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『カミング・クイーン』

 慎太郎は、まりあ宅に居候し好きな絵を描いて過ごすというお気楽な生活。紗英の別荘ではポーカーに勝利し、高級時計を巻き上げたりと、いい加減し放題。別荘地をうろついていると、草城家の家政婦・真智に、家庭教師と勘違いされ屋敷に招き入れられる。待っていたのは、一人娘・薫子。慎太郎に、いきなりわがままを注意され面食らう。お調子者だが偉ぶることなく、不幸な生い立ちすらも悲観せず受け入れている慎太郎に対して、薫子の態度は軟化。偽者の先生であることなど関係なくなる。こうして、慎太郎と薫子の楽しい夏休みが始まる。勉強の苦手な慎太郎の課題は、お遣いや、友達に暑中見舞いを書くといった、いい加減なものばかり。しかし、そんなことの積み重ねが薫子を、明るく前向きにしていく。可愛い恋心もチラホラ。その日暮らしの青年と、わがままなお嬢様がくり広げるハートフル・ホームコメディ。

 【登場人物】            
 高野慎太郎(22)フリーター
 草城薫子 (10)小学四年生
 小坂真智 (55)草城家・家政婦
 甲田まりあ(25)慎太郎が懐いている女性
 草城貴子 (40)薫子の母・会社社長
 真鍋紗英 (21)裕福な女子大生

○まりあのマンション・リビング(朝)
  慎太郎(22)、絵を描いている。
  まりあ(25)、出勤のため身支度。
慎太郎「まりあ、今日、出かけるの早いね」
まりあ「会議の資料を作らないとだめなの」
  まりあ、財布から二千円を出す。
まりあ「これで、昼食、何か食べてね」
慎太郎「千円でいいよ」
まりあ「余ったら絵の道具でも買ってよ」
慎太郎「わかった。いつもありがとう」
まりあ「じゃあ、私、行くね」
慎太郎「(にっこり)いってらっしゃい」
  慎太郎、手を可愛く振って送り出す。

○同・寝室
  慎太郎、ボストンバッグに衣服を詰める。
  次に、ジュエリー・ケースを開け、ダイヤモンド(?)の指輪を取り出し微笑む。
  
○同・マンションの玄関
  慎太郎、部屋の合い鍵を封筒に入れ、メールボックスに投函、そして合掌。
慎太郎「まりあ。お世話になりました」

○幹線道路・舗道
  慎太郎、バッグとスケッチブックを手に立っている。
  赤色の高級車が止まり、紗英(21)が、運転席から顔を出す。
紗英「慎太郎、おまたせ。どうぞ、乗って」
慎太郎「紗英、久しぶり」

○避暑地・紗英の別荘・庭(夕刻)
  男女五人がバーベキューをしている。皆、裕福な感じ。
  慎太郎と紗英、入ってくる。
女1「こちらがカレシの慎太郎さんね」
女2「噂どおりのイケメンねぇ」
紗英「(自慢げに)ふふ。私たち六人は幼稚舎からの幼なじみなのよ」
  男3の視線(敵意)が慎太郎に向く。
慎太郎「よろしく・・・」

○ 同・リビング(夜)
  慎太郎、男三人とポーカーをしている。
  紗英たちはそれを後方から見ている。
男1「だめだ。フォールド(下りる)」
男2「僕も、フォールド(下りる)」
  男1、2はチップを一枚出してカードを捨てる。
  慎太郎、チップを五枚出す。
慎太郎「ベット」
  男3、チップ十枚を出してほくそ笑む。
男3「レイズ。さらに五枚ベット」
  慎太郎、もうチップはない。仕方なくポケットからダイヤらしき指輪を出して、
慎太郎「レイズ。この指輪をさらにベット」
  紗英、笑顔で慎太郎に駆け寄ってくる。
紗英「素敵な指輪・・・絶対に勝つわ」
  男3、紗英の態度にあおられるように、
男3「ふーん。じゃあ、僕はこの腕時計」
  男3、腕から高級時計を外し机上に置く。
男2「面白くなってきた。ショーダウン!」
  男3、自信たっぷりにカードを出す。
男3「9のフォーカード・・・悪いね」
  慎太郎、刹那、カードをくるりと見せる。
慎太郎「カミング・クイーン!(にやり)」
  慎太郎は「Qのフォーカード」。男3、がっくり。
  紗英、慎太郎に抱きつき、
紗英「慎太郎、すこーい。指輪をありがとう」
  紗英、勝手に指輪を薬指にしようとするがサイズが小さい。仕方なく小指にする。
慎太郎「では遠慮なく、時計は頂きます!」
   
○(翌日)同・寝室(早朝)
  紗英、ベッドで眠っている。
  慎太郎、そっと紗英の小指から、指輪を回収。
慎太郎「(小声で)つまらないから帰るね」
  慎太郎、荷物を手に部屋を出て行く。

○同避暑地・草城家・外観
  「草城」の表札。広い庭を有する別荘。

○同・リビング
  真智(55)、電話をしている。
真智「はい。奥様。本日の午後の到着でございますね。心得ております」
  真智の手には、履歴書の写真画像。名前「森壮介」。写真は眼鏡をかけた平凡な学生。学歴欄「東京大学・在学中」、趣味「絵画」と書かれている。

○(数時間後)同・前の道路・鉄柵越し
  慎太郎、庭にいる真智に声を掛ける。
慎太郎「あのう、すみません。駅は・・・」

○同・庭
  真智、花に水やりをしている。声の主、慎太郎のスケッチブックを見ると微笑む。
真智「まぁ、お早い、お着きで」
  真智、門扉の方へ、小走りで移動する。

○同・門扉
  真智、手招きをしながら、叫ぶ。
真智「先生、こちらです。どうぞどうぞ」
  慎太郎、つられて、返事をしてしまう。
慎太郎「はい・・・(先生?)」
  慎太郎、門まで首をひねりながら歩く。
真智「(笑顔で)お待ちしておりました」
慎太郎「はぁ?」

