「あははは」
明美「静穂とは、大学からの友達なの」
瞬 「小さい時、シィちゃんが、出張とかで、どうしても家を空けなきゃいけない時、来てもらってたんだ。第二の母」
明美「いつもぬいぐるみと寝てたよね」
美優「えっ? そうなの?」
 瞬、まずいという表情。
瞬M「だから、どうして、皆それを言う・・・」
幸太「甘えっこ全開だな」
綾乃「キャラがどんどん崩壊していく」
紅葉「瞬ちゃん、いじめちゃだめ。紅葉の王子様なんだから」
美優「王子様・・・」
綾乃「美優。ライバル出現」

○同・静穂の寝室
  紅葉、ベッドに寝ている。

○同・リビング
 明美、顔を赤くし、かなり酔ってきている。
明美「大学時代っていいよね。本当に楽しかった。友達とわいわいがやがや。酒飲んで、騒いで、恋して、ふられて、また飲んで」
綾乃「そうですよね」
明美「昔に戻ったみたいで、楽しい!」
 瞬、やさしい笑顔を浮かべて、明美のグラスに日本酒を注ぐ。
明美「ありがと。瞬ちゃん」
  美優、瞬の思いやりにうっとり。
美優M「瞬て、本当にやさしい・・・」
明美「せっかく、若者だけだったのに、とんだ邪魔が入っちゃってごめんね」
瞬 「シィちゃんだって、いつも、ここに参加してますから。全然、オッケーです」
幸太「大歓迎です」
美優「どんどん飲んで下さい」
 明美、瞬を抱きしめて、
明美「瞬ちゃん、よかったね。いい友達ばっかりで」
瞬 「ははは(苦笑い)」
綾乃「で、家出の原因は何ですか?」
明美「・・・(酔いが吹き飛ぶ)」  
 皆、サーッと引く。一瞬、静まりかえる。
幸太M「本当にコイツは」
綾乃「何か、まずいこと聞いちゃいました? へへへ」
明美「ははは・・・ダンナのポケットにキャバクラの名刺が入ってたのよ」
瞬 「(ぽつりと)これで3回目だ・・・」
美優「そうなの?」
瞬 「うん」
綾乃「名刺だけなら、大丈夫ですよ」
明美「(単純)そう? そうよねぇ」
綾乃「そうですよ。それより、私、シィちゃんと森野さんのこと聞きたーい」
瞬 「!」
美優M「ナイス綾乃!」
明美「静穂と森野さん?」
綾乃「はい」
明美「森野さんて、ひとつ上の学年で、サークル内で、すっごくモテてたのよ。静穂も私も、入学した時から、憧れてた・・・」

○(回想・二十年前)キャンプ場(早朝)
 静穂と明美(当時20)。サークルのキャンプで朝食の豚汁などを作っている。
明美「私たちって、要領悪いよね」
静穂「(笑って)いつも、こういう役回り」
明美「部費とか払わない幽霊部員の女に限って、キャンプとかの行事には、堂々と来るよね。そして、酒代もやっぱり払わない」
静穂「(苦笑い)そうそう」
明美「男どもも鼻の下のばして、部費未納のことを何も言わない。ちやほやする」
 静穂、明美の視線が、五メートル先で、遊んでいる他の女子たちに向けられる。
明美「少しは朝飯作りを手伝えっつうの」
静穂「やらないもの勝ちだって・・・」
明美「私たちって分かってるけど、やっちゃうんだよね。お節介な母ちゃんみたいに」
  明美、見事な手さばきで、ささがきゴボウをボウルに投入している。
静穂「明美、いい奥さんになるわ」
明美「私さぁ。大学のサークルに入ったら、すぐに彼氏とかできると思ってたのよ」
静穂「同じく」
明美「でも、いい男は、さっさと可愛い子とふっついちゃって」
静穂「そうそう」
明美「残ってるのって、森野さんだけだよね」
静穂「うん・・・(赤くなっている)」
 先出の遊んでいる女子学生たち。
明美「あの集団も、もろに森野さん狙いだもんね」

