見出し画像

『日傘とメロンとコーヒーゼリー』

 小学校教諭のひとみは、赴任先の釧路で単身赴任中の伸吾と不倫の恋に落ちる。一年後、伸吾の札幌転勤を機に別れを切り出され、すんなりと受け入れる。しかし、女はそんなに単純ではない。夏休みに入り、札幌の実家に帰省したひとみは、沸々とこみ上げる感情をもてあまし、伸吾の家に『打ち上げ花火3連発』をお見舞いしようと思い立つ。悲劇のヒロインなんていない。女は超高速回転の心を持つ、タフな生き物なのだ。

【登場人物】
青田ひとみ(24)小学校教諭
 水島冬波(21)大学生
 水島伸吾(51)冬波の父・銀行員
 水島綾子(46)冬波の母
 水島夏生(17)冬波の弟

○札幌・大通公園・全風景
  真夏のぎらぎらとした太陽。
  テレビ塔。時刻は『10時6分』。
  じりじりと照りつける日射し。
  噴水の涼しげな水しぶき。
  そのまわりで、はしゃぐ幼児たち。
  夏の風物詩、とうきびワゴン。
ひとみM「今年の札幌は、暑かった。暑すぎて、夜もろくに眠れず、何やら、よからぬ事を考えたくなった。明日は豊平川の花火大会。そうだ。あの人の家に行ってみよう。どかんと華麗に、打ち上げ花火でも上げてこよう・・・私は、自分が思っている以上に、陰湿で、執念深い女だったのだ」

○青田家
  住宅街にある一軒家。
  近くに小さな森林公園がある。
  そこから、降り注ぐような蝉の声。 

○ 同・二階・ひとみの部屋 
  壁にかけられている真新しいワンピース。清楚なお嬢様風のデザインである。襟元に、プライスのタグがついたままになっている。39800円に×印がついて、19800円の赤印字に訂正されている。
  それを取ろうとする白く細長い手。
  青田ひとみ(24)である。
  ひとみは、ワンピースのタグをハサミで切ると、姿見の前へ行き、それを当ててみる。
ひとみ「もうっ、すごく似合う」
  確かに、似合っている。

○同・一階・廊下
  二階より、パタパタと降りてくるひとみ。その足音を、聞きつけ、母親がリビングより顔を出す。
  先出のワンピースを着たひとみが、玄関で靴を履こうとしている。
母「あれっ?出かけるの?」
ひとみ「うん。夕方には、戻るから」
母「(口元だけ笑って)ふーん」
ひとみ「何? その、ふーんって」
母「何か、やけに、おしゃれしてるなぁ、と思って」
ひとみ「街に買い物、行くから」
母「ふーん」
ひとみ「じゃあ、いってきます」
  ひとみは、ドア付近に立てかけてあった白い日傘を持って出る。

○同・玄関前
  じりじりと照りつける日射し。
ひとみ「暑ーい」
  日傘を、ばさっと勢いよく広げる。
ひとみM「(あの人がくれた傘・・・)」
  ひとみは、意を決したように、歩き出す。
ひとみM「(どうして、笑って『さようなら』なんて言えたんだろう。しかも『お元気で』なんて、元気に手まで振っちゃったりして・・・私の・・・バカ・・・)」
  日傘を差した、ひとみの後姿。

○ 『日傘とメロンとコーヒーゼリー』

○地下鉄・車内
  ひとみは、吊革につかまり立っている。
  彼女の姿が、暗闇を移動する車窓に、ぼんやりと映る。
ひとみM「(これから、打ち上げ花火を買いに行く女・・・あの人が悪いのよ。こーんな純情な女に、やさしくしたりするから・・・きっと、もう私を思い出すこともないんでしょうね・・・そう、私を思い出さない・・・)」      

○(回想)一年前・釧路
  霧の『幣舞橋』。そこに、ひっそりと立つ、4体の乙女のブロンズ像。『四季の像』。近くの『ぬさまい公園』にある
  10メートルの『花時計』。
  幣舞橋横から、出ている高速観光船。   
○観光船乗り場
  そこに、乗り込もうとしているひとみ。一人である。
  帽子を目深にかぶり、人目を気にしながら、うつむき加減。
  何ともあやしい。
ひとみM「(知っている人に、会いませんように・・・)」

○(回想つづき)船内
  すかさず目立たない後方窓側の席に座る。
  夏休みということもあって、満席状態。親子連れ、カップル、団体観光客などで賑やかである。
  やはり、うつむく女・ひとみ。
  そこにビデオを片手に、乗り込んでくる男。
  水島伸吾(51)である。
  辺りを見回し、空席を探している。そして、ひとみの隣席を見つけ、近づいてくる。
伸吾「(様子をうかがうように)あのう・・・ここ、空いてますか」
ひとみ「(緊張中に、話しかけられ驚いて) はっ、はいっ。どっ、どうぞ」
伸吾「じゃあ、失礼します」
  伸吾は、ひとみの挙動不審さに、少々首を傾げながら座る。
観光船、出港。
  船内に、観光アナウンスが流れている。開いた窓から、潮風が流れ込む。カモメの鳴き声が、なんともいい感じである。
  ひとみ、いつの間にか緊張がほどけ顔を上げている。しかし、女ひとりで観光船は何とも切ない。その切なさが思い切り顔に出ている。
  伸吾、その横顔を何となく見ている。
伸吾「(唐突に)男なんか、星の数ほどいるんだから、早く忘れた方がいいよ・・・って、余計な、お世話だけど」
ひとみ「(伸吾の方に、ゆっくりと視線を移して)へっ?(人差し指で自分を差して) 私?」
   ×    ×    ×
  伸吾が、腹を抱えて笑っている。豪快。
伸吾「はっはっはっ。そうだったんだ。あんまり切ない顔をしているから、絶対、失恋したんだろうって、思ってしまったよ」
ひとみ「(困惑気味の笑顔で)そんなに切ない顔をしてましたか?」
伸吾「してた。してた。今にも、この船から、飛び降りるんじゃないかって思ったよ。だから、思い切って励ましたんだけど、とんだ見当違いだね」
  伸吾は、青年らしさが残る、スマートな中年男である。
  サマージャケットに綿パン。素足にローファー。こんな着こなしが、似合う男は、そうそういない。
  なかなかおしゃれなうえ、かなりの笑い上戸で、ずっと笑いっぱなしである。
伸吾「笑いすぎて、お腹がいたいよ」
  伸吾の笑いにつられて、ひとみも饒舌になってくる。
ひとみ「バスの中から、この船を見ては、ずっと乗りたいって思っていたんです。だから、夏休み突入と同時に、もう欲望が押さえられなくなってしまって」
伸吾「はははは」
ひとみ「えーい、いいや、友達がいなくても乗っちゃえって。意を決して来たので、顔が、こわばっていたんでしょうか?」
伸吾「そうかもね。でも、おもしろい人なのに、友達いないなんて不思議だなぁ。大学生でしょう?」
ひとみ「こう見えても、一応、小学校の教師なんです」
伸吾「えーっ、見えないなぁ」
ひとみ「なりたてほやほや、一年生ですから、貫禄ないですよね」
伸吾「その方が、子供たちは、親しみやすいんじゃない?」
ひとみ「何かバカにされてます?」
伸吾「ははは」
  伸吾は、まだ笑い続けている。
  ひとみは、その空間が心地いい。
ひとみM「(何か、不思議。今日の私、とっても、おしゃべり。何だか、すごく楽しい・・・)」
伸吾「甲板に出てみようよ」

