見出し画像

『あの日の白いシャツ』

 真壁いずみは、素直な女性になって、愛する人に白いシャツを贈りたい。しかし、良に片想いのまま、友達歴五年。今更、その先に進めない。上司に「素直じゃない愛の告白を」と発破をかけられたいずみは思い切って想いを告げるが。友達という遠回りした分、すぐにはアツアツといかない不器用な二人を今日の白いシャツが見守っている。ちょっと可愛い大人のラブコメ。

 【登場人物】
真壁いずみ(24)会社員
水島 良 (25)いずみの男友達
細田真理子(45)いずみの上司

○いずみの部屋(1DK・一人暮らし)
  いずみ、クッションに埋もれ、ぼーっとテレビを見ている。
  (テレビ画面)外国の恋愛映画のビデオ。
いずみM「ラヴ・ロマンス・・・素直になれない女の大好物・・・」
  (テレビ画面)涙を流す、ヒロイン。
  いずみ、うっすらと涙が浮かんでいる。
いずみM「女は、泣き虫だけど前向きな生き物だ。一つの恋が終わっても、また生まれ変わって恋をしようと決心する」
  いずみ、ティッシュ・ペーパーで目頭を押さえながら、マグカップに手を伸ばし、飲み物を飲む。
いずみM「そう。一つの恋が終わらなければ、次の恋も始まらない」
  テーブル上で、携帯電話が鳴る。
  いずみ、テレビに視線を向けたまま、カップを置き、携帯電話を手に取る。
いずみ「あっ、愛子?」
愛子(声)「ごめん。カレシ休みとれたから、デートすることになった」
いずみ「えーっ。OB会の打ち合わせは? ショッピングは?」
愛子(声)「悪い・・・例の合コンで出会った人にでも、付き合ってもらって」
いずみ「ああ、あの人? もう、会わない」
  いずみ、リモコンを手に取り、テレビの音を小さくする。
愛子(声)「ちょっと、またリタイア?」
いずみ「付き合っていくうちに、好きになるかなぁって、思ってたんだけど」
愛子(声)「ならなかったわけだ」
いずみ「(笑いながら)そうそう。でも、三ヶ月も続いたなんて、すごいでしょう?」
愛子(声)「たったの三ヶ月でしょう!」
いずみ「だって、イヤなところ、目についちゃうと、すーっと冷めちゃうんだもん」
愛子(声)「いずみが思い描くような、完璧な男なんているわけないじゃない」
  (テレビ画面)完璧ないい男。
いずみ「そうだけど」
愛子(声)「本当に好きだったら、変なクセすらも、愛しくて、たまらなくなるの!」
いずみ「変なクセもって・・・」
愛子(声)「いずみには、分からないだろうなぁ」
いずみ「(ふくれて)何、それ」
愛子(声)「まあ、一度くらい、身も心も、ボロボロになるような恋をしてみなさい」
いずみ「また、それを言う」
愛子(声)「素直で可愛い女が一番よ」
  (テレビ画面)恋人に愛を囁くヒロイン。
いずみ「やだぁ。映画じゃないんだから。それに、素直で可愛い女を演じないと、恋愛ができないって言うなら・・・そんなもの、いらん!」
  いずみ、リモコンでビデオを消す。
愛子(声)「ははは。言ってなさい。じゃあ、デート行くから切るね。ばいばーい」
  通話が途切れる。
いずみ「(ふくれている)」
  いずみ、立ち上がり、携帯電話をテーブルに置く。
いずみ「(ぶつぶつと)何で、身も心もボロボロになる恋愛を、美化するのよ!」 
  いずみ、テーブル上のマグカップをシンクに下げながら、
いずみ「(ぶつぶつと)ボロボロがいいとは、限らないでしょうが!」
  ゴンと音をたてて置かれる、マグカップ。
いずみ「(ぶつぶつと)傷つかないで済むなら、明るく楽しく、その方がいいに決まってるじゃない!」
  いずみ、クローゼットを勢いよく開ける。
  洋服をバサバサと選びながら、
いずみM「女は、何で、おしゃれするんだろう・・・」
  いずみ、麻のワンピースを取り出す。タグが、付いたままになっている。
  いずみ、ワンピースを当て、鏡に映してみる。
いずみM「何で、恋をするんだろう・・・」  
  ワンピースをクローゼットに押し戻す。
いずみ「(不機嫌に言い捨てて)やっぱり、やめた。もったいない」
  ワンピースの裾が、下方に置かれているギフト用の箱(ワイシャツサイズ)に引っかかる。
  いずみ、思わず、箱に話しかける。
いずみ「(ぽつりと)いつまでいるつもり」
  いずみ、静かに箱を取り出し蓋を開ける。
  白色のシャツ(トラッド調)。
いずみM「あの日の白いシャツ・・・」