○(回想つづき)同・テント内
  静穂、入り口から顔を出す。
静穂「森野さーん。起きて下さい。朝食ですよ」
 森野、酔ったまま寝付いたというような格好で眠っている。他に誰もいない。
森野「ZZZ・・・」
静穂「森野さん」
森野「ZZZ・・・」
  静穂、静かに入ってくる。
静穂「森野さん、起きて下さい」
森野「ZZZ・・・」
 静穂、森野のすぐ近くまできて、
静穂「森野さん・・・」
 静穂、森野の寝顔に見とれる。
森野「・・・(意識は起きている)」
 静穂、森野の肩に手をかけて揺する。
静穂「・・・起きてくだ」
 森野、突然、静穂の手首を掴む。
静穂「!」
 森野、静穂の手を引き寄せ、抱きしめる。森野の上に、静穂が横たわり、乗っている感じ。
静穂「ひえーっ」
森野「星野」
静穂「もっ、森野さん、まだ酔ってますね」
森野「俺とつき合え」
静穂「どっ、どこにですか?」
森野「相変わらす、ボケてんな」
静穂「ははは・・・なんちゃって」
森野「本気だよ」
静穂「・・・私、ブスですよ」
森野「そんなことねーよ」
静穂「・・・色気ないし」
森野「そんなものいらねーよ」
静穂「・・・からかってません?」
森野「それ以上言うと・・・この野郎、キスしてやるぞ」
静穂「・・・」
森野「・・・」
静穂「それ、太宰治のパクリじゃ・・・」
森野「バレた?」
静穂「はい」
森野「じゃあ、つづきを言ってみて」
静穂「・・・してよ?」
 明美、その様子を垣間見てほほ笑む。

○(現在)静穂宅・リビング
明美「ってな具合よ。映画のシーンかとツッコミ入れたくなったわよ」
綾乃「森野さんっていう人、かっこいい」
美優「すごいロマンチック・・・」
幸太「キザ野郎だな」
 美優、綾乃の抗議の視線が幸太に刺さる。
幸太「すみません」
瞬 「森野、やるじゃん・・・」
明美「私は、その場で失恋。でも、静穂ならいいかなぁって。外見だけ着飾っている女じゃなくて、静穂を選んだのよ。森野さんは、女を中身で判断できる最高の男、って感じかなぁ。静穂、本当に幸せそうだったわよ・・・」
瞬 「・・・」

○同・静穂の寝室
 明美、紅葉、ベッドで眠っている。
 綾乃、ベッド脇の布団に眠っている。

○瞬の部屋
 幸太、ベッド脇の布団に寝ている。

○同・ベランダ(月夜)
 瞬、美優、並んで月を見ている。
美優「風が気持ちいいね」
瞬 「うん・・・」
美優「私、思うんだけど・・・きっと、シィちゃん、胸がキュンとなるんだと思う」
瞬 「えっ?」
美優「まだ好きだからじゃなくて、森野さんのことを思い出すと、キュンとなるの」
瞬 「そんなものかなぁ」
美優「うん。私も、きっとそう。このまま、瞬と学生時代を過ごすでしょう? でもね、事情があって、別れちゃうの。でね、気がついたら四十歳。ひょっとしたら、他の人と結婚しているかもしれない。子供もいるかもしれない。でも、瞬のことを思い出したら、胸がキュンとなる。それは、もっと 年をとっても変わらない。ずっと、ずっとキュンとなる思い出として、心の中に居続けるの・・・」
瞬 「ノスタルジーってことか・・・」
美優「そう。どの場面を思い出しても、輝いていて、どんな言葉にも、どきどきしてた。そんな自分が愛おしいの」
瞬 「俺が森野さんだったら、絶対に別れないのになぁ。四十になっても、ずっと一緒にいる・・・」
美優「瞬・・・・・・(勝手に赤面)」
瞬 「・・・つもり?」
 美優、ずっこけて、ふっと笑う。
美優「・・・シィちゃんだって、森野さんだって、そのつもりだったのよね。きっと、永遠を心に誓っていたんだと思う・・・」
 瞬、美優をじっと見つめる。
瞬 「いつも、俺の女々しい悩みに、真剣に答えてくれて、ありがとう」
美優「どういたしまして」
 瞬と美優が寄り添うような後ろ姿。
 十五年前の静穂と森野に重なる。

