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人の仕事をすごいと気づけるチカラ

私が住んでいたマンションは、大きいターミナル駅から2回乗り換えが必要だった。最寄駅からも15分くらい歩くため家に着くまで約1時間かかる。

お盆休みで帰省した地元から一人暮らしの家に戻ってきた日だった。22時過ぎにターミナル駅駅に着いた。いつもなら時間がかかっても電車を乗り継いで帰るのだが、荷物も重く疲れていたのか頭痛もして、とにかく早く家に帰って寝たかった。たまにはいいかと、タクシーを利用することにした。

タクシー乗り場に停車していた1台の黒いタクシーに乗り込み、自宅の住所を伝えた。車酔いもする体質なので、運転手のおじさんに窓を開けたいことを伝える。運転手さんは優しく朗らかな声で許可をくれた。

私の顔色が悪かったのか、車酔いをすることに気を遣ってくれたのか、運転手さんは発車する際に不思議なことを言った。

「今から一番早い道で、一度も止まらず家まで送りますからね」

一度も止まらないというのはどういう意味なんだろう?と思いながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。すると車が向かう先の信号が、タクシーが進んでちょうど信号に差し掛かる時に赤から青に変わった。運転手さんは信号を越えながら言った。

「次の信号で曲がるけど、曲がった時はその先の信号は赤なんですよ。でも、進んだ時にちょうど青になりますから」

その言葉通り、次の信号も通り過ぎるときに、図ったかのようにちょうど良いタイミングで青に変わっていった。信号の変わるタイミングも道を曲がった時の見えないはずの色も、運転手さんはずっと言い当てていた。

マンションの前に着くまでの約20分の間、運転手さんが言った通り、タクシーは一度も止まることはなかった。私は後部座席でずっと「え!すごい!ほんとだ!」と子どものように大騒ぎしていた。そんな私に運転手さんが嬉しそうにこう言ってくれた。

「これが凄いって思うのはね、あなたが自分の仕事をきちんと頑張っているからだよ」

意味がわからなくてポカンとしていた私に、続けて教えてくれた。

「人の仕事をきちんと凄いと気付けるのは、どうやったらできるかとか自分で考えてる人なんですよ。だからあなたが頑張ってきちんと仕事をしてるって証拠なんです。」

運転手さんは、大阪市内の信号の変わるパターンを覚えているとのことだった。

その頃の私は、仕事で上司とのやりとりにうんざりしてていた。工夫したり、新しい提案をしても極められることも評価されることも特になく、何がダメなんだろうかとモヤモヤと悩んでいた。

この運転手さんの言葉で、なんだか気分が楽になったのを覚えている。今思えば、誰だって凄いと思えるような運転手さんの培ってきた能力なのに、自分にちゃんと気づける力があるんだと思わせてくれた。

タクシーに乗っている時間は本当にあっという間で、楽しいままマンションの前に着いた。いつもはすぐに気持ち悪くなるのに、車酔いもせず、頭痛のことも忘れるほど楽しい時間だった。

10年くらい前の頃だけれど、仕事で悩んだときにいつも思い出す出来事だ。それからたまにタクシーを利用するたびに、あの運転手さんと会えないかな、と期待している。

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Berico/ベリコ
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