○(回想)高校・教室
  セーラー服のいずみ(当時18)。後方の壁に寄りかかり、立っている。
  胸元にはリボン(祝・卒業)。
  手には、卒業証書(筒)。
  視線の先には、友人たちと談笑する背の高い男子生徒。
  制服の白いワイシャツが輝いている。
いずみM「あの人の白いシャツ」
  男子生徒の笑顔。
いずみM「制服の白いシャツは、特別な色だ。普通の白じゃない。どこまでも透き通っていて・・・曇り一つない、素直な心に似ている」
  男子生徒、上着を持つと、友人たちと前方のドアから出て行く。
  いずみ、その姿を目に焼き付けている。
いずみM「最後まで、好きって言えなかった。勇気がなかった・・・」
  いずみ、窓辺へ行き、空を見上げる。
いずみM「私、今日で、片想いしているような女の子と、さよならする。今度、好きな人ができたら、勇気を出して想いを告白する。素直に好きですって言う。そういう女性になる!」
  校門を横切っていく、男子生徒の後ろ姿。
いずみM「そうだ! その時は一緒に白いシャツをプレゼントしよう。そうしよう。絶対!」

○(現在)いずみの部屋
  いずみ、溜息が漏れる。
いずみ「あれから、五年と半年・・白いシャツは、素直な心の色・・・って、実行してないじゃない!」
  いずみ、一転、手荒く蓋を閉めて、箱をクローゼットへ戻す。
いずみ「(ふくれて)人間、すぐに変われたら、苦労しない!」
  テーブル上で、携帯電話が鳴る。
 「良」の表示。
いずみM「一つの恋を終わらせなければ、次の恋はできない!」
  いずみ、携帯電話に出る。