○(回想・二十年前)キャンプ場(夜)
  静穂、森野の肩にもたれかかり、月を見ている。月が笑っている。

○(翌日)静穂の会社・デスク
 静穂、土産を抱え、入ってくる。
静穂「ただいま、出張から、戻りました」
斉藤「おかえりなさい」
久恵「どうでした?」
静穂「バッチグーよ」
久恵「それ、死語ですって・・・」

○同・休憩室
 静穂、田上に電話をしている。
静穂「星野です。はい。今、出張から戻ったところです。じゃあ、おみやげ持って、帰りそちらに寄ります。はい。それでは、後で。はい」
 静穂、にんまりする。引き続き、瞬に電話する。
静穂「ああ。瞬? 今日、田上さんのところ寄ってから、帰る。晩ごはんは食べるから、よろしく。明美が来て、泊まっていったんでしょう。ごめんね。えっ? まだ、帰らないって言ってるの? あらら。ごめんね。大変だったでしょう?」

○田上のマンション・正面玄関・前(夜)
 静穂、土産を持って歩いてくる。
 道路を挟んだ反対側に、自動車が止まっている。
 自動車のすぐ横に、裕美が立ち、マンションを見つめている。
静穂「(思わず)あっ!」
裕美「えっ?」
静穂「確か、田上さんの(元ツマ・・・)」
裕美「ひょっとして、田上の(今カノ?)」

○田上宅・リビング
 静穂、裕美、コーヒーを飲んでいる。
裕美「留守宅に上がり込んで、心苦しいわ」
静穂「私が言うのもなんですが、別に構いませんよね。私よりこの家に詳しいわけですし・・・(苦笑い)」
 静穂、思わず部屋の中を眺める。
 裕美、静穂につられて、部屋を眺める。
裕美「ごめんなさいね。未練とか、寄りを戻したいとか、そんなんじゃないのよ」
静穂「(笑顔)はい・・・」
裕美「ノスタルジーっていうのかなぁ。この近くを通りかかったら、懐かしくなっちゃって。この間、偶然、街で会ったせいもあるかしら。田上と十五年、ここで暮らしたんだなぁって・・・本当に、それだけなのよ」
静穂「それ、わかります。私も昨日、ノスタルジーに取りつかれてましたから」
裕美「えっ?」
静穂「息子のバイト先の上司、昔の恋人だったんです・・・ 話聞いたら、ちょっと、会ってみたいなって、思っちゃいました。青春の甘酸っぱい思い出に、もう、胸キュンです」
裕美「女って、そう言うところ、あるわよね」
静穂「はいっ、あるあるです」
 静穂のひょうきんさに救われ、リラックスする、裕美。
裕美「息子さん、いらっしゃるの?」
静穂「ええ。大学生の」
裕美「ずいぶん若い時に産んだのね」
静穂「血は繋がってないんです。亡くなった親友の忘れ形見なんです」
裕美「そう・・・」
 玄関のドアが開く音がする。
裕美「まずいわ。帰って来ちゃった」  
 田上の足音が近づいてくる。
 田上、入ってくるなり、裕美と視線が合う。
 その視線、静穂に移る。
田上「(動揺して)この組み合わせ・・・どう、理解したらいいのかな・・・」
静穂「遭遇しちゃいました」
 静穂、おどけた表情をつくって、裕美を指差す。
静穂「元ツマと」
 裕美、それにのって、静穂を指差す。
裕美「今カノ?」
静穂「ふふ」
裕美「あはは」
 静穂、裕美、けたけたと笑い合う。
田上「はは・・・(苦笑い)」
 静穂、すっと立ち上がる。
静穂「で、すみません。今日は、これで帰ります」
田上「えっ?」
静穂「大学時代の友人が、ご主人とケンカして、家出してきてるんです」
田上「そう」
静穂「昨日、留守中に突然、来たみたいで。瞬が酒の相手をしてくれたんですけど」
田上「瞬くんが?(想像して)あははは」
静穂「結構、役に立つんですよ。ああ見えて。おばさんキラーっていうんですか。私で、慣れてるからかなぁ。扱いがすごくうまいんです」
田上「あはははは」
 裕美、田上の笑い顔を不思議そうに見ている。
静穂「お土産は、仙台名物、笹かまぼこです。冷蔵庫に入れてありますから、食べて下さいね」
田上「わざわざ、ありがとう」
 裕美、すっと立ち上がる。  
裕美「私、車だから、家まで送らせて」  
静穂「えっ?」
 静穂、田上をちらっと見る。
田上「そうするといいよ。早く、瞬くん、解放してあげないと」
静穂「じゃあ、お言葉に甘えて」
田上「(裕美に)頼むよ」
裕美「ええ」