○同・甲板
  ひとみと伸吾、鉄柵につかまり、潮風を受けながら、恋人同士のように並んで話をしている。
ひとみ「今年の四月に来たんですけど、生まれてから、ずっと札幌だったので、こっちに知り合いもいなくて・・・」 
伸吾「俺も同じ札幌だよ。二年前、転勤で来たんだ。単身赴任でね。だから、休日は、いつも、こうして、ひとり。慣れれば、気楽なものだよ」
  突然、ひとみの帽子が風で飛ばされる。
ひとみ「あっ!」
  伸吾が長い手を伸ばす。しかし、帽子は手をすり抜け、海の中へ。
ひとみ「あーあ」
伸吾「船を降りたら、日傘をプレゼントするよ」

○(回想つづき)回転寿司店
  ひとみと伸吾がカウンター席に並んで座っている。バッグと一緒に日傘がある。
ひとみ「あっ、メロンがありますね」
  ひとみは、にこにこしながら、メロンの皿が、回ってくるのを待っている。
伸吾「好きなの?」
ひとみ「もう、だーい好きです」
  伸吾の長い手が、メロンにのびる。
伸吾「はい、どうぞ」
ひとみ「すみません」
  ひとみ、大きな口を開けて、メロンの一片を食べる。
  伸吾、笑顔でそれを見ている。
ひとみ「おいしい!(笑顔が瞬時にくもり、ため息一つ)ひとり暮らしを始めて分かったんですけど、メロンって、ひとりで食べるの切ないんですよね」
伸吾「どうして?」
ひとみ「スイカと違って、メロンは、一個でしか、売ってないんです。丸いのを切って、誰かと分けないで食べるのが、切ないんです」
伸吾「(笑いながら)そうなんだ。じゃあ、今度、食べるとき、呼んでよ。はは」
ひとみM「(ははって何? もう、社交辞令・・・)」
  背後から、ひとみの顔を覗き込む女性。
祐介の母「あらっ! やっぱり青田先生!」
ひとみ「(驚いて)あっ、こんばんは」
伸吾「・・・」
  入口から、祐介(9)が駆け寄ってくる。
祐介「青田先生ーっ」
  ひとみ、顔が引きつっているが、かわいらしく手を振って、
ひとみ「ゆ、祐介君、こんばんは。今日は家族で来たのかな?」
祐介「そうだよ。先生は?」
  祐介一家の視線が、伸吾に。
ひとみ「えっと、先生はねぇ・・・」
伸吾「僕は、先生の叔父さんだよ。お寿司が食べたいっていうから、連れてきてあげたんだ」
祐介「ふーん、そうなんだ」
祐介の母「ここのお寿司、美味しいですものね。じゃあ、先生、失礼します」
ひとみ「あっ、はい。どうも」
伸吾「本当に、先生なんだね・・・そろそろ、出ようか・・・」

○ひとみのマンション・前
  伸吾の車から、ひとみが降りる。
ひとみ「(車内の伸吾に向かって)今日は本当にありがとうございました。ごちそうになったうえに、送っていただいて」
伸吾「とんでもない。こちらこそ。娘とデートした気分だよ」
ひとみ「娘さん、いらっしゃるんですか?」
伸吾「いや。うちは、息子ふたり」
ひとみ「そうですか・・・」
伸吾「じゃあ」
ひとみ「はい」
伸吾「おやすみ」
ひとみ「おやすみなさい」
  伸吾の車が、去っていく。
ひとみM「(娘とデートか・・・)」

○(回想つづき)ひとみの小学校・職員室
  ひとみ、席に座り、ペンを持ったままぼうっとしている。
教師A「青田先生」
  ひとみは、呼ばれたのに気がつかない。
教師A「(大きな声で)青田先生!」
ひとみ「(驚いて)はっ、はい」
教師A「どうしたんですか?ぼうっとして。今日、朝から変ですよ」
ひとみ「(あせって)そっ、そうですか?」
教師B「夏休み当直って、気合いが入らないのわかりますけど。はっはっはっ」
ひとみ「ははは」
  ひとみは、再び、ペンを走らせる。
ひとみM「(私、どうしたんだろう・・・朝から、あの人のことばかり、考えている。まさか、まさかね)」

○(回想つづき)スーパー
  ひとみは、総菜などを買っている。
  くだもののコーナーを通りかかる。
ひとみ「あっ、メロン・・・」
  ひとみは、メロンに手をのばしている。
ひとみM「(あっ、また・・・また、あの人のこと、考えてる・・・そう!私はメロンが、食べたいだけ。メロンが!)」
  ひとみは、メロンをカゴに入れる。
ひとみM「(どうしてだろう。会いたいと思ってしまう・・・  父親と変わらない年の、ただのおじさんなのに・・・)」