○同・リビング
  慎太郎、わけも分からぬまま、ソファに座り、冷たいジュースを飲んでいる。
真智「私、お世話をさせて頂きます、小坂真智と申します。夕方の到着と聞いておりましたものですから、あまり準備が整っておりませんで、申し訳ありません。眼鏡をかけていないとイメージが違いますね」
慎太郎「こちらこそ、突然にすみません・・・(って、俺、何謝っているんだ?)」
真智「お荷物は、お部屋の方に運んでおきました。では、薫子様を連れて参りますわ」
  真智、一方的に話し、素早く退室。
慎太郎M「(きょとん)薫子様?・・・・・・」
   ×     ×     ×
  真智、薫子(10)を連れて、入ってくる。薫子、つんとすましている。
真智「こちらが、薫子様です」
慎太郎M「なんだ、お子ちゃまか・・・」
真智「こちらが、夏休みの間、勉強を教えて下さる、森先生ですよ」
慎太郎M「えっ、森先生?・・・なるほど、家庭教師に間違えられたわけか・・・」
薫子「(不思議そうな表情)・・・」
慎太郎「(真智に)あのう。実は俺・・・」
薫子「よろしくお願いします」
  薫子、遮るように頭を下げ、部屋から出ていく。
  真智、目を丸くしている。
真智「奇跡ですわ」
慎太郎「えっ?」
真智「初めてです。薫子様が、家庭教師の先生に、きちんと挨拶をされたの」
慎太郎「(圧倒されて)そうなんですか」
真智「私、長年、薫子様にお仕えしておりますが、お気に召さなくて辞めさせたことは日常茶飯事ですが、お気に召されたことは初めてでございます。薫子様を、よろしくお願いします。期待しておりますわ」
  慎太郎、引っ込みがつかなくなっている。
慎太郎「はぁ・・・」
真智「では、二階のお部屋へご案内します」

○同・客室(二階・十二畳程度)
  机、ベッド、テレビ、パソコン完備。
真智「他に必要なものがございましたら、何なりとお申しつけ下さい。すぐに、ご用意致します。シャワールームは部屋を出まして右の突き当たりにございます。お客様専用ですので、ご自由にお使い下さいませ」
慎太郎「はい・・・(すごい待遇・・・)」
真智「朝食は七時、昼食は十二時、夕食は六時。薫子様の体調管理のため、時間は厳守して頂きます。あと、アフタヌーンティーは三時となっております」
慎太郎「アフタヌーンティー?・・・」
真智「バイト代の日当二万円は、毎日夕食後にお支払いいたします。その他、詳しいことは、その都度、ご説明させて頂きます。それでは、昼食まで、どうぞごゆっくり、お休み下さいませ。では」
  真智、退室。
  慎太郎、べッドに倒れ込む。
慎太郎M「まあ、いいか・・・夢みたいに気持ちいい・・・ZZZ・・・」
 慎太郎、そのまま眠ってしまう。

○同・ダイニング・昼食
  シチュー、焼きたてのパン、サラダ、フルーツなどが用意されている。
  薫子、向かいの席の慎太郎をじっと見ている。
  慎太郎、その視線に気がついて、
慎太郎M「こんな生活して、さぞかし、わがままなんだろうな・・・」
  薫子、つんとすまして、視線を外す。
  電話が鳴り、真智、受話器を取る。
真智「はい。草城でございます」
森(声)「あの、森(ガガガと雑音)が」
真智「森?・・・ああ、はいはい」
慎太郎M「ヤバい・・・ホンモノだ・・・」
  慎太郎、観念したように、真智を見る。
  真智、早とちりし、慎太郎に電話を渡す。
真智「森先生、お電話がきております」  
慎太郎「へっ?」
  慎太郎、受話器を受け取り、出る羽目に。
森(声)「すみません。大学で急遽補講がありまして、今日の到着、無理なんですが」
慎太郎「!(ピンとひらめいた顔)」
森(声)「バイトの方は、明後日からにしてもらえませんでしょうか」
慎太郎「それでしたら、結構です」
森(声)「えっ? それって・・・」
慎太郎「今回はなかったことに」
森(声)「えっ、あの・・・わかりました」
  慎太郎、にやりとして、電話を切る。
慎太郎「何か知らない人からでした。はは」
真智「私、先生にお電話かと勘違いしました。すみません。近頃、詐欺とか多いですものね。お気をつけ下さいませ、先生」
慎太郎「はい!(そちらも!)」
  薫子、慎太郎を見て、口角でふっと笑う。
  真智、薫子の表情に満足し、横に座る。
   ×     ×     ×
  薫子、サラダのトマトを、フォークで皿の角によける。ものすごく、不機嫌。
薫子「トマト、嫌いだって言ったでしょう。どうして、入れるの! シチューに、人参も入ってる。これも、よけて。全部よ」
真智「わかりました。どちらも、栄養あるんですけどね(苦笑い)」
  慎太郎、間髪入れず、穏やかな口調で、
慎太郎「残すのに、威張っちゃ駄目だよ」
薫子「えっ?・・・(驚き真っ赤になる)」
真智「先生、いいんですよ」
慎太郎「よくないですよ」
薫子「(口をとがらせ、ふくれている)」
慎太郎「せっかく作ってくれたのに、ごめんなさい。残してもいいですか。って、それが、きちんと言えてから、残しなよ」
  薫子、うつむき、怒りに震えている。持っていたフォークを、バンと置く。
真智M「まずいわ・・・」
  薫子、勢いよくスプーンを持ち、投げつけるかと思いきや、人参を一口で頬張る。
慎太郎「何だ、食べられるじゃん」
  薫子、顔をしかめて、噛もうとしている。
真智「えっ?・・・まぁ(微笑む)」
慎太郎「そうそう。女の意地は、いい方に使わないと。ははは・・・」
薫子「うっ・・・(ふくれている)」
   ×     ×     ×
  真智、食器を片づけている。
  慎太郎、席を立つと、薫子の後ろを回り、頭をポンポンと叩く(撫でる)。
慎太郎「よく食べたね。せっかく、作ってもらったんだから、できるだけ、残さない方がカッコいいよ。っていうか、いい女!」
薫子「・・・・・・(真っ赤)」
  真智、微笑みながら、薬と水を差し出す。
真智「薫子様、お薬です」