○オープン・カフェ(暑い午後)
  ぎらぎらとした夏の太陽。
  いずみ、水島良(25)、円形のテーブルに、微妙に離れて座っている。
  いずみ、先出のワンピースを着ている。視線は握られた携帯電話に向いており、会話はそのついでという感じ。
いずみ「で、暑苦しい土曜日、わざわざ呼び出してくれて何の用?」
  いずみの指先が自分あてに設定されているメールの文章を叩き出す。
携帯画面「会いたかった。良」
  いずみ、仏頂面を作っている。
良 「カレシと別れたんだろう? 家で暇してると思ってさ」
いずみ「だから、付き合ってないの。何回か食事しただけ。愛子から、聞いたんでしょう」
良 「ああ。さっき、電話があって、OB会の場所を決めておいてくれって」
  いずみ、ぽつりと小声で、
いずみ「愛子のやつ」
良 「それでさ・・・」
  いずみ、冷やかすような口調で、
いずみ「なっちゃんとデートしたこと、自慢するために呼び出されたのかと思った」
  いずみの指先が、激しく動く。
携帯画面「本日、私が不機嫌の原因はそれ」
  良、不意をつかれ、少々慌てて、
良 「デート? ああ。桜井かぁ。会社に突然、電話来てさぁ」
いずみ「ふーん」
良 「夕飯食っただけだよ。会社訪問の一環じゃないかな」
いずみ「そんなの口実に決まってるじゃない。なっちゃん、うれしそうに、電話で報告してきたもん」
  良、苦笑して、
良 「女って、裏でつながってるよなぁ」
いずみ「気がつかなかった? なっちゃん、前から、良のファンだったの」
良 「そうなんだ」
いずみ「なっちゃん、サークルで一番可愛いよね」
  いずみの指先の速度が落ちる。
携帯画面「私と正反対。素直で」
  良、腕組みし、いずみをじっと見る。
良 「そうかぁ・・・」
いずみ「ちゃんとつき合ってあげなよ。私の大切な後輩でもあるんだから」
良 「そうだよな」
  いずみ、メール早打ち。
携帯画面「つき合うのかよ!」
良 「・・・さっきから必死に、何のサイト見てんの?」
いずみ「今日の運勢」
良 「で? 二重人格の双子座の彼女。今日の運勢は?」
いずみ「最悪とでております」
良 「(小声で)俺といるのに」
  いずみ、ようやく顔を上げる。
いずみ「何か言った?」
  良、汗をかいた飲み物のグラスに、指で「バカ」とかく。
良 「(ぽつりと)バカ」
  いずみ、携帯に視線を戻し打ち続ける。
携帯画面「良、ずっと好きだよ」
良 「言えよ」
いずみ「何を?」
携帯画面「良、大好きだよ」
良 「だから!」
いずみ「だから、何?」
良 「言いたいこと、言えよ・・・」
  いずみ、アイスコーヒーのグラスを指差す。
いずみ「そう。コップにイタズラ書きするの、やめてよね」
良 「えっ?」
  良、グラスに「バカ」と書いてあるのに気がつき、慌てて手のひらで消す。
いずみ「前もやってた。よくやってた」
携帯画面「愛しき、変なクセ」
良 「気がつかなかった」
いずみ「無意識って怖いよね」
良 「普通、チェックしないだろう」
いずみ「だって、目についちゃうんだもん」
良 「・・・ダチ歴、長いもんな。俺たち」
いずみ「そうだね・・・五年?」
良 「日差しも、やばい年になるよなぁ」
  良、眩しそうに空を見上げる。
  いずみ、良を睨みながら、早打ち。
携帯画面「だめだ! 憎まれ口ばかりになってしまう」
  いずみ、すっと立ち上がる。
いずみ「では、日差しがやばいので、そろそろ退散します」
良 「OB会の場所は?」
いずみ「任せた!」
  いずみ、早足に、その場を立ち去る。
  良、その後ろ姿をずっと見ている。
良 「(ぽつりと)相変わらず、細くていい足してるな・・・」
  のんきな男、良・・・。

○ショッピング街・街路
  いずみ、ぼんやりと歩いている。
  手を繋いだカップルとすれ違う。
いずみM「せっかく良に会えたのに・・・」
  手の中には、携帯電話が握られている。
  いずみ、携帯電話をじっと見つめる。
いずみM「私の素直な気持ちは・・・全部、この中・・・」
  いずみ、大きく溜息をつく。
いずみM「日記みたいに文字で刻んで、ただ仕舞い込むだけ・・・」
  上司・細田真理子(45)、いずみの肩をぽんと叩く。
真理子「真壁さん?」
いずみ「(驚いて)細田課長!」
真理子「ひとり?」
いずみ「はいっ」
真理子「大きな溜息ついちゃって、彼と喧嘩でもした?」
  いずみ、泣きそうな情けない表情で、
いずみ「課長ーっ」
  真理子、やさしく微笑んで、
真理子「早いけど、一杯行く?」