○(回想つづき)ひとみの部屋
  ひとみは、開いた電話帳を前に、正座して受話器をにぎっている。
電話(声)「はい。△△銀行、釧路支店でございます」
ひとみ「あのう、青田と申しますが、水島さんは、いらっしゃいますか?」
電話(声)「支店長ですね。少々、お待ちください」
  ひとみは、緊張をしずめようと、左手を胸に当てる。鼓動が手に伝わっている。
  どき、どき、どき・・・・・・。
伸吾(声)「はい。水島です」
ひとみ「あのう。先日、船でお会いした者です。青田です」
伸吾(声)「ああ、先生! どうも。その後、お元気ですか?」
ひとみ「はい。お寿司、ごちそうになりまして、ありがとうございました」
伸吾(声)「そんな、お礼なんて、いいですよ」
ひとみ「あのう・・・えっと・・・えっと・・・実は・・・」
伸吾(声)「ん?」
ひとみ「メロンを買ってしまったんです。だから・・・」
伸吾「・・・」
ひとみ「食べに来て下さい!」
伸吾「・・・」
ひとみ「・・・」
伸吾「・・・」
ひとみ「突然、すみませんでした。ごめんなさい!」
  ひとみは、一方的に電話を切ってしまう。
  心臓が張り裂けそうなひとみ。その場にダウン。気絶したように、横たわっている。放心状態。
  数分後、ひとみの電話が鳴る。
  トゥルルル、トゥルルル・・・。
ひとみ「(元気なく出てしまう)はい」
伸吾(声)「いいよ」
ひとみ「えっ?」
伸吾(声)「行くよ」
ひとみ「・・・」
伸吾(声)「突然で、びっくりしたんだ」
   ×     ×     ×
  一時間後。ドアが開く。
伸吾「こんばんは」
ひとみ「(緊張して)あっ、こんばんは」
伸吾「(ケーキの箱を差し出して)はい、これ、コーヒーゼリー」
ひとみ「(うれしそうに受け取り)ありがとうございます」
   ×     ×     ×
  テーブルには、紅茶とメロンとコーヒーゼリー。
伸吾「女の子だったら、ケーキとかの方が、よかったね」
ひとみ「(女の子・・・)いいえ、そんなことありません。冷たいゼリーって、大好きです」
伸吾「よかった。実は、僕が好きなんだよね。ほんのり甘くて、ほろ苦くて」
  伸吾のやさしい笑顔がある。
   ×     ×     ×
  伸吾が、背を向け靴を履いている。
ひとみ「今日は、突然、すみませんでした。この間のお礼をと思っただけなんですけど。本当にずうずうしく職場にまで電話してしまって、反省してます」
伸吾「反省なんかしなくていいよ・・・うれしかったから・・・」
ひとみ「えっ?」
伸吾「うれしかったから・・・」
  伸吾、ひとみの頭に手をのせて、ポンポンと二度ほど、たたく。ひとみは、その手のあたたかさに、思わず涙がこぼれてしまう。
伸吾「どうしたの?」
ひとみ「すみません・・・何か・・・何か・・・わからないけど・・・あたたかくて・・・ごめんなさい・・・」
  伸吾、思わず、ひとみを抱きしめてしまう。ひとみは、伸吾の胸に顔をうずめる。
ひとみM「うれしかったから・・・さびしさは、たわいもない会話を、恋歌に似せてしまう。きっと、私は、さびしかったのだ。そして、彼も。ただ、それだけのこと。そう思えば、この恋は・・・」

○(現在)地下鉄・車内
  暗闇の中を移動する車窓に、ひとみの冷めた表情が映る。
ひとみM「(この恋は、コーヒーゼリー。ほんのり甘くて、ほろ苦い・・・なんてね。だいたい、出会いが船なんて嘘くさい!・・・タイタニックじゃないんだから!)」
アナウンス「大通。大通でございます 」
  ひとみは、地下鉄を降り、デパートへと向かう。
ひとみM「(やっぱり、夏は、花火よね。どかんと豪華に、打ち上げますか!)」

○デパート・ギフトコーナー
ひとみ「すみません。この夕張メロン、木箱入りをください」
店員「お届けでございますか?」
ひとみ「いいえ、今、持っていきます」
店員「かしこまりました。ただ今、お包みいたします。お熨斗紙は、お中元でよろしゅうございますか?」
ひとみ「はい」
店員「お名前は?」
ひとみ「青田、いえ、青畑です」

○同・ケーキショップ
ひとみ「すみません。このコーヒーゼリーを6つください」

○ △△銀行・大通支店
  入り口付近の死角。
  店内を覗き見る、とてもあやしいひとみ。    奥の支店長席に伸吾がいる。
  典型的中年サラリーマンと違い、背広を着ても、やはり、かっこいい。
  そんな面持ちで見ている、未練たらたらのひとみ。
  ひとりの女子職員が、書類を持って、伸吾の席に向かう。
  笑顔で話す伸吾。
ひとみM「(あの子、絶対、水島さんに惚れてる・・・見る目が違うもの!)」
  などと、勝手に詮索する卑屈なひとみ。
  店内の時計が目に入る。
ひとみ「いけない!もう、十一時。急がなくちゃ」
 ひとみは、銀行を出て、タクシーをひろう。

○水島家・外観
  所々に花が飾られた、洋風庭付き一戸建。

○同・玄関前
  ひとみは、日傘をたたむ。そして、大きく深呼吸する。
  ひとみの人差し指が、インターフォンを押す。
  ピンポーン。

○(ひとみの想像)同
  ドアが開き、伸吾の妻・綾子(ひとみの想像)が出て来る。  
  伸吾の妻は、世間一般が想像するような五十代主婦の典型である。髪はショート。ゆったりめのTシャツに、ゆるめのGパン。限りなくスッピンに近いメーク。
ひとみ「突然、お伺いしまして、すみません。私、青畑と申します。釧路で父が、支店長に、大変お世話になりまして」
綾子「(大げさに)まあ、そうでしたか」
ひとみ「こちらへ来る用事がありましたもので、ご挨拶に(メロンとコーヒーゼリーを差し出す)よろしかったら、ご家族でお召し上がり下さい・・・」
綾子「それは、ご丁寧に、ありがとうございます。まあ、どうぞ、お上がりください」
ひとみ「(満面の笑み)はい」      