○裕美の車・内(夜)
 裕美、運転している。助手席に、静穂。
裕美「田上が、あなたのこと好きになったの、何だか分かるわ」
静穂「えっ?」
裕美「田上が、あんなに楽しそうに、笑うところ、はじめて見たもの」
静穂「そうですか? 田上さん、結構、笑い上戸だと思うんですけど」
裕美「それは、あなたの前だからよ。ううん。あなたといるからよ」
静穂「・・・」
裕美「あなたと話せて、よかったわ」
静穂「私もです」
 静穂、裕美の横顔に、やさしく微笑みかける。

○静穂宅・玄関(夜)
静穂、玄関を入ると、リビングから賑やかな声が聞こえる。
静穂「明美のヤツ、すでに盛り上がっているし・・・」

○同・リビング
静穂、勢いよく入ってくる。
静穂「(おどけて)ただいまーっ」
明美「おかえりーっ」
紅葉「おかえりーっ」
森野「よっ!」
 静穂、固まっている。心臓、バクバク。
静穂「寛之・・・(赤面)」
森野「久々の再会を祝して、早く飲もうぜ」
 静穂、幽霊を見たかのよう。
静穂「・・・何で?」
 瞬、キッチンから、料理を運んでくる。
瞬 「(苦笑い)おかえり、シィちゃん・・・」
静穂、放心状態のまま、瞬の腕をつかむ と、キッチンへ引きずり込む。

○同・キッチン
静穂、瞬にすがりつくように、床に座り込む。かなり動揺している。
静穂「(ひそひそと)何で? どうして? よく事情が、飲み込めないんだけど・・・」
瞬 「(ひそひそと)今日、バイトに行ったら、森野さんが視察に来ててさ。アーちゃんが家出してきてるって言ったら、懐かしい、会いたいとか言い出して」
静穂「で、あれ」
瞬 「うん・・・」
静穂「何てことを・・・」
 瞬、静穂の肩をがしっとつかむ。
瞬 「シィちゃん、ファイト!」
静穂「えっ?」
瞬 「・・・同窓会だよ。十五年ぶりの」
静穂「同窓会・・・」
瞬 「だから、笑顔!」
  瞬、にっと笑ってみせる。
静穂「瞬・・・めっちゃいい男になったね」
瞬 「当たり前じゃん。シィちゃんの背中見て育ってきたんだから」
  静穂、涙腺がゆるんでくる。
静穂「もう、瞬、か・わ・い・い」
  静穂、瞬の頭をくしゃくしゃにする。
瞬 「うわぁ。やめろ!」
 といいつつ、ちょっと、嬉しそうな、瞬。