○同・庭(リビングから見える)
  薫子、木陰のベンチで、本を読んでいる。

○同・リビング
  真智、慎太郎にコーヒーを差し出す。
真智「コーヒーを、どうぞ」
慎太郎「いただきます」
真智「さすがですわ。先生」
慎太郎「えっ?」
真智「薫子様の性格をよんだ上での、あの見事な切り返し」
慎太郎「(きょとん)はぁ・・・」
真智「人参とトマトを食べたの初めてです」
慎太郎「それは、よかったです」
真智「先生、子供の扱い方に、慣れていらっしゃいますね」
慎太郎「子供というか、女性の扱い?」
真智「と、申しますと?」
慎太郎「最初は冷たく突き放し、甘い顔は見せない。お嬢様系には、これが効きます」
真智「(頷き)なるほど・・・」
慎太郎「プライドが傷つき、不信感いっぱいのところで、やさしく頭ポンポン。気の強そうなタイプは、このツンデレ対応で、十中八九、オチます(自信満々)」
真智「最初冷たく・・・ちなみに、私には、最初から優しい態度ですね。私は、女の部類に入らないということでしょうか?」
慎太郎「うっ・・・」
真智「冗談です」
慎太郎「こちらも冗談です」
真智「もとい。事前にお話しをしましたとおり、薫子様には、ぜんそくの持病がございます。静養もかねまして、夏休みの間は、毎年、この別荘で過ごされます」
慎太郎「はい(そうだったんだ・・・・・・)」
真智「向こうの空気が合わないのか、発作で、学校を休むことも多いんです。そのせいか、あまりお友達もいらっしゃらなくて・・・どうか、ご指導のほど、お願い致します」
慎太郎「(苦笑い)お任せ下さい・・・」

○同・庭
  薫子、ベンチで本を開いたまま、うとうとする。
  慎太郎、そっと近づいてくる。
慎太郎「眠り姫、本が落ちそうですけど」
  薫子、はっと目覚める。その拍子に、手から本が落ちる。
  本は『星の王子さま』。
慎太郎「ははは。びっくりしてるし」
薫子「(赤くなっている)」
  慎太郎、本を拾って、差し出す。
慎太郎「はい。どうぞ」
  薫子、恥ずかしそうに、本を受け取る。
薫子「・・・ありがとう」
慎太郎「『星の王子さま』、いいよね」
薫子「読んだこと、あるの?」
慎太郎「もう、擦り切れるくらい読んだ。それからかな。絵を描きたいって思ったのは・・・横に座っていい?」
薫子「(頷く)」
  慎太郎、薫子と三十センチ空けて座る。
慎太郎「なんて、呼んで欲しい?・・・薫子ちゃん? 薫子さん? 薫子様?」
薫子「(考えて)うーん」
慎太郎「それとも、おい! とか」
薫子「おい! で、いい」
慎太郎「ホントかよ」
薫子「ふふ」
慎太郎「ちゃんと、笑えるじゃん」
  風が通り抜け、木々がざわめく。
薫子「薫子って、呼び捨てでいい」
慎太郎「じゃあ、薫子のこと、聞かせてよ」
薫子「私のこと?」
慎太郎「うん。何でもいいよ・・・家族のこと。学校のこと。友達のことでもいい」
薫子「聞いて欲しくないことばかり」
慎太郎「そうなんだ」
薫子「じゃあ、先生は?」
慎太郎「えっ?・・・確かに、聞いて欲しくないことかもなぁ」
薫子「でしょ?」
慎太郎「でも、薫子だけに話してもいいよ」
薫子「私だけ?」
慎太郎「そう。秘密、守れるなら」
薫子「(興味津々)・・・守る。絶対に」
慎太郎「実は俺。親の顔、知らないんだ」
薫子「えっ?」
  慎太郎、ポケットから、指輪を出す。
薫子「きれい。ダイヤモンド!」
慎太郎「(笑って)本物かあやしいけどね。拾われた時、産着の中に入ってたんだって。母親からの最初で最後のプレゼント、だと思ってる」
薫子「・・・親に捨てられたの?」
慎太郎「うん。今、ものすごく可哀想とか、不幸な境遇とか思ったでしょう?」
薫子「・・・(ゆっくりと頷く)」
慎太郎「確かに小さい時は寂しかったし、それでいじめられたりもした。でも、涙の池を泳いでいるうちに飽きちゃった。泣いても神様は同情してくれないしね」
薫子「そんなにたくさん泣いたの?」
慎太郎「まあね。だから、今日だけの人になることにした。もう過去も未来も見ない」
薫子「今日だけの人?」
慎太郎「そう。過去。生い立ちや人を憎まない。未来は肩がこるから夢は追わない。今日一日を、思いつきで、ゆるーく過ごす。明るく楽しそうなものだけを見る」
薫子「だから、そんなに適当なの?」
慎太郎「(苦笑い)十歳のわりに鋭いね。まあ、そういうことになるかな。たった一度きりの人生だから我慢しない。嫌なことは無理にしない。いじめからは逃げる。ブラックな会社はすぐ辞める。はは」
薫子「我慢と根性がないって言われない?」
慎太郎「言われる。でも何とか生きていくには、適当で弱虫でいいと思うようにした」
薫子「ふーん・・・」
慎太郎「自分を守るための言い訳だけど」
薫子「今は泣くことがないの?」
慎太郎「おかげさまで。感動する映画やドラマを見た時以外は(ふっと笑う)」
薫子「いつか、お母さんに会えるといいね」
慎太郎「えっ?・・・(赤くなる)」
薫子「ふふ。指輪、きれい。見せて」
慎太郎「どうぞ、姫」
  慎太郎、指輪を薫子の薬指に通す。
薫子「(手をかざし)ぶかぶか・・・」
慎太郎「まだまだ、お子ちゃま、ってこと」
薫子「(ふくれている)」
  薫子、大事そうに、指輪を慎太郎に返す。
  慎太郎、簡単に指輪をポケットに入れる。
薫子「私はお母さんと二人家族。私が二歳の時に離婚したんだって。覚えてないけど」
慎太郎「そうなんだぁ」
薫子「お母さんは仕事が忙しいから、あんまり遊んだり、話をしたりしないの。私のために働いてくれてるから仕方ないと思う」
慎太郎「薫子も寂しい思いをしてるんだな」
薫子「ううん。いつも真智さんがいてくれるから・・・あと、友達はあんまりいない」
慎太郎「無理して話さなくていいよ」
薫子「うん・・・先生もね(一転にやり)」
慎太郎「えっ?」
薫子「本当の家庭教師じゃないでしょう?」
慎太郎「(焦って)えっ?・・・偽者だって知ってたんだ」
薫子「だって、先生を決める時、お母さんに写真を見せてもらったもの。もう少し丸顔で、メガネをかけてた」
慎太郎「(苦笑い)真智さんに勘違いされて、引っ込みがつかなくなって・・・でも、何で最初に言わなかったんだよ」
薫子「バレて、あわてるところが見たかったから。おもしろいかなぁと思って」
慎太郎「本当に、薫子、いい性格してるな」
薫子「別に、先生でいいよ」
慎太郎「えっ?」
薫子「(ぽつりと)先生がいい・・・」
  慎太郎、少々感動。瞳を輝かせて、
慎太郎「俺、高野慎太郎」
薫子「シンタロウ・・・」