○(ひとみの想像・つづき)同・リビング(夜)
  花火の音が、遠くに聞こえる。
  帰宅した伸吾が、背広を脱いでいる。
綾子「今日、青畑さんのお嬢さんが来て、お中元もらったから」
伸吾「青畑さん?」
綾子「釧路で世話になったって、言ってたけど」
伸吾「?」
綾子「メロンよ。夕張メロン。木箱入り」
伸吾「メロンか(ひとみ、好きだった・・・)」
  ヒューッ、パーン。
  打ち上げ花火(単発)を、にこやかに見上げる伸吾。
綾子「あと、コーヒーゼリーも一緒にもらったの。冷やしてあるから」
伸吾「コーヒーゼリー?(メロンにコーヒーゼリー・・・まさかね・・・)」
  ヒューッ、パン、パーン。
  打ち上げ花火(二連発)を、苦笑いしながら、見上げる伸吾。
  伸吾は、綾子に悟られまいと冷静さをつくろう。
伸吾「ああ!思い出した。青畑さん。ああ・・・青畑さんね」
綾子「でも、お嬢さん。日傘を忘れていったのよ。どうしましょう。これなんだけど」
  目の前に差し出されたのは、確かに伸吾がひとみにプレゼントした日傘である。
伸吾「ひっ、日傘!」
  ヒューッ、パン、パン、パーン。
  打ち上げ花火(三連発)の音が、ピストルの発砲音と重なり、伸吾は銃弾に打ち抜かれる。
伸吾「(胸を押さえて)うっ。(倒れながら叫ぶ)ひとみーっ」

○(現在)同・玄関前
  ドアが静かに開く。
  ひとみは、想像の世界にどっぷりとつかっていて、気がつかない。ほくそ笑んでいる。
ひとみM「(しっかりと、私を思い出すがいいわ!)かっかっかっ」
  ランニングにハーフパンツ、右手にうちわを持った青年が、見てはいけないものを、見てしまったような顔つきで立っている。
  水島冬波(21)である。
冬波「(疑いの眼差しで)どちら様ですか?」
  ひとみは驚き、次に、寸前の高笑いを見られたことにひどく赤面する。
ひとみM「(息子!)」
冬波「・・・(目があやしいと言っている)」
ひとみM「(想定外! 息子が出てくるなんて・・・)」
冬波「あのう?・・・(さらなる警戒の眼差し)」
ひとみM「(どうしよう・・・ええぃっ)」
  ひとみ、さわやかな笑顔をつくって、
ひとみ「突然、お伺いしまして、すみません。私、青畑と申します。釧路で父が、支店長に大変お世話になりまして・・・ご挨拶に・・・」
  ひとみは、手に持っていたお中元の品をさりげなくアピールする。
冬波「おやじに?」
ひとみ「というか、ぜひ奥様にと・・・」
冬波「今、出かけてますけど」
ひとみ「そうですか・・・」
冬波「渡しておきますか?」
ひとみ「えっ?」
  ひとみ、出しかけた品を、引っ込める。
ひとみM「(それじゃ、困るのよ。だって、あの人の奥さんを見に来たんだもの。あの人の生活ぶりを、偵察に来たんだもの。日傘を置き忘れるために来たんだもの)」  
  冬波、うちわをパタパタと扇ぎながら、
  ひとみの顔を子供のように覗き込んでいる。
  ひとみ、あせりを笑みにかえて、
ひとみ「どうしても、ご挨拶したいので、また出直してきます。何時頃に、戻られますか」    
冬波「あと一時間もしないで、戻ってくると思いますけど」
ひとみ「それじゃ、その頃、また来ます」
冬波「外、暑いですか?」
ひとみ「ええ。今日も30度を越えるみたいです」
冬波「じゃあ、家の中で、お待ち下さい」
ひとみ「えっ?」
冬波「暑いのに、二度手間かけることもないし」

○同・玄関・内
  ひとみ、入ってくると下駄箱の横に、日傘を立てかける。
ひとみM「(よろしくね。日傘さん!)」

○ 同・リビング
  ひとみが、ソファに座っている。
  顔は動かさず、目だけを駆使して部屋のチェックをする。部屋は綺麗に片付いており、部屋のいたる所に花が飾られ、手作りのファブリックなどもある。風鈴が、涼やかな音色を醸し出している。
  ちりん、ちりん。
ひとみM「(息子二人を育て上げた、色気のない中年のおばさんがドアを開ける。散らかったままの殺風景な部屋に通される。そんなのを期待してた・・・なのに・・・この部屋は綺麗すぎる。これじゃ、優越感に浸って、勝った! なんて、ガッツポーズの一つも決めて、帰れない・・・)」
  ひとみは、うつむいて、がっくりと肩を落とす。
  冬波が、慣れない手つきで、キッチンから麦茶の入ったコップを、手づかみで運んでくる。
冬波「どうぞ」
ひとみ「(元気なく)あっ、お構いなく・・・」
  冬波は、ひとみの表情を見て、父親譲りの気遣いを見せる。
冬波「そんなに、緊張しなくていいよ」
ひとみ「あっ、はい(あっ、こんな言い方、あの人に似てる)」
冬波「で、なーに、持ってきてくれたの?」
ひとみ「あっ、そうでした。これ、皆さんで、どうぞ」  
  冬波、品を受け取ると、雑に開ける。
冬波「おっ、メロンじゃん。えっと、こっちは、コーヒーゼリーかぁ。どうもでした」
ひとみ「いいえ」
冬波「冷やしておこうっと」  
  冬波は、両品を持ち、立ち上がると再びキッチンへ。
  その後ろ姿を、ひとみは追っている。
ひとみM「(冷静になってみると、あの人の息子と今いる・・・似てない・・・あの人は男らしい顔なのに、この子はお目々くりくりのラヴリーな顔してる・・・お母さん似かしら・・・だめ、だめ、お母さんは色気の ない中年のおばさんでいてくれないと・・・)」
  冬波が、水ようかんを持って戻ってくる。
冬波「とっておきの水ようかん、冷えてたから、もってきた。栗入りのスペシャル。どうぞ」
ひとみ「あっ、すみません」
  風鈴の音がする。
  ちりん、ちりん。
  ひとみは、だんだん気弱になってくる。その気持ちは、思い出したくない二ヶ月前のシーンを呼び起こす。