○立ち飲み居酒屋・カウンター(夕刻)
  いずみ、真理子、並んで立っている。
  真理子、腕組みをして貫禄十分。冷酒を勢いよく飲み干す。
真理子「なるほど。本心は携帯の中」
いずみ「友達が長すぎて。もう、今更って感じで」
  いずみ、ちびちびと冷酒を飲み、
いずみ「もし、気持ちを伝えて駄目だったら、その次、どんな顔して会えばいいのか・・・」
真理子「(笑いながら)告った後、気まずかったら、会わなきゃいいのよ」
いずみ「えっ?」
真理子「もう、大人なんだから、会わないようにできるでしょう」
いずみ「そうですけど」
真理子「甘いなぁ。告白後も、友達を続けようなんて。恋愛関係と友達関係は、次元が違うのよ」
いずみ「わかってます・・・」
真理子「恋人がだめでも、今まで通り友達でなんて、私は反則だと思うなぁ。欲張りすぎ」
いずみ「妙に、説得力ありますね」
真理子「恋愛感情が、一度でも二人の間を横切ったら、友達には戻れない」
いずみ「(自分に言い聞かせるように)友達を続けたいなら、それ以上を望まない・・・って、ことですね」
真理子「正解。私はそう思うけど」
いずみ「ですよね・・・」
真理子「(ふっと笑って)傷つくことを恐れちゃだめ・・・なんて、言わないわよ」
いずみ「(拍子抜けして)えっ?」
真理子「古い映画でね。『悲傷と虚無』のどちらを選ぶかっていうのがあったの」
いずみ「悲傷と虚無・・・ですか?」
真理子「ええ。かみ砕くと、悲しみ傷つくことを選ぶのか、何もない無という虚しさを選ぶのか」
いずみ「なるほど・・・」
真理子「真壁さんは、どっちを選ぶ?」
  いずみ、しばらく考えて、
いずみ「何もないより、傷つく方がいいのかもしれません」
真理子「ほら、少し前向きになった」
いずみ「(微笑んで)はい・・・」
真理子「彼だって、あなたのことが好きかもしれない。まずは、素直に、気持ち伝えてみないことには始まらないでしょう?」
いずみ「素直っていうのが、また苦手で」
真理子「素直になれない女性って、世の中、結構、多いわよね」
いずみ「そう思いますか?」
真理子「だって、私がそうだもの」
いずみ「ふふ」
真理子「でも、もったいないなぁ。いつでも、すぐに気持ちを伝えられる便利な道具を、しっかり持ってるのに」
  いずみ、はっとして携帯電話を出す。
いずみ「携帯・・・」
真理子「そう。すぐに話せるのよ。私の青春時代にはなかったんだから」
いずみ「・・・ですよね」
真理子「うちなんか、親がもの凄くうるさくて、男の子からのラブコールをよく勝手に切られたりしたものよ」
いずみ「(苦笑い)ひどい・・・」
真理子「まあ、それはそれで、何とか切り抜けて、結婚できたけど・・・」
いずみ「(かわいい拍手)」
真理子「ふふ。別れちゃった」
いずみ「えっ?」
真理子「へへ」
いずみ「課長、バツイチだったんですか?」
真理子「実はそうなの。二年前に」
いずみ「知りませんでした」
真理子「まあ、お互い仕事を持ってたから、すれ違いが多くて。気がついたら、会話もなくなってた」
いずみ「そうなんですか・・・」
真理子「って、これは広報用の言い訳」
いずみ「えっ?」
真理子「だって、すれ違ったって、仲良くやっている人は、たくさんいるでしょう?」
いずみ「ええ。まあ」
真理子「私も彼も、文明に取り残されていたのね。一世代前の人間だから」
  真理子、バッグから携帯を取り出す。
真理子「せっかく携帯ツールがあるんだから、話そうと思えば、簡単に話せたのに」
いずみ「(うなずく)」
  真理子、ふっと笑って、
真理子「私も素直じゃなかったのよ」
いずみ「そうだったんですね・・・」
真理子「真壁さんの想像するとおり、元ダンナとは、もう友達にすらなれない。穏やかに顔を合わすことなんてできないの。だから、今では連絡を取り合うこともないわ」
いずみ「(がっくりして)やっぱりそうですか」
真理子「そうなったとしてもいいじゃない。想いは伝えなきゃ。ずっと、無のままよ」
いずみ「(頷く)」
真理子「友達関係が続いているっていうことは、相性がいいってことでしょう?」
いずみ「(目を見開く)」
真理子「今行動しないと、四十過ぎたら、後悔するわよ」
いずみ「(笑顔)」
真理子「・・・素直になれないなら、素直じゃない愛の告白でもしてみたら」
いずみ「素直じゃない愛の告白?」
真理子「私、ひねくれ者だから、そういうの好きかも」
  真理子、ウィンクする。
真理子「はい。携帯出して」
いずみ「えっ?」
真理子「善は急げってね。上司命令! 会う約束をしなさい!」
  いずみ、言われるがままに、携帯電話を開く。満面の笑みで、
いずみ「今日、課長に会えて、本当によかったです。ありがとうございます」
真理子「お役に立てて、うれしいわ」
  いずみ、メモリーを押す。
いずみ「もしもし。良? 明日、いつもの店で・・・」
  真理子、いずみを横目で見ながら、おいしそうに冷酒を飲んでいる。