○同・薫子の部屋
  慎太郎、教科書(小四)と参考書数冊を無気力にパラパラとめくる。
慎太郎「(本気で)つまらない」
薫子「勉強、嫌いなんだね」
慎太郎「好きなヤツなんか、いるのかな」
薫子「何が好きなの?」
慎太郎「遊ぶこと」
薫子「じゃあ、それでいい」
慎太郎「そういうわけにはいかないよ」
薫子「私、勉強はそこそこ得意だもの」
慎太郎「じゃあ、家庭教師なんか頼むなよ」
薫子「お母さんが、話し相手にもなるからって、次々、探してくるの」
慎太郎「それなら、女性の方がよくない?」
薫子「女子大生って、嫌いだもん」
慎太郎「おいおい・・・困ったお嬢さんだ」
薫子「そうよ。私、自分勝手で、わがままで、可愛くないの・・・おまけにぜんそくで、すごく手がかかるの。困った人なの」
慎太郎「自分のこと、よくわかってるんだ」
薫子「(ふくれている)」
  ドアをノックする音。ドアが開く。
真智「アフタヌーンティーのお時間です」

○同・庭
  クロスの掛かった円形テーブルの上には、ティーポット、カップ、ケーキスタンド(三段)がある。
  慎太郎、目をパチクリ。
  テーブルを囲む、慎太郎、薫子、真智。
  真智、ミルクと紅茶を注ぎながら、
真智「本日は、ダージリンでございます」
慎太郎「優雅でございますこと」
薫子「ふふ」
真智「先生、お好きなものをお取り下さい。上段がレーズン入りスコーン、中段がキャロットケーキ、下段がフィンガーサンドイッチとなっております」
慎太郎「全部、取っちゃおうっと。この、アフタヌーンティーっていうの、毎日やってるんですか?」
真智「はい。奥様の提案で。イギリスでは、アフタヌーンティーに招待することから、友達づきあいが始まる、とも言われているそうです。家族団らんのひとときでもあり、社交の場でもあるのです」
慎太郎「・・・家族団らん? 社交の場?」
真智「はい」
  慎太郎、薫子と真智を、交互に指差して、
慎太郎「二人で?(ぷっと吹く)」
真智「うっ・・・」
慎太郎「盛り上がらねー」
薫子「(くすくす笑う)」
真智「・・・(赤くなっている)」
慎太郎「美味しいから、いいですけど」
  薫子、紅茶を飲みながら、ちらちらと慎太郎を見ている。とても、うれしそうに。  

○(翌日)同・薫子の部屋
  慎太郎、真面目な顔で、腕を組んでいる。
慎太郎「今日の一時間目は、社会です」
  薫子、机に座っている。とても素直に、
薫子「はーい」
慎太郎「ところで、薫子って、お遣いに行ったこととかあるの?」
薫子「ない」
慎太郎「小四にもなって?」
薫子「(ふくれている)」

○同・キッチン
  真智、慎太郎と薫子の前で腕組み。
真智「必要な食材でございますよねぇ」
慎太郎「はい」
真智「しっかり、揃っておりますわ。週に三回、配達してもらってますから」
慎太郎「じゃあ、適当に買ってきます」
真智「はい。そうして下さい」
  慎太郎、可愛く両手を前に出して、
慎太郎「じゃあ、お金、ちょーだい」
薫子「ぷぷ(笑って吹き出す)」

○街路・舗道
  薫子、籐の籠を手に持ち、うれしそう。
  慎太郎、伸びをしながら、歩いている。
  薫子、歩幅が違うため、小走り状態。
慎太郎「手、繋いでやろうか?」
薫子「(素直になれず)子供じゃないし」
慎太郎「(笑って)それなら、いいけど」

○スーパー・野菜コーナー
  薫子、メモを見ている。後方に慎太郎。
薫子「まずは、トマト・・・嫌いだけど」
  薫子、陳列棚のトマトをカゴに入れる。
慎太郎「ちゃんと見てから入れないと。ヘタが、緑でピンとしてると、新鮮なんだよ」
薫子「ふーん」
慎太郎「あと、すぐ食べるなら赤くて熟しているもの。数日後なら青いものでもいい」
  薫子、トマトを、しげしげと見る。
薫子「それって、学校で習ったの?」
慎太郎「養護施設の養母さんに教えてもらった。お母さんとかに、聞いたことない?」
薫子「ない。一緒に買い物しないもん」
慎太郎「そうなんだ・・・テストで百点とることも必要だけど、こういう生活の知恵とか工夫って、大切だと思うんだけど」
薫子「知恵と工夫?」
慎太郎「そう。ここに千円がある。これで一週間、生活しなければならないとする。どう安い食材を活用して無駄なく、そこそこ満たされる程度に食いつなぐか。そのために市場価格は頭に入れておく必要がある」
薫子「そういう生活をしたことがあるの?」
慎太郎「(苦笑い)わりといつも・・・」