○ (回想二ヶ月前)釧路・幣舞橋
  ひとみと伸吾が、並んで、川の流れを見ている。
ひとみ「ふふ」
伸吾「どうしたの? 急に笑って」
ひとみ「(笑顔で)はじめて会った時のこと、思い出しちゃって」
伸吾「(気まずそうに)ああ・・・」
ひとみ「今年も船に乗りたいですね」
伸吾「・・・知らないんだ・・・あれ、もう なくなっちゃったんだよ・・・」
ひとみ「えっ?」
伸吾「不景気な世の中だからね」
ひとみ「そうなんですか?残念・・・」
伸吾「新しいものが生まれては栄え、時の流れと共に衰え消えていく・・・なんてね」
  ひとみは、伸吾の話すトーンに、微妙な変化を読みとっている。
  不安が押し寄せてくる。
伸吾「札幌に、転勤が決まったんだ・・・だから・・・」
ひとみ「えっ?」
伸吾「だから・・・会うのは終わりにしたい・・・」
  ひとみは、意外に冷静な自分に驚く。
ひとみM「(新しい恋が生まれては燃え上がり、時の流れと共に冷めて消えていく・・・そう言いたかったんだ。さっき・・・私って、のみ込みいい・・・大人じゃん・・・)」
伸吾「ひとみ?」
ひとみ「そうですよね。こういう関係って、よくないですよね。いくら一線は超えていない。デートするだけの関係とはいえ、傍から見たらそういう風に見えますよね。どこかで、終わりにしなくちゃ・・・(笑顔をつくって)わかりました・・・水島さん、今までありがとうございました。さようなら(頭を下げる)」
  ひとみは、いさぎよく、その場から立ち去る。十歩で止まって、振り向く。
ひとみ「お元気で」
  ひとみは、元気に、手を振って見せる。
  そして、再び歩き出す。涙があふれてくる。足早になる。
ひとみM「(本当に失恋したのに、乗る船もなくなっちゃうなんて・・・)」
  ぐちゃぐちゃと、涙をぬぐう。    

○(現在)水島家・リビング
ひとみM「(あの勢いで、船に乗ってたら・・・海に飛び込んでたかも・・・なんて)」
冬波「水ようかん、食べないの?」
ひとみ「(現実に引き戻されて)あっ、いただきます」
   ×     ×     ×
  冬波は、床に寝転がり、うちわを扇いでいる。夏バテの様子。
冬波「あぢーっ。そう言えば、母さん、遅いなぁ」
  ひとみは、立ち上がる。
ひとみ「私、そろそろ・・・」
  冬波も、起き上がる。
冬波「何か、腹へったなぁ。仕方ない、そうめんでも作るか!」
ひとみ「あのう・・・」
冬波「えっと、何さんでしたっけ?」
ひとみ「青田・・・青畑です」
冬波「下の名前は?」
ひとみ「ひっ・・・」
冬波「?」
ひとみ「ひろみです。ひろみ」
冬波「ひろみさんも食べるよね」
ひとみ「えっ? いえ、私は、いいです。もう、帰り・・・」
冬波「いいじゃん、付き合ってよ。そうめんて、ひとりで食べるものじゃないでしょう?」
ひとみ「!」
×     ×     ×
  硝子の調理用ボールにそうめんと氷。
  つゆは、お椀に入っている。
  いかにも、外見無視の男の料理。
ひとみM「(何で??? 何で、あの人の息子とそうめん、食べてるわけ?)」
冬波「ひろみさんて、いくつ?」
ひとみ「24です」
冬波「何だ。俺とあまり変わらないじゃん」
ひとみ「えっ?」
冬波「俺、21だもん」
ひとみ「えーっ! 高校生かと思った」
冬波「・・・マジ、落ち込んだ」
ひとみ「ごっ、ごめんなさい、えっと・・・じゃあ大学生?」
冬波「うん、3年生」
ひとみ「(つくり笑顔で)こっ、こんなに暑いのに、彼女と海とか行かないの?」
冬波「夏休み直前に、ふられた・・・」
ひとみ「(気まずい空気)・・・バイトとかはしてないの?」
冬波「暑いの苦手だから、夜間、警備のバイト」
ひとみ「見るからに、夏バテしてますって、感じだものね」
冬波「(ふくれている)・・・」
ひとみ「(あわてて)べっ、別に、悪い意味じゃなくて、その、あの、デリケートなのねってことで・・・」
冬波「(にらんでいる)・・・」
ひとみ「うっ(困って言葉が出てこず)」
冬波「せっかく、ピンクと緑のそうめん残しておいてあげたのに・・・えーい、食って やる・・・」
  冬波は、有色のそうめんを箸で追いかける。氷と硝子のふれ合う涼しげな音がする。
  からん、からん。
ひとみM「(この、ガキんちょ!)」