○(翌日)オープン・カフェ
  良、昨日と同じ場所に座っている。
  照りつける太陽。
良 「あぢーっ」
  良の携帯が鳴る。
いずみ(声)「良?」
良 「遅い! そっちが呼び出したのに」
いずみ(声)「ごめん。もう近くまで来てるから・・・でも、その前に、質問に答えてほしいんだけど」
良 「質問?」
いずみ(声)「そう・・・いい?」
良 「・・・いいけど」
いずみ(声)「・・・いくよ。夢が叶うって、どんな気持ち?」
良 「夢?」
いずみ(声)「そう。例えるなら、オリンピックで、金メダルをとった時の気持ち」
良 「それは、うれしいだろう。飛び上がるほど。って、何だよ、その質問」
いずみ(声)「じゃあ、好きな人に想いが通じたら、どんな気持ち?」
良 「はぁ?」
いずみ(声)「答えて」
良 「そんな質問してて、恥ずかしくないか?」
いずみ(声)「・・・答えて」
良 「そりゃ、やっぱり、うれしいだろう」
いずみ(声)「・・・じゃあ、キスしたら、どんな気持ち?」
良 「えっ?」
いずみ(声)「どんな気持ち?」
良 「からかうなよ」
いずみ(声)「どんな気持ち?」
良 「それは・・・(想像している)うれしいというか、何ていうか・・・」
いずみ(声)「相手が、私だったら?」
良 「えっ?」
いずみ(声)「うれしい? うれしくない?」
  良、思わず立ち上がる。
良 「・・・」
いずみ(声)「どんな気持ち?」
良 「じゃあ・・・試してみるかな」
いずみ(声)「えっ?・・・」
  良、辺りを見回す。
良 「近くにいるんだろう? すぐに来いよ」
いずみ(声)「ぇっ?・・・」
良 「来いよ!」
いずみ(声)「・・・」
  良、思わず大きな声で、  
良 「キスしてやるから、出てこい!」
  付近にいる客たちが、一斉に良を見る。くすくすと笑いが聞こえる。
  良、我に返ると赤面し着席する。
  アイスコーヒーを一気に飲み干す。
  良の後方に、いずみ。
いずみ「恥ずかしーい」
  良、驚いて振り向く。
良 「おまえなぁ」
   ×     ×     ×
  いずみ、おいしそうにオレンジジュースを飲んでいる。
  良、ちょっと拗ねて、
良 「さっきの質問は何だよ」
いずみ「何って、ただの質問」
良 「愛の告白に聞こえたんだけど」
いずみ「うっ・・・」
良 「すっげー、恥ずかしかった」
  いずみ、吹き出して、
いずみ「良、注目浴びてたよね」
良 「おまえが、言わせたんだろうが!」
いずみ「・・・」
  良、視線を空に向けて、
良「俺たち、仲はよかったけど、いつも、すれ違ってたよな」
いずみ「必ず、どっちかに恋人がいるの」
良 「だよな。大学卒業してからは、会うのに理由が必要で、正直きつかった」
いずみ「私も遠慮してた」
良 「友達って、やっぱり、限界あるよな」
  いずみ、ギフト箱を差し出す。
いずみ「はい」
良 「何?」
いずみ「開けてみて」
  良、箱を受け取り、開ける。
良 「これって」
いずみ「普通の白い綿シャツ」
  良、シャツを広げてみる。
良 「これ、何か、黄ばんでないか?」
いずみ「だって、大学一年のバレンタインに買ったんだもん」
良 「大学一年?」
いずみ「そう。良、彼女いたから、あげる勇気なかったの」
良 「・・・」
  いずみ、ジュースの氷をストローで掻き回しながら、
いずみ「高校の時、ずっと片想いしててね。いつも、その人の背中、制服の白いシャツばかり見てたの」
良 「そんな可愛い時、あったんだ」
いずみ「まあね。結局、想いも伝えられなくて。卒業式の日、彼を見送って、心に誓ったの。今度、好きな人ができたら、絶対に想いを伝えるって」
良 「ふーん・・・」
いずみ「白いシャツを、プレゼントしよう! って」
良 「夢見る少女だな」
いずみ「恋愛に夢を持っていた時期もあったのよ」
良 「今はないのか」
いずみ「夢はないけど、希望はあるかな」
良 「そうか」
いずみ「だって、キスしてくれるんでしょう? 試してくれるんでしょう?」
良 「(苦笑い)ははは・・・実はさぁ」
いずみ「何?」
良 「過去に何度か試しそうになったことはある」
いずみ「えっ? いっ、いつ?」
良 「キャンプの時とか、忘年会で温泉行った時とか。飲み過ぎでダウンした時をねらって」
いずみ「・・・(睨んでいる)」
良 「これはチャンス!って感じで。でも、実際にしてはいない」
いずみ「何それ」
  良、いずみをじっと見つめて、
良 「好きだったからだよ」
いずみ「・・・(一転、赤面)だったら、早く言ってよね」
良 「俺たち、無駄に遠回りしてたんだな」
いずみ「でも、その分、今すごく、うれしいかも・・・」
良 「随分、素直じゃん」
いずみ「(赤面している)」
  良も、照れながら、
良 「白いシャツ、サンキュー。うれしいよ」
いずみ「良・・・」
  いずみ、シャツの黄ばんだ箇所をやさしく撫でて、
いずみ「このままじゃ、黄ばんでて、ちょっと着れないね。お洗濯してあげる。真っ白に戻るよ」
良 「じゃあ、このシャツに袖を通したところから、スタートだな。俺たち」
いずみ「(満面の笑み)うん」