○スーパー前・舗道
  慎太郎と薫子、買い物が終わり出てくる。
慎太郎「社会科終了。よくできました。これからも、散歩ついでに、時々、来ようか」
薫子「(嬉しそうに)うん」
慎太郎「籠、重たいだろうけど、がんばって、持てるところまで、持つこと」
薫子「はーい」
  刹那、横に、紗英の車が急停車する。
慎太郎「あっ! (ヤバい・・・)」
  紗英、怒って運転席から降りてくる。
紗英「慎太郎! 見つけた!」
慎太郎「紗英・・・ははは(作り笑い)」
紗英「どうして、急にいなくなったのよ」
慎太郎「それはバイトで。ごめん」
紗英「それなら言ってよ。慎太郎はいつまでもガラケーだし、ほぼ電源切ってるから連絡がつかないし。心配したのよ」
  薫子と紗英の鋭い視線がぶつかる。
薫子「慎太郎。この恐いオバサン、誰?」
紗英「オバサン?・・・(怒りが増して)この生意気な子供こそ、誰?」
慎太郎「バイトって、家庭教師なんだ」
紗英「そうだったのね。安心したわ。もう、フラれたのかと誤解しちゃったわよぉ」
  紗英、甘えるように体をくねくねする。
薫子「(嘲笑ぎみに)突然いなくなった時点で、フラれてるんじゃないのかしら!」
紗英「うっ・・・」
  薫子、慎太郎としっかり、手を繋ぐ。
慎太郎「(おっ)」
薫子「慎太郎、行きましょう」
  薫子、慎太郎の手を引っ張り、歩き出す。
  紗英、怒りに震え、じだんだを踏む。
薫子「先生。つき合う女、ちゃんと考えた方がいいと思う」
慎太郎「はい(意味分かって言ってる?)」

○草城家・庭
  慎太郎と真智、紅茶を飲んでいる。
真智「くく・・・まあ、そんなことが」
慎太郎「(苦笑して)はい」
真智「きっと、初恋ですね。薫子様、先生に淡い恋をしてるんです。だから、嫉妬を。あの顔は、まさしく恋する乙女・・・」
  薫子、少し離れた花壇で、にこやかな表情をして、花を眺めている。
慎太郎「それって、マズくないですか?」
真智「(きっぱり)勘違いしないで下さい。 所詮、小学生。憧れみたいなものです」
慎太郎「てっきり禁断の恋かと・・・ちょっと、その響きに、そそられません?」
真智「(笑顔で)ええ・・・(一転、睨んで)薫子様に、手を出さないで下さいね」
慎太郎「婿養子を狙っていたんですけど」
真智「(戒めるように)先生!」
慎太郎「冗談です」

○(翌日)同・薫子の部屋
  慎太郎、薫子に、ハガキを差し出す。
慎太郎「国語の勉強を始めます」
薫子「ハガキ?」
慎太郎「暑中見舞いを書く」
薫子「誰に?」
慎太郎「友達に」
薫子「友達・・・いない・・・」
慎太郎「そんなに、真面目に考えなくていいと思うよ」
薫子「えっ?」
慎太郎「薫子が、いいなと思う人。やさしくしてもらったことがあるとか、友達になりたいなって思ったことがあるとか」
薫子「じゃあ、ありさちゃんとななちゃん」
慎太郎「よし、二人に暑中見舞いを書こう。スマホで何でもできる時代だからこそ、あえて手書き」
薫子「うん・・・じゃあ、先生も書いて」
慎太郎「えっ?」
薫子「先生も、はい」
  慎太郎、薫子からハガキを受け取る。
   ×     ×     ×
  慎太郎と薫子、並んで机に向かっている。
  慎太郎、腕を組み、考え抜いた後、しぶしぶ「甲田まりあ様」と宛名書きをする。
  薫子、横目で、盗み見している。
薫子「(まりあ・・・)」
  慎太郎、ハガキを裏に返すと、
  「暑中お見舞い申し上げます。鍵を置いていったのは、まりあに頼ってばかりじゃだめだと 」などと書いている。
薫子「 だから、心配しないで下さい」
慎太郎「うっ」
  慎太郎、ハガキを両手で覆い、赤面する。
慎太郎「人の手紙を勝手に読むなよーっ」
薫子「まりあか。サエの他にも、カノジョがいたんだね」
慎太郎「まりあは、養護施設の時にやさしくしてくれた仲間。お姉さんみたいな人」
薫子「ふーん・・・先生、顔、赤いけど」
慎太郎「ほら、絵も描けよ。絵も・・・薫子、本当にいい性格してるな」
薫子「ふふふ」

○(数日後)まりあのマンション・玄関
  まりあ、慎太郎からの暑中見舞いを、郵便ポストから手に取り、笑っている。
まりあ「なんで、暑中見舞い?」

○草城家・キッチン
  慎太郎、ビデオで薫子を撮っている。
慎太郎「(ビデオに)本日は、家庭科です」
  薫子、真智にパンケーキの作り方を習っている。悪戦苦闘しながらも、楽しそう。
  
○(さらに翌日)同・庭
慎太郎「今日は、理科!」
  薫子、軍手をし、シャベルで花壇の土を掘り返し、花の苗を植えている。
薫子「きゃあ、ミミズ。気持ち悪ーい」
  薫子、思わずその場を離れる。
  慎太郎、シャベルにミミズをのせて追いかける。
慎太郎「ほらほら」
  薫子、涙目で逃げている。
薫子「きゃー、やだやだ。真智さーん」

○(翌週)同・庭
  慎太郎と薫子、並んで座り、花の絵を描いている。会話と笑顔を交しながら。

○同・リビング
  真智、笑顔で二人を見ながら、電話報告。
真智「はい、奥様。大変、いい先生です。薫子様も、とても、懐いておられます。はい。ぜんそくの発作も全然、出ておりません。そこで先生からの提案なんですが 」

