元の木阿弥、木曜日。
「やっぱ元に戻して」
10日前から何度もミーティングをして
明日までに修正して、の嵐で必死に形にしたチラシを
たった一言で全部なしにされる。
「えーっとそれはどの辺ですか?」
震える怒りを抑えて
努めて冷静に言葉の意味を追う。
「いや、最初に俺が言ったやつの方がよくない?」
言ったやつ?どの時点で?
「ここのコピーがさ前の方がええやろ」
「前の…ちょっと待ってくださいね…この時ですか?」
修正を重ねる度に増えてきた修正指示を遡る。
前回の指示の入った資料をだす。
「いや、それじゃなくて前の」
だから、いつのだよ。
イライラしながら前の指示を探す。
ですますを変えただけや、
文字のサイズをわずかに変えた色を変えた。
そんな修正だらけの資料は10枚を越える。
最初の内は写真の入れ方やイラストや表を使うなど
修正にも意味があったが、今となってはこいつの自己満足の為に修正を重ねている。
「あっこれこれ。これにすぐ戻して。出力して。
部長に確認に行くわ。」
「解りました、すぐ持っていきます。」
指示のあった箇所を元に戻して
2部出力し先輩に渡す。
「おっ、ありがと!」
「よろしくお願いします。」
印刷に出す締め切りは翌週の火曜日。
要るか要らないか解らない修正を続けたのは
先週の頭から。
先輩は私が出力したチラシのカンプを持って
ウキウキと部長の元に向かっていった。
部長と先輩は二人でミーティングスペースに入る。
私は自席に戻り、別件の作業を進めた。
作業をしている間も打ち合わせのイライラが消えない。
俺が言ったってなんだよ。このチラシの文章は
全部私が書いてお前がチマチマいちゃもんつけて変えたんだろ。
しかもその部分は完全に私がひねり出したやつだぞ。
なんで元に戻すのかもちゃんと言えよ。
イライラがただただ募っていく。
一時間経っても二人は
ミーティングスペースから出てこない。
これまでに何度かチェックしているはずなのに
なんでこんなに打ち合わせが長引くのか。
時計は18時を回った。
定時だし、他の作業はけりがついている。
今、チェックに入っているものも
進行具合から考えても火曜の入稿には
十分間に合うはずだ。
先輩には申し訳ないが、先に帰らせてもらおう。
そう思い、立ち上げていたソフトを閉じていると
ミーティングを終えた先輩が仏頂面で私のところに来た。
「ここのコーナー、全部やり直しやから」
「え、どういことですか?」
「今からちょっと打ち合わせするで」
不機嫌そうにそう言ってミーティングスペースに戻った。
嫌な予感しかしなかったが、
とりあえずシャーペンと控えのコピーを持って
先輩の後を追う。
6人は座れるスペースに、私と先輩の二人。
とにかく機嫌が悪そうで
愛用の木製軸のボールペンをカチカチとならし続けている。
「どんな風に変更ですか?」
「それを今から考えるんやろ」
意味が解らない。
「え、どこがダメだったんでしょう?」
「それを考えるのがお前の仕事やろ」
「どの辺が違うっていう話になったのか教えて欲しいんですが」
「お前、部長にもそんなこと言えるんか!?」
いや、言うけど。
ドンッと不機嫌にテーブルを拳で打つ。
フロアには私と先輩以外にも何人か残業組がいる。
パーテーションで仕切られたミーティングスペースの様子は外からは見えない。
無言の時間が流れる。
一時間もこの人は何の話をしてきたんだろう。
なんで私は残業代も出ないのに
この人に不機嫌をぶつけられてるんだろう。
毎月このやり取りの繰り返し。
イメージだけ伝えられて形にするのはいい。
制作が丸投げなのはもういい。
せめて打ち合わせと内容の引き継ぎくらいはまともにしてくれ。
先輩は不機嫌そうに声を発した。
「明日の朝もう一回打ち合わせするから。
どう変更するか考えといて。今日はもう終わろう。」
「解りました。」
ミーティングスペースを出て自席に戻る。
なんの時間だったんだ。
辟易とした気持ちでパソコンをシャットダウンする。
「お先に失礼します」
フロアを出てエレベーターに乗る。
モヤモヤした気分で家路につく。
嫌だ、明日行きたくない。
なんでまだ木曜日なんだ。
一部とはいえメインのスペースだ。
なんで打ち合わせで方向性きちんと確認しないんだよ。
本当は会社近くのいつもの店で
ちょっとご飯食べて帰ろうかなと思ってたけど
このどんよりした気分では行きたくない。
真っ直ぐ家に向かう。
電車に乗っている間もイライラは治まらない。
なんで木曜日なんだ。
いや、木曜は悪くない。
こんなのは何曜日だって嫌だ。
ただ楽しい週末に向かう気分が急降下している。
先週から何度もやり直してきた作業が全部なし。
作業だけなら別にいい。
今日のような不機嫌な八つ当たりをされてきた時間も全部無駄。
いや、こんなことなくても八つ当たりはやめろって思うけど。
せめて何か話した内容を教えてもらえれば考えようもあるのに。
明日の朝イチから多分不機嫌な打ち合わせがある。
多分というか確実にある。
そう思っただけでもうんざりする。
何か考えて行った方が良いのだろうが、なにも思い浮かばない。思い浮かびようがない。
家に着き、鞄を置いてベッドに腰掛けてTVを点ける。
なんだか、身体が脱力して気付いたら寝ていた。
目覚めたら22時を回っていた。
しまった、もう今日が終わってしまう。
化粧を落とし軽くシャワーを浴びると23時前になっていた。お腹が空いてる感覚はない。
先程まで寝てたのにまだ眠い。
シャワーを浴びれば少しシャキッとするかと思ったけどダメだ。
今日はもう眠ろう。
目覚ましをセットした。
何となくつけていたテレビを消して、電気を消して布団にもぐる。
そろそろヒンヤリとした肌感のシーツが欲しい。
週末に買いに行こう。
もう、今日はただただ眠い。