○いずみの部屋
  いずみ、窓を開ける。空に向かって、
いずみ「いい天気!」
  足下の洗濯カゴから、白いシャツを取り出し、パンパンと皺を伸ばす。
  いずみ、笑顔を浮かべ、シャツをハンガーに掛ける。
いずみ「これなら、すぐに乾くね」
  シャツは、窓辺に干される。夏の強い日差しを受け、真っ白に輝いている。
  いずみ、後方を振り返る。
  良のはにかんだ笑顔がある。
  良、膝を伸ばして座っている。
良 「乾くまで、待てないんですけど」
いずみ「(とぼけて)何をですか?」
良 「・・・」
いずみ「・・・」
  いずみ、ダッと良に駆け寄る。
  良、期待している表情。いずみを受け止めようという体制。
  いずみ、すかさず、良の背後に回ると、ヘッドロックをかける。
いずみ「こんなに待たせた罰」
良 「そっちかよ」
  いずみ、ぎゅっと締め上げる。
いずみ「まいったか」
  良、いずみの腕をトントンと叩いて、
良 「ギブ、ギブ・・・っていうか、胸が頭に当たってて、うれしいかも」
いずみ「えっ?」
良 「ははは」
いずみ「もうっ」
  いずみ、力を緩める。
  良、テーブル上に置かれたコップ(麦茶)を指差している。
良 「あれ」
いずみ「ん?」
  汗をかいたコップに「すきだ」と書いてある。
いずみ「良!」  
  いずみ、再び、力一杯、背後から良を抱きしめる。
良 「いずみ・・・」
  良、その気になっている。
  いずみ、良の首筋に顔をうずめて、
いずみ「良・・・汗でベタベタしてる」
  良、またまた、はくらかされがっくり。
良 「おまえなぁ」
いずみ「ふふふ」           
良 「(ふくれている)・・・ったく」
  いずみ、良を背後から抱きしめたまま、窓辺を見る。
  窓辺で揺れる、白いシャツ。
いずみM「今日の白いシャツ・・・」
                  おわり

いいなと思ったら応援しよう!