見出し画像

「主体性がない」と嘆く前に

新人・若手の学びの扉をひらくにはどうしたらいいか

上のイラストは、とある総合病院に勤める新人看護師のXさんと、その教育係のYさんを描いています。Xさんの仕事ぶりに関して、両者の認識は大きく食い違っています。「育つ側」と「育てる側」のこうした食い違いは、どこから生じてしまうのでしょうか?


左:Aさん、右:シカさん

※登場人物
・Aさん
マイナビ社員。メディカル事業本部で医療機関の看護師採用支援に携わる。
・シカ先生
この特集のナビゲーター役。看護師の世界の教育・人材育成に詳しい。


「育つ側」と「育てる側」はなぜ食い違ってしまうのか?

シカ先生(以下、シカ):教員として、上司や先輩として…どのような形であれ、人を育てた経験のある方は、「なかなか思うように育ってくれないな」と戸惑い、悩んだ経験があることでしょう。なかでも「主体的に行動して学んでいってほしいのに、どうしても受け身や指示待ちの姿勢になってしまう」というのはよくある悩みではないでしょうか。

A:イラストでは、新人看護師Xさんと、その教育担当のYさんの思いが微妙にすれ違ってしまっている様子が描かれていますね。

シカ:YさんはXさんに対して「もっと主体的に色々なことにチャレンジして成長していってほしい」と思っています。でも、Xさんは「積極的に挑戦してみよう」という言葉もプレッシャーにしか感じないようです。「任された仕事に対して『正解』を出せていないのではないか、期待に応えられていないのではないか」などといった疑念や不安でいっぱいで、正直それどころではないというのが本音ではないでしょうか。この状態で「主体性」を求めても、「『積極的にチャレンジしている姿勢』という『正解』を出さなければ」と周りの顔を窺うばかりになってしまい、ますます「主体性」からは遠ざかってしまうでしょう。

A:Yさんは「今できていることをしっかり承認してあげながら育てていこう」という方針のようです。それはもちろん大事なことですが、今のXさんには、Yさんや周囲の「大丈夫だよ」という前向きな承認の言葉もあまり響いていないようですね…。「育てる側」と「育つ側」は、なぜこんなふうにすれ違ってしまうのでしょうか?

シカ:今回の特集では、「育てる側」が「育つ側」に「主体性がない」と感じる理由や、どのようにすれば主体性を育むことができるのかについて、掘り下げて考えていきましょう!

「育つ側」は不安だらけ ー主体性の鍵は「安心・効力感・希望」





出典:「2024年度第1回新人看護職員調査*」より(N=293)

新人は不安でいっぱい?

シカ:上のグラフは、全国の有志の大学病院・大規模総合病院計10施設で実施した、新人看護職員調査の結果を抜粋したものです。
まず、「職場にいるだけでビクビク・ドキドキすることはありますか」という質問には、半数が「いつも/しばしばそう感じる」と回答しています。また、「今の自分は仕事でいっぱいいっぱいだと感じますか」という質問には、「いつも/しばしばそう感じる」という人が全体の8割を占めています。一方で、「職場で、自分が質問したことに対して、ちゃんと答えて・教えてもらっていると感じますか」についても、「そう感じる」「しばしばそう感じる」が9割近くを占めています。そして、「今の職場で働き続けたいと思いますか」という質問については、ネガティブな回答をしている人は15%程度と少数派です。

A:「先輩や上司からちゃんと教えてもらえているし、そんなに辞めたいとも思っていない。ただ、職場にいるとビクビクドキドキして、毎日いっぱいいっぱい」…という新人の姿が見えてきますね。

シカ:人の命に直結した仕事をしている以上、ビクビクしてしまうのは、ある意味では医療者としてあるべき反応だとも言えます。ただ、あまりビクビクしている状態では、「間違いがないように」と行動が小さくまとまってしまい、自ら主体的に動くことは難しくなってしまいます。

「安心・効力感・希望」

シカ:「育てる側」は、「まず主体性を持ち、色々なことにチャレンジしてほしい。そのチャレンジを承認してあげれば、自己効力感が上がってもっと伸びていくはず」と思っている人が多いでしょう。「育つ側」に対して「主体性ドリブン*」で動くことを期待していると言えます(図1)。
しかし育つ側は、主体性を持ってチャレンジできる心理状態にありません。「この場で不適切な振る舞いをしていないか」「求められている結果を出せていないのでは」と不安だらけです。必死に周囲の指示に従い、「どうやら間違いではなさそうだ」と感じることでようやく少し安心できる…そうした「不安ドリブン」で動いています(図2)。でも経験が浅いほど、当然ながら一発で正解を出すことは難しい。そうなると「期待に応えられていない、足手まといになっている」と感じられ、さらなる不安が湧いてきて、悪循環にはまっていくのです。



A:なるほど。そしてその状態が続くと、「育てる側」は「いつまで経っても受け身で主体性がない」と感じ、すれ違いはますます大きくなってしまいそうですね…。このすれ違いを解消するにはどうしたらいいのでしょうか?

シカ:私は、次のような新たなモデルを、「育てる側」と「育つ側」で共有することを提案します。「まず、『この場にいていいんだ』『自分なりに役割を果たせている』という安心感を抱き、そのうえで与えられた課題に挑戦してみる。そこできちんと『正解』を出し、承認を受けることで効力感が生まれ、『私でも大丈夫なんだ』『この先もやっていけるかも』という希望が湧いてくる」…というモデルです。これを「安心→効力感→希望」モデル(図3)と名付けましょう。人は、「安心・効力感・希望」の一通りの流れを経験することによって初めて主体性が芽生え、新たなチャレンジができるようになるのではないでしょうか。

出典:*持続可能な看護組織を考える研究会「2024年度第1回新人看護職員調査」(2024年6月実施)より

*ドリブン英語“drive”の過去分詞“driven”に由来する言葉で、「~に駆り立てられる」「~にもとづく」「~が原動力となる」といった意味を表す。


登場人物紹介監修:平林 慶史(有限会社ノトコード 代表取締役)「看護に誇りと喜びを」をキャッチフレーズに事業を展開し、看護管理の新しいメソッドの開発・普及を行っている。認定看護管理者教育のほか、医療機関における研修を数多く実施。