〇イヌの台詞 36~イヌとリードの巻~
よその国の旅をすると、日本と違う光景に出会うことがよくあります。中国に行った時に、リードを付けたイヌがいないことに気づきました。
これは今から14年前の2010年9月、中国の上海の郊外の街の風景。
商店と住宅が混在する小さな街ですが、そこにリードで繋がれたイヌは一匹も見ませんでした。
イヌはよく見かけるのですが、大抵は店先などで寝そべっているのです。
カメラを向けても、逃げるでもなく、吠えるでもなく―という感じ。
この犬は「おまえ、何処からきたんや!」-ちょっと構えていますね。
こちらは、それから7年後の2017年6月、ベトナムの中部 ホイヤンの街で時間は朝8時半、ベトコン帽に天秤棒をかついだオバちゃんが、道路端で朝飯を売っています。パインセオというベトナム風お好み焼きですね。
商売の最中に、後ろの洋品店から小さなイヌが一匹出てきました。
ムチャクチャ カワイイ!まるでスヌーピーですね!
「シッシッ、お前にやるものはないよ!」オバちゃんに叱られています。
以前のコラムで書いていますが、日本でも、昭和30年代までは、リードを付けて散歩というのはなかったように思います。それ以前の江戸の時代まで遡ると、飼い犬だけでなく、町内のイヌ好きが共同で飼っている野犬のような犬も多かったようです。
「近頃江戸にはやるもの」の中に、「火事に喧嘩に~」ときて、最後に「犬の糞」―それほど放し飼いのイヌが多かったということですね。
ところで、どうしてイヌは繋いで、ネコは放して飼うのでしょう。
これはどうも家康の「猫放し飼い令」(1602年)あたりからのようですね。
当時の京の都においてネズミの被害が深刻であったことが原因のようです。
これの発令により、それまで繋がれていたネコが放され、イヌが繫がれるようになったというのです。しかし、これは江戸の街では守られることはなく、相変わらずのドッグラン状態。当時の風俗画にイヌは沢山描かれていますが、繋がれているイヌは一匹も登場しないのです。