○(翌日)散策路(ハイキングコース)
  慎太郎と薫子、リュックを背負い歩いている。自然の景色を楽しむように。
慎太郎「体は大丈夫?」
薫子「うん」
慎太郎「苦しかったら、無理しないで、すぐに言うこと」
薫子「心配しすぎ」
慎太郎「それなら、いいけど」

○湖畔(小さな湖、沼など)
  湖面に太陽が降り注いでいる。心地よい風。
  慎太郎と薫子、弁当を食べている。
薫子「おいしい」
慎太郎「遠足の弁当って特別おいしいよね」
薫子「学校の遠足って、ほとんど行ったことがないの。前の夜に必ず発作が出て」  
慎太郎「そうなんだ・・・心の問題かな」
薫子「心の問題?」
慎太郎「そう。薫子って、わがままだけど」
薫子「(ふくれている)」
慎太郎「結構、人に気を遣うじゃん」
薫子「えっ?」
慎太郎「発作が出たらどうしよう。みんなに迷惑かけるって。気にしすぎるから、本当に、発作が出ちゃうんじゃないかな」
薫子「(確かに・・・)」
慎太郎「体が弱いんだから、迷惑をかけてもいいんだよ。手助けしてくれる人もいれば、励ましてくれる人もいる」
薫子「・・・うん」
慎太郎「そんなところから、友達もできるんじゃないかな。ありがとうを言ってさぁ」
薫子「(うるっときている)」  
慎太郎「湖、きれいだな」
薫子「うん・・・」
  湖を眩しそうに見る薫子。笑顔も輝く。

○散策路(帰り道)
  薫子、ぜんそくの発作の兆候が出始める。
慎太郎「まずいな」
  慎太郎、吸入剤を取り出し、薫子に渡す。
  薫子、道端に座り、それを吸入する。
  慎太郎、リュックを首に掛け背を向ける。
慎太郎「ほら、おぶって、やるから」
薫子「吸入したから、もう大丈夫」
慎太郎「無理するなって」
  薫子、恥ずかしそうに慎太郎におぶさる。
  慎太郎、すっと立ち、早足で歩き出す。
慎太郎「大きい道路に出たら、タクシー拾うから。恥ずかしくても、我慢しろよ」
薫子「ごめんね」
慎太郎「謝るなって」
薫子「うん」  
  薫子、慎太郎の首筋に頭をつける。

○草城家・薫子の部屋(夕刻)
  薫子、ベッドに寝ている。側に心配そうな慎太郎。
  真智、慎太郎を気遣う。
真智「驚かれたかもしれませんが、ゆっくり静養すれば、大丈夫ですよ」
慎太郎「よかったぁ」
  慎太郎、近づき、薫子の頭を撫でる。
慎太郎「ごめんな。無理させたから」
薫子「ううん。すっごく、楽しかった。だから、こんなの、全然、平気。ほら、もう、発作、出てないでしょう?」
慎太郎「うん」

○(翌日)同(早朝)
  慎太郎、薫子のベッドにもたれかかり眠っている。(毛布が掛かっている)
  真智、ジュースをトレーにのせ、運んでくる。薫子に向かってにこやかに、
真智「御気分は、いがかですか?」
薫子「しー(人差し指を口に当てて)」
  真智、寝ている慎太郎を覗き込んで、
真智「(小声で)はい。しー、ですね」
  真智、サイドテーブルにジュースを置く。
薫子「(真智の耳元に)ねぇ、真智さん」
真智「はい。何でしょうか?」
薫子「発作が出たこと、ママには言わないでね。内緒にして。お願い」
真智「えっ?」
薫子「先生が怒られたら嫌なの。絶対、嫌なの・・・私、また、先生とハイキングに行きたいの。だから、絶対に言わないで」
真智「(涙を浮かべ)わかりました・・・」
  慎太郎、何も知らず穏やかに眠っている。

○(数日後)同・ダイニング(夕刻)
  慎太郎、薫子、真智、夕食を食べている。
  薫子、顔色もよく、食欲旺盛。
真智「すっかり、よくなりましたね」
薫子「うん」
慎太郎「この頃、すっごく食べるよね」
薫子「太っちゃうかな?」
慎太郎「女の子は、ぽっちゃりしてる方が可愛いって。うんうん」
薫子「(ほっとしている)」
真智「ふふ・・・ところで、明日は、いよいよ、薫子様の十歳の誕生日ですね」
慎太郎「えっ・・・そうなの?」
薫子「うん」
慎太郎「聞いてないよぉ」
真智「奥様もいらっしゃいますので、先生、そのつもりで、お願いします」
慎太郎「はい・・・(ヤバい。俺、偽者だったんだ・・・)」
  薫子、慎太郎の焦り顔を見て、
薫子「大丈夫。なんとかなるでしょう」
慎太郎「そうでしょうか」
薫子「はい。ふふ」
真智「?」
  電話が鳴る。真智、受話器を取る。
真智「はい。草城でございます。ああ、奥様。はい。いらっしゃいます。薫子様ーっ」
薫子「(嬉しそうに)ママ?」
真智「はい」
  薫子、真智に駆け寄り、電話に出る。
薫子「ママ? うん。元気・・・えっ? 明日、来られないの?・・・」
  慎太郎と真智、同時に薫子の方を見る。

○貴子の会社・社長室
  貴子(40)、デスクに座り、電話している。平然とした態度で、
貴子「ごめんね。急な用事が入っちゃって。プレゼントは届けさせるから」

○草城家・ダイニング
薫子「うん・・・わかった・・・」
  薫子、がっくりとうなだれて、受話器を真智に渡す。どっと涙があふれてくる。
真智「(慌てて)奥様、明日、こちらに来られないんですか?」
貴子(声)「大事な取引先との会食なのよ」
真智「そこを何とかなりませんか? 薫子様もとても楽しみにしていらっしゃいます」
貴子(声)「明日は、無理ね」
真智「そうですか・・・」
  薫子、居たたまれず、走って部屋を出て行ってしまう。バタンとドアが閉まる。
  慎太郎、薫子を追おうとして、方向転換。
  真智の受話器を取り上げる。
慎太郎「もしもし。家庭教師の者です」
貴子(声)「娘がお世話になっています」
慎太郎「お嬢さんの誕生日より、大切な用事って何ですか?」
貴子(声)「お答えする必要ないわ」
慎太郎「夏休みに入ってから、一度も、お母さん、会いに来てませんよね」