○同・台所
  ひとみは、食器を洗っている。
ひとみM「(何で、あの人の家の食器、洗ってるわけ?)」

○同・リビング
  ひとみ、床に寝転がっている冬波に頭を下げる。
ひとみ「どうも、ごちそうさまでした。私、そろそろ帰り・・・」
冬波「・・・」
  冬波、眠っている。
ひとみM「(寝てるし・・・)」
    ×     ×     ×
  帰るに、帰れなくなったひとみは、ソファにどさっともたれ、天井を見上げている。
ひとみM「(何だか、空しくなってきた。何が、どかんと打ち上げ花火、三連発なんだか・・・あの人の奥さんの顔を見て、暮らしている家を見て、どう納得しようとしてたんだろう・・・それとも、復讐? それに近いかもしれない。あっさり別れを告げられて、くやしかった。きっと、泣きわめい て取り乱したかった。それを、無理に押さえ込んで、クールな大人の女をきどって・・・だから、心のバランスが崩れてしまった・・・)」
  ひとみ、冬波の寝顔を見つめる。
ひとみM「(いけないことをしているって、わかっている・・・だけど、奥さんの顔が見たかった・・・せめて、若さだけは、勝ったなんて思いたかった。女って、時として愚か・・・)」
  ひとみ、立ち上がると、床に放ってあるうちわを手に取り、横たわっている冬波の側に正座する。そして、静かに扇ぎ、風を送る。
  冬波、子供のように、頭に汗をかいて寝ている。
ひとみM「(寝顔、何となく、あの人に似てる・・・さすがに、息子に会うとは思わなかった。ましてや、一緒にそうめん食べるなんて・・・)」
  ひとみは、ふふっと笑ってしまう。
冬波「何が、おかしいの?」
ひとみ「(びくっとして)起きてたの?」
冬波「たった今ね」
ひとみ「知らない人が、家にいるのに、よく平気で眠れるなぁって、思って」
冬波「だって、おやじの知り合いなんでしょう?」
ひとみ「そうだけど」
冬波「まさか、俺に何かしたの?」
ひとみ「した」
冬波「えっ?」
ひとみ「これ!(うちわを指して)涼しかったでしょう?」
冬波「サンキュー。じゃあ、もう少し扇いで」
ひとみ「私・・・お客様じゃないの?」
冬波「そうめん、ごちそうしたじゃん」
ひとみ「洗い物したもの」
冬波「水ようかん、食ったじゃん。しかも、栗入り」
ひとみ「・・・(根負け)」
  ひとみは、足をくずして横座りする。
  仰向けになって、目を閉じ、風を受けている冬波。
  ゆっくりと左右に揺れるうちわ。
  時折、耳をくすぐる風鈴の音。
  ちりん、ちりん。
  若い二人のくせに、何とも風流な情景をかもし出している。
ひとみ「床に寝て、痛くないの?」
冬波「木の床って、冷たくて気持ちいいんだよ」
ひとみ「そう・・・」
冬波「釧路って、涼しいんでしょう?」
ひとみ「うん。札幌の6月くらいの気候かな」
冬波「いいなぁ。今すぐに行きたい」
ひとみ「でも、朝方、霧がかかっていること多くて・・・とっても潮のかおりがして・・・胸が詰まって・・・切なくなるかも」
冬波「何か意味不明の説明・・・」
ひとみ「(情感をこめて)で、大きくて真っ赤な夕陽が・・・これまた広大な海に沈んで行くんだけど・・・あまりにきれいすぎて・・・切なくなるかも」
冬波「自分の街、誉めてるのか、けなしてるのか、分からないんだけど・・・」
ひとみ「彼女に、ふられたばかりなんでしょう?」
冬波「うっ」
ひとみ「切ないのよ、釧路は。涙が、出ちゃうのよ」
冬波「それって、自分のこと、言ってない?」
ひとみ「うっ」
冬波「やっぱり! そっちも、ふられたんだ」
ひとみ「そんなこと、ありません!」
  冬波が、飛び起きる。
冬波「ゲームしようよ。ゲーム」
 ×     ×     ×
  戦闘もののゲームをしているひとみと冬波。白熱している。
  ひとみの無邪気な笑顔がある。
ひとみ「これって、小学生に人気あるのよね! みんな持ってる」
冬波「(横目でひとみを見て)ふーん」

○同・玄関
  ひとみが靴を履いている。
冬波「わるかったね。待ってたのに」
  ひとみは、冬波の方を向く。
ひとみ「いいえ。私の方が、ずうずうしく居座ってしまって」
冬波「母さんには、ちゃんと言っておくから。あと、おやじにも」
ひとみ「はいっ(頭を下げて)おじゃましました」   
冬波「(軽いノリで)いいえ。また、遊びに来てね。ひろみちゃん!」
ひとみ「ふふふ」
  その刹那、背後でドアが開く。
冬波「母さん・・・」
綾子「ただいま・・・あらっ?」
  ひとみの背筋が凍る。
綾子「お客様?」
冬波「そうだよ」
  ドキン、ドキン。(心臓音)
ひとみM「(ついに・・・)」
  ドキン、ドキン。
ひとみM「(時は、来た・・・)」
  ひとみは、思い切って、振り向く。
ひとみ「私は・・・(言葉を失う)」
  笑顔の綾子(46)である。
ひとみ「・・・」
  綾子は、軽くウェーヴしたセミロンクヘアーに、上品なニットスーツが似合う、美貌の奥様である。
冬波「えっと・・・昇平の姉ちゃんだよ!」
  ひとみは、驚いて、冬波の方を振り向く。
ひとみ「!」
綾子「まあ、昇平ちゃんの! いつも、冬波がお世話になっています」
ひとみ「(向き直って)えっ? あっ、はいっ」 
冬波「昇平、いっつも、うちでメシ食っていくから、そのお礼だって。メロンとゼリー持ってきてくれたんだ」
綾子「まあ、ご丁寧に、ありがとうございます。昇平ちゃんには、いつでも、来てねって、伝えて下さいね」
ひとみ「(冬波を横目で見て)はい・・・」
冬波「じゃあ、急いでるみたいなんで、俺、お姉様を、駅まで送っていくから」
  冬波は、慌ててスニーカーを履くと、ひとみの肩を軽く押して、ドアの方へと導く。
ひとみ「(綾子を見ずに)では、失礼します」
綾子「(笑顔で)ありがとうございました。 お気をつけて」
ひとみ「はい・・・」
冬波「んじゃ」
  ひとみと冬波が、綾子の横を通り過ぎる。
  見事に、忘れられている日傘。

