ゲイでドMのおじさんに道を聞かれた話
先に言っておくが、タイトルがこの話の全てだ。そして、LGBTだのマイノリティだのそんな話をするつもりではない。ゲイだろうがドMだろうがおじさんだろうが良い人なら仲良くなれる。これは私が道を聞いてきたおじさんに性癖までカミングアウトされたという、人生のベスト3に入る気がする衝撃だった出来事だ。
その日私は夕方から美容室に行っていた。その時の職場は明るく髪を染めてもOKだったので、初めて髪をオレンジ色にしたのだ。オレンジ寄りの茶色ではなく、はっきりとした鮮やかなオレンジだ。当時ディック・ブルーナさんに憧れていて、オランダといえば赤髪だ!と思いオレンジに染めた。赤髪じゃない。そもそも、ディック・ブルーナさんは私の憧れていた時にはすっかりおじいちゃんだったので白髪だった。白髪じゃない部分も赤髪ではなかった。全面的に何かを間違えていた。しかし、私はキレイなオレンジにウキウキした。
店に入ったのは夕方で日も高かったが、前述の通り髪を染めていたので、店を出た時には20時だった。その店は以前住んでいたマンションの近くで、その時は全く違う町で暮らしていた。帰宅するために最寄駅に向かって歩き始めた。なぜ店を出た時間をこんなに鮮明に覚えているかというと、店から駅まで10分と少しくらいで、その駅の電車の発車する時間が10分おきだったからだ。20時15分発の電車があるはずと記憶していた私は、ちょっと急げば間に合うと思った。
早歩きで静かな道を駅に向かう。その町は大学があり学生向けのマンションも多い。そして駅までの道の途中には小学校もあるため、一軒家やファミリー向けのアパートも多く、閑静な住宅街だ。車道は1車線だが歩道がしっかりと取られていて広い。街灯も極端に多いわけではないが暗くはない。コンビニなどもあり、静かだが人通りもちらほらとある。駅に近づくにつれ飲み屋も多くなる。早足で歩いていた私は、ちょうど小学校の校門を過ぎたあたりで知らない人に声をかけられた。
「すみません」
後ろから声をかけられたので顔は解らなかった。声で男の人だとは想像がついた。しかし、前述した通り住宅街である。梅田だの難波だのを歩いていれば客引きかナンパか純粋に道を訪ねたいのかのどれかだと思うが、住宅街である。住宅街でなんの道をきくというのか。住宅街でなんでわざわざナンパをするのか。客引きにしては住宅街。声をかけられた意味が解らなかった。申し訳ないが20時すぎだし暗いし怖かったのでマイルドに無視させていただいた。しかし、男の人は繰り返し私に声をかけてきた。
「あ、あの、すみません」
声の感じが明らかに困っていた。私にも人の心があるので、この人が本当に道に迷って困っているのであれば道くらい教えてもいい。とはいえ暗い住宅街。変な人だったら怖い。人が多いところなら無視して逃げ切れると思うが、変な人で妙な因縁でもつけられたら最悪だ。少し考えたが、私はめちゃくちゃ足が遅いがちょっと走ればコンビニもある。少ないとはいえ人もちらほら通る。大きな声を出せば誰かしら助けてくれるだろうと考え、勇気を出して後ろを振り返った。
そこにはラグビー体型のゴツいおじさんが立っていた。テレビで見るラグビー選手ほどのゴツさはないが、しかし全体的に四角い。背も高かった。160cmにちょっと足りないくらいの私が見上げるくらい。180cmくらいだろうか。でかい!と思った。ちょっと鞄で殴ったくらいではビクともしないだろう。万が一変な人だったら勝てる気がしない。変な人じゃないことを祈るしかない。
私が振り向いて応えたことに安心したのか、おじさんはホッとした表情で遠慮がちに問いかけてきた。
「すみません、この辺で飲み屋さん知りませんか?」
まさかのナンパか。しかも一緒に行きませんか、とか良い店あるんですとかじゃなくて、私に店を聞くのか。住宅街でナンパすんなよ、無理だろ。もっと人通りがあるところに行けよ。いや、ナンパじゃないとしてもそんな漠然とした質問ないだろう。
おじさんとのやりとりで電車を一本遅らせることが決まった私は本当にガックリした。めんどうだったので、冷たく「私この辺の人じゃないので解りません。すみません。」と言い立ち去ろうとした。するとおじさんは食い下がってきた。
「どんなのでもいいんです。知らないですか?」
知らんって。飲みにいかんって。
知りませんか、解りません、なんでもいいんです、あまりお酒飲まないので。そんなやり取りを何ターンかしているうちにおじさんの求める飲み屋はレベルアップしてきた。
「外国の人とかがよくきそうな」
いや、知らんて。
「隠れ家的なバーとか」
だから知らんて。普通の店を知らんというとるのに、隠れられたらもう手も足も出ない。
「ゲイの人とかが行きそうな」
知るかーーーーーーーーー!!!!!