○静穂の寝室
 紅葉、ベッドの中でにこにこしている。
 瞬、ベッド脇で、絵本を読んでいる。

○同・リビング
 静穂、森野、明美、盛り上がっている。
森野「うち、女の子三人。十歳と八歳と六歳」
明美「間髪いれず、がんばりましたね」
森野「おうっ。明美もマル高がんばったな」
明美「それ褒められてます?」
森野「栄誉を讃えてるんだよ」
明美「(単純)どうもーっ」
静穂「寛之も、パパなんだね」
森野「女ばっかりだから、きついぞー。今に汚いとかくさいとか言われて、嫌われるんだろうなぁ」
明美「森野さんなら、そんなことないですよ。かっこいいパパだもの」
静穂「(頷いて)うん、そう思う」
森野「そうかぁ・・・そっちこそ。瞬、いい男に育ったな」
静穂「ありがと。私が頼りないから、しっかりしてるんだよね」
明美「料理うまいし、家事は完璧にこなすし、ああいう自立した男の時代だよね。ウチのダンナなんか、何がどこにあるのかもわからないし、服は脱いだら脱ぎっぱなし。それなのに、キャバクラ遊びだけは一丁前」
静穂「そこ、こだわってるし」
森野「ははは」
明美「でも、森野さん、全然、変わらないですよね。若い時のまま」
森野「(嬉しそうに)そうか?」
 静穂と明美、うんうんと頷く。
森野「(淡々と)静穂と明美は、結構、変わったよなぁ」
静穂「えっ?」
明美「どのように?」
森野「どのようにって・・・目尻の小じわが月日を物語っている。うんうん」
 静穂と明美、カチーンときている。あ・うんの呼吸で、目を合わせ、頷き合う。
   ×     ×     ×
 瞬、静穂の寝室から出てくる。
瞬 「紅葉ちゃん、寝たよ・・・」
 森野、泥酔し、大の字になっている。
瞬 「あれ? 森野さん、どうしたの?」
静穂「(にやっとして)取りあえず、つぶしておきました」
明美「(同じく、にやり)言葉の選択を間違えたから」
瞬M「・・・こわっ。一体、何を言ったんだろう・・・・・・森野さん」
 哀れな森野、もはや、立ち上がる気配がない。
静穂「ふふふ」
明美「あはは」
静穂「わっはっは」
明美「がっはっは」
 四十女ふたり、妖怪の宴状態。
瞬M「・・・見なかったことにしよう」

○同・瞬の部屋
  静穂、布団を敷いている。

○同・リビング
 静穂、瞬の部屋から出てくる。
静穂「布団の用意、できたよ」
明美「じゃあ、運びますか」
  静穂と明美の視線が、瞬に向く。
瞬 「えっ? 俺?」
  静穂と明美、うんうんと頷く。
瞬 「やれやれ・・・」

○同・瞬の部屋
 瞬、森野の体を抱え、足をそれぞれ静穂、明美が持っている。そのまま、どさっと布団に寝かせる。
瞬 「重い」
静穂「はい、お疲れ」
 明美、森野の胸ポケットから、携帯を取り出す。
明美「じゃあ、瞬ちゃん、奥さんに電話して」
瞬 「えっ?」
明美「瞬ちゃんしか、いないでしょう」
静穂「うんうん」
瞬 「何で?」
明美「何でって、女がかけちゃまずいでしょう」
瞬 「あっ、そうか・・・って、俺ーっ?(泣きそう)」
静穂「こんな酔っぱらい、タクシーは無理」
明美「奥さんに迎えにきてもらったら、元カノのウチにいたってバレちゃうし」
 瞬、まんまと丸め込まれる。
瞬 「・・・わかった・・・でも、何て 言えばいいわけ?・・・嘘は苦手で」
明美「私が、指示出してあげるから。取りあえず、あっち。あっち」
 瞬、明美に背中を押され、リビングへと連行されていく。ドアが閉まる。
 静穂、森野と二人きりになる。
静穂、布団の側に座り、じっと森野の顔を見ている。
静穂「・・・」

○同・リビング
 明美、カンペを出している。
 瞬、携帯を耳に当て緊張している。
瞬 「あっ、もしもし、森野さんのお宅ですか?」
 瞬、カンペを見る。
  (カンペ)『バイトでお世話になっています△△大学の佐伯瞬と申します』
瞬 「僕はバイトでお世話になっています△△大学の佐伯瞬と申します」
 明美、カンペをめくる。
  (カンペ)『実は、恋愛の相談にのってもらっているうちに』
瞬 「実は、恋愛の相談に(恋愛の相談かよ!)のってもらっているうちに」
明美、カンペをめくる。
 (カンペ)『森野さん、ものすごく酔っぱらってしまいまして』
瞬 「森野さん、ものすごく酔っぱらってしまいまして」
 (カンペ)『このまま、僕のウチにお泊めしてもよろしいでしょうか』
瞬 「このまま、僕のウチにお泊めしても、よろしいでしょうか」 
 明美、OKサインを出している。
 頷く、瞬。順調さに、少々、安堵。
瞬 「えっ? 迎えに来る?」
 一転、慌てる、瞬。
  明美、慌てて、紙にペンを走らせる。
瞬 「えっと、そうですね。あのう・・・・」
 (カンペ)『ここ、下宿で、門限すぎてしまって』
  瞬、三回頷く。
瞬 「ここ、下宿で、門限すぎてしまってまして・・・・・・」
  明美、頷き、次の攻撃に備えている。
瞬 「そうなんです。すごく恐いんです。下宿のおばさん。怪獣みたいなんです」
明美「えっ?」
  瞬、イメージを膨らませるため、明美をしげしげと眺める。
瞬 「逆らうものなら、即、プロレス技。太い腕で首を締め上げるんです」
明美「なんで、私見ながら、話すのよ」