○近くの公園
  夕焼け空、蝉の声がする。
  ひとみは、うつむいて、ブランコに座っている。
  冬波は、横のブランコを少しこいでいる。
  キーッ、キーッ。(ブランコの音)
ひとみ「(うつむいたまま)どうして、友達のお姉さんなんて、言ったの?」
冬波「ひろみさんて、小学校の先生でしょう?」
ひとみ「(驚愕して)えっ?」
冬波「だから、母さんに気づかれない方がいいかなぁって思って」
  ひとみ、顔を上げることができず、うつむいたまま、
ひとみ「ありがとう・・・ごめんなさい・・・ご家族に知られていたなんて、知らなくて・・・・」
  ひとみの目から、ぽたぽたと涙が落ちる。
冬波「母さんの顔、見に来たんでしょう?」
ひとみ「(激しく動揺)どうして?・・・」
  冬波、口元で笑みをつくる。
  ひとみ、さらにひどく落ち込む。
  キーッ、キーッ。
冬波「で、どうだった? うちの母さん」
ひとみ「綺麗な人ね・・・女優さんみたい・・・」
冬波「ミス札幌だったからなぁ」
  ひとみは、完全に打ちのめされている。
ひとみ「私・・・バカみたい・・・ご迷惑をかけたうえに、家にまで押しかけるようなことをして・・・」
冬波「大丈夫だよ。母さん、気がついてないから」
ひとみ「・・・恥ずかしい。このまま、ブランコで、空高く飛んで、消えてなくなりたい・・・」
冬波「花火みたいに?」
ひとみM「(花火!)」
冬波「(空を見上げて)それなら、消える前に、こう、パッと一花咲かせないと、だめじゃん」
  キーッ、キーッ。
ひとみ「・・・冬波くんて言うのね」
冬波「うん。冬の波と書いて冬波。笑っちゃうよ。冬の寒波の時に生まれたから、冬波だって・・・」
ひとみ「(笑えない)そう・・・」
冬波「ちなみに弟は、夏に生まれると書いて、夏生。夏、生ビールがおいしかったから。うちって、おもしろいでしょう?」
ひとみ「(笑ってあげたいが、笑えない)うん・・・」
冬波「・・・・・・」
ひとみ「私の本当の名前は、青田ひとみ・・・」
冬波「ひとみかぁ」
ひとみ「・・・ところで、いつから、気がついてたの?」
冬波「(考えて)うーん。わりと最初からかな・・・挙動不審なうえに、おやじの好きそうなタイプだったし。なんてね」
ひとみ「そう・・・」
冬波「そんなに、落ち込むなって」
ひとみ「私が、憎くないの?」
冬波「だって、恋愛なんて、そんなものでしょう? 押さえきれない、感情のぶつかり合い。走り出したら、もう、止まらない」
ひとみ「高校生かと思ったなんて言って、ごめんね。私なんかより、ずっと大人・・・私なんか・・・自分のことしか考えてなくて・・・最低な女。ずるくて・・・ひねくれてて・・・嫌われて当たり前・・・」
冬波「そんなに、自分を卑下するなって」
ひとみ「だって・・・」
冬波「俺が言うのも変だけど、自信、持てって!」
ひとみ「自信なんて、持てるわけないじゃない!」  
  冬波は、さらに勢いよく、ブランコをこぎ出す。
  キーッ、キーッ。
冬波「おやじさぁ、本気で、ひとみさんとのことを、考えてたんだよ」
ひとみ「えっ?」
冬波「夜中に、母さんと話してるの聞いちゃったんだ・・・母さん、少し動揺してたけど、こう言ったんだ。『その先生の将来を邪魔しないなら構いません』てね。それから、おやじ、ずっと黙ったままだった」
ひとみ「・・・」
冬波「おやじは、ひとみさんのことを思って、別れたんだと思うよ。深い関係になる前に。だから、自信持てって」
  ひとみの目から、涙が流れつづける。
  それは、次から次へとあふれてきて。
×     ×     ×
  冬波のブランコも止まっている。
冬波「おさまった?」
  ひとしきり泣いたひとみは、ようやく顔を上げる。睫毛が、濡れている。
ひとみ「(笑顔をつくって)うん」
冬波「あーあ。目がウサギだよ」
ひとみ「そんなに、ひどい?」
冬波「まあ、許される範囲かな。俺が言うのも変だけど、これから、がんばれよ」
ひとみ「ありがとう・・・あのう・・・日傘、忘れてきちゃったんだけど・・・見つからないように処分してくれる?」
冬波「うん、わかった。あれって、ひょっとして、おやじからのプレゼント?」
ひとみ「うん・・・」
  ひとみは、ようやく立ち上がる。
冬波「(茶化すように)しっかし、あんなおやじのどこが、よかったのかなぁ」  
ひとみ「えっ?」
冬波「ひとみさん、今まで、恋愛経験、少なかったでしょう? いや、ほとんど、ないんじゃないかなぁ。じゃなきゃ、よりによって、あんなおやじを・・・はははは」
  ひとみの影が、冬波にかぶさる。ひとみは、腕を組み、仁王立ちで立っている。
ひとみ「(先生口調)そこまで、言うかなぁ?」
冬波「えっ?」
ひとみ「(恐い顔)そこまで、言っちゃうかな?」
冬波「うっ」
ひとみ「そこまで言うなら・・・あんなおやじの息子に、慰謝料、払ってもらおうかしら!」  
  ひとみの顔が、冬波の顔に近づく。
冬波「はっ?」
  ひとみの唇が、冬波の唇に近づく。
冬波「(少しのけぞりながら)えっ?」
  ひとみの唇が、冬波の唇に?(を想像させる)
冬波(声)「えーっ!」
   ×     ×     ×
  夕暮れの中、帰っていく、ひとみの後ろ姿。足取りは軽い。
  一方、冬波は?
女の子A「(のぞき込んで)おにいちゃん、大丈夫?」
女の子B「死んでないよね?」
  ブランコに乗っているのは、冬波のふくらはぎ部分。
  冬波、見事に後ろに転落したまま、固まっている。
冬波「(魂を抜かれたつくり笑顔で)ははは・・・」

○水島家・リビング(夜)
  伸吾、帰宅する。遠くに花火の音。
  食卓では、次男・夏生(17)がメロンを食べている。
伸吾「おっ、メロン、おいしそうだな」
夏生「超うま!」
綾子「昇平君のお姉さんが、持ってきてくれたの。木箱入りよ」
伸吾「そうなんだ」
綾子「あと、コーヒーゼリーもあるわよ」
伸吾「おっ、大好物!」
  ヒュー、パーン。