○貴子の会社・社長室
貴子「仕事が忙しいのよ。だから、真智さんに世話を頼んでいるのよ」

○草城家・ダイニング
慎太郎「母子家庭だというのは、わかります。でも、ぎりぎりの生活をしているわけじゃないですよね。こんなに裕福なんですから。仕事だって、一日くらい他の人に代わってもらうこと、できるんじゃないですか?」

○貴子の会社・社長室
貴子「家庭教師のあなたが、口を挟むことじゃないわ。社長って大変なのよ」

○草城家・ダイニング
慎太郎「誕生会に母親がいなくて、楽しいわけないでしょう! あなたがこの世に誕生させた、かけがえのない日じゃないですか。薫子に直接会って、祝ってあげて下さい」
真智「(あたふたして)先生・・・」
貴子(声)「別に形式にこだわらなくてもいいじゃない。時間のある時にすれば」
慎太郎「子供のこと思うんだったら、お手伝いさんや家庭教師に頼ってないで、母親がきちんと向かい合って下さい。病気でつらい時だけでも側にいてあげて下さい。(感情爆発)思い切り抱きしめてあげなよ!」

○貴子の会社・社長室
貴子「(カッとなって)あなた、クビよ。クビ。真智さんに替わってちょうだい」

○草城家・ダイニング
  慎太郎、真智に頭を下げて、受話器を渡す。
真智「もしもし。お電話、替わりました」

○貴子の会社・社長室
貴子「何なの? あの家庭教師は!」
真智(声)「(困ったように)はぁ」
貴子「人のうちのことに口出しして。あなたも、側にいながら、何をやっていたの?」

○草城家・リビング
真智「前にも、申し上げましたとおり、大変いい先生でございますよ」

○貴子の会社・社長室
貴子「まだ、そんなこと言っているの? 今の態度、見たでしょう?・・・まあ、いいわ。たった今、クビにしたから」
 
○草城家・リビング
真智「えっ? クビになさったんですか?」
  慎太郎、横で、うんうんと頷いている。
貴子(声)「当たり前でしょう!」
真智「・・・もし、先生を辞めさせるのでしたら・・・私もお暇を頂きます!」
貴子(声)「えっ?・・・ちょっと 」
  真智、ブチッと電話を切ってしまう。
真智「あーあ。言っちゃいましたわ」
慎太郎「俺のせいで・・・すみません」
真智「(温かい笑顔で)いいんですよ」
  
○同・リビング・ドア越し(向こう側)
  泣いていた薫子、話を聞いてしまう。

○同・倫太郎のいる客室(夜)
  慎太郎、机で黙々と、絵を描いている。
  ドアをノックする音がする。
慎太郎「ん?」
  慎太郎、ドアの前に行く。ドアの下部(隙間)から、手紙が滑るように入ってくる。それは、薫子からの可愛い招待状。
  「アフタヌーンティーのごあんない」。

○同・キッチン(夜)
  真智、食器を仕舞っている。ドアの下部から、慎太郎と同じ招待状。真智、それを手に取り、微笑む。

○(翌日)草城家・近くの街路
  高級車が止まる。貴子、降りてくる。

○同・庭  
  慎太郎、ひとり座って待っている。

○同・鉄柵越し
  貴子、そっと庭を覗く。慎太郎を見て、
貴子M「アイツね。生意気な家庭教師・・・あらっ? あんなイケメンだったかしら。まあ、それはいいとして、一発、ガツンと言ってやらなきゃ、気が納まらないわ」

○同・庭
  薫子、リビングより、パンケーキを持って出てくる。手元が危なっかしい。
薫子「おまたせしました」
  真智、薫子の背後で、ハラハラしながら、
真智「薫子様。気をつけて下さいね」
薫子「大丈夫よ」
  薫子、パンケーキをテーブルに置く。
慎太郎「おっ。上手にできてるじゃん」
薫子「紅茶も、私が入れるね」
真智「薫子様、ヤケドをしないように」
薫子「真智さん、心配しすぎ。さあ座って」
  薫子、真智の背中を押し、席に座らせる。
真智「はい、すみません。そうですよね」
慎太郎「ははは」
  薫子、紅茶をカップに注いでいる。

○同・鉄柵越し
  貴子、薫子を驚愕の表情で見ている。

○同・庭
  薫子、かしこまって、挨拶をする。
薫子「今日は、私の誕生日です。今年から、誕生日には、ありがとうを、言うことにしました・・・真智さん、いつも、おいしいお料理を、ありがとう」
真智「薫子様・・・(うるっときている)」
薫子「先生、楽しい夏休みを、ありがとう」
慎太郎「おうっ(照れている)」
薫子「二人にお礼です。私が作ったパンケーキを食べて下さい」
  慎太郎、真智、同時に拍手をする。
真智「薫子様。私からも、プレゼントがございます・・・これなんですが」
  真智、薫子に花柄の包みを渡す。
薫子「ありがとう。開けていい?」
真智「はい」
  包みの中は、可愛らしいエプロン。
薫子「フリルがついてて、かわいい・・・」
真智「私が作りました。これからも、お料理がんばって下さいね」
薫子「うん。もっと、おしえてね」
慎太郎「俺からも、プレゼント」
  慎太郎、スケッチブックを差し出す。
慎太郎「俺が、徹夜で描いた絵本。世界にひとつしかない、レアものだよ」
  薫子、スケッチブックを開いてみる。
薫子「(目を輝かせて)きれいな絵・・・先生、ありがとう。一生、大切にするね」

○同・鉄柵越し
  貴子、その場に、へたり込んでしまう。

○同・近くの街路
  貴子、がっくりとうなだれて戻ってくる。そして、トランクを開け、たくさんのプレゼント(洋服や玩具)を見やる。
貴子M「本当に形だけだった。私は大切な何かを見失っていたのかもしれない・・・」
  貴子、自分のスーツケースだけを下ろす。
  そして、携帯で電話をかける。
貴子「今日から、数日、休暇を取ります」