○同・瞬の部屋
 静穂、森野の側を離れようとする。
森野、静穂の手首をつかむ。
 静穂、驚いて、体勢を崩す。
静穂「!」
 森野、目を開ける。
森野「会えてよかったよ」
静穂「えっ?・・・」
森野「また会えて、よかった」
静穂「寛之・・・」
森野「幸せになれよ」
静穂「・・・」
森野「うーんと幸せになれよ」
 静穂、にっこり微笑んで、
静穂「今、十分、幸せだよ」
森野「そうか・・・それなら、いいや」
 森野、ふっと笑い、瞳を閉じる。
静穂「よくない」
森野「えっ?」
静穂「狸寝入りしてたわけね」
森野「いや・・・今、目覚めて・・・ははは」

○同・リビング
 瞬、明美にスリーパー・ホールドをかけられている。
明美「怪獣みたいな、下宿のおばさんて、誰?」
瞬 「ぎょえー。作り話ですー」

○同・瞬の部屋
 静穂、森野にスリーパー・ホールドをかけている。が、あまり効いていない。
静穂「とっとと、家に帰りなさい!」
森野「相変わらす、胸ないな」
静穂「・・・」
森野「ははは」
 静穂、さらに力を入れて、締め上げる。
静穂M「昔と変わらない寛之の匂い・・・」

○(翌日)美優の部屋(夜)
 瞬、脱力して、ココアを飲んでいる。
 美優、嬉しそうに、隣に寄り添っている。
美優「大変だったね」
瞬 「さすがに疲れた」
美優「でも、よかったね。きっと、シィちゃん、森野さんのこと、完全に吹っ切れたと思うなぁ」
瞬 「だよね」
美優「で、家出してきたの?」
瞬 「家出じゃなくて、避難しにきた」
美優「避難?」
瞬 「今頃、アーちゃんのダンナさん、スリーパー・ホールドかけられてると思う」
美優「ご主人、謝りに来てるんだ」
瞬 「いつものパターンだから」
美優「ケンカするけど、仲いいんだね」
瞬 「だから、やきもち焼くんじゃないかな。キャバクラ行っただけで」
美優「ふふ。そうだね」
瞬 「今日は、ゆっくり寝られる。明日、休みだし。ふぁー(あくび)」
 瞬、マグカップを置くと、横にあったバッグから、パジャマと歯ブラシを出す。
美優「ちゃんとパジャマ持参してくるよね」
瞬 「だって、泊まる気、満々だもん」
美優「(赤面している)」
瞬 「(真面目に)心配しなくていいよ。簡単に手を出したりしないから」
美優M「えっ?・・・出してくれてもいいんですけど・・・」
瞬 「約束する」
美優M「・・・約束しなくていい」
瞬 「ん?」
美優「(ふくれて)やっぱり、瞬、変!」
瞬 「えっ? 何、怒ってんの?」
美優「もう、おウチに帰りなさい!」
瞬 「えーっ」
美優「えーっじゃない!」
瞬 「!」  
 瞬、着ていた服をバーッと脱ぐと、速攻でパジャマに着替えてしまう。
美優「あー、ずるい」
瞬 「実力行使!」
 瞬、さっと、美優のベッドから毛布を剥ぎ取り、くるまる。
瞬 「あっ、この毛布・・・美優の匂いがする・・・」
美優「えっ? そうなの?」 
 瞬、毛布に頬をすり寄せ床に横たわる。
瞬 「だめだ・・・我慢できない・・・」
美優「・・・(赤面してくる)」
瞬 「・・・(顔を伏している)」
美優「(予感にどきどきしている)」
瞬 「ZZZ・・・」
美優「(つっこむ)寝てるし!」
 瞬のかわいい寝顔。       
    第4話につづく             


いいなと思ったら応援しよう!