○同・冬波の部屋
  冬波、ベッドに横たわり、日傘を広げて見ている。
冬波「はぁーっ(大きなため息)」
  冬波は、日傘をくるくると回す。
冬波M「(あの超高速回転の女心。ルーレットみたいじゃん。どこで止まるか、見当もつかない。しかも分刻みだよ。泣いたり、笑ったり、いじけたかと思ったら、怒ったり。天使かと思ったら、小悪魔。女って、わかんねーっ)」

○特急・スーパーおおぞら・車内
  ひとみ、頬杖を突き、車窓から空を見ている。
ひとみM「(こんなに暑いのに、夏も終わりに近づいているような気がする。空が、少しだけ、高くなってる・・・そろそろ秋の気配?・・・女って、すごい! もう立ち直ってる。なんか、すっきりしてる・・・女心と秋の空って、よく言ったものだわ)」

○釧路・ひとみのマンション
  夕刻。花火大会が始まっている。
  ヒュー、パーン。ヒュー、パーン。
  ひとみは、カーテン全開で、夜空を見上げている。女ひとり、寂しく、冷酒などを飲みながら、独り言三昧。
ひとみ「何か、一気に夏休みも過ぎてしまったって感じ・・・来週からは、もう学校かぁ・・・みんな、真っ黒に日焼けしてるかなぁ。宿題のプリント、ちゃんとやってくるかなぁ。自由研究も、考えたら大変だよね。毎年、毎年だもん。ネタつきてくるんだろうなぁ・・・って、花火見ながら、何 言ってるんだろう、私・・・」
  ヒュー、パン、パン、パーン。
ひとみ「おお、いいねぇ!三連発!・・・日傘、メロン、コーヒーゼリー!なんてね・・・何か・・・遠い昔のような気がする。私って・・・立ち直り、早っ!」
  ピンポーン。(インターフォン)
ひとみ「誰だろう?」
  ピンポーン。
ひとみ「こんな遅くに・・・危険!」
  ひとみは、おそるおそるインターフォンの受話器を取る。
ひとみ「はい。どちら様ですか?」
(声)「お届け物です」
ひとみ「(こんな時間にあやしい・・・)差出人は、誰になっていますか?」
(声)「札幌の水島様となっておりますが」
ひとみ「えっ?」
  ひとみは走って行き、ドアを開ける。
  何と、冬波!
ひとみ「・・・(驚きで声が出ない)」
冬波「(にんまりとして)お届け物です。はいっ」  
  冬波は、日傘を差し出す。
ひとみ「(受け取って)どうも・・・(少し考えて)どうして、私の家がわかったの?」
冬波「まあ、そこは深く追求しないで。ドラマチック。ご都合主義ってことで」
ひとみ「おいおい」
冬波「札幌、暑いから、涼みに来た」
ひとみ「・・・」
冬波「本当に、涼しいじゃん。こっち」
ひとみ「・・・(自然に笑顔が飛び出す)切なくなっても、知らないわよ」
冬波「誰のせい?」
ひとみ「うっ」
冬波「慰謝料、払ってもらおうかな」
  冬波の顔が、ひとみの顔に近づく。
ひとみ「はぁ?」
  冬波の唇が、ひとみの唇に近づく。
ひとみ「(少しのけぞりながら)えっ?」
  冬波の唇が、ひとみの唇に?(を想像させる)
ひとみ(声)「えーっ!」
  ヒュー、パン、パン、パン・・・・・・
  パーン。(最後を飾る、花火乱れ咲き)

○(数日後)小学校・ひとみのクラス(3年生)
  黒板に、大きく書かれた『夏休みのおもいで』。
ひとみ「はいっ、今日は、『夏休みのおもいで』と言うことで、作文を書いてもらいます。どんなことでもいいです。例えば、おじいちゃん、おばあちゃんの家に行ったとか、遊園地に行ったとか、昆虫採集をしたとか、泳げるようになったとか・・・」
児童1「先生は?」
ひとみ「先生は・・・両親が、あっ、お父さんとお母さんのことね。札幌にいるので、帰ってました。それくらいかなぁ・・・」
児童2「えーっ、それだけ?」
児童3「楽しかったことは、ないの?」
ひとみ「うーん・・・(脳裏を、冬波の顔がよぎる)それは、いかん、いかん」
  ひとみは、われを忘れて、首を左右に激しく振っている。   
  児童たちの純粋な、眼差しがひとみに集まっている。
  じーっ・・・。
  ひとみは、赤面する。
ひとみ「まあ、先生のことはいいから、書きましょう。原稿用紙を配りまーす」
   ×     ×     ×
  児童が、一生懸命、作文を書いている。
  窓際で、その様子を、見守るふりをして、自身の思い出にふける、いけない女教師。
ひとみM「(目には目を。キスにはキスを・・・そうきたか・・・一本、取られたって感じ)」
  外は、雲一つない青空。
ひとみM「(きっと、世の中、悲劇のヒロインなんて、そうそういない。女って、強い生き物なのよ)」
  遠くで、海がきらきらと光っている。
ひとみM「(来年は、そうめんと栗入り水ようかんを、持っていってしまいそう・・・誰か、私を止めて!)」

○水島家・リビング
  冬波は、大の字に寝転がり、空を見ている。
冬波「はっくしょん(くしゃみ)」
綾子「あら、夏風邪?」
冬波「いや・・・」
  鼻をぐすぐすとする冬波。
冬波M「(あーあ、また、会いたいよー・・・)」                

○教室・窓際
  ひとみ、青空の向こうに、想いをはせて、
ひとみM「(ふふふ。また、そうめん作ってね。今度は、ピンクのそうめん、ちょうだいね)」
   硝子ボールに、そうめんと氷。
  からん、からん。

○水島家・リビング
  夏の終わりの風鈴。
  ちりん、ちりん。
  冬波、瞳を閉じて・・・。
               おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?