おじさんは何を求めているのだろう。さっぱり解らない。ただ、本当に困っている感じが滲み出ていた。私は数少ないその街の引き出しを開けて、3件くらいのバーとかお酒の飲めるお店の場所を伝えた。おじさんは全部知っていた。お店の詳しい情報を言い切る前に、外観や立地的な特色を私に返してきた。
お店の前にネオン管の飾りがあるお店。
プロジェクターで映画を流しているお店。
入り口が自販機になっているお店。
全部合っていた。
私は全部入ったことがない。
いや、ネオン管のお店だけは一度行った。
3つとも既に見に行ったと言う。その3件は方角がバラバラで、私とおじさんが話している位置からは全部行って戻ってきたとしてトータルで1時間以上はかかると思う。おじさんは一体何をしているのか。
手持ちの飲み屋カードが早々になくなった私は、おじさんには申し訳ないがもう知らない。けど、私は駅に行くから駅までなら案内できることを伝えた。するとおじさんは少し寂しそうに一緒に駅まで行くと言った。
2人でテクテクと歩く駅までの短い間、たくさんおしゃべりをした。その会話は想像以上に楽しかった。ナチュラルに色々カミングアウトしてくるおじさん。
おじさんは元々関東の人だったが、仕事の都合で最近関西に引っ越してきたらしい。駅の改札前で彼氏と待ち合わせていたけど、帰宅ラッシュで人が溢れかえっていたから少し待ち合わせ場所を離れたら会えなくなったそうだ。
そしてはぐれたまま1人で見知らぬ街を彷徨っているという。
彼は既婚者だからあまり人に見つかりたくなかったという。彼はハーフで超イケメンらしい(是非見たい)。モデルもしているらしい。
その駅は確かに特急が停まるような大きな駅ではない。しかし、利用者が多く改札自体も広くはないのでラッシュの時はすごく混雑する。そんな場所で秘密の関係の2人が待ち合わせをするなと言いたい。おじさんは関西に慣れていない(しかも主要駅でもない)ので仕方ないかもしれんが、彼氏ちゃんとしてって思う。
ふと気になったのでおじさんに聞いた。
「電話とかで連絡取れないの?」
我ながら至極まっとうな意見である。数年前とはいえスマホがすっかり普及していた。待ち合わせをミスったところで連絡くらいすぐ取れるだろう。おじさんは困ったような顔で私に言った。
「彼は携帯とか持たない主義なの」
えぇぇぇーーーーーー!?モデルをしてる人が?仕事の連絡どうするの?私の喉元まで言ってはいけない言葉が混み上げる。
向こうは電話番号とか知ってるんでしょ?どっかから連絡来ないの?お店で電話してくるとか。
「連絡くれたらいいんだけどねぇ」
くれないんだ、連絡…。それで1時間以上見知らぬ街を彼氏を探して彷徨ってたんだ…健気…。言えない。言ってはいけない。でも私の心の中でどうしようもなく沸き上げてくる言葉がある。
おじさんフラれたんじゃない…?
その他にもドMであることや関西にもお友達がたくさんいて、ホテルの広いお部屋を借りてパーティしたりしてとても楽しいということ。色々と話してくれた。ドMだから今日のこの彼氏からの仕打ちもプレイの1つなんだなって1人で納得してしまった。
背が高いので歩幅も広いはずなのに、のろのろした私の歩みに合わせてゆっくりと歩いてくれた。楽しそうにいろんなお話をしてくれたおじさんは、口元に手を当てながらニコニコしていた。とても可愛かった。あれはおじさんではない。乙女だ。私なんぞよりよっぽど乙女だ。
「こんな事を初対面の人に話したの初めて!」
おじさんはにこにこと私にそう言ってくれた。それはこっちのセリフである。私の方こそ初めての体験だ。おじさんはもう少し人に警戒心を持った方が良い。普段はカミングアウトしているの?していないなら私がその話をネタに脅迫したらどうするつもりだったの?いや、しないけどどうするつもりだったの。私はしないけど、そういう事をする嫌な奴もいるって知ってるでしょう。
でも私も脅迫はしないけどこうしてnoteでネタにして世界に発信してしまった。ごめんねおじさん。
楽しい時間はあっという間で気づけば駅前についた。おじさんともう少しお喋りしたい気がした。駅前にあったミスドでおしゃべりしない?と言いたかった。でも私は水曜どうでしょうの放送に間に合うように帰りたかったので、名残惜しかったがおじさんに別れを告げ、駅周辺のなんとなくの雰囲気を伝えた。一緒に歩いてきた方は道も少し広いし、学生も多いエリアだと。そして、駅裏の方は本当に住宅街だからお店とかもないと思う。治安がひどく悪い訳ではないけど、暗いし知らない街だしあんまり行かない方がいいと思うよと。
そう言ってお互い手を振り駅の前で別れた。私は改札へ、おじさんは私が行かない方がいいよと言った駅裏に続く道へ。私の髪と同じオレンジ色の街灯がおじさんを照らしていた。
なぜ、そっちに行く。
隠れ家バーがあると思ったの…?
多分ないよ。知らんけど多分ない。
パーティにいらっしゃいよ、と誘ってくれたおじさん。結局連絡先を交換してないから行けないよ。もう一度会えたら聞きたい。彼氏とはちゃんと会えた?なんであの時私に道を聞いたの?髪がオレンジだったから?教えて。
もう一回オレンジにしたら会えるかな。別に会いたい訳じゃないんだけど、元気かな。彼氏に会えたかな。