○同・庭
  和気あいあいの慎太郎、薫子、真智。
  貴子、ずんずんと、勢いよく入ってくる。
薫子「(驚いて)ママ・・・」
真智「奥様!」
貴子「家庭教師がうるさいから、来たわよ」
慎太郎「(ヤバい・・・)」
  薫子、貴子に駆け寄り、抱きつく。
薫子「ママー」
貴子「お誕生日、おめでとう。薫子・・・」
  貴子、薫子をきつく抱きしめると、頬にキスをする。何度も何度も。
貴子「ママとキスが、誕生日プレゼントよ」
薫子「ママ。ありがとう・・・きゃはは」
  慎太郎、その様子を見て、真智に耳打ち、
慎太郎「(にっこり)よかったですね」
真智「(涙ぐみ)先生のおかげです」
  貴子、慎太郎のところに近づいてくる。
貴子「森先生。うちの娘に、どんな魔法をかけたのかしら? 急に大人になって」
薫子「森先生じゃないよ」
真智「(驚いて)えっ?」
貴子「あら、違ったかしら?」
薫子「高野先生。高野慎太郎先生!」
真智「(驚愕)ひえーっ(混乱する)」
慎太郎「(苦笑い)どうも、高野です」

○同・薫子の部屋(夜)
  薫子、ベッドに入りうとうとしている。
  貴子、枕元で、絵本(慎太郎からのプレゼント。スケッチブック)を読んでいる。
貴子「お姫さまが、目をさますと、王子さまは、いなくなっていました。そうです。王子さまは、あの鳥だったのです。鳥は、空高くまい上がると、赤や黄色の羽根を落としながら、飛んで行きました。その羽根は、やがて落葉となり、町を秋に変え・・・     」
  薫子、すーすーと寝息をたてている。
  貴子、薫子の頭をやさしく撫でる。

○(翌日)まりあのマンション・リビング
  慎太郎とまりあ、ソファに座っている。
まりあ「それで、朝方、こっそり、抜け出してきたわけね」
慎太郎「だって、詐欺じゃん。俺、東大生じゃないし、勉強を教えてないし」
まりあ「(笑って)確かに・・・でも、勝手に帰ってきてしまって、姫、がっかりしてるんじゃない?」
慎太郎「今頃、俺のことなんか忘れて、お母さんに、たっぷり甘えてるよ。うんうん」
まりあ「それもそうね・・・まあ、慎太郎にとっても楽しい夏休みだったわね」
慎太郎「うん。めっちゃ、おもしろかった」
まりあ「何か、姫と昔の慎太郎、似てるね。病弱で友達が少なかったところとか。だから、放っておけなかったんでしょう?」
慎太郎「いや。俺にとって、女性はみんなクイーンなんだよ。だから誰に対しても、もれなくやさしい。勿論、まりあにもね」
まりあ「バーカ」
慎太郎「実は俺、今回で気がついたんだけど・・・絵本作家になりたいかも」
まりあ「あれ? プレッシャーになるから夢は追わないんじゃなかった?(笑う)」

○(数ヶ月後)街路・舗道(秋)
  木々が色づき、枯れ葉が舞っている。
  慎太郎、画材道具を手に歩いている。

○ 道路を挟んだ反対側の舗道・小学校前
  薫子、友達二人とお迎えを待っている。
  薫子の視界の角、慎太郎が過ぎる。
薫子「(はっとして)先生?・・・ありさちゃん、ななちゃん、ちょっとごめんね」
  薫子、慌てて、信号に向かって駆け出す。

○街路・舗道
  慎太郎の服の裾を後ろから掴む可愛い手。
慎太郎「ん?」
  慎太郎、ぱっと後方を振り向く。
  薫子、満面の笑みで立っている。
慎太郎「(相当驚いて)薫子・・・」
  薫子、少し大人びた表情。気取って、
薫子「先生。これから、ウチで、アフタヌーンティー、いかがですか?」
慎太郎「アフタ・・・(信じられない顔)」
  ありさ、ななの声が向こうから響く。
ありさ・なな「薫子ちゃーん。バイバーイ」
  薫子、ありさとななに手を振り、
薫子「バイバーイ。また、明日ねー」
  薫子、慎太郎に向き直り、懇願する。
薫子「先生にクッキーを焼いてあげたいの」
慎太郎「・・・じゃあ、ハートの形にね」
薫子「(飛び上がって)やったぁ・・・」
  慎太郎、薫子の顔を、懐かしそうに見て、
慎太郎「友達できて、よかったじゃん」
薫子「(嬉しそうに)うん・・・」
慎太郎「(空を見て)人間て、こうして、また、夢のように巡り逢うんだなぁ・・・」
薫子「(顔を覗き込んで)ん?」
慎太郎「何でもない・・・ところで、お母さん。俺が偽者で、怒ってなかった?」
薫子「全然・・・笑ってた」
慎太郎「よかったぁ」
薫子「でも、黙って帰ったのは、すごく怒ってた・・・私も怒ってた(ふくれる)」
慎太郎「(苦笑い)だよね・・・」
薫子「でも、もう怒ってない。会えたから」
慎太郎「薫子・・・」
  薫子の顔を、はらりと落葉がかすめる。
薫子「ふふ。王子さまの落とした羽根」
  薫子、両手を広げ、落葉を受け止めようとする。落葉に操られ、踊っているよう。

○ 道路を挟んだ反対側の舗道・小学校前
  真智の運転してきた車が止まる。
  真智、慎太郎と薫子の姿に気づき微笑む。
真智「あら、まあ、ふふふ」

○街路・舗道
  慎太郎、ポケットから指輪を取り出す。指輪をカメラのレンズのように目に当て、輪中にくるくると踊る薫子の姿を映す。
慎太郎「薫子。こっち見て、笑って」
薫子「えっ?・・・」
  指輪のフレームに薫子の笑顔が刻まれる。
慎太郎「カミング・クイーン!」
             おわり

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